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見えたのは希望の光、それとも
蝕む暗がり
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まるで神聖な儀式を見ているようだった。絵面だけを見たならそうとしか見えないのに、ふたりのやりとりを聞いていたリッテルにとってはとんだ茶番だった。
―――あたしの腹で、子を成す? その子が生まれるまでは、あたしはここに囚われたまま? 力って? 魔女の托卵って、なに。このひとたち、何を言っているの……。
混乱したリッテルが黙りこくっているあいだに、シェンダリオンはずるりと長衣のすそを引きずって背を向けた。その様はまるで、暗がりに溶けていくかのようだ。
「では、血の下りが収まったころにまた来ます。それまで世話を頼みましたよ、ジュンナ」
「はい、シェンダリオンさま。しかと承りましてございますわ」
ひざまづいたまま頭をさげてその背を見送ったジュンナは、どこかで扉の閉まる音がして彼の靴音が聞こえなくなると、ひらりと立ち上がってリッテルの横までかつかつと歩いてきた。
ふたたびほほを叩かれるのか、と身構えるリッテルに、彼女は甘く笑う。
「これより、わたくしが一切のお世話をさせていただきますわね。まずは、ここかしら」
言いながら、心元ない布を指でつつつと太ももに向かって引き上げられて、リッテルはぞわぞわと襲い来る気持ち悪さを我慢できなかった。
―――まさか、このひと、当て布を替えるつもり!?
必死で身をよじりながら、ジュンナを止めようとリッテルは口を開く。
「ねえ! やめて、待って、ねえ。教えて。あの、どういうことなの。あたしが、子どもを成すって。なんなの。なんであたしなの!?」
悲鳴まじりのリッテルの問いかけに、そろそろ下ばきまでたどり着こうとしていたジュンナの指がぴたりと止まる。
彼女の気を引くことに成功した、と喜んだのもつかの間。にたりと嫌な笑顔を浮かべたジュンナを見て、リッテルは自分の問いが失敗だったと知る。けれど、すでに遅い。
「そう。わたくしもそう思いますわ。どうしてあなたなのかしら」
満面の笑みのなか、あたりに広がる暗闇よりもなお暗い瞳に食われそうで、リッテルは息をすることさえできなくなった。それを助長するように、太ももを離れたジュンナの手がリッテルの首にかかる。
「ねえ? どうして、どうしてわたくしではなくて、あなたなのかしら。シェンダリオンさまのお情けを頂戴できる栄光が与えられたのが、どうしてわたくしではないのかしら!」
ことばのはげしさとは裏腹に、首にかかった手はゆるゆると力を増していく。あわせて、顔を近づけてくるジュンナにろうそくの明かりが遮られて、リッテルの視界は暗くなる。すこしずつ苦しくなっていく呼吸と目の前の女への恐怖に、リッテルは涙をにじませて首を左右に振りたくる。
「しっ、知らない! あたしだってわかんない! なんなの。力って。魔女の托卵ってなんなのよぉ!」
じわりじわりとせばめられていた気道が完全に閉ざされるまえに叫べば、不意に首にかかっていた力が消えた。同時に、間近に迫っていたジュンナがふらりと離れて、リッテルの視界に明るさが戻る。
けほり、とのどを震わせたリッテルにジュンナがくすりと笑う。
「そうね。知らないんですもの。愚かな民が知りえないことですものね。有難みがわからなくたって、無理ないことでしたわ」
そう言ってやさしくやさしく笑ったジュンナは、祈りをささげる信徒のように両手を組んで天を見上げ、目を閉じた。そうして、そのまま赤い唇をうっすらと開いて、教会の教えを説くかのように語りだす。
「力とは、あなたがた愚かな民が、魔女の呪いと呼ぶものでしてよ」
「魔女の呪い……森にひとりで入ると呪われる、とかいう、あれのこと……?」
リッテルが問い返せば、ジュンナは口に手をあててくすくすとさもおかしそうに笑いだす。
「そうですわ。あなたがたが子どもだましの迷信として言い伝えているそれのことですの。けれど、本当は迷信などではありませんわ。呪いは本当にあるのです」
「その、呪いが、あたしお腹のなかに?」
「ええ。いいえ、正確には違いますわ。魔女の呪いに触れて呪われるのは、受け入れるだけの能力を持たない者だけ。器を持った者が呪いに触れれば、その力は腹に宿るのですの。魔女の力を託されるのですわ。ですから、魔女の托卵と言われるのです。あなたに理解できるかしら」
馬鹿にするように笑うジュンナにむっとしたが、たしかにリッテルの頭は情報を整理しきれていなかった。言い返すこともできず眉根を寄せるリッテルを見て、ジュンナは満足そうに笑う。
「ふふ、それは本当は魔女の力ではない、なんて話したら、ますます混乱してしまいそうですわね。構いませんのよ、わからなくても。あなたは、その腹でシェンダリオンさまの子を成して力ある子を産む。それだけわかっていれば、十分ですわ」
「魔女じゃ、ない?」
リッテルのさらなる疑問にはもう答えずに、ジュンナは改めてリッテルの足元に立った。
「さ、そのためにも、ここはきれいにしておかなければいけませんからね」
ジュンナの細い指がリッテルの足を申し訳程度に隠している布の端にかかる。彼女がなにをしようとしているか感づいて、リッテルは思考を放棄して暴れようと試みる。
「やっ、いや! なんでそんなこと! 鎖を、はずしてっ。自分でするから、鎖をはずしてぇ!」
けれど、いくら体をよじっても鎖で縛られた手足は自由にならず、下ばきを引きずり下ろすジュンナの手を止めることはできない。
「あら、だいぶ血の下りが減ってきましたわね」
するするする、とひざまで下ろした下ばきを覗き込んでジュンナが言う。
「これなら、もう数日もすればシェンダリオンさまのお情けをいただける体になりましょう。よかったわねえ」
機嫌よくジュンナはリッテルの下ばきに当てられた布を取り換える。けれど、リッテルはそれを直視することができなかった。暴れる気力さえなくしてされるがままになったリッテルの下肢を濡れた布がぬぐっていく。
「ううっ、ぐすっ。ふぅぅ、やだあぁ……」
力なく横たわったまま泣きじゃくるリッテルの腹をジュンナの手がなだめるようにやさしくなでてくる。
「ふふ、初めての交わりが怖いのかしら? 心配することはありませんわ。シェンダリオンさまにお任せすればいいのですから。あなたはただ、ここにいればいいのですから」
言いながら、丁寧な手つきで全身を濡れた布でぬぐわれる。下肢だけでなく、顔も胸もわきの下も。腹はことさらやさしくぬぐわれて、すべてが終わるころにはリッテルはもう涙すらも涸れていた。
「さあ、終わりましたわ。そろそろ眠りなさいな。良い眠りが良い子を産む腹を作るのですから」
「…………」
あやすように髪の毛をすきながら言うジュンナに反論する力もなくて、リッテルは言われるままゆるゆると目を閉じた。疲れ切っていた心と体は、視界に降りてきた闇にあっけなく飲み込まれていった。
―――何日、経っただろう……。
寝床のうえでうつ伏せになったまま、リッテルは寝床に敷かれた真っ白い布を見つめてぼんやりと思う。ずっと暗いままの部屋のなかでは、時の流れがわからない。食事の回数を数えていれば、とも思ったが、時間経過のわからない部屋のなか、空腹を感じなくなった腹では日に何度、食事が運ばれているのかすらわからなくて、すぐにあきらめた。
ときおりやってくるジュンナに聞いても、教えてはくれない。ずっと同じ体制でいると体によくないからと、日に何度か現れてはリッテルを仰向けにしたり、うつ伏せにしたり入れ替えると、ジュンナは、またリッテルの手足を鎖でしっかりとつないで消えていく。
相変わらず広ささえわからない暗い部屋のなかで、リッテルはただただされるがままに向きを変えられ、体をふき清められ、食事をとらされることしかできない。
寝床にしかれた布も、リッテルの体を覆う布も、体をふき清める布でさえどれも肌触りがよくきっと高価な布なのだろう。与えられる食事も、リッテルがこれまで口にしたことがないやわらかくて酸っぱくない麺麭であったり、うまみたっぷりの具沢山スープであったり、かみしめる必要がないほどやわらかな肉や筋のない野菜、おどろくほど甘い果物ばかり。
けれど、リッテルは与えられるそれらのどれひとつだって、うれしくなかった。
リッテルがいま欲しいのはそんなものではなくて、自由だ。自由に動かせる手足で、心の赴くままに行きたいところへ行きやりたいことをする。そんな自由がほしいのに、何度うったえてもジュンナは聞く耳を持たない。
これではまるで、人形遊びだ。リッテルの意思など関係ない。ただただ、彼らの都合がいいように操られ、きれいに保たれているだけの人形だ。
―――ここから出たい。出て……どうするの?
ぼんやりと浮かんだ望みに、リッテルの心が自問する。
―――ここから出て、お日さまの光を浴びたい。
この部屋に囚われてから、いいや、教会の建物のなかに入ってから、リッテルが目にしたのはたよりなく揺れるろうそくの明かりばかり。村で毎日のように浴びていた太陽のぬくもりが、恋しくてたまらなかった。
―――お日さまの光を浴びて、それからどうしたいの?
リッテルの心がふたたび問いかける。
―――それから、思いっきり走りたい。飛び跳ねて、腕を振り回したり、体じゅうを自由に気の向くままに、動かしたい。
動けないということが、リッテルの気持ちを弱らせていた。はじめのうちは、何度も暴れた。ジュンナがいないときには鎖が外れないかと力の限りに暴れて、ジュンナがいるときには外せ、外せとわめきたてながら暴れまわった。
けれど、鎖は外れない。ジュンナは困る様子も見せず、きれいに笑っておぞましい未来の話をするばかり。
「シェンダリオンさまの御子を早く身ごもれるといいわね」「何度目のお情けで腹に御種がつくかしら」「子を成して産むまでの十月十日も、わたくしがきちんとお世話さしあげますわね」「シェンダリオンさまの御子だもの、きっととてもかわいいことでしょう」
姿を見せるたびうれしいそうに、愛しそうにシェンダリオンの名を口にするジュンナに、リッテルの心は摩耗した。
前回やってきたときにも「血の下りもすっかりおさまりましたわね。シェンダリオンさまにお知らせしなければ」と言って去って行った。その名はもう聞き飽きていたし、ジュンナのうれしそうな様子はリッテルを疲れさせるばかりで、いまではもう暴れる気力さえなくなっていた。
―――あたしの腹で、子を成す? その子が生まれるまでは、あたしはここに囚われたまま? 力って? 魔女の托卵って、なに。このひとたち、何を言っているの……。
混乱したリッテルが黙りこくっているあいだに、シェンダリオンはずるりと長衣のすそを引きずって背を向けた。その様はまるで、暗がりに溶けていくかのようだ。
「では、血の下りが収まったころにまた来ます。それまで世話を頼みましたよ、ジュンナ」
「はい、シェンダリオンさま。しかと承りましてございますわ」
ひざまづいたまま頭をさげてその背を見送ったジュンナは、どこかで扉の閉まる音がして彼の靴音が聞こえなくなると、ひらりと立ち上がってリッテルの横までかつかつと歩いてきた。
ふたたびほほを叩かれるのか、と身構えるリッテルに、彼女は甘く笑う。
「これより、わたくしが一切のお世話をさせていただきますわね。まずは、ここかしら」
言いながら、心元ない布を指でつつつと太ももに向かって引き上げられて、リッテルはぞわぞわと襲い来る気持ち悪さを我慢できなかった。
―――まさか、このひと、当て布を替えるつもり!?
必死で身をよじりながら、ジュンナを止めようとリッテルは口を開く。
「ねえ! やめて、待って、ねえ。教えて。あの、どういうことなの。あたしが、子どもを成すって。なんなの。なんであたしなの!?」
悲鳴まじりのリッテルの問いかけに、そろそろ下ばきまでたどり着こうとしていたジュンナの指がぴたりと止まる。
彼女の気を引くことに成功した、と喜んだのもつかの間。にたりと嫌な笑顔を浮かべたジュンナを見て、リッテルは自分の問いが失敗だったと知る。けれど、すでに遅い。
「そう。わたくしもそう思いますわ。どうしてあなたなのかしら」
満面の笑みのなか、あたりに広がる暗闇よりもなお暗い瞳に食われそうで、リッテルは息をすることさえできなくなった。それを助長するように、太ももを離れたジュンナの手がリッテルの首にかかる。
「ねえ? どうして、どうしてわたくしではなくて、あなたなのかしら。シェンダリオンさまのお情けを頂戴できる栄光が与えられたのが、どうしてわたくしではないのかしら!」
ことばのはげしさとは裏腹に、首にかかった手はゆるゆると力を増していく。あわせて、顔を近づけてくるジュンナにろうそくの明かりが遮られて、リッテルの視界は暗くなる。すこしずつ苦しくなっていく呼吸と目の前の女への恐怖に、リッテルは涙をにじませて首を左右に振りたくる。
「しっ、知らない! あたしだってわかんない! なんなの。力って。魔女の托卵ってなんなのよぉ!」
じわりじわりとせばめられていた気道が完全に閉ざされるまえに叫べば、不意に首にかかっていた力が消えた。同時に、間近に迫っていたジュンナがふらりと離れて、リッテルの視界に明るさが戻る。
けほり、とのどを震わせたリッテルにジュンナがくすりと笑う。
「そうね。知らないんですもの。愚かな民が知りえないことですものね。有難みがわからなくたって、無理ないことでしたわ」
そう言ってやさしくやさしく笑ったジュンナは、祈りをささげる信徒のように両手を組んで天を見上げ、目を閉じた。そうして、そのまま赤い唇をうっすらと開いて、教会の教えを説くかのように語りだす。
「力とは、あなたがた愚かな民が、魔女の呪いと呼ぶものでしてよ」
「魔女の呪い……森にひとりで入ると呪われる、とかいう、あれのこと……?」
リッテルが問い返せば、ジュンナは口に手をあててくすくすとさもおかしそうに笑いだす。
「そうですわ。あなたがたが子どもだましの迷信として言い伝えているそれのことですの。けれど、本当は迷信などではありませんわ。呪いは本当にあるのです」
「その、呪いが、あたしお腹のなかに?」
「ええ。いいえ、正確には違いますわ。魔女の呪いに触れて呪われるのは、受け入れるだけの能力を持たない者だけ。器を持った者が呪いに触れれば、その力は腹に宿るのですの。魔女の力を託されるのですわ。ですから、魔女の托卵と言われるのです。あなたに理解できるかしら」
馬鹿にするように笑うジュンナにむっとしたが、たしかにリッテルの頭は情報を整理しきれていなかった。言い返すこともできず眉根を寄せるリッテルを見て、ジュンナは満足そうに笑う。
「ふふ、それは本当は魔女の力ではない、なんて話したら、ますます混乱してしまいそうですわね。構いませんのよ、わからなくても。あなたは、その腹でシェンダリオンさまの子を成して力ある子を産む。それだけわかっていれば、十分ですわ」
「魔女じゃ、ない?」
リッテルのさらなる疑問にはもう答えずに、ジュンナは改めてリッテルの足元に立った。
「さ、そのためにも、ここはきれいにしておかなければいけませんからね」
ジュンナの細い指がリッテルの足を申し訳程度に隠している布の端にかかる。彼女がなにをしようとしているか感づいて、リッテルは思考を放棄して暴れようと試みる。
「やっ、いや! なんでそんなこと! 鎖を、はずしてっ。自分でするから、鎖をはずしてぇ!」
けれど、いくら体をよじっても鎖で縛られた手足は自由にならず、下ばきを引きずり下ろすジュンナの手を止めることはできない。
「あら、だいぶ血の下りが減ってきましたわね」
するするする、とひざまで下ろした下ばきを覗き込んでジュンナが言う。
「これなら、もう数日もすればシェンダリオンさまのお情けをいただける体になりましょう。よかったわねえ」
機嫌よくジュンナはリッテルの下ばきに当てられた布を取り換える。けれど、リッテルはそれを直視することができなかった。暴れる気力さえなくしてされるがままになったリッテルの下肢を濡れた布がぬぐっていく。
「ううっ、ぐすっ。ふぅぅ、やだあぁ……」
力なく横たわったまま泣きじゃくるリッテルの腹をジュンナの手がなだめるようにやさしくなでてくる。
「ふふ、初めての交わりが怖いのかしら? 心配することはありませんわ。シェンダリオンさまにお任せすればいいのですから。あなたはただ、ここにいればいいのですから」
言いながら、丁寧な手つきで全身を濡れた布でぬぐわれる。下肢だけでなく、顔も胸もわきの下も。腹はことさらやさしくぬぐわれて、すべてが終わるころにはリッテルはもう涙すらも涸れていた。
「さあ、終わりましたわ。そろそろ眠りなさいな。良い眠りが良い子を産む腹を作るのですから」
「…………」
あやすように髪の毛をすきながら言うジュンナに反論する力もなくて、リッテルは言われるままゆるゆると目を閉じた。疲れ切っていた心と体は、視界に降りてきた闇にあっけなく飲み込まれていった。
―――何日、経っただろう……。
寝床のうえでうつ伏せになったまま、リッテルは寝床に敷かれた真っ白い布を見つめてぼんやりと思う。ずっと暗いままの部屋のなかでは、時の流れがわからない。食事の回数を数えていれば、とも思ったが、時間経過のわからない部屋のなか、空腹を感じなくなった腹では日に何度、食事が運ばれているのかすらわからなくて、すぐにあきらめた。
ときおりやってくるジュンナに聞いても、教えてはくれない。ずっと同じ体制でいると体によくないからと、日に何度か現れてはリッテルを仰向けにしたり、うつ伏せにしたり入れ替えると、ジュンナは、またリッテルの手足を鎖でしっかりとつないで消えていく。
相変わらず広ささえわからない暗い部屋のなかで、リッテルはただただされるがままに向きを変えられ、体をふき清められ、食事をとらされることしかできない。
寝床にしかれた布も、リッテルの体を覆う布も、体をふき清める布でさえどれも肌触りがよくきっと高価な布なのだろう。与えられる食事も、リッテルがこれまで口にしたことがないやわらかくて酸っぱくない麺麭であったり、うまみたっぷりの具沢山スープであったり、かみしめる必要がないほどやわらかな肉や筋のない野菜、おどろくほど甘い果物ばかり。
けれど、リッテルは与えられるそれらのどれひとつだって、うれしくなかった。
リッテルがいま欲しいのはそんなものではなくて、自由だ。自由に動かせる手足で、心の赴くままに行きたいところへ行きやりたいことをする。そんな自由がほしいのに、何度うったえてもジュンナは聞く耳を持たない。
これではまるで、人形遊びだ。リッテルの意思など関係ない。ただただ、彼らの都合がいいように操られ、きれいに保たれているだけの人形だ。
―――ここから出たい。出て……どうするの?
ぼんやりと浮かんだ望みに、リッテルの心が自問する。
―――ここから出て、お日さまの光を浴びたい。
この部屋に囚われてから、いいや、教会の建物のなかに入ってから、リッテルが目にしたのはたよりなく揺れるろうそくの明かりばかり。村で毎日のように浴びていた太陽のぬくもりが、恋しくてたまらなかった。
―――お日さまの光を浴びて、それからどうしたいの?
リッテルの心がふたたび問いかける。
―――それから、思いっきり走りたい。飛び跳ねて、腕を振り回したり、体じゅうを自由に気の向くままに、動かしたい。
動けないということが、リッテルの気持ちを弱らせていた。はじめのうちは、何度も暴れた。ジュンナがいないときには鎖が外れないかと力の限りに暴れて、ジュンナがいるときには外せ、外せとわめきたてながら暴れまわった。
けれど、鎖は外れない。ジュンナは困る様子も見せず、きれいに笑っておぞましい未来の話をするばかり。
「シェンダリオンさまの御子を早く身ごもれるといいわね」「何度目のお情けで腹に御種がつくかしら」「子を成して産むまでの十月十日も、わたくしがきちんとお世話さしあげますわね」「シェンダリオンさまの御子だもの、きっととてもかわいいことでしょう」
姿を見せるたびうれしいそうに、愛しそうにシェンダリオンの名を口にするジュンナに、リッテルの心は摩耗した。
前回やってきたときにも「血の下りもすっかりおさまりましたわね。シェンダリオンさまにお知らせしなければ」と言って去って行った。その名はもう聞き飽きていたし、ジュンナのうれしそうな様子はリッテルを疲れさせるばかりで、いまではもう暴れる気力さえなくなっていた。
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