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30.ドクター離島②
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岡が悠斗を腕に抱き上げて岸辺に上げてくれる。美湖もすぐにそばに座らせて、悠斗の手を診る。
すぐにドクターバッグを開けてガーゼを取り出す。患部を押さえ止血をしながら、傷口を見た。
「大丈夫。切ったばかりで出血しているだけ。消毒をして応急処置をしよう。お母さんに連絡して、診療所でもう少し詳しく見ようか」
「うちすぐそこや。先生、暑いけんそっち行こう。おう、悠斗。おっちゃんがおぶってやるけん」
悠斗の腕にガーゼを当て美湖も素早く包帯を巻く。それだけで子供達が『はええ、すげえ』と感心してくれる。
「そやからいったやろ。テトラポットで遊ぶ時は父ちゃんか母ちゃんと来い。それか漁協のおっちゃんたちを呼べ。わかったな」
子供たちがしゅんとしながら、岡氏の後をついていく。
ほんとうにすぐそこの、港と面しているこちらも古民家なご自宅だった。
庭の縁側に連れて行ってくれ、よしずの日陰があるところで、美湖はさっそく応急処置する。
「痛いけど、我慢だよ。消毒するね」
あー、これはちょっと縫うかもしれないなと思ったがここではできない。岡に悠斗の母親に連絡して、診療所に来てもらうようお願いする。
「芳子、これ茹でてやってくれや。スイカか桃あったやろ。あれ、出してやれや」
「あらあ。懐かしい。カメノテやないの」
岡の妻が出てきて、バケツの中を見て微笑んだ。
「こいつらこれで美湖先生をからかっておったわ。わしまで先生に子供の時にこんな酷い遊びをしていたのか、子供達に継いできたのかと怒られたわ」
芳子がそれを聞いて笑った。
「まあ、あんたら。なにも知らん先生を驚かせたんかね。そら怒られるわ」
「ま、美人に怒られるのも悪うなかったわ」
「はあ、なにゆうてんのお父ちゃんは、もう!」
奥さんに頭をぺしりと叩かれたが、芳子は子供たちに待つように伝えてカメノテのバケツをキッチンへと持っていった。
その間に、岡が悠斗の家に連絡をしてくれる。
「先生、すぐ来てくれるってよ。うちの軽トラ、乗っていきや。おーい、芳子。大輝とか子供たち頼んだでー」
奥から『はーい』という奥様の声だけが聞こえた。
大輝たち元気な男児は奥様に監督を任せて、美湖は悠斗を連れて診療所へ向かうことに。ドクターバッグに消毒液やピンセットなどの器具セットを閉まっている時だった。
縁側、日陰になっている畳の古い部屋からおばあちゃんが現れる。
「美湖先生、これ、持って帰って」
岡の母親、志津だった。高齢ではあるが元気で、たまに薬をもらうためにお嫁さんの芳子と診療所へやってくる。往診もよくさせてもらっていて馴染んできたところだった。
その志津の手には、松山銘菓のタルトと桃。
「先生、好きやろ。じいさんの仏壇に備えておったもんやけど、持って帰って」
「ありがとう志津さん」
心なしか足取りが頼りなく感じた。受け取るために握った手も熱い?
