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第1章
1―29.実戦授業再開
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「明日から実戦授業を再開します」
ルッツくんと和解してから数日。
朝のホームルームでエド先生がにこやかに言い放った途端、クラスが沸き立った。
「ふん、遅いっての」
不満げにティアナさんが口を尖らせているけど、次第に綻ぶ顔が如実に感情を表している。
そうだよね。実戦授業が休みの間もちょいちょい放課後に皆で北の森へ出入りしてたけど、それとこれとは別だもんね。
手を叩きざわつく教室を静めたエド先生が再び口を開く。
「久々の実戦授業ですし、何か目標を掲げてみてはいかがでしょう。きっとより多くの経験が貴方達を成長させてくれますよ」
ホームルームが終わり1時限目の授業が始まるまでの僅かな時間、クラス中がエド先生の言う目標に関しての話題で盛り上がっていた。
どの魔物をどうやって倒すだとかの戦略的なものから回復薬を消耗しない上手な戦い方をするなど制限を設けてチームワーク向上を図るものまでと多種多様。
目標……目標かぁ。
魔物討伐に関しては具体的な目標なんて考えたこともなかった。
任務での討伐、趣味の討伐、暇潰しの討伐。
僕にとって魔物討伐は仕事でもあり趣味でもあり、単なる時間潰しでもある。
何か目標を掲げてそれに向けて一直線に頑張るようなものじゃない。朝起きたら顔を洗って歯を磨くのと同じ感覚だ。
当たり前すぎる日常の中で目標なんてどうやって立てればいいんだろう?
「皆は実戦授業で何か目標ってある?」
1時限目が終わり休み時間に突入した際、思いきって皆に聞いてみた。
「エド先生の話?うーん、私は魔法の精度を上げることかなぁ。治癒魔法は治療院で鍛えてるからいいとして、結界魔法の方をね。白金級の魔物にも対応できるぐらい頑丈に」
メルフィさんは魔法関係。禍津結晶を見つけたとき、魔物の群れの猛攻で結界を維持できなかったのが相当悔しかったらしい。
僕らが駆け付けていなければ大事な幼馴染みを失っていたかもしれない。あんな肝が冷える思いはもう二度と御免だ、と。
「実戦授業からは少し逸れちゃうかもだけど……魔物の習性や素材の特性に関しての知識を深めること、かしらね」
ティアナさんは知識の探求。これでもかなり悩んでいたらしい。
魔法の精度で言えば僕ほど火力もスピードも出せないし、メルフィさんみたいに守りを固めることも怪我を癒すこともできない。ギルくんみたく武器を扱うこともできない。なら自分は何ができるのか?と。
そのとき彼女はふと考えた。僕は攻撃系の魔法、メルフィさんが結界と治癒、ギルくんは近接戦闘とそれぞれに特化している。でももし、魔法も使えず身動きも取れない状況に追い込まれたらどうするのか?
なら、魔法にも武器にも頼らない方法で危機的状況を切り抜ける道をつくればいい。そのために知恵をつけるのだと。
二人とも立派な目標があるんだなぁ。
ギルくんはどうなんだろう?とそっと視線を投げ掛ける。
気付いたギルくんは僅かな沈黙の後、渋々口を開いた。
「お前が背中を預けられるくらい強くなる」
え……僕?
目を白黒させてギルくんを見つめるが、ギルくんはそれ以上を語る気はないとばかりに頬杖をついて気付かないフリ。
え、えぇ?それってどういう意味?
前に僕がギルくんに助けられてばかりだって話したときにお互い様だって言ってくれたから恩返しとかではない……はず。
じゃあなんなんだろ?と首を傾げていると、メルフィさんが訳知り顔で悪戯っぽく笑った。
「リオンくんに頼られたいんだよねぇ。戦闘面ではリオンくん1人で完結しちゃうから」
「正直、アンタ1人で十分すぎる戦力になっちゃうものね。アイツも思うところがあるんでしょ」
あの一匹狼なギルくんが、僕に頼られたがっている?戦闘面で?
