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【5】 カムイ・ユーカラ 熊カムイのお話 帰れない神の霊魂
① あれ? 父のような男性がここに……
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優大と約束したのは次の定休日だった。午前十一時に迎えに来ると言うことで、彼がいつも実家と行き来しているミニバンでやってきた。
「おう、行くぞ」
いつもは白いコックコートでパン職人の姿をしている優大だったが、プライベートとなると、なおさらにヤンキーの雰囲気満載になる。
Tシャツの上は背中に炎のようなプリントがあるパーカーで、ボトムはサイドにゴールドのラインが入っている黒ジャージにサンダルといった風貌なのだ。そして、オラオラ系な男がお好みの音楽がガンガンかかっている厳ついボディのワゴン車。
「助手席、乗れよ」
今日の舞は、リバティプリントのワンピースにストローハットを被ってきた。そんな舞を、優大がじろじろ見てる。
「女っぽいじゃん」
「優大君はイメージどおりだよ」
「ヤンキーだって言いたいんだろ。上等じゃねえか」
うわー、そういう如何にもそれっぽい言い方して欲しくないと、舞は震え上がる。やっぱり助手席やめようかなと思ったが、今日は知りたいことがいっぱいあるから乗り込んだ。
「上士別のほうなんだけどよ、先輩が養鶏農家をやってるんだ。そこへ行く」
「あれ、食事に行くんじゃなかったの」
「メシはそこで食う」
「え、先輩のご自宅でご馳走になるってこと? 迷惑じゃないの。平日だし、私、初対面だし」
「行けばわかるから。本当はオーナーも連れて行きたかったけどな」
「二人でどこに出かけるんだとニヤニヤしていたから。どうしてそんなことになったのかオーナーとして聞きたいなんて根掘り葉掘り……。優大君もいろいろ聞かれるよ」
「だろうな。それは勘弁。まあ、俺たち、最初のころからめちゃくちゃ険悪だったから。そりゃ不思議だろうな」
そうなのだ。父もどうしてこうなったのか、優大が作り出す菓子を舞が援護するように猛プッシュをしたり、自宅内で寝泊まりも可能な部屋を与えることを娘として許可したり、そのあたりから舞の心の変化を感じていたはず。だから余裕で見送ったはずなのだ。
スミレ・ガーデンカフェの敷地を出る路から、大きな通りへと優大の車が走り出す。
静かな夏の平日、両脇には野生のオレンジ色の花がずっと続いている。
士別市中心街を通り抜け、畑や木立ばかりの真っ直ぐ長い道道を走り続ける。道脇から広がる畑は白い蕎麦の花がいっぱい咲いている。
「すっごい、ずっと真っ直ぐの長い道!」
「内地の人間みたいなこと言うなよ」
「札幌だとなかなかないよ」
「はいはい、俺が育ったここは自然いっぱいの田舎だよ」
「そんな言い方しないでよ。私も父も、あの丘の家や、この町も気に入っているんだから」
ハンドルを握り運転をしている優大の横顔を見たが、どうしたことかなにも言い返さずに、そっと微笑んでいるだけだった。そうしていると、大人の男に見るんだけれどなあと、舞はいつも思う。トゲトゲしていた茶色の短髪が少し伸びて、黒色混じりになっている。
「舞とオーナーがここに来て二年か」
「そうだね。住み慣れた札幌を離れることになった時は、どうしようかと思っていたけれど……。お父さんが楽しそうだから」
「おまえ、なんでも父ちゃんなんだな。ファザコンかよ」
「そりゃ、男手ひとつで育ててくれたんだもの。恩返ししたいよ。それに……、たぶん、私のために再婚を諦めちゃったからね」
ハンドルを握って真っ正面を見て運転をしていた彼が驚いたのか、助手席へと視線を向けた。
「そんな話があったのか。でも、おまえの父ちゃん、めっちゃ男前だもんな。姿も中身も」
「若くて綺麗で、お姉さんみたいなママができるかもと期待していたんだけれどね」
