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商品のはいった包み紙を抱えたノルを見送って、あらためてナツ菓子舗の営業が開始した。
大事をとってクッキーの販売は店舗内でしよう、ということになったため、リュリュナは板間にちょこりと座っている。店の表には『くっきぃ、店内にて販売中』と張り紙をしておいた。
ナツメグとゼトはいつものように台所に立ち、来客を待っていたのだが。
「……客、来ねえな」
「来ないですねえ」
「そうねえ」
ひまだった。
客がまったくいないわけではない。ときおり、ひとりふたりとやってきて、まんじゅうをひとつ、どら焼きをひとつといった具合に買っていく。きのうまでの忙しさからすれば、ひまと言ってしまってもしかたのない状態であった。
来店してくれる人びとは、リュリュナが来る以前からのナツ菓子舗の常連客であり、菓子を受け取りながら「大変そうだねえ」「がんばれよ」とひと声かけていってくれる。
それは大変ありがたい。ありがたく、元気づけられるものであるのだが。
「……クッキー、売れませんね」
「まあ、予想はしてたがな」
「見事に、売れないわねえ」
来てくれたわずかな客も、買うのはまんじゅうやどら焼きばかり。いっしょにいかがですか、とクッキーを勧めると苦笑いを浮かべて帰って行く。
「おいしいのにねえ」
「やっぱりみなさん、バニラビーンズを気にしてるんですかね……」
「完全に、あのごろつきどものせいだな」
ナツメグがほほに手を当ててため息をつき、リュリュナがしょんぼりと肩を落とすなか、ゼトは眉間にしわを寄せて吐き捨てるように言った。
「こんなことなら、あの眼鏡の守護隊に全部、買わせりゃよかったか」
惜しいことをした、とつぶやくゼトに、リュリュナはくちを尖らせる。
「だめですよ。クッキーはひとりふた袋までって決めてあるのに、守護隊のひとだからってたくさん渡してしまったら、特別をつくってしまうことになります」
「わかってるって。言ってみただけだよ」
むむ、と真面目な顔で言うリュリュナに、ゼトはひらひらと手を振った。
そんなふたりを横目に、ナツメグは「でも」とほほに手を当てて小首をかしげる。
「どうしましょうねえ、それ全部、余っちゃったら」
そう言うナツメグの視線の先には、木の番重に並べられたクッキーの包み紙。
昨日の出来事から売れ行きが落ちると推測して、用意する数をずいぶんと減らしたクッキーは、番重ひとつに収まりきる程度の数しかない。
それなのに、朝から売れたのはノルが買っていったふたつきり。
いまだ、買い手のないクッキーの包みが、番重いっぱいに乗っていた。
リュリュナと、台所から出て土間に立ったゼトもそこに視線を落として考える。
「昼飯の代わり、にはならねえよなあ」
「そうですか? たっぷりの水といっしょに食べれば、そこそこお腹がふくれると思うんですけど」
ゼトのつぶやきにリュリュナが首をかしげれば、ナツメグは台所から、ゼトは土間から姉義弟(きょうだい)そろって可哀そうなものを見る目をリュリュナに向けた。
「……リュリュナちゃん、ごはんを選ぶ基準は、お腹がふくれるかどうかじゃないのよ」
「えっ!」
驚いて目を丸くするリュリュナに、ゼトがため息をついた。
「そんなんだからお前、ちっこいんだよ。栄養とか、いろどりとか、考えることあるだろう、いろいろ」
「そっ、そばの実は栄養たっぷりですよ! いろどりもちゃんと、山で採ってきた葉っぱを入れたりしてましたし!」
あわてて村の食事の擁護をするリュリュナのほほを、ゼトがむにりとつまんで左右に引っ張った。
「三食ぜんぶ、そばの実だったんだろ? それを偏ってる、っていうんだ。それと、山で採った葉っぱってなんだ。お前の村の食事に足りてねえのは野菜じゃねえ。魚だ! 卵だ! 動物から摂る栄養だ!!」
「わわっ、わかっへまふよ~!」
ゼトの言いたいことはわかっている。そのために、リュリュナは出稼ぎにやってきたのだと、ゼトの手から逃れて胸を張る。
