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【3】 オラオラ系なパン職人 優大君 オレンジの連鎖が始まる
⑤ インフルエンサー バズった!?
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ようし。出来た。投稿!
そんな父の声が聞こえてきた。その声と共に舞のエプロンのポケットからも、優大の白い職人用のズボンのポケットからも通知音が聞こえた。スミレ・ガーデンカフェのアカウントに更新があると自分たちのスマートフォンにも知らせが来るようにしている。二人揃って、その投稿を確認した。
「お、すげえシャレてるっすね!」
「わ、さすがお父さん。元エルム珈琲の開発部長!」
まるでプロが撮影したかのような洗練されたディスプレイ画像に、優大のガトーショコラを中心に、スミレ・ガーデンカフェにある花や雑貨、そしてメニューの空気感が醸し出されていた。さらに父が投稿した文章も。
『予算度外視の贅沢なガトーショコラを、パン職人の青年が企画に出してきました。札幌の某珈琲会社に長く勤めていたオーナーの私はもちろん却下しました。その青年が、私が娘のためにだけ作っていたオレンジティーを飲んだ時に、こんなに美味しいお茶にはこれだと閃いて、計画に反して作り出した物です。チャレンジは大事ですよね。最初は経験とメニュー開発のセオリーからはみ出したくなかった年配の私でしたが、美味しいものは美味しい、逆らえませんでした。予算度外視で、短期間限定で商品として出すことにしました。この美味しい――だけのために私と若きパン職人が作り出したオレンジが香るセットを是非味わっていただきたいと思っています。カフェの外は札幌でガーデナーをしていた娘が手入れをしている花畑があります。二年目の今年、全面に花が咲き始め、いまは優しい紫と白、アクセントに赤や鮮やかなマゼンダの花が見られます。もうじき、森の入り口にたくさんのバラが咲く予定です。ドライブでお近くを通られた時には是非。お待ちしております』
各種SNSに父が宣伝文も投稿した。
「ま、平日は来ないだろうけれどね」
なんて。いまの経営状態を自虐するようなおどけた笑みを見せ、事務用のテーブルから離れていった。
撮影会は終わり、父と優大は『今後の展開について』のミーティングを始めるため、いつものテーブルで向き合っている。舞は花を生け終え、ガーデンに出て今日残りの作業へ行こうとした。
ドアを開けて出て行く時、父の手元にあるスマートフォンから『ピコン』という通知音が聞こえた。少しはある『いいね』がもらえたようだった。
「庭に行ってきます」
『ピコン』、また聞こえた。
「いってらっしゃい。で、優大君、平日と週末の生産数の差についてなんだけれど」
『ピコン』、『ピコン』――。通知音が立て続けに鳴っている。
珍しいなと思いながら、舞は外に出た。父と優大が顔をつきあわせている姿が窓の向こうに見えたのを目の端に止め、舞は花々が揺れるガーデンに出る。
初夏の風からほのかな花の香りがするようになってきた。
森の入り口に視線を向けると、ちょこちょこと珊瑚色の蕾が見え始める。
もうすぐリージャン・ロード クライマーが咲きそうで、そう思っただけで舞の心が浮き立つ。
一昨年に残したい草花をそのままに平らに均した敷地には、いまは牧草地のように敷き詰められた花々が咲き乱れ揺れている。
一人で出来た! 舞は両手を広げて、サフォークの丘の森林の風を深く吸う。
「あそこにベンチを置いて、あそこにも石畳の散策道を作りたい、今度は森林に続く道を高さで演出をして……。今度はあの花を植えよう。来年の春には……」
次々と浮かんでくる。午後も花がらを確認して、切り取っておかねばならない見回りをする。
ここに来た時に野生化していたジャーマンカモミールの群生も華やかに風に揺れている。
野生化していたせいか、初めて花が咲いた時は香りが弱いことに気がついた。カモミールはこぼれ種で自然に発芽してどんどん増えていくが、近親で交配を続けていくと育ちも香りも弱くなっていく。
以後、近親交配を防ぐために、昨年、舞が新しい苗と整えた。そう、これが『メドウ的ガーデン』なんだと、舞は自分の手で花が生き生きしていく様をここ二年、強く感じるようになった。
今年は咲き始めから、青リンゴのようなよい香りが漂っていた。花はどんどん出てくるのでどんどん摘んで、お風呂に入れてみたら父がとても喜んでいる。その花摘みと雑草取りも欠かさず……。日が傾き始め、空はそろそろ水色から茜の色が重なり始めていた。