「それってどこまで話が進んでいたんだよ」
「伯母も大賛成だったし、あとは娘の私が受け入れるだけという感じだったよ。何度か、その彼女とドライブにも行ったし、食事もしたし、私は嫌じゃなかった。でも、いつのまにか別れていたんだよね。子供だったから、どうしていいかわからないし、父もそんなこと娘にいちいち言わないでしょう。いまでも原因は知らない」
あれ。私、この話を優大にすらすら話しちゃっていると、舞は我に返った。札幌にいる学生時代の友人か、カラク様にしか話したことがないのに、だった。
「男と女のことだから、どうにもならないことでもあったんじゃね」
おおざっぱに言うと、優大が言うとおりなのだろう。なにか抜き差しならぬものが、再婚をすることになって、惹かれ合った恋人同士を引き裂いたのだ。それはきっと『家庭』というステージに上がるときに生じた。つまり『継子ができる』ことになって、だ。
「その時は中学生だったから、そんな大きな子供が急にできること怖じ気ついたのかもしれない。彼女と別れた後のお父さんは、もう誰とも付き合わなかったみたい。とにかく私を育てることを第一にしてくれたの。仕事もきちんとこなして。だから、早く自立して、父を自由にしたかった。そうしたら、いきなり『士別市でカフェをする。この家に咲くスミレに囲まれて死んでもいい。終の棲家にするんだ』と言い出したからね」
「そうか。そこまでの決意で来てくれたんだな、ここに」
「好きなことをさせてあげたいの。ずっと私のために、たくさんの時間を父親として使ってきたはずだから。これからの時間はお父さんの好きにさせてあげたいの」
ハンドルを握って前を見ている優大はそのまま、表情も灯さず、返答もせず黙っている。その顔も大人の男らしさに、舞には見えてしまう。
「軽いことは言えねえけど。オーナーは充分満足していると思うよ。再婚のことは残念な結果だったかもしれねえけど。おまえと一緒に暮らして、好きなように仕事ができる、父としても男としても満足している笑顔だと俺は思うな。俺だったら、本気で惚れた女の子供なら、もう父親一筋で育てる。本気で惚れるってそういうことだろ」
今度は舞がすぐに返答できない。本気で人を好きになったこともないから。しかも、この男、本当に真っ直ぐ過ぎる! 真顔で言い切っているし、優大らしすぎて、なんだか急に胸の奥がくすぐったい奇妙な感じになる。
「おまえもさ、いままで、そういう男いなかったのかよ」
あ、面倒な話になってきたなと、舞はそっぽを向ける。
「おまえみたいな素っ気ない女、扱いづらくて男が逃げていきそうだな」
まったくそのとおり、優大には見透かされそうだから、顔を背けているのだ。
「面倒くさいの。こっちは土日も仕事なのに構ってくれないとか。勝手に人の部屋に訪ねてきたと思ったら、女なら夕飯ぐらい作れるだろとか」
「あー、甘ったれ坊ちゃんズが舞の好みだったのか」
「ちがうから! 友達の紹介でなんとなく付き合ったら、そんな男だったの。実家が立派でもお断りだよ。女のくせにってなに。うちのお父さんなんか、ずうっと炊事をしてお弁当も作ってくれて、しかも仕事もちゃんとしてたんだからね」
「だよなあ。そんな父ちゃんがいたら、そりゃ、そんじょそこらの男は太刀打ちできねえよな。しかも、あんなハンサムな父ちゃんだったらなおさらだ」
ファザコンになるわ、それは――と優大も妙に同調してくれる。
「そういえば、優大君は賄いのお料理も手際いいし、店内のお掃除も綺麗にしてくれるよね」
「そりゃあ、そこはよ。いちおうパン職人で掃除は必須だしよ、実家でプータローみたいな生活していたんだから、家族のメシぐらい、母ちゃんの手伝いで家事ぐらいしていたからな」
あれ。もしかして、隣の男はもしや? 父ぐらいの手際を既に取得していない? 舞は初めて気がつき、運転をする優大をまじまじと見てしまった。
「お、ついた。あそこな」