「志津さん。どこか調子よくない?」
「まあ、この暑さじゃけん。しょーもないわ。ちょっとぐったりしとるだけやけん。美湖先生の声が聞こえて、出てきてしもうたわ」
そう言われると美湖もつい頬が緩む。素直に嬉しく思えるようになっていた。
「先生。悠斗が痛がっとるんよ。もう行くで!」
急かされて、美湖も軽トラックへと向かった。
悠斗の手のひらの傷は専用の固定テープにて傷口を閉じることで、なんとかなった。
「もうちょっと深かったら縫っていたよ。気をつけようね」
大事に至らず、母親もほっとしたようだった。島に来てから、美湖は母親のこのような顔に何度も遭遇している。
「先生、ありがとうございました」
「ちょうど、通りかかりだったんですよ。往診の帰りで。カメノテで驚かされましてね。本当に亀の手をちぎって遊んでいたのかと、それにもヒヤリとしましたよ」
「あれ、おいしいんですよ。甲殻類なので海老や蟹みたいな味がするんです」
「そうなんですかー、ちょーっとすぐには口にできないぐらい、手そのもの、そんなリアリティありましたよ」
機会があれば是非と悠斗ママが笑う。悠斗も落ち着いたようで、帰りは笑って母親と帰っていった。
気がつくと夕方になっていた。静かな診療所にひとり。誰もいない、来ない。また診察室でもくもくと雑務をこなす。窓辺が暗くなり、心なしか夜風が涼しくなったように感じる。
遠い漁り火が見える窓辺で、美湖は晴紀を思う。いま、どこにいるの。瀬戸内海を往く貨物に乗っているとわかっていても、いま彼はそばにいない。
往診した時のカルテをパソコンに記録しようとドクターバッグを開けた時、志津から桃とタルトをもらったことを思い出す。
白衣のままキッチンへ向かい、冷蔵庫に桃を入れる。冷えたら寝る前に切って食べようと思いながら……。
ふと、不安に駆られた。
診察室に急いで戻った美湖は、またドクターバッグに薬剤と機器を補充。灯りを消して戸締まりをして外に飛び出した。
走って走って、息を切らして向かったのはすぐそこの港。漁船が並ぶ水辺に立ち並ぶ古民家を目指す。そして岡氏の家へ。
玄関のチャイムを鳴らすと、岡が出てくれる。
「岡さん、あの志津さん……」
もう一度よく診せてほしいと言おうとしたら。
「ちょうどよかった先生! ばあちゃん、めまいみたいなの起こして倒れてぐったりしたままなんよ。呼びに行こう思ってたところや!」
心臓がどくんと大きく動いた。やっぱりあの時、もっとよく見ておけばよかった。でも不安が当たった!
すぐにドクターバッグを開けてガーゼを取り出す。患部を押さえ止血をしながら、傷口を見た。
「大丈夫。切ったばかりで出血しているだけ。消毒をして応急処置をしよう。お母さんに連絡して、診療所でもう少し詳しく見ようか」
「うちすぐそこや。先生、暑いけんそっち行こう。おう、悠斗。おっちゃんがおぶってやるけん」
悠斗の腕にガーゼを当て美湖も素早く包帯を巻く。それだけで子供達が『はええ、すげえ』と感心してくれる。
「そやからいったやろ。テトラポットで遊ぶ時は父ちゃんか母ちゃんと来い。それか漁協のおっちゃんたちを呼べ。わかったな」
子供たちがしゅんとしながら、岡氏の後をついていく。
ほんとうにすぐそこの、港と面しているこちらも古民家なご自宅だった。
庭の縁側に連れて行ってくれ、よしずの日陰があるところで、美湖はさっそく応急処置する。
「痛いけど、我慢だよ。消毒するね」
あー、これはちょっと縫うかもしれないなと思ったがここではできない。岡に悠斗の母親に連絡して、診療所に来てもらうようお願いする。
「芳子、これ茹でてやってくれや。スイカか桃あったやろ。あれ、出してやれや」
「あらあ。懐かしい。カメノテやないの」
岡の妻が出てきて、バケツの中を見て微笑んだ。
「こいつらこれで美湖先生をからかっておったわ。わしまで先生に子供の時にこんな酷い遊びをしていたのか、子供達に継いできたのかと怒られたわ」
