幻想の魔導師

深園 彩月

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第1章

1―36.エピローグ

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 雑多な街並みを1人の女性が歩いていた。
 ダークブラウンの髪を旅装のフードの中に隠し、気配を絶って歩く女性に気付く者は誰もいない。
 尤も、度重なる増税に喘ぎ日銭を稼ぐので精一杯な人々の淀んだ目に留まったかは怪しいが。

 貧民街の更に奥、場末の酒場に足を踏み入れる。
 建て付けの悪さが際立つ不快な音を響かせながら扉を開き、店主へと視線を向ける。
 客が一人もいない静かな店内の片隅で掃除をしていた店主は女性の姿を見るや否や無言で奥へ続く扉を顎で指し示した。
 女性は目礼し、懐から取り出した金貨をカウンターへと滑らせた。
 慣れた様子で金貨を受け取った店主はそのまま何事もなかったかのように掃除を続行する。
 愛想の欠片もない店主を見向きもせずに奥の扉の先へと足を運んだ。

「よくもヘマをしてくれたな」

 女性が奥の部屋へ入るなり先客が罵声を浴びせた。
 旅装のフードを外した女性が感情を悟らせない微笑を浮かべる。

「あら、下手を打ったおかげで首尾よく事を運べたでしょう?」

 ダークブラウンのポニーテールをさらりと揺らし、我が物顔で空いている椅子に座り、余裕綽々に笑みを深める。
 お忍びの貴族の風貌をした男はそれを見咎めることもなく、舌打ちのみで返事した。

 想定外の出来事もあったが、概ね計画は完遂した。
 いつでも逃げられるのにそうはせず、牢屋に留まり自身に注意を向け自害を装うのが目的だなどと誰が予測するだろうか。
 魔力の痕跡は一切残していない。魔法ではなくちょっとした手品だ。魔法に傾倒するかの国では気付く者もいないだろう。
 そうやってひとつの物事に囚われているから足元を掬われるのだと馬鹿にしつつ、おかげでもうひとつの目的が果たされたと内心ほくそ笑む。

 わざと計画の一部を漏らして警戒を促し、無意味に人員を割かせることに成功した。
 協力者がいると言った。組織の構成員だとも言った。人の感情を閉じ込める稀有な魔道具を所持してるとも言った。
 しかし、国内に留まっているとは一言も言っていない。
 事情聴取し、国が女性の協力者を捜索し始めた時点で既に第2の計画は動き出していたのだ。

碧空へきくうの君は?」

「ジリスの首都で既に暴れた後だ」

 分かりきっている事実の確認。
 女性が自害を装ったのは敵の手から逃れるためというのも勿論だが、人の感情を閉じ込めた魔道具を遠隔起動させる引き金でもあった。

「ふん、ジリスの無能どもめ。さっさと明け渡せばいいものを」

 お忍び貴族風の男が忌々しげに吐き捨てる。

「あの国も可哀想ね。強国ふたつに板挟みで」

 可哀想と口では言いながらもどこか愉快げに含み笑いする女性。気持ちのこもっていない言葉が空気を震わせる。
 しかしその笑みは瞬時に引っ込み、今思い出したとばかりにわざとらしく声を上げた。

「あ、そうそう。あの子に会いましたよ。例のコルネリアの若き英雄」

「……死神か」

 苦虫を何百と噛み潰した顔で呻くように呟いた。
 コルネリア王国では英雄と謳われる幻想の魔導師だが、今彼らがいる国では死神と呼ばれ恐れられている。
 当然だ。かつての戦争で自国の兵士を悉く屠り、夥しい数の死傷者を出した張本人なのだから。

「死神は動くと思うか?」

「可能性は低いかと。学園に通っておりますので」

 かの者が王立学園に通っているのは諜報員から報せを受けていた。しかし、コルネリア王国の最高戦力をそう易々と鳥籠の中に放り込むだろうか?と懐疑的だったのだ。
 学園と聞いて思案する男は次の瞬間閃いたとばかりに瞳を煌めかせる。

「あの女を向かわせよう」

 彼は年若くとも要人だ。何かあれば国が動く。その分、他が手薄になる。
 女性は微かに眉尻を下げた。意地の悪い人ねと言いたげに。

「潰し合わせる気ですか?」

 窓もなく薄暗い部屋の中、男は「馬鹿言え」と鼻で嗤う。

「いくら死神といえど、あの女は殺せんよ」





 血塗られた歯車は廻り始め、そら色の運命が動き出す。
 停滞していた時は静かに、されど確実に流れ始めた――――――……






―――――――

あとがき


第一章本編はここまでとなります。
最後まで読んで頂きありがとうございます。

いくつかの番外編は出来れば今年中に、第ニ章はエピローグ執筆完了次第アップする予定ですので、しばしお待ち下さいm(_ _;)m

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