『舞!』
そんな声がして、カモミールに埋もれるようにしゃがんで仕事をしていた舞は立ち上がる。
「舞、どこだ!」
白いコックコート姿の優大が、広い敷地のどこに舞がいるのかと大声を張り上げて見渡している。麦わらで出来ている中折れハットを頭から取り去り、手で降って『ここ!』と優大に返事をした。彼が見つける。
「さっきの、オーナーの投稿が大変なことになっているんだよ。ちょっと来いよ」
どうしたのだろうかと、舞も軍手を取り去りブリキのバケツに置いて、再度カフェに戻った。
父と優大が待つカフェ店内に戻ると、父が珍しく落ち着きなくうろたえていた。
「舞、おかしいんだ。ずっと、スマートフォンが鳴りっぱなしで……、ほら、まだ鳴るんだ」
父が手に持っているのは、仕事用のスマートフォン。先ほどのSNS投稿などのアカウントも管理しているものだった。その機器からずっと『ピコン』と通知音が繰り返されている。
「オーナー、通知音をオフにしたほうがいいですよ」
優大に言われ、父も頷いてあたふたとスマートフォンの画面をスワイプしてタップして……と操作しているが、その手元がおぼつかない。こんな父、見たことがないと舞も唖然とする。そのうちに『俺がやります。借りますね』と優大が父の代わりに通知音を切ろうとしていた。
そして舞も、首かけエプロンのポケットに入れているスマートフォンを取り出し、フォローしているカフェのSNSアプリ画面を開いてみた。いいねの数字がリズミカルにカウントされている。コメントもいっぱいつき始めている。それも舞は確認してみた。
『おいしそう!』、『ワックス・サシェも売り物なのですか?』『いつもこんな企画されているのですか』『お花、かわいいですね。北海道の士別はどこのあたりなのですか』などなど……。特に写真を主に掲載するSNSアプリには女性からのコメントが多い。
設定を終えたのか、通知音が聞こえなくなった。
「あ、オーナーわかりましたよ。この方の投稿から来ているみたいです」
父の代わりにアプリの設定をしていた優大が、店アカウントのメイン画面から通知画面を開いて確認をしている。
「この方のアカウントで、オーナーが宣伝したつぶやき投稿をコメント引用して紹介してくれたみたいですよ」
優大がさらに紹介者のアカウント画面を開いてくれる。舞も父と一緒に優大の手元を覗き込む。
プロフィール画面には札幌市在住とある。さらに『茶道講師』と記されている。
「あ、この写真!」
舞は驚いて、思わずその方がアップしている画像を指さした。
少し前に、紫と白の小花とビビッドなオリエンタルポピーが咲き始めたころの画像。あの上品なご夫妻が訪ねてきた頃のものだった。舞がさらに確信したのは、このアカウントの持ち主が投稿しているつぶやきだ。
『先日、名寄の親戚を訪ねた際に、思いがけず立ち寄ったガーデンカフェです。お父様がカフェオーナー、お嬢様が札幌の花のコタンで経験を積んだプロのガーデナーで、絵本の世界を思わせる綺麗な花畑を育てています。二年目にしてやっと全面にお花を咲かせることができたとのこと。お父様はエルム珈琲の開発担当の元社員さんということで、お店のセンスもメニューのセンスも抜群。ランチはサフォーク羊のジンギスカン一品のみですが、もちろんお味も保証します。また行きたいと思っていたところに、こんな素敵な限定スイーツのお知らせ! お嬢様が野生化したバラがいっぱい咲くのだと教えてくださったので、もう一度、主人と共にでかける予定です。素敵なのは、こちらのお父様が早くに亡くなられた奥様のお名前をカフェに名付けたこと、この土地に決められたのも、春にたくさんのスミレが咲くからなのだそうです。お父様のお気持ちに応えようと、ガーデナーとして独り立ちをされたお嬢様の懸命さがお庭の美しい風情から感じられます。そして先日は会うことは出来ませんでしたが、このお店のためにパンをひとつひとつ丁寧に焼かれている職人さんもいらっしゃるとのこと。そのパンも持って帰りたかったほどです。その方が焼かれたガトーショコラ、絶対に食べに行きたいです!』
間違いない。こんな個人的な話をしたのはあの奥様だけだからだ。
そばに寄り添っていたカラク様が『たまには素直に伝えてみては』と舞の後押しをしたあの日だ。
さらに優大がおののきながら父に告げる。
「オーナー、このお茶の先生、フォロワーが六千人もいます。しかも、お茶のたしなみや心得を用いた日々の呟きが好評でファンが多いのか、ほかの呟きにも数百~千単位のいいねがつくみたいですね。いわゆる『インフルエンサー』という類いのユーザーのようですね」
