幻想の魔導師

深園 彩月

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第1章

1―24.お互い様

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 ティアナさん作のランタンをさっそく使用してみた結果、盛大に遅刻しそうになった。
 使えて良かった転移魔法。これがなかったら授業中に教室に割り込む事態になってたよ。いや、そんな勇気ないから多分サボってたかもしれない。

「珍しいわね。私達より遅いなんて」

 予鈴が鳴る寸前に教室まで直接転移してクラスをざわめかせ、ホームルームが終わり本来実践授業だった1・2時限目が自習に切り替わって各々勉強する中、隣に座るティアナさんが耳打ちしてきた。

「あのランタンを使ったんだけど、予想以上に効き目があって」

「え?そんなに強力な効果はつけてないはずよ?ちょっと寝入りしやすくするための軽い催眠効果しか……」

 途中で言葉を切り思案顔になったティアナさんが何か思い当たった顔で問いかけた。

「ねぇ、ひとつ質問。どれぐらい魔力こめた?」

「どれぐらいって、容量いっぱいだけど……」

 言った途端、目を吊り上げて声を荒らげた。

「原因それよ!半分で充分なのに何やってんの!?」

「え、ええ?だって、説明されなかったし」

「耐久性を考えて容量に空きをつくって余裕を持たせるのは基本中の基本、一般常識でしょうが!」

 小声でやりとりしてても静かな教室にはそれなりの騒音になるため、若干周りの視線が集まってくる。
 身体が強張るほどではないが居心地悪そうに視線を彷徨わせる僕に気付いたティアナさんが目線で謝り、声のトーンを落として説明してくれた。

 魔力を流して一定時間稼働させる魔道具は容量いっぱいに魔力を入れると耐久性が落ちて壊れやすくなってしまうため、半分くらい入れるのが普通なのだとか。
 とりあえず満タンにしとけば長持ちするだろうって安易な考えで軽はずみな行動を取ると効果が強力すぎて予想外の結果になったり、想定外な副作用が出たりするうえに魔道具の寿命が縮むそうです。
 だからか。一定時間稼働させる系の魔道具を使うといつもすぐに壊れてたのは。
 宮廷魔導師なんだからそのくらい知ってるだろうと思って詳しい説明を省いたティアナさんと、そんな当たり前のことすら知らない僕の認識の相違が人生初の寝坊に繋がったという訳である。

「むしろ、何で今まで知らなかったのよ」

「僕の周りにいる人、大体似たような使い方してるから、それが普通なのかと」

「……宮廷魔導師は脳筋ばっかりか……っ!」

 宮廷魔導師団への風評被害!主に僕のせいだけど!
 と、とりあえず、魔道具が壊れやすい原因は自分の使い方に問題があったってのは分かった。
 そうかぁ……満タンにするのは駄目だったかぁ……魔道具ひとつ使うだけでも気を遣わなきゃいけないなんて、ちょっと面倒だな。

「もういっそ勝手に魔力吸い取って発動してくれたらいいのに」

「我が儘なやつねぇ。ま、研究してみるわ。面白そうだし」

 ただの独り言のつもりがティアナさんに拾われてしまった。まぁいいや。本人も乗り気だし。
 会話を切り上げて自習しようとノートを広げたとき、不意にティアナさんが「ねぇリオン」と再び声をかけてきた。
 ティアナさんはにっこり笑っている。ただし、目は据わっているが。

「魔道具作るのって意外と金かかるもんなのよ。素材とか、そう素材とか。つまり、何が言いたいか……分かるわよね?」

「ハイ!喜んで素材提供させて頂きます!」

 この瞬間僕はティアナさんの下僕になった。


◇◇◇


 欠けた月が見下ろす北の森の中、闇夜に紛れて襲いかかってきた魔物の首を風魔法で飛ばす。
 無造作に飛ばしたそれは地面に赤い模様を描きながら転がっていき、やがて木にぶつかって沈黙した。
 小さく息を吐き、今しがた自分を襲った魔物の群れを見下ろす。

「これで最後、かな」

 白金級の魔物の群れを相手取るのはさすがに少し疲れるね。スピード型のドラゴンキャットなら尚更。
 普段群れることのない魔物がこうして群れをつくってるのは珍しい。やっぱりこれも北の森の異変に関連してるのかな。

