幻想の魔導師

深園 彩月

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第1章

1―28.仲直り

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 北の森は少しずつ元に戻ってきている。
 といっても、まだ異変が収まっていない場所があるので実戦授業の再開はもう少し先。
 授業以外でも北の森で魔物討伐する僕らだけど、それはそれ。実戦授業も待ち遠しい。

 自習を終わらせ、昼休み。
 今日はあいにくの雨なのでいつもの裏庭ではなく食堂を利用することに。

「ねぇ、あの人……実力テストで魔法の発動がとんでもなく早かったっていう……」

「幻想の魔導師なんですって。英雄と同じ学園に通ってるなんて夢みたい!」

「あの赤髪、例の最年少金級冒険者なんだよな?」

「赤狼な。テストんときの剣術凄かったよな!弟子入りしてぇ!でも怖くて近付けねぇっ」

「見てよあれ。英雄と赤狼侍らせてみっともない」

「私達ぃ、いつでも守ってもらえるからぁ、手ぇ出すんじゃねーぞ☆ってことでしょ。いいご身分だこと」

 声の大きいヒソヒソ話が僕らの耳にも届く。
 最近になってやっとああいうのに慣れてきた。精神安定ブレスレットのおかげでほとんど気にも留めない。
 真っ直ぐ顔を上げて、背筋を伸ばして、堂々と。

『しゃきっとしなさい!』

 冒険者ギルドに素材売却に行った際ティアナさんに叱り飛ばされたときのことを思い出して思わず笑みを溢す。

「何よ、急にニヤニヤして」

「なんでもないよ。それよりメルフィさん、ありがとうね。治療院の仕事引き受けてくれて。今日も行くんでしょ?」

「うん。ありがたいことに、必要としてくれる人がいるからねぇ」

 少しは成長してるかななんて自信がついてきたのを自覚しつつ、食べ終わって食堂から出ようとしたそのとき。
 取り巻きを引き連れた見覚えのある貴族男子とバッタリ遭遇した。

「お前、あのときの……!」

 ランツくんの弟くんが驚愕に目を見開く。
 弟くんも学園に通ってるのは知ってたけど、彼からもこっちからも一切接触していないから正直忘れかけてたよ。
 苦い記憶が蘇り顔を顰める面々。

「君達、ルッツ様を見てそんな顔をするとは何事だ!」

「不敬だぞ!」

「止めろ。そんなことより、ラウンジの席を確保してきてくれ。それとシェフに冷製スープの追加を頼む」

「ルッツ様がそう仰るなら……」

 人払いを済ませたランツくんの弟くん改めルッツくんが僕らと向き合う。
 警戒したギルくんが僕らを守るように前へ進み出た。

「何の用だ」

 強面な彼に睨まれて一瞬怖じ気づくも、意を決した顔で睨み返した。

「……あのときは悪かった」

 そして僕らを牢屋に入れたときと同一人物とは思えないほどすんなりと……頭を下げた。
 全員、あまりの態度の違いに呆気にとられる。

「話したいことが沢山あったのに多忙を極めたランツ兄様がほとんど屋敷に帰ってこなくて、それでつい八つ当たりしてしまった。あそこまで大事にするつもりはなかったが、何故か急に感情的になって……」

 後悔がありありと浮かぶ表情で訥々と語る彼に少しばかり同情した。
 あのときルッツくんは何者かに精神魔法で操られていたから仕方ない。見たところ、もう精神魔法をかけられていなさそうで安心した。
 メルフィさんが冷静に問いかける。

「謝るのは私達だけ?」

「……!あのときの子供にも正式に謝罪する」

 それを聞けて安心したと、ルッツくん相手に初めて2人が柔く微笑んだ。

「じゃあ、仲直りの握手!」

「え、はぁ!?何をする金髪女!」

「金髪女じゃなくてメルフィねぇ。これからもよろしく、ボンクラくん」

「誰がボンクラだ!僕にはルッツ・ローウェルドという立派な名前があってだな……!」

 いきなり手を握られ顔を赤くしてあたふたするルッツくんに皆が和んだ。
 本来のルッツくんは、貴族なのに平民にもきちんと頭を下げられる律儀な人だったんだね。
 始まりは最悪の出会いだけど、仲直りして一件落着。これからも交流を持てたらいいな。クラスが違うからあんまり会わないかもだけど。
 あ、ランツくんといえば。

「ランツく……お兄さんとは仲直りできた?」

 聞いた途端にルッツくんの表情が落ち込む。
 あ、あれ?仕事は調整したし、ちゃんと休むようにランツくんには言い含めたはずだけど……

「もしかして、まだ帰ってない?」

「いや、最近はちゃんと帰ってきている。食事の席にも同席しているし……」

 ならなんでそんな浮かない顔してるんだろう?と首を傾げたら、バツが悪そうに目を逸らした。

「……初めてなんだ。ランツ兄様にあんなふうに怒鳴られたのは。それ以来、どう接したらいいのか分からなくて……」

 ランツくんにこってり絞られたのが相当堪えたようで、毎日顔を合わせるようになったランツくんを避けているとのこと。
 大好きな兄と話せなくて辛い。しかしどう切り出せばいいのか分からない。そんな気持ちを抱えたまま時間だけが過ぎていく。

 まさか考えなしにランツくんに仕事を丸投げしたせいでここまで兄弟間の溝が深まってしまうなんて……
 これはやっぱり、あれだよね。元凶の僕がどうにかしないといけないよね。
 決意を固めてルッツくんに言った。

