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【最終章】 スミレ・ガーデンの守り神 カムイはすぐそばにいる
① 女子高生の面接日
しおりを挟む七月。初夏のリージャン・ロード・クライマーは終わってしまったが、今年もたくさんの人々がスミレ・ガーデンカフェに訪れる。
近頃はなぜか、カラスと花を一緒に撮影したものがSNSにアップされるようになった。いつのまにかこの庭のカラスは神が宿っているなんて言われはじめている。カラスと花の写真をお守りになんて言い出す人まで現れたようだった。
「ふう、重くなってきた」
石畳の小路沿いに縁取るように植え込んだラベンダーが、ずっと向こうまで真っ直ぐに続いている。その路を舞は、大きくなったお腹を抱えて歩く。
陽射しは強くなってきて額も少し汗ばむが、風は涼しく北国らしい爽やかさ。ゆっくり歩いて、カフェ厨房と繋がっている勝手口から家の中に入る。
今日は定休日。だけれど、お客様がいないホールを覗くと、そこでお揃いの黒いバリスタエプロンをしている男がふたり、落ち着きなくうろうろ、フローリングの上を行ったり来たりしている。
「落ち着かないねえ。まったく」
テーブルでコーヒー片手に頬杖をついて、そんなふたりを眺めているのは加藤のお爺ちゃんだった。あれからしょっちゅうお店にやってくるようになった。今日は店が休みだから普段着の格好をしているが、お客様がいるときはアイヌの着物姿でやってくることも多い。そうするとお客様が喜んでくれるのだ。アイヌの話を聞かせたり、また花畑で一緒に撮影をしたりする。そんなこともできるカフェという評判も加わって、もうお爺ちゃんはある意味スミレ・ガーデンカフェのスタッフのひとりになっている。カラスが守り神というのも、お爺ちゃんがここで『カムイとアイヌの関係性』なんかを、お客様に話し伝えることが、またSNSで拡散されていったのもあるかもしれない。
そんなお爺ちゃんが、父と優大が落ち着かないと言うのはわけがある。
「お父さん、俺が店長として面接を任されているんですから、口出しはなしですからね」
「わかってるよ。でも高校生なんだからお手柔らかにね」
「いやいや、甘えはダメです。高校生でも面接は面接!」
昨年から夏休み限定のアルバイトを募集している。一階の部屋に住み込みも可、ホールの手伝いと庭作業の手伝いを募集した。北海道の大学に通う学生が多いが、おなじ町内の高校生が自宅から通える場合も可能としているため、高校生も少しばかりやってくる。
今日は高校生をひとり、面接をする予定だったが。この町の子ではなかった。
その子がいま、こちらに向かっているとの連絡が入り、二人がますますそわそわしはじめる。
「駅まで迎えにいくと言ったのに、断られたんだよ~」
特に父がそわそわしている。
すっかり顔色もよくなり健康を取り戻した父は、以前通りにストライプのシャツと白いパンツが似合う爽やかパパのまま。今日もバリスタエプロンをして、明日の開店のための準備に勤しんでいる。
「俺は高校生でも、きっちり、やらせていただきます」
その子の履歴書片手に、優大は妙に気合いを入れている。
「優大君、顔が怖いよ」
加藤のお爺ちゃんに言われて、優大が久しぶりにヤンキー睨みを、あろうことかお爺ちゃんに向けてきた。だが、舞は加藤のお爺ちゃんがいるテーブルへと歩み寄り、お爺ちゃんと一緒に笑う。
「女子高校生だから緊張しているんでしょ。優大君」
「うるせい。てか、舞。おまえ、庭仕事は一時間経ったら休憩だと約束しただろ。なにかあったらどうするんだよっ」
「ちょっと時間が過ぎただけじゃない」
「ちゃんとそこに座ってろ。おまえも口出しなしだぞ!」
「はいはい」
やんちゃなヤンキーの面影はなくなったが、いまは無精ひげスタイルを気に入ったようで、ちょっとした強面兄貴の風貌になってしまった。それでも白いコックコートと父とお揃いの黒いバリスタエプロンスタイルは健在。そして『店長』としての風格もばっちりで、父の健康面を大事に労ってくれ、いまは優大がカフェを切り盛りしている。だから面接もオーナーが付き添えど、判断は優大がするようになっていた。
舞もお爺ちゃんと同じテーブルに座る。
「そろそろかな」
お爺ちゃんが壁掛け時計を見上げた。舞も腕時計を確認する。
遠い都会からひとりでここまで来ると、その子が言い張ったのだ。告げられていたJR駅到着時間も過ぎているから、もうタクシーに乗ってこちらに向かっているはず。そろそろカフェの前へ到着する……はず。
「お、来た来た」
お爺ちゃんも身を乗り出した。
父と優大のほうが、なぜかカチンと固まるような緊張をみせている。
白いタクシーのドアが開き、そこからセミロングの黒髪を一つに束ねている女の子が降りてきた。きちんと自分で料金を支払い、開いたトランクから運転手と一緒にスーツケースとボストンバッグを取り出している。
舞はもう待ちきれない。立ち上がって、その子が見えた店のドアへと急いだ。
木枠の硝子ドアの向こうで、その子と目が合う。彼女もとびきりの笑顔を見せてくれ、荷物は地面に置いたまま、店のドアへと駆け寄ってくる。
舞からドアを開けて、彼女を呼ぶ。
「美羽!」
「お姉ちゃん!」
彼女から、舞へと抱きついてきた。あの時、舞があげた小鳥と葉っぱ柄のリバティプリントのブラウスを着ている彼女を、舞もぎゅっと抱き返す。でも今年はちょっと力が入りづらい。舞と美羽が密着できない隔たりがあったが、美羽がそれを確かめて、さらに嬉しそうに笑った。
「わあ。ほんとうだ。お姉ちゃん、お腹おっきくなったね」
「うん。六ヶ月なんだ。どうやら女の子ぽい。産まれるまでわからないけれど」
「ほんとに! 私の姪っ子ちゃんになるんだね。おーい、おばさんの美羽ちゃんですよー」
妊娠六ヶ月になる姉のお腹に、高校生の妹が声をかける。
「高校生なのに叔母さんなんて呼ばせられないね」
「美羽ちゃんって呼ばせる」
店先できゃいきゃいと姉妹で騒いでしまったが、美羽がはっと我に返り舞から離れた。
「ごめんね、お姉ちゃん。妹としてはあとでね。いまから面接、行ってきます」
「すっごい怖い顔で待っていたから、頑張ってください。お姉さんは影で見守っています」
頑張ってと来たばかりの妹の背を押す。美羽も表情を引き締め、店内へ入っていく。
「東京から来ました。松坂美羽です。面接ができるようにしてくださって、ありがとうございます」
黒髪になったが無精ひげの強面男が、コックコート姿で仁王立ちに構えていた。
「いらっしゃい。松坂さん。では、さっそく面接を始めますので、こちらにどうぞ」
「失礼いたします」
面接のために用意していたテーブルへと優大と美羽が向かい合って座った。テーブルには、美羽が送ってきた履歴書が置かれる。
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