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第1章
1―22.真相の欠片 1
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「ふふふ……ついに手に入れたわよ……」
あいにくの曇り空、冷気を帯びた春風が撫でつけ僅かに肌寒く感じる中、裏庭に集まった昼休み。
ティアナさんが怪しげに笑ってそれを掲げた。
「ようやくそのときが来たわね……貴方を貪るそのときが……!」
敷物を敷いて座るよう促すメルフィさんに目配せしつつ無言でティアナさんを指差す。
頼れるお姉さんは冷え対策にブランケットを掛けながら小さくため息を吐いて肩を竦めた。
「購買ですぐに売り切れちゃう人気のパンをゲットできて喜んでるんだよぉ」
「あのおかしなテンションは?」
「あー、あれね。魔導具作りに集中しすぎてぶっ壊れただけ。慣れてほしいなぁ。たまにあるから」
うちの魔道具製作部と同じことしてる……
微妙な顔でティアナさんを見やった。まさか徹夜なんてしてないよね?
僕の視線の意味に気付いたメルフィさんが「大丈夫~。徹夜する前に意識を刈り取ってるから~」とサムズアップして宣った。イイ笑顔で。
ティアナさんの保護者は今日も通常運転です。
「ほらティアナ、早く食べないと昼休み終わっちゃうよぉ」
メルフィさんの呼び掛けで現実に戻ってきたティアナさんが弾む心を隠しもせずに敷物の上に座った。
口元がにやけてる。相当喜んでるなぁ。冒険者ギルドでの臨時収入でほんの少しの贅沢をってことで、最近は二人とも弁当じゃなくて購買で買ってるんだよね。
「あんたら何ボーッとしてんのよ。まさかまた昼食抜こうとしてんじゃないわよね?」
一向に食べようとしない僕に気付いて睨まれる。僕だけでなく複数を差す言葉にハッとしてギルくんに目をやると、いつも真っ先に食べ始める彼が食事に手をつけていない。
僕の覚悟を見届けるために静かにそのときを待つ彼の優しさが胸に染みた。
陽炎の如き光を宿す真紅の瞳を見据えて頷く。彼も心得たとばかりに頷き、僕の背中をバシンッ!と思い切り叩いた。
『3日後の昼休み、大事な話があるから渇を入れてほしい』
ギルくんにお願いしたのはたったそれだけ。でも、僕にとっては大事なこと。
小さな勇気を出すために。一歩前に進むために。
よし!と気合いを入れて3人に向き直る。
いつもと様子が違う僕に訝しげなティアナさんと僕の目を見て何かを悟ったのか食べる手を止めて姿勢を正すメルフィさん。
一度深呼吸する。冷たい空気を吸い込み、ゆっくり吐き出す。
様々な感情が荒れ狂いそうな心を鎮めながら、ついに切り出した。
「5年前の事件、皆はどこまで知ってる?」
予想外の話題に困惑するティアナさんとメルフィさん。
「唐突だねぇ……いきなりどうしたの?」
「皆の優しさに甘え続けるのは止めようって決めたから。そのためにまずは情報の擦り合わせが必要かなって……その、上手く話せる自信はないんだけど……」
段々と尻窄みになり眉尻を下げる僕に「締まらないわね」とため息混じりに肩を竦めるティアナさんだけど、その覚悟見せてみなさいとばかりに最後の一口を果実水で流し込んで音を立ててカップを敷物の上に置いた。
「幹部を筆頭に、教会内部の人間の多くが正気を失って殺戮を繰り広げた。原因は未だ不明。関係者は事件に関する記憶が抜け落ちている。私が知ってるのはこれくらいね。世間に出回ってる情報と大差ないわ」
「俺もほぼ同じだ。当時頻発してたガキを狙った誘拐事件が“混沌の悪夢”に関与してる可能性がある……とは聞いたが、実際のところは分かんねぇな」
「私は……ちょっと違う、かな」
ティアナさんの言葉を皮切りに次々と意見を述べてくれる。しかしメルフィさんだけは僅かに口ごもった。
目で続きを促すと、彼女は僅かに表情に影を落としたがそれも一瞬のこと。次の瞬間にはにこりと笑みを浮かべた。
でもそれは人好きのする笑顔をそのまま模写したような作り物めいた笑顔だった。
「枢機卿だった父が教会の地下室で怪しい人と話してたの。ボロボロのローブで全身を覆ってて顔も見えなかったけど……聞こえたの。『手筈は整えた。後はそちら次第だ』って声が」
そのすぐ後に混沌の悪夢が引き起こされたのだという。
確かに少し変だ。基本的にどんな人でも受け入れられる教会といえど、一般人が立ち入れる場所は限られる。地下室なんて関係者以外立ち入り禁止の代表例じゃないか。
密会さながらの状況といい会話内容といい、見るからに怪しい。
「その、メルフィさんはどうして地下室にいたの?」
「かくれんぼしててねぇ、地下室なら見つからないかなって無断で侵入しちゃった」
意外とやんちゃだった!
