上 下
66 / 66
【最終章】 スミレ・ガーデンの守り神 カムイはすぐそばにいる

③ カムイはいつも、そばにいる

しおりを挟む

 美羽が来て一週間が経った。
 今日も奥の席で加藤のお爺ちゃんが、アイヌ姿でお客様と楽しそうに話をしていて、舞は美羽が選んできた切り花を店内に活ける。

 ひと仕事終えて、住居区にあるダイニングでひと休みをしようと、父が忙しくしているホール厨房をすりぬけ奥へと向かう。その側にあるベーカリー厨房と勝手口。そこにコックコート姿の夫、優大が佇んでいた。開け放している勝手口のドアの向こうには、今年も牧草地のようにたくさんの花がひしめきあっているスミレ・ガーデン。彼はそこをじっと見つめていた。

「どうしたの」

 お腹が大きな妻がやってきたと知り、それだけで彼が微笑んで、舞をそっと抱き寄せてくれる。舞もその腕に囲まれながら、彼がまた戻した目線の先を見つめた。

 そこには昼休憩の合間に、花のスケッチをしている妹の姿があった。
 店長との面接で言い放ったとおりに、美羽は午前中は勉強をして、開店後はホールサーブの手伝い。昼休憩が終わると、夕方まで庭仕事を手伝い、アルバイトに精を出している。
 今日もお気に入りのリバティプリントのブラウスを着込んで、姉とそっくりの姿でそこにいる。

「遠目にみると、姉のおまえに似てきたなと思って」
「なに。あちらも妻だって、見間違えそう?」

 冗談交じりに夫に言ってみたが、彼はそんなふざけた言葉をやり過ごし、また真剣な眼差しで妹へと視線を定める。

「いるだろ。美羽のそばに。気がついていたか」
「うん。気がついていた」

 石畳の小路でスケッチをしている美羽のそばには、一羽のカラスがいることが多い。舞も思っている。あのハマナスのカラスに違いない。カラク様が言っていた。僕のお友達は美羽ちゃんが気に入ったのだと。妹もわかっている。そして無邪気にその存在について、大人たちに話すことはなくなった。

 舞とカラク様と同じように。彼女と彼だけの秘密があるのかもしれない。

「きっと美羽も認められたんだな。この庭の花守人。カムイがそばについているんだ」
「そうだね。私もそう思っていた」

 妻の不思議な体験を、夫の優大も大事な思い出と考えてくれている。そう彼もカラク様に会ったひとりなのだから。

「もしそうなら。加藤のお爺ちゃんのお母さんと、舞と美羽のイナウは花だったんじゃないかな」

 優大の言葉に、舞もそっと頷く。
 イナウはアイヌ(人)が作り出すカムイにとってのお土産でもあり、アイヌと交信する依り代でもあった。もしかするとカラク様にとってはそれが『花』、『お茶』、『焼き菓子』だったのかもしれない。本当はカムイかどうかもわからない。アイヌの幽霊だったかもしれない。でもアイヌのなにかを乗せて、その人はここにいた。それでも、舞と優大は彼のことをカムイ、『神』だと信じている。

「もしかすると。俺の娘も、カムイと通じる花守人になるかもな」
「パン職人かもしれないよ。また焼き菓子大好きなカムイかも」

 なにになるかは、育ってからのお楽しみ。それでも娘にも花と庭とお菓子とカラスの守り神、そしてアイヌとカムイの話はしていきたいと舞も優大もそう決めていた。



 その日の夕。ラベンダーの香りがする路を通って、舞は納屋を施錠しようと向かう。アルバイトの時間が終了した美羽はまた、ガーデンに出て夕の花を描いている。やっぱりそこにカラスが一羽、彼女の足下でちょんちょんと落ちている花びらをつついていた。

 優しい夕闇の中、その納屋に辿り着くと、いつかのように水道蛇口の上にカラスがとまっていた。
 舞は驚き、もう一度来た道を戻り、妹がいた小路へ。花々が重なる路の向こうでは、先ほど見た光景と変わらず、美羽はイラストを描き続け、足下にはいつものカラスが付き添っている。舞はもう一度、納屋へ戻る。

 まだいる。ちょこんと蛇口の上に、カラスが一羽とまっているままだった。
 そのカラスの正面へ戻った舞は、黙って見下ろす。
 確かに。美羽の側にいるカラスと姿が違う気がする? 首や面差しがスマートで……。懐かしい虹色をもつ黒い羽。

