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【1】名もなき朝の唄《ハコの動画配信》
5.名もなき朝の唄 名もなき朝の写真
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「葉子が使ったらいい。待っていたんだろ。だから、動画を配信していたんだろ。ま、東京の学校に出しただけあったわ。唄は、うん、けっこう聴ける」
黙って歌手になる道を歩む娘を見守って、そして、訳のわからない動画配信をくじけずに続けている娘に対して、初めていたわりの言葉をかけてくれた。
「大事に使わせていただきます」
葉子が大事に管理していたデータは、今日からは父の許可のもと、葉子が使用できるようになった。
「お父さん。給仕長はもう雇わないの?」
秀星が死去してから、その席が空いたままで、彼の教え子である葉子と地元で雇った若いギャルソンだけでなんとかこなしてきた。
「いま、募集はしている。だけどさ、おまえが、だいぶできるようになってくれていて助かっている。まさかな、カメラまで自分で買って、秀星と同じように俺の料理を毎日撮影して、毎日あいつのパソコンでWEBサイトにアップしてくれるだなんてな……。あいつ……、まさか、娘をこんなふうに育てて、店のために、遺してくれて……」
だめだ。父は彼がいなくなってから変に涙もろくなっている。
弟分であって、そして、オーナーシェフとメートル・ドテルという相棒だったのだろう。
雪解けが進んできたころ。眩しい陽射しが湖面にさす朝。ハコは初めてカメラのまえに姿を現す。
「ハコです。配信を始めて九ヶ月。ほぼ毎朝、ここで。今日はここで同じように毎朝この時間に写真を撮影していた私の上司の、命日です」
秀星の死を利用していると言われるだろう。
でもハコは続ける。これもエゴだ。
「皆様が察しているとおり、私は東京で歌手を目指していましたが挫折して、いまここで働いています。夢は叶わなかったけれど、自分が好きなものをそのまま愛して生きていくことをその人が教えてくれました。……いえ、最初はわからなかったんです。でもその人がどうして毎日ここで写真を撮影していたのか。プロにもなれなかったのに、どうして写真のために生き続けているのか。表現者として知りたかったからです」
コメントが続々と入ってくるのが見える。
だがハコにはもう関係がない。
「答えがわかりました。上司は、それをエゴだと言い、それはしあわせなことだとも言っていました。上司は既に近しい縁者がいませんでした。これまで共に家族のように過ごしてきた私の父が特別縁故者として、写真の所有権を申請し手続きが完了いたしました。SNSで私の唄と共に、発信していきます。上司は毎日毎日ここで撮影していましたので、その日の日付に合わせてアップしていきます。上司がエゴだと言っていた、でも、愛してくれた大沼の自然をご覧いただければ、引き継いだ者として嬉しく思います」
その日からハコは、秀星のSNSアカウントを追悼アカウントとして遺し、自分のアカウントで詳細を説明した後、写真をおなじ日付に合わせてアップしていった。
ハコの動画配信から、ハコが唄った曲名を記録してきたSNSから、それまでのフォロワーが閲覧しにやってくるようになった。
逝去した上司の作品を引き継ぐ唄い手『ハコ』
亡き男性が遺した自然の美しさと、彼女の声がリンクしネット上で盛況
そんなふうに広まっていく。
でもハコはこれを成功とは思っていない。
もう東京にはいかない。ここで生きていく。
「秀星さん、私、知ってるよ。こうしてたくさんの人に見られるためじゃなかったよね」
僕は、大沼で見られる景色がぜーんぶほしいんだ。
ほんっとに美しいんだよ。宝石を手に入れたと言えばわかってくれる?
