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85. 効果は抜群だった
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「ふざけるな!」
男が真っ直ぐ投げたグラスが壁に叩き付けられ、ガチャンッと音を立てて割れる。
「計画が潰されただと?このワシがわざわざ影魔導師を寄越してやったというのに!」
「弁明のしようもありません。深くお詫び申し上げます」
影魔導師とは、隠蔽などの隠密系の魔法に精通している魔導師の総称である。
他にも黒魔導師、闇の使い手と様々な呼び名があり、あまり褒められた系統の魔法ではないため世間では忌避される存在だ。
もっとも、忌避するのは一般人のみで、貴族の間では使い勝手のいい稀少な駒として有効活用されているが。
素直に頭を下げたヴェネット伯爵に、気に入らないとばかりに舌打ちする男。
この男はヴェネット伯爵が所属する過激派の侯爵だ。同じ派閥なだけあってそれなりに交流もあり、互いの領地も近く、こうして度々密会をしているのである。
「あの醜悪な獣共め……!どうしてくれる!確実に獣人国の国力を低下させられると貴様が言ったのだぞ!?だから協力してやったのにこのザマか!」
「判断を誤りました。まさか二段構えの魔道具を打ち破るとは……」
「言い訳はいらん。もういい、下がれ!この落とし前はきっちりつけさせてもらうからな!」
鬼の形相で室内から追い出された伯爵は何も言わず、侯爵の屋敷を出て馬車に乗り込む。
ゆっくりと馬車が移動し始めると、それまでの澄ました顔が嘘のように表情を歪ませた。
「……こんなはずでは……っ!」
エルヴィン王国スタンピード計画を立てたのは自分だ。
お抱えの魔道具職人が偶然思い付いた、魔素を狂わせる魔道具。それがあったからこそ、いつもの些細な嫌がらせとは違う明確な敵意を向けた。
魔素とは魔物の力の糧。それを狂わせればどうなるか。
魔物の数が増え、強力な魔物が出現しやすくなる。
辺鄙な田舎街に強力な魔物なんておらず、またそれを対処できる者もいないため、この画期的な魔道具を使えばアネスタを落とすくらい容易いと思っていた。侯爵の影魔導師を借りて隠蔽の魔道具まで作ったのだ。どうせ対処なんぞできっこない。
単純に魔物を増やすだけの魔道具はあるが、それは低ランクの比較的弱い魔物のみ。しかしあれは性能が魔素を狂わせるというものなので強力な魔物も出る。いくら武に秀でた国でも対処は難しいだろう。
そう高を括っていたのに、何故こんなことになったのか。
「まずい……まずいぞ……」
髪をぐしゃりと握り潰し、うわ言のようにぶつぶつ呟くヴェネット伯爵はどこか不気味な空気を醸し出していた。
数年前から部下をアネスタに侵入させ、魔道具を仕込んだりアネスタ領主の動向を監視させたりしていた。大きなトラブルもなく、確かに順調だった。それなのに……
待てども待てどもスタンピードの兆候が表れず、ようやく表れたと思いきや何者かが迅速に対処し、あろうことか魔道具の効果が打ち消されており、それどころか逆に足元を掬われる始末。
間の悪いことに娘のプレゼントのために取引していた商人もヘマをして捕まった。いや、たとえ捕まっていなくとももう取引なんてできないが。
経済を圧迫されたのだ、国王も自分が暗躍してることを知らないはずがない。あの腰抜け王がまさか自分を処罰するとは思えないが、用心しておくに越したことはないだろう。
それよりも、問題はエルヴィン王国が公開した情報だ。
非常にまずいことに、エルヴィン王国に賢者が現れたという。
賢者は災厄だ。本来世界を豊かにするはずの存在にそのような言葉は不躾だが、この世界を生きる者の大半はそういう認識である。
かつて国を滅ぼしたという破滅の賢者、賢者の命を理不尽に奪ったが故に神の逆鱗に触れて忽然と消えた国。どこの国でも語り継がれるその事実が重くのし掛かる。
よりにもよって、ノンバード族。あのノンバード族の賢者だ。
娘へのプレゼントにとヒヨコを買ったり、育ちすぎて不要になった中雛を殺処分したりと、賢者の怒りを買いそうなことをしている自覚があるだけに頭を抱えていた。
「まさか、こちらの計画を潰したのも賢者か……?ノンバード族は基本辺境にいるし、可能性は高いな……」
報告にはヒヨコが中心となってアントの大群を殲滅したとあり、それを見たときは冗談も大概にしろと思ったが、まさか……
――――コンコンッ
「失礼します。ご到着致しました」
余程集中していたらしい。思考に耽っている間に己の屋敷へ到着したようだ。
ひとまず頭を切り替えて執務室に直行すると、ヴェネット領の騎士長が少しばかり嬉しそうに報告してきた。
「魔物が減った?」
「はい!部下が巡回したところ、いつもより魔物の数が少ないとの報告がありまして」
人々の脅威が減るのは良いことだ。
それなのに、何故こんなにも不安が心を支配するのだろう。
漠然とした不安を残したまま、日々は過ぎてゆく。
その不安に比例するように出現する魔物はどんどん減っていった。明らかに不自然に、それでいて物凄い早さで。
おかしい。何かがおかしい。まるで何か特別な力が働いているような……
そう思ったときには、全てが遅かった。
男が真っ直ぐ投げたグラスが壁に叩き付けられ、ガチャンッと音を立てて割れる。
「計画が潰されただと?このワシがわざわざ影魔導師を寄越してやったというのに!」
「弁明のしようもありません。深くお詫び申し上げます」
影魔導師とは、隠蔽などの隠密系の魔法に精通している魔導師の総称である。
他にも黒魔導師、闇の使い手と様々な呼び名があり、あまり褒められた系統の魔法ではないため世間では忌避される存在だ。
もっとも、忌避するのは一般人のみで、貴族の間では使い勝手のいい稀少な駒として有効活用されているが。
素直に頭を下げたヴェネット伯爵に、気に入らないとばかりに舌打ちする男。
この男はヴェネット伯爵が所属する過激派の侯爵だ。同じ派閥なだけあってそれなりに交流もあり、互いの領地も近く、こうして度々密会をしているのである。
「あの醜悪な獣共め……!どうしてくれる!確実に獣人国の国力を低下させられると貴様が言ったのだぞ!?だから協力してやったのにこのザマか!」
「判断を誤りました。まさか二段構えの魔道具を打ち破るとは……」
「言い訳はいらん。もういい、下がれ!この落とし前はきっちりつけさせてもらうからな!」
鬼の形相で室内から追い出された伯爵は何も言わず、侯爵の屋敷を出て馬車に乗り込む。
ゆっくりと馬車が移動し始めると、それまでの澄ました顔が嘘のように表情を歪ませた。
「……こんなはずでは……っ!」
エルヴィン王国スタンピード計画を立てたのは自分だ。
お抱えの魔道具職人が偶然思い付いた、魔素を狂わせる魔道具。それがあったからこそ、いつもの些細な嫌がらせとは違う明確な敵意を向けた。
魔素とは魔物の力の糧。それを狂わせればどうなるか。
魔物の数が増え、強力な魔物が出現しやすくなる。
辺鄙な田舎街に強力な魔物なんておらず、またそれを対処できる者もいないため、この画期的な魔道具を使えばアネスタを落とすくらい容易いと思っていた。侯爵の影魔導師を借りて隠蔽の魔道具まで作ったのだ。どうせ対処なんぞできっこない。
単純に魔物を増やすだけの魔道具はあるが、それは低ランクの比較的弱い魔物のみ。しかしあれは性能が魔素を狂わせるというものなので強力な魔物も出る。いくら武に秀でた国でも対処は難しいだろう。
そう高を括っていたのに、何故こんなことになったのか。
「まずい……まずいぞ……」
髪をぐしゃりと握り潰し、うわ言のようにぶつぶつ呟くヴェネット伯爵はどこか不気味な空気を醸し出していた。
数年前から部下をアネスタに侵入させ、魔道具を仕込んだりアネスタ領主の動向を監視させたりしていた。大きなトラブルもなく、確かに順調だった。それなのに……
待てども待てどもスタンピードの兆候が表れず、ようやく表れたと思いきや何者かが迅速に対処し、あろうことか魔道具の効果が打ち消されており、それどころか逆に足元を掬われる始末。
間の悪いことに娘のプレゼントのために取引していた商人もヘマをして捕まった。いや、たとえ捕まっていなくとももう取引なんてできないが。
経済を圧迫されたのだ、国王も自分が暗躍してることを知らないはずがない。あの腰抜け王がまさか自分を処罰するとは思えないが、用心しておくに越したことはないだろう。
それよりも、問題はエルヴィン王国が公開した情報だ。
非常にまずいことに、エルヴィン王国に賢者が現れたという。
賢者は災厄だ。本来世界を豊かにするはずの存在にそのような言葉は不躾だが、この世界を生きる者の大半はそういう認識である。
かつて国を滅ぼしたという破滅の賢者、賢者の命を理不尽に奪ったが故に神の逆鱗に触れて忽然と消えた国。どこの国でも語り継がれるその事実が重くのし掛かる。
よりにもよって、ノンバード族。あのノンバード族の賢者だ。
娘へのプレゼントにとヒヨコを買ったり、育ちすぎて不要になった中雛を殺処分したりと、賢者の怒りを買いそうなことをしている自覚があるだけに頭を抱えていた。
「まさか、こちらの計画を潰したのも賢者か……?ノンバード族は基本辺境にいるし、可能性は高いな……」
報告にはヒヨコが中心となってアントの大群を殲滅したとあり、それを見たときは冗談も大概にしろと思ったが、まさか……
――――コンコンッ
「失礼します。ご到着致しました」
余程集中していたらしい。思考に耽っている間に己の屋敷へ到着したようだ。
ひとまず頭を切り替えて執務室に直行すると、ヴェネット領の騎士長が少しばかり嬉しそうに報告してきた。
「魔物が減った?」
「はい!部下が巡回したところ、いつもより魔物の数が少ないとの報告がありまして」
人々の脅威が減るのは良いことだ。
それなのに、何故こんなにも不安が心を支配するのだろう。
漠然とした不安を残したまま、日々は過ぎてゆく。
その不安に比例するように出現する魔物はどんどん減っていった。明らかに不自然に、それでいて物凄い早さで。
おかしい。何かがおかしい。まるで何か特別な力が働いているような……
そう思ったときには、全てが遅かった。
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