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97. 再会ラッシュ
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「フィード兄。あたし達が怒る理由、ちゃんと理解してるよね?」
「はい……」
「兄さん。趣味にのめり込むのはいいけど、他の人に迷惑かけちゃ駄目だよ」
「ごもっともです……」
翌日の朝、セルザとレインに怒られた。
夜中に奇声を上げていたのが原因だ。
人間バージョンだったら正座させられそうな勢いで2匹にめっ!されてしょんぼりする俺をルファウスが額を押さえながら恨めしげに睨む。
「くそ……歌が頭から離れない……」
「あのド下手くそな歌なー。いきなり歌い出すもんだからとうとう頭イっちゃったんかと思ったわー」
そう。様々な素材にテンションが上がりまくった俺は、あろうことか大音量で歌ってしまったのだ。深夜に。
今思えばなんであんな自信満々に歌えたんだろうと羞恥心に襲われているが、あのときは沢山の稀少素材に我を失っていたんだ。あと深夜のノリ。
監視役のルファウスが即座に別の人と交代するくらいには聞くに耐えない酷い歌だったらしい。あんまり歌うことなんてないから自分じゃよく分からん。
結構いい歌だと思うんだけどな……作詞作曲俺、素材よカモン。
「ふふ……僕に怒られてしょんぼりする兄さん、可愛い」
蕩けるような笑みで俺に熱い眼差しを送るレインには気付かずに、朝食を済ませた後、転移でアネスタへ。
直接街の中に転移すると色々面倒なので、街の門の前に転移した。
いきなり目の前に現れたヒヨコに門番が腰を抜かしたので次からは少し離れた場所に転移しよう。
300匹以上のヒヨコや小雛が一度に転移したのを目の当たりにしてもウィルは腰を抜かしたりしなかったんだがな……
俺の友人でもある黒豹獣人ウィルは門番だが、彼はレアポーク領方面の南門の門番なのでここにはいない。ここは南門とは反対の北門なので。
門を抜けると久しぶりのアネスタの街が視界に飛び込んできた。
王都より少しだけ暖かい気候の中、人々が行き交い雑多な風景が広がる。
「へーここがアネスタかぁ。思ったよか人多いなー」
「フィードの魔道具を買い求める者がこの街に押し寄せているからな」
「納得ー」
俺の後ろにはレストがいる。しかしルファウスの姿は見当たらず声だけ聞こえる。騒ぎになるのが面倒で姿を消したな。
傍らにいるブルーも久々にアネスタに戻ってきて浮かれているのか、ご機嫌に跳ねている。
「おい、あれ……」
「あ!またヒヨコさん見っけ!」
「しっ!目を合わせちゃ駄目よ!」
歩いていると、どこからともなくそんな囁き声が。
またってなんだまたって。あ、そうか。ここでは生まれて日が浅い沢山の小さな家族が生活しているからそれでか。
しかしあの反応……あの子達、いったい何をやらかしたらあそこまで警戒されるんだろう。
レストが突如鋭い眼光で辺りを見回す。
いつもチャラチャラしてるこいつが珍しいなと少し様子を見ていたら、おもむろに口を開いた。
「3割か……これはなかなか……」
「何の話だ?」
「ボンキュッボンなおねーさまがいる割合。慎ましやかなのも嫌いじゃないけどさー、やっぱデカい方が男としちゃあそそる訳よ」
クソどうでもいいわ。
至極くっだらねーことに無駄にキメ顔すんのやめろ。
安定のレストに呆れている間に目的地へ到着。
「おう、久しぶりだな。待ってたぞ」
中に入ると目的の人物が出迎えてくれた。
「お久しぶりです、ギルマス」
目的地は冒険者ギルド。出迎えてくれたのは冒険者ギルドマスター。
アネスタに来たのはこの人に用があったからだ。
ここじゃなんだからと応接室に通される。
初めて入った冒険者ギルドに興味津々なブルーをよそに、一緒についてくるレストに「そいつは?」と首を傾げるギルマスだが、レストが「あ、俺護衛なんでお構い無くー」と言ったら納得顔に。
護衛という名の監視だと瞬時に悟ったようで、それ以上は何も言われなかった。
正確には俺の護衛兼監視役であるルファウスの護衛なのだが……ルファウス本人が姿を消したままなので、わざわざ訂正しなくてもいいか。
「ヒヨコの賢者が北門で確認されたって聞いてもしやと思ったんだ。例の魔道具の件だろ?」
ギルマスの問いかけにこくりと頷く。話が早くて助かる。
「ファラダスに仕込んだ魔道具を撤去してくれませんか?」
「それは構わんけどよ、制裁はいいのか?」
「もう充分です」
「そうか。ならサクッと行ってくるわ。ちょうど仕事も一段落したとこだしな」
魔物避けの魔道具の解除方法はちょっと特殊で、普通に解除したら魔物避け効果の反動で一気に魔物が押し寄せてしまう。
そうならないようにきっちり解除方法も教えて冒険者ギルドをあとにした。
「あっちこっちでヒヨコ見かけるけど、全員身内?」
「ああ。大家族だからな」
「ヒヨコが街を侵略してるように見えんのって俺だけ?」
道中何度も身内を見つけたり遭遇したりレストが道端の女の子をナンパしたりしつつ、アネスタの豪邸に到着。
せっかく来たんだからとついでに家族の顔を見に来たのだ。
「あらフィード、それにブルーもおかえりなさい」
笑顔で出迎えてくれた母にブルーは嬉しげにぽよんっと跳ねて応え、俺は「ただいま」と返事して、久しぶりに我が家の中へ。
半数以上出掛けてるらしく、家の中の人口密度は圧迫されるほどではなかった。もし全員揃っていたら足の踏み場もなくなるからな……
「父さんは?」
「仕事よ。あちこち引っ張りだこなの」
引っ張りだこ……?いったい何の仕事してるんだろう。
俺のそんな疑問が顔に出ていたらしく、すぐに答えが返ってきた。
「お父さんね、結界師として活躍してるの。子供達が犯罪者を懲らしめる際に近隣の建物を破壊しちゃうのが問題になってたんだけど、お父さんが謝り倒しながら一軒ずつ結界を張ってくれたおかげで被害が出なくなってね。今や救世主扱いよ」
全くあの子達は……いや、まだ力加減ができないだけだろう。生まれてから1年足らず、魔法を覚えてからそれほど月日が経っていないからな。現に、トラブルを起こしたのはヒヨコだけで、次の春に中雛になる子達はきちんと加減してるし。
安全装置がぶっ壊れた大量破壊兵器並みの攻撃力を誇るあの子達から一般人を守るべく父が奔走しているとは思いもよらなかったが、そのおかげで街の平和が守られているんだな。
索敵魔法で街の結界の反応を見てみると、確かに一軒一軒頑丈な結界が施されている。丸形じゃなくて、建物に添うかたちのやつ。しかも常時発動型ではなく、必要なときに自動で展開されるかなり高度な結界だ。魔石を媒体にしているので魔力切れの心配もない。
家族に渡した自作の教科書にここまで高度な結界魔法は記していなかったはず。自力でここまでやるなんて、すごいな親父。
「ひゅーぅ。ここの家族、色々とぶっ飛んでんなー」
「うふふ、よく言われるわぁ」
ほのぼのまったり会話する母とレストを横目に、俺を見つけて突撃してきた弟妹達の相手をしてやる。ブルーも一緒にもみくちゃにされた。
一通りわちゃわちゃしてからメルティアス家を出た。
「用は済んだし、実家に顔出しもしたし、もう王都に戻るんかねフィードさんや」
「いや、せっかくだから他も挨拶回りしていこう」
転移すれば距離なんてあってないようなもの。予定もないし、今日はアネスタでゆっくり知人との再会を楽しもう。
そうと決まれば次はグレイルさん家だ。
グレイルさんの家の方向にトコトコ歩いていくと、次なる目的地を察したルファウスがワントーン低い声でレストに呼び掛けた。
「レスト。隠れろ」
なんでそんな警戒してんだろう、と疑問に思うより先に聞き慣れた声が俺を呼び止めた。
「フィード君じゃないか。帰ってきてたんだね」
「グレイルさん!」
ぱぁっと表情を明るくして思わず飛び込んでしまう俺とブルーを「おやおや」と受け止めてくれる。困った子だねぇと言いたげな口調だけど、声音はとても優しい。
自分で自分の行動にびっくりしてるけど、グレイルさんの腕の中が少しばかり恋しかったのだ。それはグレイルさん大好きなブルーも同じだったらしく、すり寄って甘えている。
虎獣人と鶏獣人で種族が全く違うけど、こうしているとお祖父ちゃんと孫みたい。
片手で俺とブルーを抱き締めてもう片方の手で交互に頭を撫でくり撫でくりしていたグレイルさんだが、不意に顔を上げて主の命令で反射的に隠れようとしたが間に合わなかったレストを見て目を瞬かせるグレイルさん。
「レスト君もいるのかい。ならルファウス殿下もいるはずだが……またかくれんぼでもしてるのかな?」
「あははー、そっすね。騒がれんのが何より嫌いな御仁ですからー」
ルファウスは徹底的に気配を消してるし、レストもできれば会いたくなかったなーという心情が滲み出ている。グレイルさんもそれに気付いていながら華麗にスルーしているけど、この2人がそんな反応するなんて露ほども思わなかった俺は目をぱちくり。
グレイルさんの話題が上がる度に冷たさ2割増しの表情で素っ気ない態度だったルファウスと、追従するように若干目を泳がせていたレスト。
いったい彼らの間に何があったというのか。
「しかしレスト君、すっかり大きくなったねぇ。あんなに愛らしい子犬だったのにこんな立派になって……」
「いやあのグレイル様、俺もういい大人なんですけどー」
俺を撫でていた手でレストの頭も撫でるグレイルさん。ちょい困った顔で眉尻を下げるレストだが、本気で嫌がってはいないので強く言えない模様。その一部始終を見てぴんときた。
……ははーん?さては子供扱いされるのが苦手なんだな?
聞いてる限り古い付き合いみたいだし、幼少期と同じ扱いをされて微妙に反応に困るけど、なまじ付き合いが古く自身のことを熟知してる故に強気に出られないのだろう。多分ルファウスもそんな感じだ。
俺も最初は転生前の年齢をプラスしたらいい大人なんだしと遠慮気味だったが、精神が肉体にやや引っ張られているのか子供扱いも悪くないと思うようになったのだ。
しかし死ぬまでヒヨコな俺とは違って身も心も成長するから、2人とも思うところがあるんだろう。
ルファウスに至っては中身爺だしな……もしかしたら同年代の爺さんに子供扱いされてる気分なのかもしれない。
ルファウスは近くにいると言い当てられても終始姿を現さず、レストはちょっと困ったふうにグレイルさんの相手をし、俺はというと別れ際までずっとグレイルさんの腕の中で撫でくり回されていた。
グレイルさんも用事があるとかですぐに別れたが、その直後、レストが詰めていた息を吐き出してしゃがんだ。
「……っはぁぁぁ……焦ったわー。なんであの人ここにいんのーひとところに留まることのないあの人がーマジ意味ふめー……つーか!なんでフィードがあんな猫可愛がりされてんの!?そっちの方が意味不明なんだけど!」
「なんか知らんけど気に入られた」
「あの冷徹商人がねぇ……ただのお人好しと見せかけてとんでもなく老獪なあの狸爺がねぇ……信じらんねぇわ……」
「私も未だに信じられん」
