25 / 66
【4】 スミレ・ガーデンカフェ絶好調 精霊とか信じる?
⑦ 幽霊とか信じる?
しおりを挟む「男なんていないから! そういうことは、ちゃんと確認してから言いなさいよ!」
「いま確認しているだろ! いないと言うなら、なんで人の目を盗むように、誰かとひそひそ話をしているんだよ。しかも、そのときのおまえ、……目つきも顔つきも、おまえじゃない」
舞は急に不安になる。うっすらと気がついている人間がいて、その人から見える幽霊のような男と接している時の自分は、いつもの舞じゃないと言われた。どんな様子で幽霊のような男とその時、接しているのかだった。
言い切ったからなのか、あんなに勢いよく突っかかってきた優大だったのに、酷く疲れ切ったように俯いて、息を荒く吐いていた。
そんな彼を見て、舞も我に返る。そして、わかってしまうのだ。これが優大らしさ。そして理解されてこなかった、彼の正直な熱い気持ちなのだ。
『舞はちゃんとわかっていますよね。彼にどう返事をするべきなのか』
いつもの如く、空気のようにそこいただけのカラク様が、こんな時は威厳ある神々しさで舞を見据えている。もちろん、舞も頷く。カラク様が言いたいこと、舞ももうわかっている。
いつもエプロンのポケットにしまっているスマートフォンを舞は取り出し、優大へと差し向けた。
「見て。私の電話の履歴」
その画面までタップして開いて、優大に堂々と見せる。
そこには父と、札幌の伯母、札幌の女性友人、花のコタンでお世話になった高橋チーフしかいない。父以外は、ひと月に一度、すべて一ヶ月以上前の履歴。
「密会している人だと思う人がいるなら、その人を指さして」
優大も辛そうな顔つきで首を振っている。
「メールも、他のSNSの履歴も、優大君に見せても全然平気だよ」
「そこまでしなくていい……」
大きな手が舞のスマートフォンを押しのけ遠ざけた。そのまま優大は通ってきた土の路へとへたり込んだ。いわゆるヤンキー座りをしてうなだれている。
「わりぃ。心底、謝る。俺だって……。舞はそんなんじゃねえって、わかっているよ。でも、オーナーもちょっと心配していたんだよ。時々舞がぼんやりして独り言を呟いているようで、もしかして気丈な振りをして精神的に追い詰めていないかどうかって……。もしかして恋人でも隠しているのかな。それならそれでいいんだって笑っていたけどさ」
父にもちょっとした様子を感じ取られていたことも、心配させていたことを知り、にわかに胸が痛んだ。
「いないよ。恋人なんて。ずっと。こんな私だから長続きしないの」
立っている舞の足下に、まるで詫びるように座り込んでいる優大が、意外そうな顔つきでこちらを見上げる。
「そうなんだ。俺は……、おまえが結婚しちゃえば、ここなんかすぐに離れていけるだろうし、札幌の男なら、そのうちに都市部に帰れるぐらいに思ってんじゃねえかって」
「ひどい。こんなに必死に花を咲かせたのに」
「腕試しなんだろ。今年、それを達成して満足したらいつだっていなくなれるのかもしれないとかさ」
「まだ優大君にとって、私はお父さんのおかげで腕試しをしている程度のお嬢さんなんだね」
「そんなんじゃねえよ!」
がっと立ち上がった優大が、舞へと詰め寄ってきた。背が高い彼が迫ってくると、舞は後ずさり、身体が後ろに撓る、それほどの迫力を彼は放ってくる。
「この前も言っただろ! おまえのガーデンはすげえって。俺、本当に花がこんなにいいもんなんだって、初めて知ったんだからな! だからおまえに続けて欲しいから、すげえって言いたかったんだよ!」
「あ、そうなんだ。ありがとう」
熱く向かってきた彼に対して、舞はいつもの冷めた態度が出てしまった。
彼もそんな舞の性質はよく知っているだろうに、調子が狂ったかのように茶色の短髪をガシガシとかきむしって、なんとか落ち着こうとしている。
その時、花畑の片隅で向き合っている二人の間にざっと強い風が、緑の丘から吹き付けてきた。
牧草地のように植えた白や青にピンク色、黄色や赤い花々がざっと舞と優大のほうへと頭を向けてそよいだ。花の香りが一斉に、二人を包み込む。
まるでお互いお間に籠もり濁った熱を、吹き飛ばし冷ましてくれるかのようだった。その時になって舞はすぐ隣にいるはずのカラク様がどうしているのかと目線を向けたが、もう気配も姿もなく、見上げたその空にカラスが飛んでいるだけだった。
サフォークの丘の風が、ちょっとした仲介のような気がした。
「優大君らしくて、なんかもう腹立つもなにもない。らしくって……」
本心だった。言いたいことをぶつけられる相手だということも再認識した。そして吐き出したから舞もなんのわだかまりも、怒りもない。
優大は落ち込んだようにして肩を落として、また泣きそうな顔をしていた。
「俺、ほんと、いっつもこんなふうにしてぶっ壊して。駄目にしてきたんだ。全然、その、反省してねえっつーか……」
舞は少しくすっと笑いが浮かんでしまっていた。
優大が何がおかしいんだよと睨んできたその顔つきさえ、笑えてきた。
「な、なんだよ」
「いままで優大君がどうやってぶっ壊してきたか、退職に追い込まれてきたかって、私、リアルに体験しちゃったんだなあと思って!」
彼の顔が真っ赤になったのを舞は見る。
そんな素直な優大だから……。舞はどこか柔らかな気持ちになっている。
「私も言ったでしょ。それが優大君の真っ直ぐすぎる情熱だって。私に真剣にやってほしい、中途半端なことをするなよといつも言っていたのは、父のカフェが続いてほしいからだよね」
「俺にとって、ここはもう大事な居場所だからだよ。おまえがいなくなっても、オーナーと続けていくからな」
「そんな優大君が羨ましいって言ったよね、私。羨ましいよ」
一年半、彼を見て思ってきたことをこれまで以上に舞は吐露していた。
「でも、おまえさ。本当に大丈夫なのか。疲れたり、父ちゃんに言えないような不安があったりするんじゃないのか。オーナーに心配かけたくなくて、一人でプレッシャーを抱えたりしてるならさ。他人の俺で言いたいことが言えるなら、聞くからさ」
それはカラク様がいるから、優大君はお呼びじゃないんだよな――とは思いつつも、そうか、他人だから言えること本当に結構あるんだなと、舞はまた痛感していた。
父と二人で生きてきたと思っていたのに。
舞は意を決する。
大輪の赤いバラが揺れている側に立ち尽くしている優大に、初めて言ってみる。
「ねえ、幽霊とか……信じる?」
さすがに優大が恐れおののき、息を引いた様子を見せた。
0
お気に入りに追加
90
あなたにおすすめの小説
溺愛彼氏は消防士!?