「放課後、僕らの教室に来て!なんとかするから!」

 怪訝そうな顔をしつつも放課後、律儀に教室を訪ねてくれたルッツくんと一緒に王宮前へ転移。

「で?なんで私達までいんのよ」

「知り合ったばかりの人と二人きりなんて緊張しちゃう」

「精神安定剤かな?」

 ルッツくんと僕だけでなくギルくん達も一緒。
 ギルくん達がいてくれたら心強いからつい巻き込んじゃった。
 迷惑かな……とそっと皆を盗み見るも、嫌々ついてきた雰囲気は感じない。僕の我が儘に付き合ってくれるようだ。

 禍津結晶を発見したときとは違ういつもの門番さんに団員証を見せ、王宮の中へ。
 まさかまた王宮の敷地に足を踏み入れるなんて……となんとも言えない顔をする面々を他所に穴が開きそうなほどこちらを凝視するルッツくん。

「お前、本当にランツ兄様の上司なんだな……」

 幻想の魔導師とかいう通り名ではなく兄の名前を出すあたり、ルッツくんのブラコン根性が滲み出るというものだ。
 てか、上司じゃなくてただの先輩だよ!

「リオン様っ!?」

 あ、ちょうど魔導師棟からランツくんが出てきた。事前連絡なしに来ちゃったから驚いてるみたい。
 僕の隣にいる自身の弟に気付き目を吊り上げる。

「何故ルッツがここに……まさか、またリオン様に迷惑を!?」

「違う!違うから!」

 勘違いで怒りを爆発させる前に否定。次いでルッツくんを連れてきた訳を簡潔に説明。

「彼、大好きなお兄さんと仲直りしたいんだって」

「ちょ、おいっ」

 ルッツくんが赤面した。
 ケンカした覚えはないが……と首を捻るランツくんだが、すぐに思い当たった顔で頷いた。

「ああ、リオン様に対して狼藉を働いた件か。リオン様と一緒ということはもう和解したのだろう?ならばもう私から言うことはない。とはいえ、怒鳴るのはやりすぎたな。すまない」

 もう怒ってないと知りぱぁっと表情が明るくなるルッツくん。
 しかし直ぐ様そっぽを向いてしまった。

「お許し頂きありがとうございます。ですが!さっきの言葉は真に受けないで下さいよ!昔もらったお守りや栞など全て持ち歩くほどランツ兄様が大好きだなんて!」

 いや僕そこまで言ってない。

「屋敷でランツ兄様の背中を追いかけ回したり、常にランツ兄様の気配を探したり、ランツ兄様と話したくて部屋の前で待ち伏せしたりなんてしてませんから!」

 ルッツくん!墓穴掘ってるよ!

 怒ったり照れたり喜んだりと表情がコロコロ変わるその姿はとても貴族には思えない。
 なんか段々微笑ましい気持ちになってきた。
 そう、ライトニングハウンドと戯れるときの穏やかな気持ちというか、なんかこう……

「かわいいところもあるんだね」

「子犬みたいだわ」

「キャンキャンうるせぇ犬だな」

 愛くるしさを感じる子犬みたい、と思ったのは僕だけではなかった。
 あ、駄目だ。子犬みたいって思っちゃったら急にぶんぶん振る尻尾と犬耳の幻覚が見え始めた。

「……?よく分からんが、嫌われてないならいい。それよりリオン様、少々お聞きしたいことが。魔導師団の予算編成に関する書類について……」

「予算編成は管轄外だよ。副団長の書類が混ざっちゃったんだね。あとで渡しておいて。それと、魔道具部の資材についてだけど……」

 何はともあれ、兄弟仲が悪化する事態にならなくて本当に良かった。
 ホッとしつつランツくんと仕事の話に花を咲かせ、王宮を出る。
 そこにはローウェルド伯爵家の馬車が停まっていた。知らぬ間にランツくんが魔法鳥を飛ばして呼んでいたみたい。
 ルッツくんは「ランツ兄様が僕のために……!」と感激。幻覚の尻尾を千切れんばかりに振っている。

「では、また屋敷で。あまり無理しないで下さいね」

「分かってる。お前こそ、これ以上リオン様に迷惑かけるんじゃないぞ」

 手のかかる弟だと言わんばかりにルッツくんの頭を軽く撫でる。家族を大事にしてるのがありありと分かる優しい手付きと眼差しだ。
 仲直りできたのはお前のおかげだと僕にお礼を言う彼に首を横に振る。だって元はと言えば僕が元凶な訳だし。
 ルッツくんが踵を返し馬車へと乗り込む。
 専属侍女と思しき使用人が頭を下げて馬車に乗り込む中、ランツくんが首を傾げた。

「どうしたの?」

「あ、いえ。初見の者が数名いたので少し気になっただけです」

 ちょっと意外だ。ランツくんは……というより貴族は使用人のことを一々気にかけたりしないと思ってたから。
 僕のそんな考えが透けて見えたのか、ランツくんが毅然とした態度で言い放った。

「数ある貴族家の中から我がローウェルド伯爵家を選び、仕えてくれている大事な人材ですからね。名前と顔を覚えるのは当然です」

 彼らの名前も覚えなくては、と当たり前のように言うランツくん。
 彼みたいに民を大事にする貴族もちゃんといるんだなぁ。いや、当然か。いなかったら国としてまともに機能してないよね。

 その後、ギルくんとティアナさんは送迎不要だと言ったので、メルフィさんだけ治療院へ送り届けた。



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