平地の蕎麦畑が続く中、木の柵に囲まれた農家が見えてくる。道路脇に立てた木製の看板には『木村農園』と書かれているそこで、優大の車がハンドルを切って曲がった。
「おう、行くぞ」
いつもは白いコックコートでパン職人の姿をしている優大だったが、プライベートとなると、なおさらにヤンキーの雰囲気満載になる。
Tシャツの上は背中に炎のようなプリントがあるパーカーで、ボトムはサイドにゴールドのラインが入っている黒ジャージにサンダルといった風貌なのだ。そして、オラオラ系な男がお好みの音楽がガンガンかかっている厳ついボディのワゴン車。
「助手席、乗れよ」
今日の舞は、リバティプリントのワンピースにストローハットを被ってきた。そんな舞を、優大がじろじろ見てる。
「女っぽいじゃん」
「優大君はイメージどおりだよ」
「ヤンキーだって言いたいんだろ。上等じゃねえか」
うわー、そういう如何にもそれっぽい言い方して欲しくないと、舞は震え上がる。やっぱり助手席やめようかなと思ったが、今日は知りたいことがいっぱいあるから乗り込んだ。
「上士別のほうなんだけどよ、先輩が養鶏農家をやってるんだ。そこへ行く」
「あれ、食事に行くんじゃなかったの」
「メシはそこで食う」
「え、先輩のご自宅でご馳走になるってこと? 迷惑じゃないの。平日だし、私、初対面だし」
「行けばわかるから。本当はオーナーも連れて行きたかったけどな」
「二人でどこに出かけるんだとニヤニヤしていたから。どうしてそんなことになったのかオーナーとして聞きたいなんて根掘り葉掘り……。優大君もいろいろ聞かれるよ」
「だろうな。それは勘弁。まあ、俺たち、最初のころからめちゃくちゃ険悪だったから。そりゃ不思議だろうな」
そうなのだ。父もどうしてこうなったのか、優大が作り出す菓子を舞が援護するように猛プッシュをしたり、自宅内で寝泊まりも可能な部屋を与えることを娘として許可したり、そのあたりから舞の心の変化を感じていたはず。だから余裕で見送ったはずなのだ。
スミレ・ガーデンカフェの敷地を出る路から、大きな通りへと優大の車が走り出す。
静かな夏の平日、両脇には野生のオレンジ色の花がずっと続いている。
士別市中心街を通り抜け、畑や木立ばかりの真っ直ぐ長い道道を走り続ける。道脇から広がる畑は白い蕎麦の花がいっぱい咲いている。
「すっごい、ずっと真っ直ぐの長い道!」
「内地の人間みたいなこと言うなよ」
「札幌だとなかなかないよ」
「はいはい、俺が育ったここは自然いっぱいの田舎だよ」
「そんな言い方しないでよ。私も父も、あの丘の家や、この町も気に入っているんだから」
ハンドルを握り運転をしている優大の横顔を見たが、どうしたことかなにも言い返さずに、そっと微笑んでいるだけだった。そうしていると、大人の男に見るんだけれどなあと、舞はいつも思う。トゲトゲしていた茶色の短髪が少し伸びて、黒色混じりになっている。
「舞とオーナーがここに来て二年か」
「そうだね。住み慣れた札幌を離れることになった時は、どうしようかと思っていたけれど……。お父さんが楽しそうだから」
「おまえ、なんでも父ちゃんなんだな。ファザコンかよ」
「そりゃ、男手ひとつで育ててくれたんだもの。恩返ししたいよ。それに……、たぶん、私のために再婚を諦めちゃったからね」
ハンドルを握って真っ正面を見て運転をしていた彼が驚いたのか、助手席へと視線を向けた。
「そんな話があったのか。でも、おまえの父ちゃん、めっちゃ男前だもんな。姿も中身も」
「若くて綺麗で、お姉さんみたいなママができるかもと期待していたんだけれどね」
「それってどこまで話が進んでいたんだよ」
「伯母も大賛成だったし、あとは娘の私が受け入れるだけという感じだったよ。何度か、その彼女とドライブにも行ったし、食事もしたし、私は嫌じゃなかった。でも、いつのまにか別れていたんだよね。子供だったから、どうしていいかわからないし、父もそんなこと娘にいちいち言わないでしょう。いまでも原因は知らない」