芳子がそれを聞いて笑った。
「まあ、あんたら。なにも知らん先生を驚かせたんかね。そら怒られるわ」
「ま、美人に怒られるのも悪うなかったわ」
「はあ、なにゆうてんのお父ちゃんは、もう!」
奥さんに頭をぺしりと叩かれたが、芳子は子供たちに待つように伝えてカメノテのバケツをキッチンへと持っていった。
その間に、岡が悠斗の家に連絡をしてくれる。
「先生、すぐ来てくれるってよ。うちの軽トラ、乗っていきや。おーい、芳子。大輝とか子供たち頼んだでー」
奥から『はーい』という奥様の声だけが聞こえた。
大輝たち元気な男児は奥様に監督を任せて、美湖は悠斗を連れて診療所へ向かうことに。ドクターバッグに消毒液やピンセットなどの器具セットを閉まっている時だった。
縁側、日陰になっている畳の古い部屋からおばあちゃんが現れる。
「美湖先生、これ、持って帰って」
岡の母親、志津だった。高齢ではあるが元気で、たまに薬をもらうためにお嫁さんの芳子と診療所へやってくる。往診もよくさせてもらっていて馴染んできたところだった。
その志津の手には、松山銘菓のタルトと桃。
「先生、好きやろ。じいさんの仏壇に備えておったもんやけど、持って帰って」
「ありがとう志津さん」
心なしか足取りが頼りなく感じた。受け取るために握った手も熱い?
「志津さん。どこか調子よくない?」
「まあ、この暑さじゃけん。しょーもないわ。ちょっとぐったりしとるだけやけん。美湖先生の声が聞こえて、出てきてしもうたわ」
そう言われると美湖もつい頬が緩む。素直に嬉しく思えるようになっていた。
「先生。悠斗が痛がっとるんよ。もう行くで!」
急かされて、美湖も軽トラックへと向かった。
悠斗の手のひらの傷は専用の固定テープにて傷口を閉じることで、なんとかなった。
「もうちょっと深かったら縫っていたよ。気をつけようね」
大事に至らず、母親もほっとしたようだった。島に来てから、美湖は母親のこのような顔に何度も遭遇している。
「先生、ありがとうございました」
「ちょうど、通りかかりだったんですよ。往診の帰りで。カメノテで驚かされましてね。本当に亀の手をちぎって遊んでいたのかと、それにもヒヤリとしましたよ」
「あれ、おいしいんですよ。甲殻類なので海老や蟹みたいな味がするんです」
「そうなんですかー、ちょーっとすぐには口にできないぐらい、手そのもの、そんなリアリティありましたよ」
機会があれば是非と悠斗ママが笑う。悠斗も落ち着いたようで、帰りは笑って母親と帰っていった。
気がつくと夕方になっていた。静かな診療所にひとり。誰もいない、来ない。また診察室でもくもくと雑務をこなす。窓辺が暗くなり、心なしか夜風が涼しくなったように感じる。
遠い漁り火が見える窓辺で、美湖は晴紀を思う。いま、どこにいるの。瀬戸内海を往く貨物に乗っているとわかっていても、いま彼はそばにいない。
往診した時のカルテをパソコンに記録しようとドクターバッグを開けた時、志津から桃とタルトをもらったことを思い出す。
白衣のままキッチンへ向かい、冷蔵庫に桃を入れる。冷えたら寝る前に切って食べようと思いながら……。
ふと、不安に駆られた。
診察室に急いで戻った美湖は、またドクターバッグに薬剤と機器を補充。灯りを消して戸締まりをして外に飛び出した。
走って走って、息を切らして向かったのはすぐそこの港。漁船が並ぶ水辺に立ち並ぶ古民家を目指す。そして岡氏の家へ。
玄関のチャイムを鳴らすと、岡が出てくれる。
「岡さん、あの志津さん……」
もう一度よく診せてほしいと言おうとしたら。
「ちょうどよかった先生! ばあちゃん、めまいみたいなの起こして倒れてぐったりしたままなんよ。呼びに行こう思ってたところや!」
心臓がどくんと大きく動いた。やっぱりあの時、もっとよく見ておけばよかった。でも不安が当たった!
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