2人の言うことが信じがたくて思わずギルくんの横顔を凝視する。
口を引き結んで仏頂面。でもそれは不機嫌な態度ではなく、表情に出た気持ちを隠すために無理やりつくったような……
照れてるように見えるのは見間違いじゃないよね。
じわじわと言い知れぬ喜びが胸中に広がる。
1人で戦うのが当たり前だった僕にそんなふうに言ってくれる人がいたなんて。
そんな未来が、いつか来るのかな。
僕の背中をギルくんに預けて共に戦う、そんな未来が……
◇◇◇
久しぶりに実戦授業で北の森。
魔物の生息域も正常に戻った今、学生の活動可能範囲は魔物の動きもとても穏やか。
低級魔物の生息域で金級や白金級の魔物と遭遇することもなく、順調に低級魔物を狩れた。
ティアナさんの指示に従い、メルフィさんが補助魔法をかけて、ギルくんが牽制して、僕がトドメを刺す。
仲間との連携も前より上手くなったよ。
他の班を考慮してそこまで多く討伐せずに学園へと戻ると、怪我人が保険医に治療を施されているところだった。
低級魔物を相手取るといっても戦闘に不慣れな人からしたら立派な脅威。多少は怪我人が出てしまう。
と、そこで治療待ちの生徒の列から一人抜けてメルフィさんの前へと片足を引き摺って歩いてきた男子生徒が。
あっ、確かこの人、前にメルフィさんを非難していた人だ。
「……この前は悪かった。その、図々しいお願いなのは百も承知だが……治してもらえないか?」
おずおずと申し出る男子生徒に目を見張るが、やがて蕾が花開くようにふんわりと微笑んだメルフィさん。
「図々しいだなんて……もちろんいいよぉ」
男子生徒の頬が朱に染まる。
メルフィさんは挙動不審な彼を不思議そうに一瞥するも、すぐに頭を切り替えて治療に専念した。
治癒魔法の柔らかな光に包まれた足はゆっくりと癒されていく。
「あ、ありがとう。そうだ、お礼に今度食事にでも……」
「あ、あの!私も治療お願いしてもいいですか?」
「わ、私も……」
メルフィさんに何か告げようとした男子生徒の声に被さるように彼女の元へ怪我人が集まってくる。
前回の反省を踏まえて治癒魔法に造詣の深い教師が集合場所に待機していたけど、これならすぐ終わりそうだね。
少人数ながらも偏見を捨てて話し掛けてくれてメルフィさんは嬉しそうだ。成り行きを見守っていたティアナさんも我が事のように喜んでいる。
「誇って下さい。君が勇気を出した結果、彼女達は前へ進めたのです」
治療している様子をボーッと眺めていたら唐突に声をかけられ、びっくりして振り向いたらエド先生が柔和な笑顔で佇んでいた。
「僕が勇気を出した結果……」
「ええ。前回の実戦授業のとき、君が自傷行為に及ばなければ彼らは今も教会ならびに彼女達への風当たりが強かったでしょう。君は良い連鎖を生み出すきっかけをつくったのです」
褒められたやり方ではありませんがね、と心の内側を読ませない笑顔で続けるエド先生。
そっか。僕が勇気を出したことで良い方向へ向かったんだ。
良い連鎖になるようにこれからも頑張らないとね。
他の生徒の様子を見に行こうと離れかけたエド先生を呼び止める。
周囲に人がいないのを確認してから頭を下げた。
「実力テストのときはありがとうございました。エド・ジーラス先生」
それだけで伝わったようだ。
顔に張り付けた笑みを僅かに崩して「ほう?」と愉快げに口角を上げる。
「いつ気付きました?」
「前回の実戦授業のあと、威張り散らしていた末端貴族の男子生徒を諌めていたでしょう。竜を守る獅子の盾が無為に子羊を喰らうなと。そのときです」
「ヴェルナー子爵家五男のことですね。あそこは経営難で近々爵位を返上予定ですので、いずれ報いを受けるでしょう」
子羊とは平民、獅子とは貴族、竜とは王家。
獅子は百獣の王ともいうから本来なら王家を指す言葉だけど、コルネリアにおいて天上の存在は獅子ではなく竜を指す。
獅子の盾とは王家を守り付き従う貴族のことで、この言い回しができるのは貴族のみ。
で、少し調べてみたら、彼がジーラス公爵家出身であることが判明。
ジーラス公爵家、通称影の公爵。
代々要職にも就かず王家や他の貴族とも距離を取る日陰者と揶揄するものだが、それは表向き。裏では人知れず王家に尽くす国の影。