2人がなんか言ってる。そりゃあ人生経験豊富な大商人なんだから老獪な部分があってもなんら不思議ではないけれど、冷徹商人ってのは言い過ぎだろう。ブルーも同じ気持ちなようで、レストを見上げて僅かに不満げ。
いつまでもぼーっと突っ立ってたら通行の邪魔になるのでさっさと移動する俺達。
最後に来たのはレアポーク領方面の南門だった。
「おーい、ウィルー!」
友人との久々の再会に声を弾ませた俺だが、友人の様子がおかしいことに気付く。
耳と尻尾がしゅんと垂れ下がり、兵士の誇りを体現するようにぴんと伸びていた背中が僅かに曲がっており、変わらぬ強面無表情だがどことなく哀愁が漂っていた。
尋常でなく落ち込んでいる。もしやまた凶悪面のせいでしょっぴかれそうになったのだろうか。
隣の門番がいち早く俺に気付き、困ったふうにウィルと俺を交互に見やる。
「ほらウィル、賢者様がいらっしゃったぞ。いい加減立ち直れって」
「……フィード?」
一瞬目を丸くしたウィルは、隣の門番の言葉を瞬時に理解して彼が指を差す方へと視線を移す。そして俺と目が合った瞬間、垂れ下がっていた耳と尻尾がピーンっと伸びた。
「フィード……!」
そのまま俺へと駆け寄り、抱き締められる。
「……ウィル?どうした?」
「酷いです。何も言わず王都に行っちゃうなんて。せめて別れの挨拶くらいして下さいよ」
言われてみれば、王都に行くことを伝えていなかったような……
記憶を探ってぼんやり思い出す。そうか。ウィルが落ち込んでいたのは俺が原因か。
「すまない、ウィル。次からはちゃんと伝えるから」
「約束ですよ」
ちょっとしたハプニングはあったものの、無事挨拶回りを終えて王都に戻る俺達であった。
「賢者様にお会いしただと!?ティファンだけずるいぞ!」
「どうどう。次会ったらお前んとこにも行くよう言い含めてやるから。落ち着け、レイ」
誰かを忘れているような……ま、いいか。
「はい……」
「兄さん。趣味にのめり込むのはいいけど、他の人に迷惑かけちゃ駄目だよ」
「ごもっともです……」
翌日の朝、セルザとレインに怒られた。
夜中に奇声を上げていたのが原因だ。
人間バージョンだったら正座させられそうな勢いで2匹にめっ!されてしょんぼりする俺をルファウスが額を押さえながら恨めしげに睨む。
「くそ……歌が頭から離れない……」
「あのド下手くそな歌なー。いきなり歌い出すもんだからとうとう頭イっちゃったんかと思ったわー」
そう。様々な素材にテンションが上がりまくった俺は、あろうことか大音量で歌ってしまったのだ。深夜に。
今思えばなんであんな自信満々に歌えたんだろうと羞恥心に襲われているが、あのときは沢山の稀少素材に我を失っていたんだ。あと深夜のノリ。
監視役のルファウスが即座に別の人と交代するくらいには聞くに耐えない酷い歌だったらしい。あんまり歌うことなんてないから自分じゃよく分からん。
結構いい歌だと思うんだけどな……作詞作曲俺、素材よカモン。
「ふふ……僕に怒られてしょんぼりする兄さん、可愛い」
蕩けるような笑みで俺に熱い眼差しを送るレインには気付かずに、朝食を済ませた後、転移でアネスタへ。
直接街の中に転移すると色々面倒なので、街の門の前に転移した。
いきなり目の前に現れたヒヨコに門番が腰を抜かしたので次からは少し離れた場所に転移しよう。
300匹以上のヒヨコや小雛が一度に転移したのを目の当たりにしてもウィルは腰を抜かしたりしなかったんだがな……
俺の友人でもある黒豹獣人ウィルは門番だが、彼はレアポーク領方面の南門の門番なのでここにはいない。ここは南門とは反対の北門なので。
門を抜けると久しぶりのアネスタの街が視界に飛び込んできた。
王都より少しだけ暖かい気候の中、人々が行き交い雑多な風景が広がる。
「へーここがアネスタかぁ。思ったよか人多いなー」
「フィードの魔道具を買い求める者がこの街に押し寄せているからな」
「納得ー」
俺の後ろにはレストがいる。しかしルファウスの姿は見当たらず声だけ聞こえる。騒ぎになるのが面倒で姿を消したな。
傍らにいるブルーも久々にアネスタに戻ってきて浮かれているのか、ご機嫌に跳ねている。
「おい、あれ……」
「あ!またヒヨコさん見っけ!」
「しっ!目を合わせちゃ駄目よ!」
歩いていると、どこからともなくそんな囁き声が。
またってなんだまたって。あ、そうか。ここでは生まれて日が浅い沢山の小さな家族が生活しているからそれでか。
しかしあの反応……あの子達、いったい何をやらかしたらあそこまで警戒されるんだろう。
レストが突如鋭い眼光で辺りを見回す。
いつもチャラチャラしてるこいつが珍しいなと少し様子を見ていたら、おもむろに口を開いた。
「3割か……これはなかなか……」
「何の話だ?」
「ボンキュッボンなおねーさまがいる割合。慎ましやかなのも嫌いじゃないけどさー、やっぱデカい方が男としちゃあそそる訳よ」
クソどうでもいいわ。
至極くっだらねーことに無駄にキメ顔すんのやめろ。
安定のレストに呆れている間に目的地へ到着。
「おう、久しぶりだな。待ってたぞ」
中に入ると目的の人物が出迎えてくれた。
「お久しぶりです、ギルマス」
目的地は冒険者ギルド。出迎えてくれたのは冒険者ギルドマスター。
アネスタに来たのはこの人に用があったからだ。
ここじゃなんだからと応接室に通される。
初めて入った冒険者ギルドに興味津々なブルーをよそに、一緒についてくるレストに「そいつは?」と首を傾げるギルマスだが、レストが「あ、俺護衛なんでお構い無くー」と言ったら納得顔に。
護衛という名の監視だと瞬時に悟ったようで、それ以上は何も言われなかった。
正確には俺の護衛兼監視役であるルファウスの護衛なのだが……ルファウス本人が姿を消したままなので、わざわざ訂正しなくてもいいか。
「ヒヨコの賢者が北門で確認されたって聞いてもしやと思ったんだ。例の魔道具の件だろ?」
ギルマスの問いかけにこくりと頷く。話が早くて助かる。
「ファラダスに仕込んだ魔道具を撤去してくれませんか?」
「それは構わんけどよ、制裁はいいのか?」
「もう充分です」
「そうか。ならサクッと行ってくるわ。ちょうど仕事も一段落したとこだしな」
魔物避けの魔道具の解除方法はちょっと特殊で、普通に解除したら魔物避け効果の反動で一気に魔物が押し寄せてしまう。
そうならないようにきっちり解除方法も教えて冒険者ギルドをあとにした。
「あっちこっちでヒヨコ見かけるけど、全員身内?」
「ああ。大家族だからな」
「ヒヨコが街を侵略してるように見えんのって俺だけ?」
道中何度も身内を見つけたり遭遇したりレストが道端の女の子をナンパしたりしつつ、アネスタの豪邸に到着。
せっかく来たんだからとついでに家族の顔を見に来たのだ。
「あらフィード、それにブルーもおかえりなさい」
笑顔で出迎えてくれた母にブルーは嬉しげにぽよんっと跳ねて応え、俺は「ただいま」と返事して、久しぶりに我が家の中へ。
半数以上出掛けてるらしく、家の中の人口密度は圧迫されるほどではなかった。もし全員揃っていたら足の踏み場もなくなるからな……
「父さんは?」
「仕事よ。あちこち引っ張りだこなの」
引っ張りだこ……?いったい何の仕事してるんだろう。
俺のそんな疑問が顔に出ていたらしく、すぐに答えが返ってきた。
「お父さんね、結界師として活躍してるの。子供達が犯罪者を懲らしめる際に近隣の建物を破壊しちゃうのが問題になってたんだけど、お父さんが謝り倒しながら一軒ずつ結界を張ってくれたおかげで被害が出なくなってね。今や救世主扱いよ」
全くあの子達は……いや、まだ力加減ができないだけだろう。生まれてから1年足らず、魔法を覚えてからそれほど月日が経っていないからな。現に、トラブルを起こしたのはヒヨコだけで、次の春に中雛になる子達はきちんと加減してるし。
安全装置がぶっ壊れた大量破壊兵器並みの攻撃力を誇るあの子達から一般人を守るべく父が奔走しているとは思いもよらなかったが、そのおかげで街の平和が守られているんだな。
索敵魔法で街の結界の反応を見てみると、確かに一軒一軒頑丈な結界が施されている。丸形じゃなくて、建物に添うかたちのやつ。しかも常時発動型ではなく、必要なときに自動で展開されるかなり高度な結界だ。魔石を媒体にしているので魔力切れの心配もない。
家族に渡した自作の教科書にここまで高度な結界魔法は記していなかったはず。自力でここまでやるなんて、すごいな親父。
「ひゅーぅ。ここの家族、色々とぶっ飛んでんなー」
「うふふ、よく言われるわぁ」
ほのぼのまったり会話する母とレストを横目に、俺を見つけて突撃してきた弟妹達の相手をしてやる。ブルーも一緒にもみくちゃにされた。
一通りわちゃわちゃしてからメルティアス家を出た。
「用は済んだし、実家に顔出しもしたし、もう王都に戻るんかねフィードさんや」
「いや、せっかくだから他も挨拶回りしていこう」
転移すれば距離なんてあってないようなもの。予定もないし、今日はアネスタでゆっくり知人との再会を楽しもう。
そうと決まれば次はグレイルさん家だ。
グレイルさんの家の方向にトコトコ歩いていくと、次なる目的地を察したルファウスがワントーン低い声でレストに呼び掛けた。
「レスト。隠れろ」
なんでそんな警戒してんだろう、と疑問に思うより先に聞き慣れた声が俺を呼び止めた。
「フィード君じゃないか。帰ってきてたんだね」
「グレイルさん!」
ぱぁっと表情を明るくして思わず飛び込んでしまう俺とブルーを「おやおや」と受け止めてくれる。困った子だねぇと言いたげな口調だけど、声音はとても優しい。
自分で自分の行動にびっくりしてるけど、グレイルさんの腕の中が少しばかり恋しかったのだ。それはグレイルさん大好きなブルーも同じだったらしく、すり寄って甘えている。
虎獣人と鶏獣人で種族が全く違うけど、こうしているとお祖父ちゃんと孫みたい。
片手で俺とブルーを抱き締めてもう片方の手で交互に頭を撫でくり撫でくりしていたグレイルさんだが、不意に顔を上げて主の命令で反射的に隠れようとしたが間に合わなかったレストを見て目を瞬かせるグレイルさん。
「レスト君もいるのかい。ならルファウス殿下もいるはずだが……またかくれんぼでもしてるのかな?」
「あははー、そっすね。騒がれんのが何より嫌いな御仁ですからー」
ルファウスは徹底的に気配を消してるし、レストもできれば会いたくなかったなーという心情が滲み出ている。グレイルさんもそれに気付いていながら華麗にスルーしているけど、この2人がそんな反応するなんて露ほども思わなかった俺は目をぱちくり。
グレイルさんの話題が上がる度に冷たさ2割増しの表情で素っ気ない態度だったルファウスと、追従するように若干目を泳がせていたレスト。
いったい彼らの間に何があったというのか。
「しかしレスト君、すっかり大きくなったねぇ。あんなに愛らしい子犬だったのにこんな立派になって……」
「いやあのグレイル様、俺もういい大人なんですけどー」
俺を撫でていた手でレストの頭も撫でるグレイルさん。ちょい困った顔で眉尻を下げるレストだが、本気で嫌がってはいないので強く言えない模様。その一部始終を見てぴんときた。
……ははーん?さては子供扱いされるのが苦手なんだな?
聞いてる限り古い付き合いみたいだし、幼少期と同じ扱いをされて微妙に反応に困るけど、なまじ付き合いが古く自身のことを熟知してる故に強気に出られないのだろう。多分ルファウスもそんな感じだ。
俺も最初は転生前の年齢をプラスしたらいい大人なんだしと遠慮気味だったが、精神が肉体にやや引っ張られているのか子供扱いも悪くないと思うようになったのだ。
しかし死ぬまでヒヨコな俺とは違って身も心も成長するから、2人とも思うところがあるんだろう。
ルファウスに至っては中身爺だしな……もしかしたら同年代の爺さんに子供扱いされてる気分なのかもしれない。
ルファウスは近くにいると言い当てられても終始姿を現さず、レストはちょっと困ったふうにグレイルさんの相手をし、俺はというと別れ際までずっとグレイルさんの腕の中で撫でくり回されていた。
グレイルさんも用事があるとかですぐに別れたが、その直後、レストが詰めていた息を吐き出してしゃがんだ。
「……っはぁぁぁ……焦ったわー。なんであの人ここにいんのーひとところに留まることのないあの人がーマジ意味ふめー……つーか!なんでフィードがあんな猫可愛がりされてんの!?そっちの方が意味不明なんだけど!」
「なんか知らんけど気に入られた」
「あの冷徹商人がねぇ……ただのお人好しと見せかけてとんでもなく老獪なあの狸爺がねぇ……信じらんねぇわ……」
「私も未だに信じられん」
2人がなんか言ってる。そりゃあ人生経験豊富な大商人なんだから老獪な部分があってもなんら不思議ではないけれど、冷徹商人ってのは言い過ぎだろう。ブルーも同じ気持ちなようで、レストを見上げて僅かに不満げ。
いつまでもぼーっと突っ立ってたら通行の邪魔になるのでさっさと移動する俺達。
最後に来たのはレアポーク領方面の南門だった。
「おーい、ウィルー!」
友人との久々の再会に声を弾ませた俺だが、友人の様子がおかしいことに気付く。
耳と尻尾がしゅんと垂れ下がり、兵士の誇りを体現するようにぴんと伸びていた背中が僅かに曲がっており、変わらぬ強面無表情だがどことなく哀愁が漂っていた。
尋常でなく落ち込んでいる。もしやまた凶悪面のせいでしょっぴかれそうになったのだろうか。
隣の門番がいち早く俺に気付き、困ったふうにウィルと俺を交互に見やる。
「ほらウィル、賢者様がいらっしゃったぞ。いい加減立ち直れって」
「……フィード?」
一瞬目を丸くしたウィルは、隣の門番の言葉を瞬時に理解して彼が指を差す方へと視線を移す。そして俺と目が合った瞬間、垂れ下がっていた耳と尻尾がピーンっと伸びた。
「フィード……!」
そのまま俺へと駆け寄り、抱き締められる。
「……ウィル?どうした?」
「酷いです。何も言わず王都に行っちゃうなんて。せめて別れの挨拶くらいして下さいよ」
言われてみれば、王都に行くことを伝えていなかったような……
記憶を探ってぼんやり思い出す。そうか。ウィルが落ち込んでいたのは俺が原因か。
「すまない、ウィル。次からはちゃんと伝えるから」
「約束ですよ」
ちょっとしたハプニングはあったものの、無事挨拶回りを終えて王都に戻る俺達であった。
「賢者様にお会いしただと!?ティファンだけずるいぞ!」
「どうどう。次会ったらお前んとこにも行くよう言い含めてやるから。落ち着け、レイ」
誰かを忘れているような……ま、いいか。
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【点滴穿石】という四字熟語ユニークギフト持ちの龍泉麟瞳は、Aランクダンジョンの攻略を失敗した後にパーティを追放されてしまう。地元の岡山に戻った麟瞳は新たに【幸運】のスキルを得て、家族や周りの人達に支えられながら少しずつ成長していく。夢はSランク探索者になること。これは、夢を叶えるために日々努力を続ける龍泉麟瞳のお話である。
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