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第一部・第三章:これが日常とか拷問だろ!

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 不安そうに問う陽蘭の頭に手をおき、男は子どもをあやすみたいにポンポンと軽く撫でた。

「なんのことかな?」

「…………」

 陽蘭はわかっていた。男が自分に心配事を増やしたくなくて誤魔化すことに。しつこく聞いても、原因を探ろうとしても上手くかわされるからとこれまた諦めていた。

 ジト目で睨む陽蘭を怯んだ様子もなく見つめ、「行ってくる」と言って玄関に向かう。陽蘭は愛しそうに、寂しそうに、愛する夫の背中を見送った。


 男が向かう場所は二人の家からそう遠くない場所だ。
 小さな山をひとつ隔てた向こう側に目的地はある。
 そこもまた小さな生き物すら寄り付かない辺鄙な場所だ。雑草は無造作に伸び、そこにある神社も寂れている。木造の神社の木の板は所々傷んでおり、ポッチャリな人ひとりが乗れば簡単に穴が開きそうなほど。
 だが不思議なことに、ここは600年以上前から存在してて増築や改築などしてないにも関わらず何十人と神社に鎮座しようと床が抜けることがない。

 この神社には神がいないのに。

 社は本来神がいるからこそ神聖な場所になるもので、神のいない神社はただの廃屋同然。普通ならそうだ。
 だがここは神がいなくとも神聖な場所だ。……彼らにとっては。

 男は悠々と山を飛び越え、神社の入り口で立ち止まる。
 大きく酸素を取り込み、誰かが側にいたら卒倒しそうな殺気混じりの威圧と同時に口を開いた。

「私だ。入るぞ」

 中には円になって座る数人の黒いフードを被った端から見れば怪しい男達。男に向けられる視線はひどく冷たいもの。そんな視線を一身に受けながらも気にせず空いてる席に足を運ぶ。

 男が静かに座ったのを合図に、男達のうちのひとりが渋い声を発した。

戯真ぎしん、主らの子探しは順調か」

 フードを被ってても分かる、何かを探る瞳が真っ直ぐ戯真を見据える。

「……いや、まだなにも情報を得られてない」

「何?今朝、会議を放って慌てて人間界に降りていたではないか。しかもこんな時間まで我らを待たせて、息子の吉報以外に何がある?」

「そうですね。あなたは最愛の妻と息子以外どうでもいいといった発言もしてますし、我らのための行動はまずないでしょう」

「ソウの妖力を感知したのだが、一瞬だけだった」

「何ぃ!?真か!!」

 身を乗り出して聞く男達。口々に話しだしたために戯真は若干めんどくささを覚えながらもきちっと聞き、話す。

「それは……本当なのですか?15年前、産まれたばかりのソウ殿の未熟な妖力を感知するなど………」

「いや、戯真の感知能力をもってすれば不可能ではない」

「だが感知したのは一瞬だけだった。気のせいという線も否めない」

 戯真のその言葉でしんと静まりかえる。
 先程までは焦りつつも嬉しそうに分かりづらく声を弾ませていた男達は一気に沈んだ空気を醸し出す。
 何故自分たちの子どもに赤の他人であるこの者達がこれほど関心を示すのか。
 それは、ソウが彼らの希望の光だから。
 ソウが産まれてすぐにある者達が戯真達を壊滅させた。
 それまでは人間に干渉せず、彼ら同士でも深くは関わらず、平穏に過ごしていた。
 突如訪れた崩壊の音に混乱のもと対処する術はなく、人間界の一角でありながら人間が寄りつかない辺鄙な場所をさらに人間界から隔離するための強力な結界を張り拠点とし、逃げるように隠れ住んでいた。
 奇襲により仲間は減少し、今のこの状態を分かりやすく例えるならば戯真達は絶滅危惧種と言えばいいだろうか。
 そしてここにいる者達は、自分達を壊滅させた者達に復讐するため、そして自分達の未来のためにソウを巻き込もうとしている。
 ソウが伴侶を見つけ、血縁を増やし、力ある者を産み続ければいずれは復讐の糧となり戦力に数えられる。
 気の遠くなる話だが、我々にとっては長い時ではない。
 こいつらは、復讐のためだけにソウを利用しようとする輩だ。我が子を想う自分たちにとってはあまり良いとは言えない状況。
 だが、行方知れずになった息子をあいつらよりも早く見つけねば、どう行動されるか分かったものじゃない。再度奇襲されれば今度こそお仕舞いだ。
 皮肉なことに、ソウを見つけることが子孫繁栄に繋がり、結果復讐の糧になるのだ。

「……戯真。感知した場所はどこだ?」

 沈んだ空気の中、ずっと黙していた男がいきなり声をだしたために戯真も他の奴もその男に注目する。

「ガクエンとやらだ。人の子の学舎の」

「何学園だ?」

「……さあな。色んな名の学舎を見てきたから正式名称までは……ただ、森の中に建っているのは珍しかった」

 男はしばし考えこみ、再び言葉を紡ぐ。

「もしかしたら、そこは白帝学園という所ではないか?森の中となると、そこしかない」

 何かを危惧するような、それでいて希望を捨てていないというふうな顔を戯真に向ける。

「あやつならあるいは……だが行方知れずになった場所と違う場所だしな……いやしかしあそこの長はあの術を使えると……」

「……何が言いたい?」

 深刻な顔でボソボソ言う男の言いたいことが分からず思わず聞いた。
 だが、その場にいる全員が男の言葉に驚いた。

「あくまで憶測なんだが………あの学園の長は妖怪ではなく妖怪の力を封印する術を使えると聞いたことがある。もしかしたら戯真の息子はそやつに力を封印されたのやもしれん」

「人間ごときがそんな奇怪な術を使うことができるのか?」

「にわかには信じがたいですね。確証はあるのですか?」

「確証はない。あくまで憶測だと言っているだろう」

 戯真も含め、今の話をあまり鵜呑みにはしていないようだ。
 ただ一人を除いては。

「……少し前、俺の知人の娘が、人間の女に術をかけられてから妖怪の力を使えなくなったと喚いていた」

 黒いフードからチラリと見える紫の髪を弄りながら男が言った。

「もしかしたら、その術をかけた女が学園の長なのではないか?」

 妖怪の力を封印する術なんてそうそう使える人間はいない。そもそも、妖怪を封印する術しか使われることがないという。
 なぜなら、妖怪の力を封印するなんてのはどんなに霊力のコントロールが優れていても術の構成が難しすぎて中途半端な出来になってしまうから。
 それに加えて現代の陰陽師は妖怪の僅かな良心を無視して妖怪の全てが悪だと決めつけ、人間として生きるチャンスを与える妖怪の力を封印する術を使わずに妖怪そのものを封印する術を使うことが多々あるのだ。
 そのため、妖怪の力だけを封印する術を取得しようとする陰陽師がいないのが現状。
 そんな中、一人の陰陽師が子どもの妖怪の力だけを封印した。
 それが意味するものは……

「……信憑性が高くなったな」

 戯真の言葉に頷く一同。

「その知人の娘、封印は解けたのか?」

「いや、その報せはない」

「ふむ……封印を解くことも頭に入れておかなくてはな」

 もはや戯真の息子は力を封印されたという仮定が一番信憑性のあるものだといわんばかりの会話になってきた。

 そしてその後いくつかの対策を思案して解散となった。


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