幻想の魔導師

深園 彩月

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第1章

1―25.禍津結晶

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 メルフィさんが結界を張り、ティアナさんがその中から魔法を放ったり薬瓶や爆弾など投げつけたりして応戦している。
 道具を使ってるのは魔法だけで倒すのは難しいからだろう。
 その判断は的確の一言に尽きる。本来彼女の実力では倒せないはずの魔物を着実に仕留めているのだから。

 けど、それも限界。
 道具が底をついたのか魔法だけで対処し始めたのとほぼ同じタイミングで猪の魔物が結界に体当たりし、ヒビが入った。

「させないよ!」

 2人を助けるべく直ぐ様魔法を放つ。
 無数に生み出した風の刃が魔物の群れに襲い掛かる。結界に突進していた猪の魔物を筆頭に首と胴体がさよならした。
 運良く魔法の射程から逃れた魔物はギルくんが鮮やかな剣裁きで一掃した。
 本来群れをつくらないはずの、様々な種類の魔物が入り交じった不可解な魔物軍団はこうして僕らに蹂躙された。

「あ……ありがと。助かったわ」

「もう駄目かと思ったよぉ」

 自らを追い詰めた魔物の群れを苦もなく鎮圧した僕らを呆気にとられた顔で凝視していた2人だけど、脅威が去ったと見るや否やお礼を述べた。

「今の北の森は危険なんだぞ。どこから高ランク魔物が出るのか予測できねぇ。実力もねぇくせに入ってくんな」

 僕が口を開くより早く、ギルくんの説教が始まった。
 表情が見分けづらいけど彼も心配していたようだ。
 説教はギルくんに任せて、僕は魔物を収納に入れていく。血の匂いで他の魔物が寄ってきたらいけないからね。

「そ、そんなふうに言わなくてもいいでしょ!?アンタ達の手を煩わせたのは悪かったけど……」

「私達で調査してたの。北の森の異変の原因を突き止めるために」

 詳しく聞いたところ、なんと実戦授業が中止になってからずっと密かに調査していたという。
 全然気付かなかった……でも、やっぱり気になるよね。異常事態に直面したにも関わらず原因は一向に不明なままだから。

 国の方でも調査しているけど進展はなし。おかしいなぁ。北の森全体を調査したらしいのに手掛かりを発見できなかったなんて。
 ティアナさん達が調査した結果、魔物そのものに異常がないのは確認済みで、なら北の森の環境に異変がある可能性が高いってことで調査したら魔力濃度が異常に高いことが判明。
 調査の仕方を色々変えて試していたところにさっきの魔物の群れと遭遇してしまったらしい。

「今回の件でよく分かったわ。私達の実力はアンタ達と天地の差があるって。……もう少しいけると思ったのに」

「慢心はいけないねぇ。これからはもっと事前準備を念入りにしないと」

「どうしてそんな無茶な調査を?」

 理解していたはずだ。
 今の北の森が平時よりずっと危険だと。
 本来なら低級魔物が棲息するここら辺にも自分が太刀打ちできない危険な魔物が出没する可能性もあると。
 それを理解していて、何故……
 僕の問いかけに口ごもるティアナさんに代わり、メルフィさんがイイ笑顔で暴露した。

「このままだと実戦授業がいつまで経っても再開されないからってティアナが張り切っちゃってねぇ」

「ちょ、メルフィ……!」

 メルフィさんが暴露してティアナさんが慌てふためく。既視感のあるやりとりだなぁなんて思いながら表情を緩めた。
 こんな無茶をしたのは、早く実戦授業再開して皆で北の森に行けるようにするため。
 僕と同じだ。
 僕も、皆と実戦授業がしたいから魔物を間引くって名目で調査してるんだから。
 父さんに知られたら「また自分で仕事増やしやがって!」って怒られるだろうけど、それでもなんとかしたかったから。
 一歩間違えば怪我どころじゃなかった。そう考えると肝が冷えるけど、同じ気持ちでいてくれたのがなんだか嬉しい。

 ほわっと温かい気持ちに浸っていると、ギルくんが冷静にぼそっと呟いた。

「いつでも来れるだろ。授業じゃなくても」

「…………あっ」

 た、確かにそうだ。
 実戦授業以外で北の森に入ってはいけないなんて決まりはない。
 実戦授業以外では万が一のことがあっても学園側は責任を取りませんってスタンスなだけで、授業以外で魔物を討伐してはいけないなんて決まりはない。
 そりゃそうだよね。ギルくんみたいに魔物討伐を生業とする若手冒険者が学園に入学するのは珍しくないし、そういう人はどうしても学費や生活費諸々稼ぐために北の森や西の平原で討伐依頼を消化しないといけないんだもん。
 討伐以外の依頼は雀の涙ほどの給金しか出ないんだから尚更。

 ティアナさんもハッとし、互いに顔を見合わせて思わず苦笑い。
 僕ら揃って何やってるんだろうね……

「メルフィ、アンタとっくに気付いてたでしょ?」

「逆に聞くけど、授業以外で日常的にここ来てるのになんで気付かないの?」

「うぐっ」

 その言葉は僕にも刺さる……!