子供あるあるエピソードをお茶目に語るメルフィさんの表情が仄暗く変わる。浮かべた笑みはそのままに。
「ねぇ、リオンくん。教会は悪くないってあのときリオンくんは言ってくれたけど、私はその言葉がどうしても信じられない。だって、私はこの目で見たから。……見て、しまったから。父親が、母様を手に掛けたところを」
ティアナさんが息を飲む。
彼女のこの反応からして今まで誰にも打ち明けたことがなかったんだろう。
肉親が肉親の命を奪う。
血を分けた子供にとってこれ以上残酷なことはない。
何かを企て、人を殺めたのだから犯人のひとりであるのは違いない。けど。
「君の父親は、ただ利用されただけだ。黒幕は別にいる」
感情の読めない顔で俯く彼女にそっと寄り添うティアナさん。
彼女達に代わりギルくんが問う。
「コイツの父親が黒幕じゃねぇなら、誰がどうやってあんな大事件起こしたんだ?」
この場の誰もが疑問に思っていることを口にしたからか、顔を上げて僕を見据えるメルフィさん。引き金を引いたのが父親ではないならいったい誰が?と言いたげな目で。
ティアナさんも同様で、3人の視線が僕を射貫く。
「精神系の魔法で教会にいた者の大半を操って無差別に殺したんだ」
誰が、の部分にはあえて触れずに事件を引き起こした手段を語る。
しかしティアナさんが即座に反論した。
「そんなこと不可能よ!あんな大規模な人数を同時に操る魔法なんてないわ!」
メルフィさんは「そんな魔法あったっけ……」と考え込み、ギルくんも半信半疑な様子。
博識なティアナさんが知らないのも無理のないことだとひとつ頷く。
「うん、そうだね。普通に考えたら不可能だ。精神系の魔法をそこまで極める人なんて稀だし、例え極めても使えるかどうかは才能に左右されるものだから」
「精神系を……極める……」
喉元に小骨が引っ掛かったような顔で呟くメルフィさん。精神系なら闇属性だから心当たりがあるはずだと顎に手を添えて記憶を掘り起こしている。
と、そこでティアナさんが弾かれるように僕を見た。見落としていた重大な何かを思い出したとばかりに。あるいは嘘だと言ってくれと懇願するように。
「まさか……魅了……?」
微かに震えながら落とされた声の主は顔を青ざめている。たった今口にした魔法の特性を思い出したからだろう。
僕は物言わぬ貝の如くそっと目を伏せた。
魅了。
それは闇属性の魔法の中で最も異質で危険な魔法だ。
何故なら、不特定多数の人の心を支配できるから。
しかしその代わりに膨大な魔力を必要とし、多くの人の心を操る集中力が必要不可欠。それがなければ自身の心が喰われ、最悪廃人となる。諸刃の剣なのだ。
そんな危険な魔法が広く認知されていないのは先に述べた通り才能に左右される魔法であり禁術でもあるから、使い手がいないのだ。
例え才能があっても保有魔力が多いコルネリア民でさえ不可能に近い。
でも、その人は不可能を可能にしてしまった。最悪の形で。
あいにくの曇り空、冷気を帯びた春風が撫でつけ僅かに肌寒く感じる中、裏庭に集まった昼休み。
ティアナさんが怪しげに笑ってそれを掲げた。
「ようやくそのときが来たわね……貴方を貪るそのときが……!」
敷物を敷いて座るよう促すメルフィさんに目配せしつつ無言でティアナさんを指差す。
頼れるお姉さんは冷え対策にブランケットを掛けながら小さくため息を吐いて肩を竦めた。
「購買ですぐに売り切れちゃう人気のパンをゲットできて喜んでるんだよぉ」
「あのおかしなテンションは?」
「あー、あれね。魔導具作りに集中しすぎてぶっ壊れただけ。慣れてほしいなぁ。たまにあるから」
うちの魔道具製作部と同じことしてる……
微妙な顔でティアナさんを見やった。まさか徹夜なんてしてないよね?
僕の視線の意味に気付いたメルフィさんが「大丈夫~。徹夜する前に意識を刈り取ってるから~」とサムズアップして宣った。イイ笑顔で。
ティアナさんの保護者は今日も通常運転です。
「ほらティアナ、早く食べないと昼休み終わっちゃうよぉ」
メルフィさんの呼び掛けで現実に戻ってきたティアナさんが弾む心を隠しもせずに敷物の上に座った。
口元がにやけてる。相当喜んでるなぁ。冒険者ギルドでの臨時収入でほんの少しの贅沢をってことで、最近は二人とも弁当じゃなくて購買で買ってるんだよね。
「あんたら何ボーッとしてんのよ。まさかまた昼食抜こうとしてんじゃないわよね?」
一向に食べようとしない僕に気付いて睨まれる。僕だけでなく複数を差す言葉にハッとしてギルくんに目をやると、いつも真っ先に食べ始める彼が食事に手をつけていない。
僕の覚悟を見届けるために静かにそのときを待つ彼の優しさが胸に染みた。
陽炎の如き光を宿す真紅の瞳を見据えて頷く。彼も心得たとばかりに頷き、僕の背中をバシンッ!と思い切り叩いた。
『3日後の昼休み、大事な話があるから渇を入れてほしい』
ギルくんにお願いしたのはたったそれだけ。でも、僕にとっては大事なこと。
小さな勇気を出すために。一歩前に進むために。
よし!と気合いを入れて3人に向き直る。
いつもと様子が違う僕に訝しげなティアナさんと僕の目を見て何かを悟ったのか食べる手を止めて姿勢を正すメルフィさん。
一度深呼吸する。冷たい空気を吸い込み、ゆっくり吐き出す。
様々な感情が荒れ狂いそうな心を鎮めながら、ついに切り出した。
「5年前の事件、皆はどこまで知ってる?」
予想外の話題に困惑するティアナさんとメルフィさん。
「唐突だねぇ……いきなりどうしたの?」
「皆の優しさに甘え続けるのは止めようって決めたから。そのためにまずは情報の擦り合わせが必要かなって……その、上手く話せる自信はないんだけど……」
段々と尻窄みになり眉尻を下げる僕に「締まらないわね」とため息混じりに肩を竦めるティアナさんだけど、その覚悟見せてみなさいとばかりに最後の一口を果実水で流し込んで音を立ててカップを敷物の上に置いた。
「幹部を筆頭に、教会内部の人間の多くが正気を失って殺戮を繰り広げた。原因は未だ不明。関係者は事件に関する記憶が抜け落ちている。私が知ってるのはこれくらいね。世間に出回ってる情報と大差ないわ」
「俺もほぼ同じだ。当時頻発してたガキを狙った誘拐事件が“混沌の悪夢”に関与してる可能性がある……とは聞いたが、実際のところは分かんねぇな」
「私は……ちょっと違う、かな」
ティアナさんの言葉を皮切りに次々と意見を述べてくれる。しかしメルフィさんだけは僅かに口ごもった。
目で続きを促すと、彼女は僅かに表情に影を落としたがそれも一瞬のこと。次の瞬間にはにこりと笑みを浮かべた。
でもそれは人好きのする笑顔をそのまま模写したような作り物めいた笑顔だった。
「枢機卿だった父が教会の地下室で怪しい人と話してたの。ボロボロのローブで全身を覆ってて顔も見えなかったけど……聞こえたの。『手筈は整えた。後はそちら次第だ』って声が」
そのすぐ後に混沌の悪夢が引き起こされたのだという。
確かに少し変だ。基本的にどんな人でも受け入れられる教会といえど、一般人が立ち入れる場所は限られる。地下室なんて関係者以外立ち入り禁止の代表例じゃないか。
密会さながらの状況といい会話内容といい、見るからに怪しい。
「その、メルフィさんはどうして地下室にいたの?」
「かくれんぼしててねぇ、地下室なら見つからないかなって無断で侵入しちゃった」
意外とやんちゃだった!