あれ。私、この話を優大にすらすら話しちゃっていると、舞は我に返った。札幌にいる学生時代の友人か、カラク様にしか話したことがないのに、だった。
「男と女のことだから、どうにもならないことでもあったんじゃね」
おおざっぱに言うと、優大が言うとおりなのだろう。なにか抜き差しならぬものが、再婚をすることになって、惹かれ合った恋人同士を引き裂いたのだ。それはきっと『家庭』というステージに上がるときに生じた。つまり『継子ができる』ことになって、だ。
「その時は中学生だったから、そんな大きな子供が急にできること怖じ気ついたのかもしれない。彼女と別れた後のお父さんは、もう誰とも付き合わなかったみたい。とにかく私を育てることを第一にしてくれたの。仕事もきちんとこなして。だから、早く自立して、父を自由にしたかった。そうしたら、いきなり『士別市でカフェをする。この家に咲くスミレに囲まれて死んでもいい。終の棲家にするんだ』と言い出したからね」
「そうか。そこまでの決意で来てくれたんだな、ここに」
「好きなことをさせてあげたいの。ずっと私のために、たくさんの時間を父親として使ってきたはずだから。これからの時間はお父さんの好きにさせてあげたいの」
ハンドルを握って前を見ている優大はそのまま、表情も灯さず、返答もせず黙っている。その顔も大人の男らしさに、舞には見えてしまう。
「軽いことは言えねえけど。オーナーは充分満足していると思うよ。再婚のことは残念な結果だったかもしれねえけど。おまえと一緒に暮らして、好きなように仕事ができる、父としても男としても満足している笑顔だと俺は思うな。俺だったら、本気で惚れた女の子供なら、もう父親一筋で育てる。本気で惚れるってそういうことだろ」
今度は舞がすぐに返答できない。本気で人を好きになったこともないから。しかも、この男、本当に真っ直ぐ過ぎる! 真顔で言い切っているし、優大らしすぎて、なんだか急に胸の奥がくすぐったい奇妙な感じになる。
「おまえもさ、いままで、そういう男いなかったのかよ」
あ、面倒な話になってきたなと、舞はそっぽを向ける。
「おまえみたいな素っ気ない女、扱いづらくて男が逃げていきそうだな」
まったくそのとおり、優大には見透かされそうだから、顔を背けているのだ。
「面倒くさいの。こっちは土日も仕事なのに構ってくれないとか。勝手に人の部屋に訪ねてきたと思ったら、女なら夕飯ぐらい作れるだろとか」
「あー、甘ったれ坊ちゃんズが舞の好みだったのか」
「ちがうから! 友達の紹介でなんとなく付き合ったら、そんな男だったの。実家が立派でもお断りだよ。女のくせにってなに。うちのお父さんなんか、ずうっと炊事をしてお弁当も作ってくれて、しかも仕事もちゃんとしてたんだからね」
「だよなあ。そんな父ちゃんがいたら、そりゃ、そんじょそこらの男は太刀打ちできねえよな。しかも、あんなハンサムな父ちゃんだったらなおさらだ」
ファザコンになるわ、それは――と優大も妙に同調してくれる。
「そういえば、優大君は賄いのお料理も手際いいし、店内のお掃除も綺麗にしてくれるよね」
「そりゃあ、そこはよ。いちおうパン職人で掃除は必須だしよ、実家でプータローみたいな生活していたんだから、家族のメシぐらい、母ちゃんの手伝いで家事ぐらいしていたからな」
あれ。もしかして、隣の男はもしや? 父ぐらいの手際を既に取得していない? 舞は初めて気がつき、運転をする優大をまじまじと見てしまった。
「お、ついた。あそこな」
平地の蕎麦畑が続く中、木の柵に囲まれた農家が見えてくる。道路脇に立てた木製の看板には『木村農園』と書かれているそこで、優大の車がハンドルを切って曲がった。
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