父も驚きに震えている。
そんな父の声が聞こえてきた。その声と共に舞のエプロンのポケットからも、優大の白い職人用のズボンのポケットからも通知音が聞こえた。スミレ・ガーデンカフェのアカウントに更新があると自分たちのスマートフォンにも知らせが来るようにしている。二人揃って、その投稿を確認した。
「お、すげえシャレてるっすね!」
「わ、さすがお父さん。元エルム珈琲の開発部長!」
まるでプロが撮影したかのような洗練されたディスプレイ画像に、優大のガトーショコラを中心に、スミレ・ガーデンカフェにある花や雑貨、そしてメニューの空気感が醸し出されていた。さらに父が投稿した文章も。
『予算度外視の贅沢なガトーショコラを、パン職人の青年が企画に出してきました。札幌の某珈琲会社に長く勤めていたオーナーの私はもちろん却下しました。その青年が、私が娘のためにだけ作っていたオレンジティーを飲んだ時に、こんなに美味しいお茶にはこれだと閃いて、計画に反して作り出した物です。チャレンジは大事ですよね。最初は経験とメニュー開発のセオリーからはみ出したくなかった年配の私でしたが、美味しいものは美味しい、逆らえませんでした。予算度外視で、短期間限定で商品として出すことにしました。この美味しい――だけのために私と若きパン職人が作り出したオレンジが香るセットを是非味わっていただきたいと思っています。カフェの外は札幌でガーデナーをしていた娘が手入れをしている花畑があります。二年目の今年、全面に花が咲き始め、いまは優しい紫と白、アクセントに赤や鮮やかなマゼンダの花が見られます。もうじき、森の入り口にたくさんのバラが咲く予定です。ドライブでお近くを通られた時には是非。お待ちしております』
各種SNSに父が宣伝文も投稿した。
「ま、平日は来ないだろうけれどね」
なんて。いまの経営状態を自虐するようなおどけた笑みを見せ、事務用のテーブルから離れていった。
撮影会は終わり、父と優大は『今後の展開について』のミーティングを始めるため、いつものテーブルで向き合っている。舞は花を生け終え、ガーデンに出て今日残りの作業へ行こうとした。
ドアを開けて出て行く時、父の手元にあるスマートフォンから『ピコン』という通知音が聞こえた。少しはある『いいね』がもらえたようだった。
「庭に行ってきます」
『ピコン』、また聞こえた。
「いってらっしゃい。で、優大君、平日と週末の生産数の差についてなんだけれど」
『ピコン』、『ピコン』――。通知音が立て続けに鳴っている。
珍しいなと思いながら、舞は外に出た。父と優大が顔をつきあわせている姿が窓の向こうに見えたのを目の端に止め、舞は花々が揺れるガーデンに出る。
初夏の風からほのかな花の香りがするようになってきた。
森の入り口に視線を向けると、ちょこちょこと珊瑚色の蕾が見え始める。
もうすぐリージャン・ロード クライマーが咲きそうで、そう思っただけで舞の心が浮き立つ。
一昨年に残したい草花をそのままに平らに均した敷地には、いまは牧草地のように敷き詰められた花々が咲き乱れ揺れている。
一人で出来た! 舞は両手を広げて、サフォークの丘の森林の風を深く吸う。
「あそこにベンチを置いて、あそこにも石畳の散策道を作りたい、今度は森林に続く道を高さで演出をして……。今度はあの花を植えよう。来年の春には……」
次々と浮かんでくる。午後も花がらを確認して、切り取っておかねばならない見回りをする。
ここに来た時に野生化していたジャーマンカモミールの群生も華やかに風に揺れている。
野生化していたせいか、初めて花が咲いた時は香りが弱いことに気がついた。カモミールはこぼれ種で自然に発芽してどんどん増えていくが、近親で交配を続けていくと育ちも香りも弱くなっていく。
以後、近親交配を防ぐために、昨年、舞が新しい苗と整えた。そう、これが『メドウ的ガーデン』なんだと、舞は自分の手で花が生き生きしていく様をここ二年、強く感じるようになった。
今年は咲き始めから、青リンゴのようなよい香りが漂っていた。花はどんどん出てくるのでどんどん摘んで、お風呂に入れてみたら父がとても喜んでいる。その花摘みと雑草取りも欠かさず……。日が傾き始め、空はそろそろ水色から茜の色が重なり始めていた。
『舞!』
そんな声がして、カモミールに埋もれるようにしゃがんで仕事をしていた舞は立ち上がる。
「舞、どこだ!」
