花好きカムイがもたらす『しあわせ』~サフォークの丘 スミレ・ガーデンの片隅で~

市來茉莉(茉莉恵)

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【7】 白銀の丘の町 妹がやってきた

② 私がお姉さん!?

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 部屋は二階、舞の部屋の隣だった。元々客室を改装しているので、一人一人の部屋は結構な広さがある。中学生の女の子が来ると知り、父と一緒にベッドや勉強机に、本棚にドレッサーなどを、勝手に選んで整えたが気に入ってくれるだろうか。

「ここだよ。お父さんと勝手に選んじゃったの。使いにくいものがあったらすぐに変えるから、好きなものがあったら教えてね」

 ドアを開けた瞬間だった。まだ真新しい木の匂いがするフローリング、窓の向こうは雪景色のガーデン。一瞬で美羽の表情が和らいだ。

「わあ、すごい」

 嬉しそうに部屋に入ってくれる。舞も大きなバッグに、キャリーケースを部屋の片隅に置いた。

「あの、……ありがとうございます。……お、お姉さん」

 初めてお姉さんと言われ、舞も一気に緊張して固まってしまった。

「え、っと。こちらこそ、その、」

 ダメだ。いつもの無愛想が邪魔をして、素直ににっこり『私がお姉さん!? 初めて言われた! 私がお姉さんだって!』と飛び上がりたいのに、できない。

「お姉さん。突然、ごめんなさい。ご迷惑はかけませんから。あまりこの部屋から出ないようにしておきます」

 躾がきちんとされている、お育ちが良いお嬢様だと舞は感じた。そんな子がどうして、補導されるまでに至ったのか。だが、舞は、いま気にしないことにした。

「そんなの駄目だよ。とにかく中学生らしく暮らしてくれたらいいから。いまは雪で埋もれているから散歩もままならないけど、好きなことをしてゆっくりしたらいいよ。何が好きなの」

 彼女が俯いた。大人しい子だなと思ったが、俯いたそのいじらしい静かさと、表情に懐かしさを覚えた。

「お母さんに似ているね。美羽ちゃん」
「覚えているんですか。母のこと」
「ちょうど美羽ちゃんぐらいの中学生だったかな。その時に、うちの父と美樹さんが付き合っていて、結婚するはずだったんだよね。私も、若くて綺麗なママが出来るかもと楽しみにしていたんだけれど。ご覧の通りで。子供だったから、どうして父と美樹さんが別れたのか知らなかったの。美樹さんがいなくなって、寂しかったな」
「もし。その時に結婚をしていたら、わたしと、舞お姉さんは、母とも上川のお父さんとも、この北海道で家族として暮らしていたことになるんですよね」
「そうなんだよね。……だから、どうして……あのとき……」

 いけない。つい、この話を初めて知った時に沸き起こった感情が蘇りそうで、舞はぐっと抑え込む。美羽も『もし、そうだったら、母子家庭や連れ子結婚なんてしなくて済んだのに』とでも思っていそうな哀しい目で俯いている。

 知らない町、知らない家に来て、途方に暮れたように部屋の真ん中に佇んでいるままの美羽の側へ歩み寄り、舞はそのまま黒髪の美少女を抱きしめる。

 まだ子供の匂いがする。身長もまだ舞より低い。あどけない体型の。

「そうであったら良かったと思うよ。お姉さんも。でも、そうすると、きっと私は園芸の仕事には出会っていなかったかもね」

 舞の腕の中で固くなっている美羽が顔を上げ、初めて舞の目を見てくれる。

「お姉さん、お花を咲かせるお仕事をしていると聞きました」

 ベランダの向こうで雪野原になっているガーデンを、美羽が見つめる。

「ほんとうに、あんな広いところに咲くんですか」
「咲くよ。やっと去年の夏に全面に咲かすことが出来てね。お父さんのお店が先に潰れないか、ハラハラしながらね。でも、きっとお父さんがお店を閉めてしまっても、ここの庭には花が咲き続けるよ。私が来る前から咲いている花もたくさんあったから。誰が見てなくても、誰も来てくれなくても、咲いてたんだよね。ただ、そこに生えたから、そのまま咲いている。生きているから……」

 そこまで話して舞はハッとする。美羽もきょとんとしていた。

「ごめん。勝手に一方的に。ああ、そうそう。暖房の説明をするね。夜は寒いから気をつけて」

 子供相手になにを熱弁しているんだと、頬が熱くなった。こんなことを語るような自分になるとは自分でも意外だと舞は慌てている。壁にある暖房器具へと向かったが、美羽がそっと呟いた。

「絵本が好きです」

 静かに恥ずかしそうに呟く妹が、そう答えてくれ舞も感激する。

「そうなんだ。じゃあ、剣淵の『絵本のやかた』に連れて行かなくちゃね」
「絵本の館?」
「この近くの町にあるの。絵本だけを集めた図書館が」
「ほんとに!」

 やっと子供らしい反応を見せてくれ、ますます舞も頬が緩んでくる。

「うん。大人が行っても楽しいから。今度のお休みに、お父さんに連れて行ってもらおう」
「はい!」

 素直そうな女の子で良かったと安堵した反面、舞は訝しむ。そんな、援助交際にまで行き着くような行動を起こす子には思えない雰囲気だった。至って普通の女の子で、受け答えもきちんとしていて、むしろ舞が十四歳だった時より大人に見える。
 徐々に部屋の空気に馴染んできた美羽がやっと、はしゃぐようにベランダの窓辺へと駆けていく。

「こんな雪、初めて。ほんとうに全部、雪が包んでる」

 東京の家庭でどう思い詰めて爆発してしまったのか、いまはそんな妹がいたことは忘れようと舞は思った。
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