「わかってます。あたしは、村のみんなにもっとおいしいものを食べてもらうために出稼ぎにきたんです。たくさん稼いで、おいしいものやあったかい寝床を村のみんなに送るんです!」
「おまえは……」
―――まずは自分がおいしいものをいっぱい食べろ。
そう言いたいのを我慢して、ゼトはリュリュナの頭をぽんぽんと叩いた。そして、開け放った戸口から表通りを眺めてこっそりため息をつく。
「……稼がせてやりてえが、客が来ねえことにはなあ」
通りには、いつもと変わらずたくさんのひとが歩いている。他所の店の呼び込みだろう、にぎやかな声がひびく明るい陽射しに包まれた光景は、実に活気にあふれていた。
それなのに、ナツ菓子舗に足を向けるひとの数はぐっと減っている。
ぼんやりと眺めていたゼトと目が合った通行人は、はっとした顔をして視線をそらしそそくさと歩き去っていく。
ナツ菓子舗の良からぬうわさは、街のひとびとのくちに乗って順調に広がっているらしい。
「あ、あたしやっぱり表で呼び込みしてきます!」
同じ光景を見つめていたリュリュナがこらえきれなくなって立ち上がり、土間に置いていた靴を履こうと板間のふちに立った。
そこへ、ゼトが素早く近寄って靴を取りあげる。
「あっ」
何するんですか、と言いたげな顔でゼトを見たリュリュナの額をつついて、ゼトは鼻を鳴らした。
「きょうは表に立つの禁止だっつっただろ」
「で、でも! 朝来たから、もうあのひとたち今日は来ないかもしれないし」
「そんな危なっかしい『かもしれない』は、聞けねえな」
ゼトが言えば、台所からナツメグの声が飛ぶ。
「そうよ。クッキーは売れ残ったら食べればいいけれど、リュリュナちゃんが怪我したら、わたしたちリュリュナちゃんの親御さんに申し訳が立たないわ」
「……はい」
おっとりとした顔でせいいっぱい怖い顔をして見せるナツメグに、リュリュナはようやく引き下がった。
その後、夕方まで戸口を開けていたナツ菓子舗だったが、まんじゅうもどら焼きも売り切れることはなかった。
そして、おとなしく店内でのクッキー販売を担当したリュリュナの出番が来ることも、なかったのだった。
大事をとってクッキーの販売は店舗内でしよう、ということになったため、リュリュナは板間にちょこりと座っている。店の表には『くっきぃ、店内にて販売中』と張り紙をしておいた。
ナツメグとゼトはいつものように台所に立ち、来客を待っていたのだが。
「……客、来ねえな」
「来ないですねえ」
「そうねえ」
ひまだった。
客がまったくいないわけではない。ときおり、ひとりふたりとやってきて、まんじゅうをひとつ、どら焼きをひとつといった具合に買っていく。きのうまでの忙しさからすれば、ひまと言ってしまってもしかたのない状態であった。
来店してくれる人びとは、リュリュナが来る以前からのナツ菓子舗の常連客であり、菓子を受け取りながら「大変そうだねえ」「がんばれよ」とひと声かけていってくれる。
それは大変ありがたい。ありがたく、元気づけられるものであるのだが。
「……クッキー、売れませんね」
「まあ、予想はしてたがな」
「見事に、売れないわねえ」
来てくれたわずかな客も、買うのはまんじゅうやどら焼きばかり。いっしょにいかがですか、とクッキーを勧めると苦笑いを浮かべて帰って行く。
「おいしいのにねえ」
「やっぱりみなさん、バニラビーンズを気にしてるんですかね……」
「完全に、あのごろつきどものせいだな」
ナツメグがほほに手を当ててため息をつき、リュリュナがしょんぼりと肩を落とすなか、ゼトは眉間にしわを寄せて吐き捨てるように言った。
「こんなことなら、あの眼鏡の守護隊に全部、買わせりゃよかったか」
惜しいことをした、とつぶやくゼトに、リュリュナはくちを尖らせる。
「だめですよ。クッキーはひとりふた袋までって決めてあるのに、守護隊のひとだからってたくさん渡してしまったら、特別をつくってしまうことになります」
「わかってるって。言ってみただけだよ」
むむ、と真面目な顔で言うリュリュナに、ゼトはひらひらと手を振った。
そんなふたりを横目に、ナツメグは「でも」とほほに手を当てて小首をかしげる。
「どうしましょうねえ、それ全部、余っちゃったら」
そう言うナツメグの視線の先には、木の番重に並べられたクッキーの包み紙。
昨日の出来事から売れ行きが落ちると推測して、用意する数をずいぶんと減らしたクッキーは、番重ひとつに収まりきる程度の数しかない。
それなのに、朝から売れたのはノルが買っていったふたつきり。
いまだ、買い手のないクッキーの包みが、番重いっぱいに乗っていた。
リュリュナと、台所から出て土間に立ったゼトもそこに視線を落として考える。
「昼飯の代わり、にはならねえよなあ」
「そうですか? たっぷりの水といっしょに食べれば、そこそこお腹がふくれると思うんですけど」
ゼトのつぶやきにリュリュナが首をかしげれば、ナツメグは台所から、ゼトは土間から姉義弟(きょうだい)そろって可哀そうなものを見る目をリュリュナに向けた。
「……リュリュナちゃん、ごはんを選ぶ基準は、お腹がふくれるかどうかじゃないのよ」
「えっ!」
驚いて目を丸くするリュリュナに、ゼトがため息をついた。
「そんなんだからお前、ちっこいんだよ。栄養とか、いろどりとか、考えることあるだろう、いろいろ」
「そっ、そばの実は栄養たっぷりですよ! いろどりもちゃんと、山で採ってきた葉っぱを入れたりしてましたし!」
あわてて村の食事の擁護をするリュリュナのほほを、ゼトがむにりとつまんで左右に引っ張った。
「三食ぜんぶ、そばの実だったんだろ? それを偏ってる、っていうんだ。それと、山で採った葉っぱってなんだ。お前の村の食事に足りてねえのは野菜じゃねえ。魚だ! 卵だ! 動物から摂る栄養だ!!」
「わわっ、わかっへまふよ~!」
ゼトの言いたいことはわかっている。そのために、リュリュナは出稼ぎにやってきたのだと、ゼトの手から逃れて胸を張る。
「わかってます。あたしは、村のみんなにもっとおいしいものを食べてもらうために出稼ぎにきたんです。たくさん稼いで、おいしいものやあったかい寝床を村のみんなに送るんです!」
「おまえは……」
―――まずは自分がおいしいものをいっぱい食べろ。
そう言いたいのを我慢して、ゼトはリュリュナの頭をぽんぽんと叩いた。そして、開け放った戸口から表通りを眺めてこっそりため息をつく。
「……稼がせてやりてえが、客が来ねえことにはなあ」
通りには、いつもと変わらずたくさんのひとが歩いている。他所の店の呼び込みだろう、にぎやかな声がひびく明るい陽射しに包まれた光景は、実に活気にあふれていた。
それなのに、ナツ菓子舗に足を向けるひとの数はぐっと減っている。
ぼんやりと眺めていたゼトと目が合った通行人は、はっとした顔をして視線をそらしそそくさと歩き去っていく。
ナツ菓子舗の良からぬうわさは、街のひとびとのくちに乗って順調に広がっているらしい。
「あ、あたしやっぱり表で呼び込みしてきます!」
同じ光景を見つめていたリュリュナがこらえきれなくなって立ち上がり、土間に置いていた靴を履こうと板間のふちに立った。
そこへ、ゼトが素早く近寄って靴を取りあげる。
「あっ」
何するんですか、と言いたげな顔でゼトを見たリュリュナの額をつついて、ゼトは鼻を鳴らした。
「きょうは表に立つの禁止だっつっただろ」
「で、でも! 朝来たから、もうあのひとたち今日は来ないかもしれないし」
「そんな危なっかしい『かもしれない』は、聞けねえな」
ゼトが言えば、台所からナツメグの声が飛ぶ。
「そうよ。クッキーは売れ残ったら食べればいいけれど、リュリュナちゃんが怪我したら、わたしたちリュリュナちゃんの親御さんに申し訳が立たないわ」
「……はい」
おっとりとした顔でせいいっぱい怖い顔をして見せるナツメグに、リュリュナはようやく引き下がった。
その後、夕方まで戸口を開けていたナツ菓子舗だったが、まんじゅうもどら焼きも売り切れることはなかった。
そして、おとなしく店内でのクッキー販売を担当したリュリュナの出番が来ることも、なかったのだった。
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