白いコックコート姿の優大が、広い敷地のどこに舞がいるのかと大声を張り上げて見渡している。麦わらで出来ている中折れハットを頭から取り去り、手で降って『ここ!』と優大に返事をした。彼が見つける。
「さっきの、オーナーの投稿が大変なことになっているんだよ。ちょっと来いよ」
どうしたのだろうかと、舞も軍手を取り去りブリキのバケツに置いて、再度カフェに戻った。
父と優大が待つカフェ店内に戻ると、父が珍しく落ち着きなくうろたえていた。
「舞、おかしいんだ。ずっと、スマートフォンが鳴りっぱなしで……、ほら、まだ鳴るんだ」
父が手に持っているのは、仕事用のスマートフォン。先ほどのSNS投稿などのアカウントも管理しているものだった。その機器からずっと『ピコン』と通知音が繰り返されている。
「オーナー、通知音をオフにしたほうがいいですよ」
優大に言われ、父も頷いてあたふたとスマートフォンの画面をスワイプしてタップして……と操作しているが、その手元がおぼつかない。こんな父、見たことがないと舞も唖然とする。そのうちに『俺がやります。借りますね』と優大が父の代わりに通知音を切ろうとしていた。
そして舞も、首かけエプロンのポケットに入れているスマートフォンを取り出し、フォローしているカフェのSNSアプリ画面を開いてみた。いいねの数字がリズミカルにカウントされている。コメントもいっぱいつき始めている。それも舞は確認してみた。
『おいしそう!』、『ワックス・サシェも売り物なのですか?』『いつもこんな企画されているのですか』『お花、かわいいですね。北海道の士別はどこのあたりなのですか』などなど……。特に写真を主に掲載するSNSアプリには女性からのコメントが多い。
設定を終えたのか、通知音が聞こえなくなった。
「あ、オーナーわかりましたよ。この方の投稿から来ているみたいです」
父の代わりにアプリの設定をしていた優大が、店アカウントのメイン画面から通知画面を開いて確認をしている。
「この方のアカウントで、オーナーが宣伝したつぶやき投稿をコメント引用して紹介してくれたみたいですよ」
優大がさらに紹介者のアカウント画面を開いてくれる。舞も父と一緒に優大の手元を覗き込む。
プロフィール画面には札幌市在住とある。さらに『茶道講師』と記されている。
「あ、この写真!」
舞は驚いて、思わずその方がアップしている画像を指さした。
少し前に、紫と白の小花とビビッドなオリエンタルポピーが咲き始めたころの画像。あの上品なご夫妻が訪ねてきた頃のものだった。舞がさらに確信したのは、このアカウントの持ち主が投稿しているつぶやきだ。
『先日、名寄の親戚を訪ねた際に、思いがけず立ち寄ったガーデンカフェです。お父様がカフェオーナー、お嬢様が札幌の花のコタンで経験を積んだプロのガーデナーで、絵本の世界を思わせる綺麗な花畑を育てています。二年目にしてやっと全面にお花を咲かせることができたとのこと。お父様はエルム珈琲の開発担当の元社員さんということで、お店のセンスもメニューのセンスも抜群。ランチはサフォーク羊のジンギスカン一品のみですが、もちろんお味も保証します。また行きたいと思っていたところに、こんな素敵な限定スイーツのお知らせ! お嬢様が野生化したバラがいっぱい咲くのだと教えてくださったので、もう一度、主人と共にでかける予定です。素敵なのは、こちらのお父様が早くに亡くなられた奥様のお名前をカフェに名付けたこと、この土地に決められたのも、春にたくさんのスミレが咲くからなのだそうです。お父様のお気持ちに応えようと、ガーデナーとして独り立ちをされたお嬢様の懸命さがお庭の美しい風情から感じられます。そして先日は会うことは出来ませんでしたが、このお店のためにパンをひとつひとつ丁寧に焼かれている職人さんもいらっしゃるとのこと。そのパンも持って帰りたかったほどです。その方が焼かれたガトーショコラ、絶対に食べに行きたいです!』
間違いない。こんな個人的な話をしたのはあの奥様だけだからだ。
そばに寄り添っていたカラク様が『たまには素直に伝えてみては』と舞の後押しをしたあの日だ。
さらに優大がおののきながら父に告げる。
「オーナー、このお茶の先生、フォロワーが六千人もいます。しかも、お茶のたしなみや心得を用いた日々の呟きが好評でファンが多いのか、ほかの呟きにも数百~千単位のいいねがつくみたいですね。いわゆる『インフルエンサー』という類いのユーザーのようですね」
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