「さて、魔石魔石~」

 長時間魔物を間引いてるし、少し休憩しようっと。
 物言わぬ魔物を風魔法で斬りつけ、魔石が埋まっているであろう場所を探る。
 ドラゴンキャットは右胸に魔石が埋まってる個体が多い。たまに変な場所に埋まってるときがあるから一概にそうとは言えないけど。

 これが魔物の生態の面白いところで、変な場所に魔石が埋まってる個体は通常の個体より魔法の精度が上がってたり、身体能力に差があったりする。
 特殊個体のようにずば抜けた能力やその種族にはないはずの特別な力を持つ訳ではない。微々たる差だけど、よく観察してみると他の個体とは微妙に違うんだ。
 体毛の感触、瞳の色、身体能力、息遣いに至るまで、全てを観察しつつ瞬殺する。その瞬間が最っ高に気持ちいい。
 魔法を使う個体は残念ながら場合によっては魔法を発動する前に倒してるけどね。下手すると災害が起きるから。

「うーん、ドラゴンキャットでこの色は初めてだなぁ」

 本来は濁った深緑色なのにこの個体のは透明度の高いエメラルドグリーン。同じ緑だけど随分と印象か変わる。

 さて、魔石鑑賞で癒されたことだし、討伐再開しよう。
 魔物を収納して次なる獲物を探していたら、見知った人とバッタリ遭遇した。

「ギルくん?」

「……お前か」

 いつでも剣を抜けるように身構えつつ、魔物ではなく人の気配だったからかそこまで警戒していないギルくんが僕の姿を確認した途端に剣の柄から手を離した。

「仕事か」

「ううん。ただ間引いてるだけ。ギルくんは?」

「討伐依頼」

 何とはなしに一緒に討伐する流れに。
 特に理由はないけど、わざわざ別々に動く理由もないし。

 時折現れる魔物を倒しながら、不意に口を開いた。

「ギルくん。ありがとう」

 唐突にお礼を言われて怪訝そうに眉間にシワを寄せるギルくん。

「何の礼だ?」

「んー……色々と」

 ティアナさんに絡まれていたのを助けてくれたことや人目を気にしすぎる僕を然り気無く庇って視界を遮ってくれること。
 うじうじしていた僕に渇を入れてくれたこともそう。
 だからこれは色んな意味をこめた感謝の印。

「何かしてほしいことってある?」

「……っと、いきなり何だ」

 死角から飛び出してきた狼の魔物を間髪入れず斬り伏せた彼は魔物を収納に入れながら眉間のシワを深くする。

 いつも君に助けられてばかりだし、何か恩返ししたい。ギルくんのために何かしたい。
 そう目を真っ直ぐ見て言えば「もうしてもらった」との返答が。

「え……?」

「ここにいることが証明だ」

 えーっと……もしかして、ドラゴンキャットに食い殺されそうになってたときのこと言ってるのかな?
 でもあれは自分で出来ることをやっただけなのに……

「俺もだ。俺も、出来ることをしただけだ」

 お互い様だと言うギルくんに、それ以上言い募るのは止めた。
 ギルくんが気にしてないなら僕も気にしなくていいかな。
 感謝の気持ちは忘れない。でも、言葉でも行動でも、感謝の押し売りするのはかえって迷惑だろう。

 上空から襲い掛かってきた蝙蝠の魔物を風の刃で真っ二つにする。
 いつもと同じ魔法なのに威力が鋭くなっているのはきっと、嬉しくて力加減を少し誤ったせい。
 気の置けない友人ってこんな感じの関係なのかな?なんて。
 知り合ってまだそんなに経ってないから多分違うかもだけど、そうなれたら良いな。


 ギルくんも討伐依頼達成できたし、魔物もある程度間引けたし、そろそろ引き上げようと学園に転移しようとした矢先。
 低級魔物の区画から異常な気配を察知した。

「ギルくん!」

「行くぞ」

 二人で異常な気配を感じる場所へと急いで向かうと、そこには金級の魔物の群れに襲われているティアナさんとメルフィさんがいた。


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