すずなり。
恋愛
彼氏から突然言われた言葉。
「別れよう。」
その言葉はちゃんと受け取ったけど、飲み込むことができない私は友達を呼び出してやけ酒を飲んだ。
飲み過ぎた帰り、イケメン消防士さんに助けられて・・・新しい恋が始まっていく。
「男ならキスの先をは期待させないとな。」
「俺とこの先・・・してみない?」
「もっと・・・甘い声を聞かせて・・?」
私の身は持つの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界と何ら関係はありません。
※コメントや乾燥を受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
龍神様の婚約者、幽世のデパ地下で洋菓子店はじめました
卯月みか
キャラ文芸
両親を交通事故で亡くした月ヶ瀬美桜は、叔父と叔母に引き取られ、召使いのようにこき使われていた。ある日、お金を盗んだという濡れ衣を着せられ、従姉妹と言い争いになり、家を飛び出してしまう。
そんな美桜を救ったのは、幽世からやって来た龍神の翡翠だった。異界へ行ける人間は、人ではない者に嫁ぐ者だけだという翡翠に、美桜はついて行く決心をする。
お菓子作りの腕を見込まれた美桜は、翡翠の元で生活をする代わりに、翡翠が営む万屋で、洋菓子店を開くことになるのだが……。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
【未完】妖狐さんは働きたくない!〜アヤカシ書店の怠惰な日常〜
愛早さくら
キャラ文芸
街角にある古びた書店……その奥で。妖狐の陽子は今日も布団に潜り込んでいた。曰く、
「私、元は狐よ?なんで勤労なんかしなきゃいけないの。働きたいやつだけ働けばいいのよ」
と。そんな彼女から布団を引っぺがすのはこの書店のバイト店員……天狗と人のハーフである玄夜だった。
「そんなこと言わずに仕事してください!」
「仕事って何よー」
「――……依頼です」
怠惰な店主のいる古びた書店。
時折ここには相談事が舞い込んでくる。
警察などでは解決できない、少し不可思議な相談事が。
普段は寝てばかりの怠惰な陽子が渋々でも『仕事』をする時。
そこには確かに救われる『何か』があった。
とある街の片隅に住まう、人ならざる者達が人やそれ以外所以の少し不思議を解決したりしなかったりする短編連作。
……になる予定です。
怠惰な妖狐と勤勉な天狗(と人とのハーフ)の騒がしかったりそうじゃなかったりする日常を、よろしれば少しだけ、覗いていってみませんか?
>>すごく中途半端ですけど、ちょっと続きを書くのがしんどくなってきたので2話まででいったん完結にさせて頂きました。未完です。
〜鎌倉あやかし奇譚〜 龍神様の許嫁にされてしまいました
五徳ゆう
キャラ文芸
「俺の嫁になれ。そうすれば、お前を災いから守ってやろう」
あやかしに追い詰められ、龍神である「レン」に契約を迫られて
絶体絶命のピンチに陥った高校生の藤村みなみ。
あやかしが見えてしまう体質のみなみの周りには
「訳アリ」のあやかしが集うことになってしまって……!?
江ノ島の老舗旅館「たつみ屋」を舞台に、
あやかしが見えてしまう女子高生と俺様系イケメン龍神との
ちょっとほっこりするハートフルストーリー。
毒小町、宮中にめぐり逢ふ
鈴木しぐれ
キャラ文芸
🌸完結しました🌸生まれつき体に毒を持つ、藤原氏の娘、菫子(すみこ)。毒に詳しいという理由で、宮中に出仕することとなり、帝の命を狙う毒の特定と、その首謀者を突き止めよ、と命じられる。
生まれつき毒が効かない体質の橘(たちばなの)俊元(としもと)と共に解決に挑む。
しかし、その調査の最中にも毒を巡る事件が次々と起こる。それは菫子自身の秘密にも関係していて、ある真実を知ることに……。
【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜
七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。
ある日突然、兄がそう言った。
魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。
しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。
そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。
ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。
前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。
これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。
※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる