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 家の薄い壁のすき間から朝の光が射しこんでくる。光といっしょにひんやりとした空気も入りこんできて、羽織をかぶって寝ているユンガロスはちいさく身じろいだ。
 物音を立てないようにそっと頭を起こしてあたりを見回すと、寝ているのはリュリュナの妹らしき幼女がふたり。ほかのひとびとはすでに起きて家を出たらしく、家のなかにいるのは物音を立てないように気を付けながら忙しなく立ち働くリュリュナだけだった。

 ―――次回、来るときは敷き布団の追加と、かけ布団も持ってきましょう。

 うすい布団、というか、すこし厚手の布を敷いて寝たせいできしむ身体を起こしながらユンガロスはこっそり誓う。
 リュリュナの話から敷布団を新調したら喜ばれるだろうか、と背負ってきたユンガロスだったが、村での暮らしを侮っていたと深く後悔していた。敷布団は布だし、かけ布団に至っては存在しないとは思っていなかったのだ。

「あ、ユングさん。おはようございます! よく眠れましたか?」
「おはようございます、リュリュナさん。おかげで貴重な体験ができました」
 
 ユンガロスの身体が軋むのは、寝床が固かったせいだ。昨日、力を使いすぎたことによる疲労はすっかり回復していた。
 微笑んで挨拶を返すユンガロスにちいさな牙を見せて笑ったリュリュナは、ふと首をかしげる。まるい目はユンガロスの顔に向いている。

「ユングさんは、黒眼鏡かけたまま寝るんですね。寝にくくないですか?」
「ああ、これはもう、癖のようなものですから。家人でさえも、おれの目の色を見ると落ち着きを失くすものですから」
「そうなんですか」

 黒眼鏡をそっと上げるユンガロスに、リュリュナはとてとてと近寄って硝子(がらす)越しの目をじっと見つめた。

「こんなにきれいなのに」

 本心から不思議そうにこぼされたつぶやきが、ユンガロスの胸を温める。そのぬくもりを感じてユンガロスは、慣れたつもりでくちにした自嘲のことばに傷ついていたのだと、ずっと傷ついてきたのだとはじめて気が付いた。
 思わず、リュリュナを見返すユンガロスの笑顔が深くなる。

「ありがとうございます」

 ほろりとくちをついた感謝のことばに、リュリュナは「ん?」と首をかしげている。きっと、さっきのつぶやきも声に出したつもりがないのだろう。
 ふふふ、と笑ったユンガロスは立ち上がり、羽織をまとってあまりにも軽い布団をたたんでしまってから、土間に降りた。

「なにかお手伝いできることはありますか」
 
 土間のすみのかまどでは、年季の入った鍋が煮えている。慣れた様子で薪を足して鍋をかき回すリュリュナに問えば「うーん」と悩むそぶりを見せた。

「あ、じゃあ荷ほどきをお願いします。ユングさんの荷物、そのままにしてあるから」

 リュリュナは言って、土間の半分ほどを占めているユンガロスの荷物に目をやった。
 昨晩、寝る前にどこかに荷物をしまわなければ、と話合った結果、戸口の板をはずして家のなかに押し込まれた荷物だ。
 さっそくその荷物に向かったユンガロスは、リュリュナでもじゅうぶん背負えるほどの布袋を取りだしてから「ふむ」と残りの荷物に目をやった。

「こちらはすべて村のかたがたへの土産として持ってきたのですが、どのようにお渡ししたら良いでしょう?」
「えっ! これぜんぶ、ですか?」

 驚くリュリュナにユンガロスはそっと目を伏せて微笑んだ。

「はい。これだけあればこちらの村の方々に喜んでいただけるかと思ったのですが、おれの見込みが甘かったようです。次回はさらに持てるだけのものを厳選して来なければ」

 ユンガロスがぐっと拳をにぎって決意していたところへ、戸口を開けてひょいと顔をのぞかせたのはリュリュナの母親だった。
 朝の光のしたで見ると長い髪の色はリュリュナにそっくりで、耳がとがっている点と牙がない点をのぞけば、よく似ていた。

「あら、お客さま起きたのね。おはようございます」
「おはようございます。改めまして、ユンガロスと申します。昨夜は布団を貸していただき、ありがとうございました」

 リュリュナが成長したらこんな感じだろう、とほほえむユンガロスに、リュリュナの母親はにこにこと笑って頭を下げた。

「いいえ、こちらこそ。とっても柔らかくて気持ちのいいお布団で寝られて、幸せだったわ。あんなに立派なお布団、本当にいただいて良いのかしら」
「はい。手土産ですから、受け取っていただけないと無駄になってしまいます」
「でしたら、ありがたく頂戴しますね。ほんとうにありがとう。ゆっくりしていてね」

 そう言って、リュリュナの母親は手にしていたざるをリュリュナに渡すと、ふたたび戸外に出て行った。ざるに採れたての野菜が乗せられているのを見るに、畑仕事の途中だったのだろう。
 リュリュナの母親の身長を見る限り、リュリュナの背はもうあと拳ひとつぶんくらいしか伸びないのだろうな、と思いながらユンガロスはその背を見送った。

「村のみんなに渡すお土産なら、そのままにして後で村長さんのところに運びましょう。ところでユングさん、苦手な野菜ってありますか?」
「そうですね……ぬめり気のあるものはすこし苦手です」
「オクラとかモロヘイヤとかですか?」
「いえ、それは初めて聞く名ですね。食べたこともないと思います。たとえば、明日葉(あしたば)だとか」
「あしたば……食べたことないですね」

 ふたりでわいわいと話ながら、リュリュナが朝食を作り終えるころ。
 土間のすみでもぞり、とだれかが身じろいだ。
 リュリュナとユンガロスが目を向けると、ちいさく盛り上がっていた布をかぶったままのちいさな人影がふたつ、むくりと起き上がるところだった。
 よく似た顔をしたふたりの髪は、片方が母親似の緑色。もう一方が父親似の茶色。頭の上に突き出た耳は、そろいの茶色い狸耳だ。

「あ、おはようサニナ、トネル」

 リュリュナが笑顔で声をかけると、布から顔を出したふたりの少女が目を真ん丸に見開いてくちをぽかんと開けた。

「「おねえちゃん……?」」

 声をそろえてつぶやいた少女たちの顔が、みるみる輝いていく。
 かけ布団がわりの布を脱ぎ飛ばして、ふたりはそろってわっと駆け出した。

「リュリュナおねえちゃん!」
「おねえちゃんおかえりなさい!」

 くちぐちに叫び、板間から跳んだ少女たちがリュリュナに飛びついた。
 狭い家の板間と土間にそう距離はなく、はだしの少女たちはしっかりとリュリュナにしがみつくが、受け止めたリュリュナは思わずよろける。

「あわ、わ!」
「だいじょうぶですか、リュリュナさん」

 転びそうになったリュリュナの背をすかさず支えたのは、そばにいたユンガロスだ。
 見かねて少女のひとりを抱えたユンガロスの腕に、もうひとりの少女もよじのぼってくる。ちいさな少女がふたりになったところでユンガロスは揺らぐこともないが、少女たちはさらに遠慮なくそろって黒髪の知らないひとの顔を覗き込んだ。

「だれー?」
「だれですかー?」

 好奇心の塊のような視線にさらされて、ユンガロスはことばに困り微笑みを浮かべてリュリュナを見るのだった。
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