王家が根回ししたんだろう。緊急任務の際にスムーズに授業を抜け出すだとか、実力テストのときみたいなフォロー役だとかで。
皮肉なことに、影と呼ばれるだけあって闇属性の魔法を使える一族なのだ。
隠す人が多いってだけで闇属性が使えるのは珍しくも何ともない。
「おそらく君の予想通りです。何かあれば私に言って下さい。教師として力になりますから」
「重ね重ねありがとうございます。そのときはよろしくお願いします」
とはいえ、王家の影をわざわざこちらに送り込んだのは僕のフォローだけが理由じゃないんだろうけどね。
ルッツくんと和解してから数日。
朝のホームルームでエド先生がにこやかに言い放った途端、クラスが沸き立った。
「ふん、遅いっての」
不満げにティアナさんが口を尖らせているけど、次第に綻ぶ顔が如実に感情を表している。
そうだよね。実戦授業が休みの間もちょいちょい放課後に皆で北の森へ出入りしてたけど、それとこれとは別だもんね。
手を叩きざわつく教室を静めたエド先生が再び口を開く。
「久々の実戦授業ですし、何か目標を掲げてみてはいかがでしょう。きっとより多くの経験が貴方達を成長させてくれますよ」
ホームルームが終わり1時限目の授業が始まるまでの僅かな時間、クラス中がエド先生の言う目標に関しての話題で盛り上がっていた。
どの魔物をどうやって倒すだとかの戦略的なものから回復薬を消耗しない上手な戦い方をするなど制限を設けてチームワーク向上を図るものまでと多種多様。
目標……目標かぁ。
魔物討伐に関しては具体的な目標なんて考えたこともなかった。
任務での討伐、趣味の討伐、暇潰しの討伐。
僕にとって魔物討伐は仕事でもあり趣味でもあり、単なる時間潰しでもある。
何か目標を掲げてそれに向けて一直線に頑張るようなものじゃない。朝起きたら顔を洗って歯を磨くのと同じ感覚だ。
当たり前すぎる日常の中で目標なんてどうやって立てればいいんだろう?
「皆は実戦授業で何か目標ってある?」
1時限目が終わり休み時間に突入した際、思いきって皆に聞いてみた。
「エド先生の話?うーん、私は魔法の精度を上げることかなぁ。治癒魔法は治療院で鍛えてるからいいとして、結界魔法の方をね。白金級の魔物にも対応できるぐらい頑丈に」
メルフィさんは魔法関係。禍津結晶を見つけたとき、魔物の群れの猛攻で結界を維持できなかったのが相当悔しかったらしい。
僕らが駆け付けていなければ大事な幼馴染みを失っていたかもしれない。あんな肝が冷える思いはもう二度と御免だ、と。
「実戦授業からは少し逸れちゃうかもだけど……魔物の習性や素材の特性に関しての知識を深めること、かしらね」
ティアナさんは知識の探求。これでもかなり悩んでいたらしい。
魔法の精度で言えば僕ほど火力もスピードも出せないし、メルフィさんみたいに守りを固めることも怪我を癒すこともできない。ギルくんみたく武器を扱うこともできない。なら自分は何ができるのか?と。
そのとき彼女はふと考えた。僕は攻撃系の魔法、メルフィさんが結界と治癒、ギルくんは近接戦闘とそれぞれに特化している。でももし、魔法も使えず身動きも取れない状況に追い込まれたらどうするのか?
なら、魔法にも武器にも頼らない方法で危機的状況を切り抜ける道をつくればいい。そのために知恵をつけるのだと。
二人とも立派な目標があるんだなぁ。
ギルくんはどうなんだろう?とそっと視線を投げ掛ける。
気付いたギルくんは僅かな沈黙の後、渋々口を開いた。
「お前が背中を預けられるくらい強くなる」
え……僕?
目を白黒させてギルくんを見つめるが、ギルくんはそれ以上を語る気はないとばかりに頬杖をついて気付かないフリ。
え、えぇ?それってどういう意味?
前に僕がギルくんに助けられてばかりだって話したときにお互い様だって言ってくれたから恩返しとかではない……はず。
じゃあなんなんだろ?と首を傾げていると、メルフィさんが訳知り顔で悪戯っぽく笑った。
「リオンくんに頼られたいんだよねぇ。戦闘面ではリオンくん1人で完結しちゃうから」
「正直、アンタ1人で十分すぎる戦力になっちゃうものね。アイツも思うところがあるんでしょ」
あの一匹狼なギルくんが、僕に頼られたがっている?戦闘面で?