 カラスもじっと舞と見つめたままなのだ。
 言いたい。呼びたい。でも、そんなことあるのだろうか。

 納屋に入り、舞は花鋏を手に取る。今年も壁伝いには、白いマダムハーディと紫のクレマチスが咲き誇る。そこから、マダムハーディを一枝切り取った。

 まったく飛び立つ気配もないカラスの目の前へ戻り、舞はそれをそっと差し出す。
 カラスがじっとマダムハーディを見つめていたが、やがてそれをくちばしに咥えてくれた。

「おかえりなさいませ。カラク様」

 そう思いたい!

 カムイはアイヌのお礼とお土産を持って神の国へ帰る。そしてまた、アイヌの恵みになるよう、仮の姿でアイヌの国へ帰ってくるのだ。
 もう彷徨う霊魂ではない。彼はまたカムイの役目を果たそうとアイヌの国での姿を得て、この庭の守り神として戻ってきた。

 マダムハーディを咥えた彼が、ばさっと翼を広げ飛び立っていく。
 アカエゾマツのてっぺんに宵の明星。白い薔薇の香りをお土産に、その人が森へ帰っていく。
 



花好きカムイがもたらす『しあわせ』
~サフォークの丘 スミレ・ガーデンの片隅で~ ✿ 終 ✿

しおりを挟む
感想 2

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2件)

ねむちゃん
2021.02.14 ねむちゃん

とっても不思議な物語でした。そんな世界に飛び込んで行けたらいいなぁって思います。不思議な物語って大好きです。素敵な物語ありがとうございました。続くってことはないですか?心の中に大事にしまってしまいたい物語でした。

市來茉莉(茉莉恵)
2021.02.15 市來茉莉(茉莉恵)

最後までお読みくださって、ありがとうございました✨
大事にしまっておきたいとお聞きして、嬉しさでいっぱいです😭
カムイと現代の舞たちをどう結ぶかなという間に、北海道ではたくさんある花畑を通じてというお話を作り出したときは、読まれる皆様にどう感じていただけるかなとドキドキしていましたからなおさらです。
もし、続きを書くとしたら……。今度は妹の美羽とハマナスくん(カラス)を焦点にしてみたいなあとおもったことはあります。それぐらいしか浮かんだことないのですけれど(ノ∀`)

解除
ハリ
2021.02.08 ハリ

面白かったです。
現実と神話の配分が丁度いい感じ。
花の品種も見分けもつかない無粋な自分だけど、道産子だからか、なんとな~くカフェのイメージが浮かんだ。
こんなカフェに行きたいです。

市來茉莉(茉莉恵)
2021.02.09 市來茉莉(茉莉恵)

ご感想、ありがとうございます!
道産子さんなのですね! 北海道はお花畑の宝庫なので、あちこちのガーデンの雰囲気で思い浮かべていただいたもので、だいたいイメージ合っています(*´˘`*)

おなじく北国在住なのですが、アイヌやカムイについては、ほんわりとしか知らなかっため、今作を書くにあたり、私もいろいろと知ったかんじです。
ユーカラのカムイと、現代人の舞と優大の接点がなければこの作品はできなかったのですが、ほんとうにこのような、あやかし的で大丈夫かなと不安に思っていた中、その部分も丁度いいとおっしゃっていただけて安心いたしました。

また春、夏になると北国もお花盛り。私もお花を観にいってみたいと思います!

解除

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

溺愛彼氏は消防士!?

すずなり。
恋愛
彼氏から突然言われた言葉。 「別れよう。」 その言葉はちゃんと受け取ったけど、飲み込むことができない私は友達を呼び出してやけ酒を飲んだ。 飲み過ぎた帰り、イケメン消防士さんに助けられて・・・新しい恋が始まっていく。 「男ならキスの先をは期待させないとな。」 「俺とこの先・・・してみない?」 「もっと・・・甘い声を聞かせて・・?」 私の身は持つの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界と何ら関係はありません。 ※コメントや乾燥を受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

夫は私を愛してくれない

はくまいキャベツ
恋愛
「今までお世話になりました」 「…ああ。ご苦労様」 彼はまるで長年勤めて退職する部下を労うかのように、妻である私にそう言った。いや、妻で“あった”私に。 二十数年間すれ違い続けた夫婦が別れを決めて、もう一度向き合う話。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。