24 / 103
【4】名もなき朝の私《さよなら、先生》
4.ダラシーノ・カフェ
しおりを挟む出版社との話し合いはとんとんと進んでいった。
SNSで特に『いいね』が多かった写真を中心に収録することになった。
まだアップしていない写真で、これは収録しておきたいという秘蔵があれば見せてください――と言われ、葉子はSNS未公開のデータをざっと眺めている。
ちょうど、篠田ともども休憩時間。給仕長室でデータを確認している葉子にと、冷たいレモネードを彼が持ってきてくれた。
篠田が持ってきてくれるドリンクはどれも極上で、葉子はいつしか『篠田カフェ』と呼ぶようになっていた。
「今日もおいしいです。篠田カフェ」
ほっとするひとときであって、葉子の楽しみになっていた。
篠田もデスクを占領された時は、ちいさな丸椅子に座って、葉子のそばで休む。
「どう。写真の候補」
「だいたい決めました……」
自信のない答え方になってしまっていた。
篠田はそんな葉子の様子などすぐに見抜いてしまう。
「すっきりしていない言い方だね」
「はい。迷っています。あとひとつ」
「先輩の遺作のことだね」
葉子も頷く。そこは編集部もさらっと触れてきた。『遺作はどうされますか』と。担当さんには事情を説明済みで、遺作を撮影しながら逝去したことを伝えると、あちらもなにか感じ取ってくれたのか、あまり踏み込んでこようとはしない。でも忘れていないようで、権利を管理している十和田親子側の判断を様子見しているようだった。たぶん、出版的には遺作を掲載することが、販売的にもインパクトが出て『うり』になるのだろう。
だが、その人が『死を迎えた瞬間』を掲載することになるのだ。
第三者の出版社が推したとなるよりは、権利者である十和田側から推してきたから掲載したという経緯が欲しいのだと葉子は予測する。もちろん、権利を持っている自分たちがいちばんに判断すべきこと。そこをそっとしてくれているのは感謝している。
それは篠田も見通していた。
「ハコちゃんチャンネルでは、尊敬する上司のために教え子が頑張っていることが惹きつけている形だけど、まさかハコちゃんが毎日唄っているそこで師匠が亡くなったことは画面の向こう側の視聴者は知らないし、知ったら知ったで衝撃を受けるだろうね。そして、ドラマを感じる人も多く出てくるだろう。それと同じ。写真集では、先輩の死の瞬間――というセールスになると思う。そこをハコちゃんが容認するかどうかだ」
「ふんぎりがつかないんです。肉親の死を利用しているよな気がして」
「じゃあ、先輩がもし生きていたら、なんて言いそうかな」
篠田の問いに、葉子もレモネードを飲みながら、ちょこんと首を傾げて考える。
「これは僕の、エゴ」
「俺もそう思う。ハコちゃんも先輩の死を利用してチャンネル閲覧数を上げたと言われたことがあるでしょう。それをはねのけたのは何故」
「気になりませんでした。とにかく、唄い続けたかった。それから、秀星さんの写真に少しでも気がついてほしかったから」
「そんな自分のことを、ハコちゃんはどう思っている?」
これも答えは決まっていた。
「エゴでした。確かに、まわりの雑音は気になりませんでした」
「その心構えが続けば大丈夫。続かないのなら辞めた方がいい」
大人の男、信頼をする上司の言葉に、葉子も心の整理がついていく。
「ありがとうございます。給仕長」
「はーい、禁止ね。プライベートでは給仕長とか敬語とかいりませーん」
「いま仕事中ですもん」
「休憩中ですがな」
「それも仕事中ですよね、蒼さん」
そう呼んだら、また篠田がきらきらっとした笑顔ではしゃぐ。
「そうそう。そう呼んで!! ハコちゃんの声で呼ばれるの好き!」
ふたりきりのときは、すっかりダラシーノモードになる彼と、いつのまにか一緒にいることが多くなった。
「明日はなにを唄うのかな。ハコちゃんは」
「うーん、BENNIE Kの『モノクローム』ですね」
「その曲、あとで聴かせて」
こうして休憩時間に、明日の動画撮影の打ち合わせをするようにまでなっていた。
父は『仕事も動画活動についても、蒼君に任せてるから。おまえ、ちゃんと給仕長のアドバイスを聞いておけよ』なんて言っている。
ずっと前。父は秀星に娘を頼むと預け、社会人として生きていけるようにと秀星が叩き込んでくれた。父が信頼している男だから預けたのだろう。どんなに秀星が手厳しく葉子に指導をしていても、父は黙って見て見ぬ振りをしていた。
今回もおなじ? 篠田に『給仕の仕事は身についてきたが、実家とか親元で働いている分、まだ世間に疎くて――。頼むよ』と言っているらしい。だから『大人の、師匠の、指導役の、判断をきちんと知っておけ』と、篠田の意見や、責任ある立場の視点を学べ、参考にしろと思っているらしい?
そのせいか、篠田はいつも葉子のそばにいる。
そして葉子も気を許すようになってきた。
父も写真集出版は喜んでいる。秀星がアパートで管理していた小田原のご両親の位牌も十和田家でともに管理しているが、その仏前に供えてやるんだと言っている。ただ、『死の瞬間』でもある遺作については父も判断しかねている。かといって『葉子に任せる』とも今回は言ってくれない。
最終判断は、法的には特別縁故者として認定されている父にあった。葉子も最後に自分が判断したことと、父親が判断したことが食い違っても、特別縁故者の最終判断に従うことにしている。
「今日は、もうすぐこんばんは。ですね。夕方の撮影となりました。大沼の睡蓮ももうすぐ終わりですが、まだまだ見頃です。大沼公園では、ピンク、白、あと珍しい黄色もみられます。朝の清々しい空気のなかの凜とした睡蓮も美麗ですが、夕日が沈むときのひっそりとしたしとやかさな姿もオススメです。今日はその夕の睡蓮をお届けします。カメラマンのダラシーノさんが撮影してくれますので、お楽しみください。本日はリクエストから、BENNIE K『モノクローム』です」
散策道の奥にある人が来ない場所でも撮影をするようになった。
『蒼』の提案だった。
『葉子ちゃん。あの場所が特定されるのは時間の問題だよ。あの場所にこだわるのか、チャンネルを続けることにこだわるのか。どちらかよく考えて』
蒼はいつも、こう思うならこの判断でその先にはこのような出来事がおこるだろう、こちらの判断ならこうなる――と、選択肢を示したうえで、ハコに判断をさせ、見通しをたたせてくれた。
葉子はあの場所にこだわりはあるが、まだチャンネルを続けることにこだわった。
その時から、蒼とは前日に打ち合わせをして、撮影する時間と場所を変えていくことにした。
同時に『カメラマンとして今後はダラシーノさんもともに活動いたします』とお知らせ済み。
『ダラシーノです! ハコちゃんと一緒に働いているオヤジです。唄うハコちゃんの代わりに、僕が大沼の景色をお届けしますからね~!』
*いつも声がはいっちゃってる男の人!?
*なんでハコちゃん。一緒に働いているだけ??
『僕、声がでかいので、冬季の間、レストランでハコちゃんが録画中に、声がはいちゃっていたみたいで、ごめんなさいでしたぁ』
*ほんとにおじさん???
*ほんとにカレシじゃないの???
憶測は飛び交ったが、葉子と蒼は淡々と唄のライブと新しい大沼の風景撮影で配信を続けていった。
0
お気に入りに追加
188
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
時々おまけを更新しています。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる