46 / 66
【9】 三年目の花が咲く キラキラは罪を生む
④ いただきましたよ、アイヌの貴女から
しおりを挟むだが、舞は安心はしていない。初めてSNSの恐ろしさを感じている。
札幌に住まう素敵なOLライフを謳歌するキラキラしたタイムラインと、耳障りの良い明るく前向きな言葉ばかり並べられている呟きなど、充実した女性像が醸し出されているのに対し、舞と美羽に迫ってきた中年の女性は、プロフィールやタイムラインの美しさとはほど遠い厳つさと刺々しさを放っていた。容姿のことではない、ぱっと見た時の顔つきや目つき、そして立ち居振る舞いのことだ。三島先生のことを『あのババア』と平然と言い放ったあの醜さで、こんなオシャレで素敵な女性をSNSのタイムラインで作り上げているその虚像と比べると、ますます舞はゾッとするのだ。
美羽を捕まえようとした燃える眼も忘れられない。まるで般若のような眼光には執念を感じられ、美しいものばかりをオンライン上に並べているものとは、どうにも結びつかない禍々しさが漂っていた。
本当にあれで納得してくれたのだろうか。
それは日暮れが遅くなった六月最後の週末。ガーデンから人々がいなくなりカフェを閉店したときだった。宵の明星が光り輝く空の下、舞は納屋の戸締まりへとやってきて愕然とする。リージャン・ロード・クライマーが優しく花びらを揺らしている。夕風が吹くたびに香りもいつもどおり。だが森の入り口を彩っていた花が見当たらず、相当な数で減っている。目線を下に移すと、無残に地面に転がる珊瑚色の花たち――。五十個ぐらい、もぎ取られ捨て置かれている。
「え……、なに、これ……」
しばらくは呆然としていた。父に報告しなくちゃ、警察も? そこまで思いついたが、膝の力が抜けてがっくりと舞は土へと崩れ落ちていた。ただ花を見たい人はここまでしない。思いつく人がひとりしかいない。でも証拠がない。
「なんで、花は悪くないじゃない!」
手と膝を土についてうなだれると嗚咽が漏れた。鼻筋に涙が伝い落ち、土に吸い込まれていく。その視界に、見慣れぬ皮で作られている履き物が現れる。
「やはり僕は、あのスマートフォンというものを好きになれません」
来客が多くなると姿を現さなくなっていたその人が、久しぶりに森の入り口から現れた。俯いていた顔を上げた舞は、彼を見て驚きで固まる。
あのアイヌの服装でそこにいる。
「カラク様――」
「よくわからないのですが、少し前から、この服しか着られなくなりました――。というのは嘘で。少しだけ前のことを思い出してきましてね」
「そうなんですか!」
悲しさと悔しさでどうにもならない気持ちが心の中を占めそうになっていたが、それはそれでまた驚きの報告だった。
だがアイヌの姿をしているカラク様は、いつにない鋭い視線をむしり取られたリージャン・ロード・クライマーへと向けて、地面に跪いた。
「あの四角い機器は、ここまでの気持ちへと追い立てるものなのですね」
また舞はなにも言えなくなる。いつかもスマートフォンについてやり取りをした時に、SNSは店に良いことをもたらしてくれる大事なものだと思って否定が出来なかったのに、今回はそのSNSを恨んでいる。
そんなカラク様の肩にバサッと羽音を立てる黒いカラスが一羽止まり、カアと鳴いた。
「僕の友達です」
「そう……ですか。カラスはよくいるので、森の中でお話相手になりそうですよね」
思ったことを呟いたのに、そのカラク様がふっと口元を曲げて不本意そうに少しだけ笑みを浮かべていた。その時、舞は気がついた。肩に止まっているカラスの綺麗な黒い羽も虹色に輝いていて、カラク様とお揃いに見えた。
「わからないでもないです。僕も花が好きで好きで仕方がなく、我を忘れたことがありましてね。自分の役割と使命を怠り、大失敗をしたことがありますから」
鷲づかみにして花を握りつぶして地面に叩きつけられたことが頭に浮かぶほどの姿にさせられた花たち。そんな珊瑚色のバラを彼も手に取って眺めている。
「ですから僕は罰を受けたのです。これは罰に値することですよ。ノンノがそこで怒って泣いています」
手に取った花を、それでも愛おしそうにカラク様は撫でて微笑み、肩に乗っているカラスのくちばしに近づける。まるでその匂いがわかるかのようにカラスも鼻先に近づけ、やがて長いくちばしにくわえると、彼の肩先からザッと飛び立っていく。
「え、バラを持って行っちゃいましたね」
「さて。何を見つけてきてくれるか、ですね」
「警察犬みたい!」
「なんですか、それ」
やっぱり、現代のいろいろなものあまり知らないんだと思ったら、いつもの癒やしのカラク様に会えたせいか、舞の気持ちも落ち着いていた。
「父に報告します。警察に届けるか検討します」
「まあ、もう少し様子を見ましょうよ」
いつも舞が頼っている大人の顔で、にっこりと微笑んでくれる。夕の弱い光にもカラク様の黒髪は虹色に輝いている。本当にカラスの羽と一緒……。アイヌの着物もよく似合っている。たくさんの西洋の花に囲まれているのに、かつてあっただろう緑の中に溶け込んでいた北海道の民の世界観が、そこに違和感なくできあがっていた。舞はつい、うっとり魅入っていた。
「素敵な着物ですね。よくお似合いです」
「僕もお気に入りです」
思い出してから、自分の好みの着物だったことにも気がついたのかもしれない。
「マダムハーディが咲き頃ですね。びっしりとした白い花びら、真ん中のグリーンアイと相まって美しい色合いです。この花は貴女のように凜としていますね。舞にも、ずっとこうあって欲しいです」
麗しい男性にそう言われ、舞は思わず頬を熱くしていた。こんなふうに女として照れるだなんてと思っているけれど、神々しいこの人に言ってもらえると、どこか誇らしくなる。
その納屋の壁へと向かい、舞は腰にあるツールベルトから花鋏を取り出し、マダムハーディを一枝切り取った。それをアイヌ姿のカラク様へと差し出す。
「ここに無残に枝から離された花があるというのに。そんな僕のために」
「いえ、切り取られても愛してくださるなら花は喜びますよ。特にカラク様のそばで愛でていただければ。眠る時のお楽しみにしてください」
その香りをそばに眠ってほしいという、いまから夜を迎える森の精霊様へのお供えを送る気持ちだった。舞が気持ちを込めれば、現物は持って帰れなくても、伝わるだろうというものだった。
神妙な様子で、カラク様がその枝を手に取ってくれる。
「……え、今日は、お手に触れられるんですね」
「先ほども、リージャン・ロード・クライマーを掴めていましたよ」
あ、そういえば――と舞も思い出す。
「力が蘇るようです。確かに。いただきましたよ、アイヌの貴女から」
「私が、アイヌ?」
違うと先日も伝えたはずなのに。でも気がつくとまたふっと彼が消えていた。頭上を見上げると、カアと鳴いているカラスがいる。そのカラスがくちばしになにかをくわえている? 白い薔薇? それとも先ほどの珊瑚色のバラを咥えて飛び立った子が戻って来たのか。もう薄闇に溶け込んでしまいわからなかった。
0
お気に入りに追加
90
あなたにおすすめの小説
溺愛彼氏は消防士!?
すずなり。
恋愛
彼氏から突然言われた言葉。
「別れよう。」
その言葉はちゃんと受け取ったけど、飲み込むことができない私は友達を呼び出してやけ酒を飲んだ。
飲み過ぎた帰り、イケメン消防士さんに助けられて・・・新しい恋が始まっていく。
「男ならキスの先をは期待させないとな。」
「俺とこの先・・・してみない?」
「もっと・・・甘い声を聞かせて・・?」
私の身は持つの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界と何ら関係はありません。
※コメントや乾燥を受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
龍神様の婚約者、幽世のデパ地下で洋菓子店はじめました
卯月みか
キャラ文芸
両親を交通事故で亡くした月ヶ瀬美桜は、叔父と叔母に引き取られ、召使いのようにこき使われていた。ある日、お金を盗んだという濡れ衣を着せられ、従姉妹と言い争いになり、家を飛び出してしまう。
そんな美桜を救ったのは、幽世からやって来た龍神の翡翠だった。異界へ行ける人間は、人ではない者に嫁ぐ者だけだという翡翠に、美桜はついて行く決心をする。
お菓子作りの腕を見込まれた美桜は、翡翠の元で生活をする代わりに、翡翠が営む万屋で、洋菓子店を開くことになるのだが……。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
【未完】妖狐さんは働きたくない!〜アヤカシ書店の怠惰な日常〜
愛早さくら
キャラ文芸
街角にある古びた書店……その奥で。妖狐の陽子は今日も布団に潜り込んでいた。曰く、
「私、元は狐よ?なんで勤労なんかしなきゃいけないの。働きたいやつだけ働けばいいのよ」
と。そんな彼女から布団を引っぺがすのはこの書店のバイト店員……天狗と人のハーフである玄夜だった。
「そんなこと言わずに仕事してください!」
「仕事って何よー」
「――……依頼です」
怠惰な店主のいる古びた書店。
時折ここには相談事が舞い込んでくる。
警察などでは解決できない、少し不可思議な相談事が。
普段は寝てばかりの怠惰な陽子が渋々でも『仕事』をする時。
そこには確かに救われる『何か』があった。
とある街の片隅に住まう、人ならざる者達が人やそれ以外所以の少し不思議を解決したりしなかったりする短編連作。
……になる予定です。
怠惰な妖狐と勤勉な天狗(と人とのハーフ)の騒がしかったりそうじゃなかったりする日常を、よろしれば少しだけ、覗いていってみませんか?
>>すごく中途半端ですけど、ちょっと続きを書くのがしんどくなってきたので2話まででいったん完結にさせて頂きました。未完です。
〜鎌倉あやかし奇譚〜 龍神様の許嫁にされてしまいました
五徳ゆう
キャラ文芸
「俺の嫁になれ。そうすれば、お前を災いから守ってやろう」
あやかしに追い詰められ、龍神である「レン」に契約を迫られて
絶体絶命のピンチに陥った高校生の藤村みなみ。
あやかしが見えてしまう体質のみなみの周りには
「訳アリ」のあやかしが集うことになってしまって……!?
江ノ島の老舗旅館「たつみ屋」を舞台に、
あやかしが見えてしまう女子高生と俺様系イケメン龍神との
ちょっとほっこりするハートフルストーリー。
毒小町、宮中にめぐり逢ふ
鈴木しぐれ
キャラ文芸
🌸完結しました🌸生まれつき体に毒を持つ、藤原氏の娘、菫子(すみこ)。毒に詳しいという理由で、宮中に出仕することとなり、帝の命を狙う毒の特定と、その首謀者を突き止めよ、と命じられる。
生まれつき毒が効かない体質の橘(たちばなの)俊元(としもと)と共に解決に挑む。
しかし、その調査の最中にも毒を巡る事件が次々と起こる。それは菫子自身の秘密にも関係していて、ある真実を知ることに……。
【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜
七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。
ある日突然、兄がそう言った。
魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。
しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。
そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。
ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。
前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。
これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。
※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる