幻想の魔導師

深園 彩月

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第1章

1―30.同じだけど同じじゃない

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 待ちに待った放課後。再び冒険者ギルドへ足を運んだ。
 授業以外にも皆仲良く北の森に出入りしており、その度にここへ来ているので、学園からギルドまでの道順を多少なりとも覚えたよ。
 ギルドの中へ入った途端に集まる視線にも少し慣れてきた。
 注目を浴びる中、背筋をぴんと伸ばして真っ直ぐ歩く。

「ようこそいらっしゃいました。買取ですね?査定を行いますのでカウンターの上に置いて下さい」

 買取カウンターのいつもの職員さんが僕を見て身体を強張らせる。
 もう何度もここへ来ているんだからそんな緊張しなくてもいいのに。
 まぁ、今後も冒険者ギルドは利用するし、そのうち慣れてくれるよね。

 授業で狩った低級魔物をカウンターの上へ、ついでに授業以外で狩った魔物も積み上げていく。
 メルフィさんがどこか遠くに視線を投げて「今日もまた一段と多いねぇ……」と呟く。
 授業以外で狩った魔物がって意味だよね。カウンターの半分以上埋め尽くしてるし。

「おい見ろよ。幻想の魔導師が出したやつ、全部白金級だぜ?」

「1人で狩ってんだろ?バケモンかよ……」

「でも、幻想の魔導師が活動し始めてからは魔物の被害がめっきり少なくなってるんだよな。結果的に仕事がやりやすくなったし、ありがてぇこった」

 遠巻きにこちらの様子を窺ってる冒険者の視線が更に集中したのを肌で感じながら雑談混じりに査定が終わるのを待ち、身分証と休暇申請許可証を提示して売却を済ませる。
 そして冒険者ギルドを出た途端にへたりこんだ。

「き、緊張した……」

 ブレスレット効果もあってギルドで視線が集中するのは慣れてきた。慣れてきたけど、やっぱり緊張するぅ……
 往来で情けない姿を晒す僕にティアナさんが呆れる。

「何よ、前と違って堂々としてるから少し見直したところだったのに」

 僕っていつもこうだなぁ。
 変われたと思っても全然変われていない。対人能力を鍛えるために学園に入学したのにいつまで経ってもギルくん達以外の人とまともに話せないし、いつだって緊張しっぱなし。
 最近はギルくん達相手だとリラックスできて、だからこそこんな情けない姿も見せられるんだけど。
 人は簡単には変わらないんだって酷く痛感する。

「ううん、ちゃんと変わってるよぉ。あの場で逃げようとしなかったのは進歩だよぉ」

 だから自分を責めないの、とメルフィさんがフォローしてくれる。
 隣でしゃがんだギルくんも労うように僕の肩を叩いてくれて、沈んだ気分が浮上した。
 昔と比べれば成長している。それが亀の歩みでも、しっかりと結果に繋がっている。
 そう考えたら、少しずつでも変われているんだと信じることができた。

「ありがとう、皆」

 力が抜けてへにゃりと笑う。
 皆に出会えて本当に良かった。じゃなきゃ、人との繋がりを大事にしようなんて思わなかったよ。
 ギルドの前で座り込んだままなのもいい加減通行の邪魔なので、立ち上がって端に寄る。

「さて、この後はどうする?また北の森?」

 メルフィさんとティアナさんは教会の手伝いもなく、ギルくんも旨味のある依頼がほとんどないからと完全フリー。
 なので実戦授業を行った後も再び魔物討伐へ行こうかって話に。

「ええ、まだまだ課題は山積みだもの。でも毎回北の森ってのもつまんないわよね。他のとこ行ってみる?」

「賛成~!西の草原とかどう?魔物も多くないし、ピクニックにちょうどいいよぉ」

 西の草原と聞いてギルくんが反応する。

「西の草原も正常に戻ってんのか?」

 ああ、そういや、北の森の異変は西の草原から魔物が流れていたことも原因のひとつだったもんね。
 ギルくんの問いにこくりと頷く。

 西の草原から流れる魔物の数も正常の範囲内に収まっている。禍津結晶を取り除いて以降、何か仕掛けられた様子もない。いたって平和だ。
 犯人が未だ捕まらない以上、その平和は仮初めでしかないけれど。
 せめて犯人の狙いさえ分かれば誘き寄せることも可能なのに。
 手を伸ばしても届かず、こちらへ向かってきたかと思いきやするりとかわす。
 まるで風を掴むような感覚に国の上層部もティアナさんらも密かに苛立ちを募らせている。

「君達っ!ちょっといいか!?」

 西の草原へ行くことが決まりそちらへ歩を進める最中、貴族の護衛らしき人物に声をかけられた。

「ボンクラくん家の護衛じゃない。あんなに慌ててどうしたんだろうね?」

 どこかで見覚えがあるなぁって記憶を掘り起こしてたらメルフィさんの方が先に思い出して囁いた。
 ああ、そうだ!馬車事件のときに見かけたルッツくんの護衛だ!

「ルッツ様をお見かけしなかったか?」

 全員が首を横に振る。するとルッツくんの護衛の人は困ったような焦ったような様子で呟いた。

「また空振りか……ひょっとしたら街中にはいないのかも……」

「あのぉ、ボン……じゃない、ルッツ様がどうかしましたか?」

 皆が気になったことをメルフィさんが聞いた。
 護衛の人は一瞬迷った後、観念したように詰めていた息を吐いた。

「実は、ルッツ様が行方不明なのだ」

 彼によると、学園から屋敷へと帰った後に忽然と姿を消したらしい。
 いつもなら自室で勉強している時間で、晩餐まで自室から出てこないのは通常通り。
 しかしそろそろ喉が乾いた頃だろうと侍女が気を効かせて紅茶を出しに行ったらもぬけの殻だった。
 机の上に放置された使いかけの筆記具、開け放たれた窓を見て、本人の意思に関係なく事件に巻き込まれたのではないか?ということでローウェルド伯爵家の騎士団が動いているのだそう。
 でも目撃証言もないし既に街中にはいない可能性もあると見て王都近辺を捜索することを検討していた、と。

「もし何か手掛かりを見つけたら報せてくれ。君達にとっては憎い相手かもしれないが……」

「例の件なら正式な謝罪を頂いてます。何か分かりましたら報せますよ」

「そうか。助かる」

 連絡用の魔法鳥を飛ばして去っていく護衛の人の背を見送り、皆に目配せする。
 分かってるとばかりに言葉なく頷いた。

 ルッツくんの身近に禍津結晶を埋めた犯人が潜んでいるのは想定内だ。再びルッツくんを操って何か仕掛けてくるのも。
 僕らが冤罪で牢屋に入れられたとき、精神魔法で操られていたのはルッツくんと使用人と護衛、それに僕らを引き渡す際に対応した第2騎士団の数名のみ。
 どこかに隠れてた可能性もあるけど、気配に敏感なギルくんが怪しい気配を察知しなかったのを考えたら、自ずと答えは出てくるよね。

「仕込んでおいて良かったよぉ」

 そう言ってメルフィさんが懐から取り出したのはチェーンに通した菱形の魔石。
 チェーンを指先に括りつけて魔石を揺らし、魔力を流す。すると魔石は小刻みに震え、やがてピンっと方角を示した。

「な、何してるの?」

「ボンクラくんの居所探してるの。あのとき精神魔法打ち消すついでに魔力の痕跡残しておいて正解だったよぉ」

 あのときって、まさか握手してたとき!?全然気付かなかった!

「やっぱり何かしら仕掛けてたのね」

「抜け目ねぇな」

「ふふふ、それほどでもぉ。ほら、ボンクラくんはこっちの方向にいるよぉ」

 魔石が指し示す方へと足を運ぶ僕達。
 目的地が近付いてくると、誰からともなくため息が溢れた。

「西の草原でピクニック、楽しみにしてたのに……」


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