子供あるあるエピソードをお茶目に語るメルフィさんの表情が仄暗く変わる。浮かべた笑みはそのままに。
「ねぇ、リオンくん。教会は悪くないってあのときリオンくんは言ってくれたけど、私はその言葉がどうしても信じられない。だって、私はこの目で見たから。……見て、しまったから。父親が、母様を手に掛けたところを」
ティアナさんが息を飲む。
彼女のこの反応からして今まで誰にも打ち明けたことがなかったんだろう。
肉親が肉親の命を奪う。
血を分けた子供にとってこれ以上残酷なことはない。
何かを企て、人を殺めたのだから犯人のひとりであるのは違いない。けど。
「君の父親は、ただ利用されただけだ。黒幕は別にいる」
感情の読めない顔で俯く彼女にそっと寄り添うティアナさん。
彼女達に代わりギルくんが問う。
「コイツの父親が黒幕じゃねぇなら、誰がどうやってあんな大事件起こしたんだ?」
この場の誰もが疑問に思っていることを口にしたからか、顔を上げて僕を見据えるメルフィさん。引き金を引いたのが父親ではないならいったい誰が?と言いたげな目で。
ティアナさんも同様で、3人の視線が僕を射貫く。
「精神系の魔法で教会にいた者の大半を操って無差別に殺したんだ」
誰が、の部分にはあえて触れずに事件を引き起こした手段を語る。
しかしティアナさんが即座に反論した。
「そんなこと不可能よ!あんな大規模な人数を同時に操る魔法なんてないわ!」
メルフィさんは「そんな魔法あったっけ……」と考え込み、ギルくんも半信半疑な様子。
博識なティアナさんが知らないのも無理のないことだとひとつ頷く。
「うん、そうだね。普通に考えたら不可能だ。精神系の魔法をそこまで極める人なんて稀だし、例え極めても使えるかどうかは才能に左右されるものだから」
「精神系を……極める……」
喉元に小骨が引っ掛かったような顔で呟くメルフィさん。精神系なら闇属性だから心当たりがあるはずだと顎に手を添えて記憶を掘り起こしている。
と、そこでティアナさんが弾かれるように僕を見た。見落としていた重大な何かを思い出したとばかりに。あるいは嘘だと言ってくれと懇願するように。
「まさか……魅了……?」
微かに震えながら落とされた声の主は顔を青ざめている。たった今口にした魔法の特性を思い出したからだろう。
僕は物言わぬ貝の如くそっと目を伏せた。
魅了。
それは闇属性の魔法の中で最も異質で危険な魔法だ。
何故なら、不特定多数の人の心を支配できるから。
しかしその代わりに膨大な魔力を必要とし、多くの人の心を操る集中力が必要不可欠。それがなければ自身の心が喰われ、最悪廃人となる。諸刃の剣なのだ。
そんな危険な魔法が広く認知されていないのは先に述べた通り才能に左右される魔法であり禁術でもあるから、使い手がいないのだ。
例え才能があっても保有魔力が多いコルネリア民でさえ不可能に近い。
でも、その人は不可能を可能にしてしまった。最悪の形で。
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