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【10】 ハマナスのお礼 お供えのお返しはしますよ
③ 示談 父、激高!
しおりを挟むお昼前になり、美羽と一緒に煙突の家に戻ると、リビングにお客様がいた。
店はアルバイトの奥様ふたりと優大が見ているようだった。その優大に手招きをされた。
「あの女の両親だってよ。弁護士つれて、示談にしてくれと頼みに来たんだとよ」
まあ、示談になるだろうとは、舞も思っていたところだった。だが父が納得していないのだ。店主としても、中学生の娘を持つ親としてもだ。
「お父さん、けっこう頑固だから。こうと決めたら、ここでカフェをすると決めた時みたいに譲らないよ」
「うちの父ちゃんも一緒に付き添っているから大丈夫だろ」
父一人では大変だろうと、町の人々がいまも協力してくれていたので、そこは舞も安心はしているのだが。
『お金で済むだなんて思わないでください! あなたたちはとにかくお嬢さんに前科をつけたくなくて必死なのでしょうけれど、もしかしたら、未成年を傷つけた傷害罪にもなっていたかもしれないんですよ! しかも、上の子が丹精込めて育ててきた花を、自分が気分良くなるためのただの材料みたいに軽く扱っていたかと思ったら盗んでみたり、利用できないと思ったら踏みにじるようなことをして! あのバラが枯れたら! もう一度植えればいいという問題じゃないんですよ。この家屋の、前の持ち主の代からずっと長く、あそこにあるんですよ。命と一緒なんですよ! お金でなんとかなるなんて、思わないでください!』
父の叫び声が響いてきて、舞は硬直する。美羽も驚愕している。
「パパ、怒ってる。あんなふうに怒るんだ。いつも優しいから」
「滅多にないよ。でも優大君と一緒に働くことになった初対面で、盛大にやらかした喧嘩の時には、あんなふうに怒られたよ」
「マジか。おまえ、あんなに怒られていたのかよ。うちのオヤジより怖いじゃん」
「最初の喧嘩って……。そんな時からお姉ちゃんと大ちゃんはやり合っていたんだ」
妹に突っ込まれて、そうなんです、そうだったな――と三十路の二人で恥じ入った。話が終わるまで近づかないほうが良さそうだ。美羽と二階で待機することにしようと、長靴を一緒に脱いで家に上がる。
『上川さん……? 上川さん、上川さん!』
『剛さん! 大丈夫か!?』
リビングから弁護士と野立のお父さんの声が聞こえてきた。
『救急車だ!』
舞と優大は顔を見合わせ、そしてお互いに青ざめる。
「パパ!」
すぐに駆けだしたのは美羽。舞と優大もその後に続く。
リビングのドアを開けると、父がローテーブルに手をついて息苦しそうに跪いているところだった。
「お父さん!」
「パパ!」
娘二人で、一斉に父親へと飛びつく。
「だ、だ……いじょ」
娘たちの顔を確かめた父が、無理に笑顔を見せたが苦しそうに歪んでいる。
「お父さん? 胸、胸が痛いの?」
「パパ、息が出来ないの?」
「だいじょうぶだ……、おまえ、たち、おいて、いけるものか」
そう呟くと、ついに父は絨毯の床に崩れ落ちて気を失った。
お父さん! パパ! 気が動転している娘たちの周りでは、野立の父と優大が連携をして救急車を呼び、受け入れる準備をしてくれている。
「父ちゃん。店からAED持ってくるから、オーナーの服の胸もとを開けておいてくれ」
「わ、わかった」
香水瓶アイコンの彼女の父親と母親も顔面蒼白になって、ソファーに座って固まっているだけ。彼女の弁護士も野立の父と共に救命の準備をするために、舞の隣にひざまずいた。
「持ってきた! 父ちゃん、外で救急車の誘導頼む!」
「よっしゃ!」
野立のお父さんが駆けだしていく。
「手伝います」
弁護士の先生もジャケットを脱いで、心臓マッサージの姿勢を整えた。
優大はAEDの蓋を開け、電源を入れる準備を始める。
「舞、美羽を連れて外へ行け」
「でも……」
「電気ショックをするかもしれないから。見ないほうがいい」
ドラマで見るような姿になる父は、子供には衝撃が強いかもしれない。そう言われたのだとわかって、美羽を抱きしめ、そのままリビングの外へ出た。
町内の総合病院へと父が運ばれ、娘の舞が付き添った。
診察の結果は『過労』だった。そのストレスが狭心症を起こしていたとのことで、手術もなにも必要なかった。精密検査をするためと、体調を戻すための入院はすることになってしまった。
病室にて、すっかり患者姿になって落ち着いた父の元へと、舞も足を運ぶ。
「お父さん」
寝そべって点滴を施されている父が、疲れた顔なのに、いつものパパの優しい笑みを浮かべてくれる。
「舞……。驚かせたね……。らしくなく興奮しちゃったからな」
「検査をして安静にしたら大丈夫だって。これを機に、心臓と血液循環器について検査をして通院をしたほうがいいって。あと、ここ数年の過労とストレスだろうと言われた」
「そっか」
「ごめん、お父さん。私……、結局、ぜんぶお父さんに寄りかかってた」
「どこがだ。カフェをやりたいと言い出したのはお父さんで、舞はお父さんの夢を一緒に叶えてくれたよ」
舞は首を振る。商売たるものが、なんにもわかっていなかった。ほんとうにただ庭で花を咲かせるだけの仕事しか出来ていなかったのだと――。
そんな自分の力のなさを責めていることも、父にはお見通しなのだろう。
「また、そうして。お父さんの力になれなかったと、舞は気に病むんだ」
「だって。本当にそう」
「全部、違うだろ。お父さんの再婚が白紙になったのも舞のせいではなかったし、お父さんがカフェをしようと、おまえが頑張っていた花のコタンの仕事をやめさせて連れてきたんだ。舞がじゃない、お父さんが舞と一緒にいたかったんだ。立派なガーデンをひとりで作り上げてくれた。夢みたいだったよ。あんな素晴らしい花畑が毎日目の前にあって、美しい緑の丘と青い空の風と緑の匂い。私の店の写真を撮りたい、紹介したい、素敵な時間を過ごしたい。楽しい気持ちになった。恋人と素敵な思い出になった。いろいろお客様から声を聞けて、ほんとうに嬉しくて、ずっとずっとこの状態を維持しなければならないと……、二度と寂しいカフェに戻りたくないと、オーバーワークとアンコントロールに陥っていたんだ。そこに、あの事件だよ……」
父がそこでひと息ついた。柔らかい陽射しが入ってくる窓辺へと遠く目線を馳せている。
「舞も頑張らなくていい。店はしばらく休みにしよう」
その決断に、舞はショックを受けていた。
こうなって、やっと気がついたのだ。自分こそ、あの家と庭と店に愛着を持っていたのだと。
父はもうひとつの決断をしていた。
救急搬送をされてから三日後。急遽、美羽が東京へ帰ることになってしまった。わざわざ、父親の松坂氏が単身でガーデンカフェまで来てくれることとなった。
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