「ま、ティアナは単純に頭から抜けてたんだとして、リオンくんは日頃単独行動ばかりしてるから授業でしか一緒に討伐できないって思い込んでたんじゃない?二人とも、まず協調性を学ぼうね」

「はーい……」

 ギルくんも単独行動多いけど、彼は集団行動のときはちゃんと協調性を発揮するからノーカンなんだろう。

 ティアナさんはメルフィさんを巻き込んで独断で危険な場所に飛び込んだ。
 僕は授業以外で皆と討伐に行くことができないと思い込んで一人で勝手に調査した。
 互いに反省し、次は自分とギルくんも同行することを約束した。

「それじゃあ、教会まで送るよ」

「あ、待って!2人に見てもらいたいものがあるの」

 そう言いながら地面を掘ったティアナさんの手には黒い鱗が結晶化したような物があった。
 暗くてよく見えないけどキラキラ光って綺麗……でも、禍々しい毒色の魔力を帯びていて、触るのになかなか勇気がいる見た目だ。ティアナさんも直接触れたくないのかハンカチで包んでいる。

「ふふん。無茶したのは謝るけど、今回はちゃんと収穫があったんだから!」

 得意気に胸を張るティアナさん。

「何これ?」

「これは禍津結晶まがつけっしょうといって、蛇龍の鱗が結晶化したものよ。鱗の種類と結晶化するときの条件次第で効果がまるで違うのが特徴だけど、ここにあるのは竜脈の凝固した魔力を吸収して空気中に吐き出すやつ。吐き出された魔力は純粋なそれではなく、元々の鱗の持ち主である竜種のもの」

「つまり、溢れた竜種の魔力に魅せられた魔物が圧倒的上位存在が現れたと錯覚して恐怖と混乱で暴走するんだよぉ。さっきの魔物の群れもこれが原因なんだよねぇ」

 補足説明してくれたメルフィさんが眉尻を下げて苦笑する。
 これはもしかしなくても、異変の原因を突き止めたかもしれない。

 魔力濃度が異常に高い原因はこれだろう。
 この禍津結晶が竜脈から吸収した魔力を空気中に吐き出すせいで魔力濃度が高くなり、低級魔物の棲息域でも強い魔物が出現しやすくなった。
 魔力濃度が低いと弱い魔物しか現れず、高ければ高いほど強い魔物が現れる。
 北の森は奥に進むほど魔力濃度が高くなる傾向があるが、異変が起き始めてからその数値は異常だった。
 禍津結晶が埋められていたのは銅級の魔物の棲息域。効果範囲は不明だけど、これがもし金級以上の魔物の棲息域まで影響を及ぼすようなものだったら、暴走した魔物の大群が王都に押し寄せる可能性がある。

「お前らなぁ……」

 ギルくんの額に青筋が浮かぶ。

「私だってまさかこんなヤバイのが出てくるなんて思ってなかったわよ!これ持ったまま移動するなんて自殺行為だし、一旦元に戻して明日にでも相談しようと思ってたのに魔物が集まってきちゃって……」

「ティアナさん。これが埋まってたのは1つだけ?他には?」

 慌てて弁明するティアナさんの言葉を遮り、禍津結晶をその手から取り上げる。
 こんな危険な物、ずっと持たせる訳にはいかないからね。

「え、ええ……いや、分からないわ。私達が見つけたのがそれだけで、他にもあるかも」

「じゃあ探すよ。僕とギルくんで魔物は対処するから」

 さっそくとばかりに周辺の魔物を視界に入る前に片付ける。
 魔石鑑賞したい衝動をぐっと堪えて禍津結晶が他にないか調べ始めた。

「何よ、調子狂うわね……普段と全然違うじゃないの」

「オドオドしてたのが嘘みたいにテキパキ動いてるもんねぇ」

「あれが宮廷魔導師としてのリオンなんだろ」

 魔物を警戒しつつ緊急用の魔法鳥を王宮に飛ばす僕に彼らの声は届かなかった。



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