2人の言うことが信じがたくて思わずギルくんの横顔を凝視する。
口を引き結んで仏頂面。でもそれは不機嫌な態度ではなく、表情に出た気持ちを隠すために無理やりつくったような……
照れてるように見えるのは見間違いじゃないよね。
じわじわと言い知れぬ喜びが胸中に広がる。
1人で戦うのが当たり前だった僕にそんなふうに言ってくれる人がいたなんて。
そんな未来が、いつか来るのかな。
僕の背中をギルくんに預けて共に戦う、そんな未来が……
◇◇◇
久しぶりに実戦授業で北の森。
魔物の生息域も正常に戻った今、学生の活動可能範囲は魔物の動きもとても穏やか。
低級魔物の生息域で金級や白金級の魔物と遭遇することもなく、順調に低級魔物を狩れた。
ティアナさんの指示に従い、メルフィさんが補助魔法をかけて、ギルくんが牽制して、僕がトドメを刺す。
仲間との連携も前より上手くなったよ。
他の班を考慮してそこまで多く討伐せずに学園へと戻ると、怪我人が保険医に治療を施されているところだった。
低級魔物を相手取るといっても戦闘に不慣れな人からしたら立派な脅威。多少は怪我人が出てしまう。
と、そこで治療待ちの生徒の列から一人抜けてメルフィさんの前へと片足を引き摺って歩いてきた男子生徒が。
あっ、確かこの人、前にメルフィさんを非難していた人だ。
「……この前は悪かった。その、図々しいお願いなのは百も承知だが……治してもらえないか?」
おずおずと申し出る男子生徒に目を見張るが、やがて蕾が花開くようにふんわりと微笑んだメルフィさん。
「図々しいだなんて……もちろんいいよぉ」
男子生徒の頬が朱に染まる。
メルフィさんは挙動不審な彼を不思議そうに一瞥するも、すぐに頭を切り替えて治療に専念した。
治癒魔法の柔らかな光に包まれた足はゆっくりと癒されていく。
「あ、ありがとう。そうだ、お礼に今度食事にでも……」
「あ、あの!私も治療お願いしてもいいですか?」
「わ、私も……」
メルフィさんに何か告げようとした男子生徒の声に被さるように彼女の元へ怪我人が集まってくる。
前回の反省を踏まえて治癒魔法に造詣の深い教師が集合場所に待機していたけど、これならすぐ終わりそうだね。
少人数ながらも偏見を捨てて話し掛けてくれてメルフィさんは嬉しそうだ。成り行きを見守っていたティアナさんも我が事のように喜んでいる。
「誇って下さい。君が勇気を出した結果、彼女達は前へ進めたのです」
治療している様子をボーッと眺めていたら唐突に声をかけられ、びっくりして振り向いたらエド先生が柔和な笑顔で佇んでいた。
「僕が勇気を出した結果……」
「ええ。前回の実戦授業のとき、君が自傷行為に及ばなければ彼らは今も教会ならびに彼女達への風当たりが強かったでしょう。君は良い連鎖を生み出すきっかけをつくったのです」
褒められたやり方ではありませんがね、と心の内側を読ませない笑顔で続けるエド先生。
そっか。僕が勇気を出したことで良い方向へ向かったんだ。
良い連鎖になるようにこれからも頑張らないとね。
他の生徒の様子を見に行こうと離れかけたエド先生を呼び止める。
周囲に人がいないのを確認してから頭を下げた。
「実力テストのときはありがとうございました。エド・ジーラス先生」
それだけで伝わったようだ。
顔に張り付けた笑みを僅かに崩して「ほう?」と愉快げに口角を上げる。
「いつ気付きました?」
「前回の実戦授業のあと、威張り散らしていた末端貴族の男子生徒を諌めていたでしょう。竜を守る獅子の盾が無為に子羊を喰らうなと。そのときです」
「ヴェルナー子爵家五男のことですね。あそこは経営難で近々爵位を返上予定ですので、いずれ報いを受けるでしょう」
子羊とは平民、獅子とは貴族、竜とは王家。
獅子は百獣の王ともいうから本来なら王家を指す言葉だけど、コルネリアにおいて天上の存在は獅子ではなく竜を指す。
獅子の盾とは王家を守り付き従う貴族のことで、この言い回しができるのは貴族のみ。
で、少し調べてみたら、彼がジーラス公爵家出身であることが判明。
ジーラス公爵家、通称影の公爵。
代々要職にも就かず王家や他の貴族とも距離を取る日陰者と揶揄するものだが、それは表向き。裏では人知れず王家に尽くす国の影。
王家が根回ししたんだろう。緊急任務の際にスムーズに授業を抜け出すだとか、実力テストのときみたいなフォロー役だとかで。
皮肉なことに、影と呼ばれるだけあって闇属性の魔法を使える一族なのだ。
隠す人が多いってだけで闇属性が使えるのは珍しくも何ともない。
「おそらく君の予想通りです。何かあれば私に言って下さい。教師として力になりますから」
「重ね重ねありがとうございます。そのときはよろしくお願いします」
とはいえ、王家の影をわざわざこちらに送り込んだのは僕のフォローだけが理由じゃないんだろうけどね。
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