最後の写真は連写されていて、続けて並べると、吹雪いていたところから、すっと雪が少なくなり、夜空が明け、駒ヶ岳と湖面が薄紫に染まり、湖面に星が映りそうな雪開けだった。
険しい吹雪から、ふっと現れる美しい静寂。
世知辛い世の中を生きてきた彼が体感したかった瞬間だったのではないだろうか。
これをずっと見つめていたんだ。
死んでもほしいもの、見ていたいものはこれだったに違いない。
秀星は、シャッターを押しているその時に、至高の幸福を得ている。
ハコは、名もなき人として、朝に唄い始めてから、幸福を得ている。
でも。この表現が誰かに通じれば、届けば、なにかのためになるなら、またそれだけでしあわせだ。
名もなき人の、名もなき朝の唄。
名もなき人の、名もなき美しき写真。
手に入れたいものが、そこにあった。
「雪解けですね。今日は家入レオ『僕たちの未来』です」
⇒ 次章 逝去した秀星視点『名もなき朝の写真』
黙って歌手になる道を歩む娘を見守って、そして、訳のわからない動画配信をくじけずに続けている娘に対して、初めていたわりの言葉をかけてくれた。
「大事に使わせていただきます」
葉子が大事に管理していたデータは、今日からは父の許可のもと、葉子が使用できるようになった。
「お父さん。給仕長はもう雇わないの?」
秀星が死去してから、その席が空いたままで、彼の教え子である葉子と地元で雇った若いギャルソンだけでなんとかこなしてきた。
「いま、募集はしている。だけどさ、おまえが、だいぶできるようになってくれていて助かっている。まさかな、カメラまで自分で買って、秀星と同じように俺の料理を毎日撮影して、毎日あいつのパソコンでWEBサイトにアップしてくれるだなんてな……。あいつ……、まさか、娘をこんなふうに育てて、店のために、遺してくれて……」
だめだ。父は彼がいなくなってから変に涙もろくなっている。
弟分であって、そして、オーナーシェフとメートル・ドテルという相棒だったのだろう。
雪解けが進んできたころ。眩しい陽射しが湖面にさす朝。ハコは初めてカメラのまえに姿を現す。
「ハコです。配信を始めて九ヶ月。ほぼ毎朝、ここで。今日はここで同じように毎朝この時間に写真を撮影していた私の上司の、命日です」
秀星の死を利用していると言われるだろう。
でもハコは続ける。これもエゴだ。
「皆様が察しているとおり、私は東京で歌手を目指していましたが挫折して、いまここで働いています。夢は叶わなかったけれど、自分が好きなものをそのまま愛して生きていくことをその人が教えてくれました。……いえ、最初はわからなかったんです。でもその人がどうして毎日ここで写真を撮影していたのか。プロにもなれなかったのに、どうして写真のために生き続けているのか。表現者として知りたかったからです」
コメントが続々と入ってくるのが見える。
だがハコにはもう関係がない。
「答えがわかりました。上司は、それをエゴだと言い、それはしあわせなことだとも言っていました。上司は既に近しい縁者がいませんでした。これまで共に家族のように過ごしてきた私の父が特別縁故者として、写真の所有権を申請し手続きが完了いたしました。SNSで私の唄と共に、発信していきます。上司は毎日毎日ここで撮影していましたので、その日の日付に合わせてアップしていきます。上司がエゴだと言っていた、でも、愛してくれた大沼の自然をご覧いただければ、引き継いだ者として嬉しく思います」
その日からハコは、秀星のSNSアカウントを追悼アカウントとして遺し、自分のアカウントで詳細を説明した後、写真をおなじ日付に合わせてアップしていった。
ハコの動画配信から、ハコが唄った曲名を記録してきたSNSから、それまでのフォロワーが閲覧しにやってくるようになった。
逝去した上司の作品を引き継ぐ唄い手『ハコ』
亡き男性が遺した自然の美しさと、彼女の声がリンクしネット上で盛況
そんなふうに広まっていく。
でもハコはこれを成功とは思っていない。
もう東京にはいかない。ここで生きていく。
「秀星さん、私、知ってるよ。こうしてたくさんの人に見られるためじゃなかったよね」
僕は、大沼で見られる景色がぜーんぶほしいんだ。
ほんっとに美しいんだよ。宝石を手に入れたと言えばわかってくれる?
最後の写真は連写されていて、続けて並べると、吹雪いていたところから、すっと雪が少なくなり、夜空が明け、駒ヶ岳と湖面が薄紫に染まり、湖面に星が映りそうな雪開けだった。
険しい吹雪から、ふっと現れる美しい静寂。
世知辛い世の中を生きてきた彼が体感したかった瞬間だったのではないだろうか。
これをずっと見つめていたんだ。
死んでもほしいもの、見ていたいものはこれだったに違いない。
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ハコは、名もなき人として、朝に唄い始めてから、幸福を得ている。
でも。この表現が誰かに通じれば、届けば、なにかのためになるなら、またそれだけでしあわせだ。
名もなき人の、名もなき朝の唄。
名もなき人の、名もなき美しき写真。
手に入れたいものが、そこにあった。
「雪解けですね。今日は家入レオ『僕たちの未来』です」
⇒ 次章 逝去した秀星視点『名もなき朝の写真』
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