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【最終章】 スミレ・ガーデンの守り神 カムイはすぐそばにいる
③ カムイはいつも、そばにいる
しおりを挟む美羽が来て一週間が経った。
今日も奥の席で加藤のお爺ちゃんが、アイヌ姿でお客様と楽しそうに話をしていて、舞は美羽が選んできた切り花を店内に活ける。
ひと仕事終えて、住居区にあるダイニングでひと休みをしようと、父が忙しくしているホール厨房をすりぬけ奥へと向かう。その側にあるベーカリー厨房と勝手口。そこにコックコート姿の夫、優大が佇んでいた。開け放している勝手口のドアの向こうには、今年も牧草地のようにたくさんの花がひしめきあっているスミレ・ガーデン。彼はそこをじっと見つめていた。
「どうしたの」
お腹が大きな妻がやってきたと知り、それだけで彼が微笑んで、舞をそっと抱き寄せてくれる。舞もその腕に囲まれながら、彼がまた戻した目線の先を見つめた。
そこには昼休憩の合間に、花のスケッチをしている妹の姿があった。
店長との面接で言い放ったとおりに、美羽は午前中は勉強をして、開店後はホールサーブの手伝い。昼休憩が終わると、夕方まで庭仕事を手伝い、アルバイトに精を出している。
今日もお気に入りのリバティプリントのブラウスを着込んで、姉とそっくりの姿でそこにいる。
「遠目にみると、姉のおまえに似てきたなと思って」
「なに。あちらも妻だって、見間違えそう?」
冗談交じりに夫に言ってみたが、彼はそんなふざけた言葉をやり過ごし、また真剣な眼差しで妹へと視線を定める。
「いるだろ。美羽のそばに。気がついていたか」
「うん。気がついていた」
石畳の小路でスケッチをしている美羽のそばには、一羽のカラスがいることが多い。舞も思っている。あのハマナスのカラスに違いない。カラク様が言っていた。僕のお友達は美羽ちゃんが気に入ったのだと。妹もわかっている。そして無邪気にその存在について、大人たちに話すことはなくなった。
舞とカラク様と同じように。彼女と彼だけの秘密があるのかもしれない。
「きっと美羽も認められたんだな。この庭の花守人。カムイがそばについているんだ」
「そうだね。私もそう思っていた」
妻の不思議な体験を、夫の優大も大事な思い出と考えてくれている。そう彼もカラク様に会ったひとりなのだから。
「もしそうなら。加藤のお爺ちゃんのお母さんと、舞と美羽のイナウは花だったんじゃないかな」
優大の言葉に、舞もそっと頷く。
イナウはアイヌ(人)が作り出すカムイにとってのお土産でもあり、アイヌと交信する依り代でもあった。もしかするとカラク様にとってはそれが『花』、『お茶』、『焼き菓子』だったのかもしれない。本当はカムイかどうかもわからない。アイヌの幽霊だったかもしれない。でもアイヌのなにかを乗せて、その人はここにいた。それでも、舞と優大は彼のことをカムイ、『神』だと信じている。
「もしかすると。俺の娘も、カムイと通じる花守人になるかもな」
「パン職人かもしれないよ。また焼き菓子大好きなカムイかも」
なにになるかは、育ってからのお楽しみ。それでも娘にも花と庭とお菓子とカラスの守り神、そしてアイヌとカムイの話はしていきたいと舞も優大もそう決めていた。
その日の夕。ラベンダーの香りがする路を通って、舞は納屋を施錠しようと向かう。アルバイトの時間が終了した美羽はまた、ガーデンに出て夕の花を描いている。やっぱりそこにカラスが一羽、彼女の足下でちょんちょんと落ちている花びらをつついていた。
優しい夕闇の中、その納屋に辿り着くと、いつかのように水道蛇口の上にカラスがとまっていた。
舞は驚き、もう一度来た道を戻り、妹がいた小路へ。花々が重なる路の向こうでは、先ほど見た光景と変わらず、美羽はイラストを描き続け、足下にはいつものカラスが付き添っている。舞はもう一度、納屋へ戻る。
まだいる。ちょこんと蛇口の上に、カラスが一羽とまっているままだった。
そのカラスの正面へ戻った舞は、黙って見下ろす。
確かに。美羽の側にいるカラスと姿が違う気がする? 首や面差しがスマートで……。懐かしい虹色をもつ黒い羽。
カラスもじっと舞と見つめたままなのだ。
言いたい。呼びたい。でも、そんなことあるのだろうか。
納屋に入り、舞は花鋏を手に取る。今年も壁伝いには、白いマダムハーディと紫のクレマチスが咲き誇る。そこから、マダムハーディを一枝切り取った。
まったく飛び立つ気配もないカラスの目の前へ戻り、舞はそれをそっと差し出す。
カラスがじっとマダムハーディを見つめていたが、やがてそれをくちばしに咥えてくれた。
「おかえりなさいませ。カラク様」
そう思いたい!
カムイはアイヌのお礼とお土産を持って神の国へ帰る。そしてまた、アイヌの恵みになるよう、仮の姿でアイヌの国へ帰ってくるのだ。
もう彷徨う霊魂ではない。彼はまたカムイの役目を果たそうとアイヌの国での姿を得て、この庭の守り神として戻ってきた。
マダムハーディを咥えた彼が、ばさっと翼を広げ飛び立っていく。
アカエゾマツのてっぺんに宵の明星。白い薔薇の香りをお土産に、その人が森へ帰っていく。
花好きカムイがもたらす『しあわせ』
~サフォークの丘 スミレ・ガーデンの片隅で~ ✿ 終 ✿
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とっても不思議な物語でした。そんな世界に飛び込んで行けたらいいなぁって思います。不思議な物語って大好きです。素敵な物語ありがとうございました。続くってことはないですか?心の中に大事にしまってしまいたい物語でした。
最後までお読みくださって、ありがとうございました✨
大事にしまっておきたいとお聞きして、嬉しさでいっぱいです😭
カムイと現代の舞たちをどう結ぶかなという間に、北海道ではたくさんある花畑を通じてというお話を作り出したときは、読まれる皆様にどう感じていただけるかなとドキドキしていましたからなおさらです。
もし、続きを書くとしたら……。今度は妹の美羽とハマナスくん(カラス)を焦点にしてみたいなあとおもったことはあります。それぐらいしか浮かんだことないのですけれど(ノ∀`)
面白かったです。
現実と神話の配分が丁度いい感じ。
花の品種も見分けもつかない無粋な自分だけど、道産子だからか、なんとな~くカフェのイメージが浮かんだ。
こんなカフェに行きたいです。
ご感想、ありがとうございます!
道産子さんなのですね! 北海道はお花畑の宝庫なので、あちこちのガーデンの雰囲気で思い浮かべていただいたもので、だいたいイメージ合っています(*´˘`*)
おなじく北国在住なのですが、アイヌやカムイについては、ほんわりとしか知らなかっため、今作を書くにあたり、私もいろいろと知ったかんじです。
ユーカラのカムイと、現代人の舞と優大の接点がなければこの作品はできなかったのですが、ほんとうにこのような、あやかし的で大丈夫かなと不安に思っていた中、その部分も丁度いいとおっしゃっていただけて安心いたしました。
また春、夏になると北国もお花盛り。私もお花を観にいってみたいと思います!