幻想の魔導師

深園 彩月

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第1章

1―17.戦場を駆ける小さな魔導師

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 コルネリア王国にとって5年前は災厄の年と言われている。

 5年前といえば誰もが真っ先に思い出すのは教会が引き起こした事件・混沌の悪夢だ。
 神を信仰し、清く正しく己を律し、高度な治癒魔法で傷を癒し、人々の心に寄り添う組織。そんな教会が突如として民に牙を剥いたのだ。
 人々を癒すはずの手は命を奪うそれに豹変し、裏切りに等しいその行為は教会を信頼していた者に絶望を与えた。正に悪夢と言えよう。

 しかしコルネリアの悲劇はそれだけで終わらなかった。
 事件が収束して間もなく、隣国・ベルディオンに攻め込まれたのだ。

 平時であれば即座に対処できたが、どこの部署も事件の後始末に追われていたため初動が遅れてしまった。
 多数の教会関係者の事情聴取、事件現場の調査、損壊した建物の修繕、怪我人の治療、事件により命を失った多くの国民の墓地建設、それらの費用の算出、事件に関する報告書……とにかくあらゆる部署が多忙を極め、他国の情勢に気を配るのを怠ってしまったのだ。
 自国に内通者がいたのか、特殊な魔法で目眩ましされたのか、ベルディオンの進軍の報せが著しく遅れたのも原因のひとつである。

 ベルディオンはコルネリアに根付く竜脈を虎視眈々と狙う国の筆頭。歴史上最も長く争い続けている国だ。コルネリアの外交官の首を飛ばす程に好戦的で、度々戦争を吹っ掛けてくる傍迷惑な国とも言える。
 しかし戦争ではコルネリアが常勝しており、戦力も圧倒的な差があったため、コルネリア側は悪質な悪戯程度の認識だった。
 今回もこちらが数十万の兵を動かせるのに対し僅か数万の兵を率いて進軍しているとの報せに国の上層部も「ああ、いつものか」と呆れ顔でため息を吐いていたことだろう。
 だが今回ばかりはタイミングが悪すぎた。

 混沌の悪夢が起こってからまだ数日と経っていない。本来なら討伐任務で王都にいないはずの騎士や魔導師も事件の後始末に駆り出され、増加傾向にあった魔物の討伐は冒険者ギルドが負担することでどうにかスタンピードに発展するのを防いでいた状態。
 王都周辺に限らず当時は国内全土で魔物が徐々に増加していたので、事件に関与していない他の街も魔物討伐に明け暮れる日々。
 早馬で報せが届く頃には国境を守る城塞都市が墜とされ、ベルディオンに占領されてしまっていた。

 魔導師団長の転移魔法で援軍を向かわせたものの、割けた人員は一万弱。混沌の悪夢により騎士も魔導師も多くを失ったため、戦力が大幅ダウンしていた。
 その土地柄ゆえにほぼ無尽蔵の魔力を扱えるコルネリア王国民でも、それだけ戦力に差があれば当然の如く劣勢になる。
 戦況は悪化の一途を辿り、歴史上初のコルネリア大敗かと思われた。

 だがしかし、誰もが予想だにしなかった戦況をひっくり返す一手が突如として現れた。
 宮廷魔導師のローブに身を包んだ子供が戦場に姿を表したのだ。

 身の丈に合わないぶかぶかのローブを引き摺りながら敵軍に近付くその子供を制止するより早く、子供が魔法を放った。
 宮廷魔導師以上に早い発動速度で、宮廷魔導師以上に凄まじい威力で、数百ほどの兵をたった一撃で無力化した。
 混乱する戦場をよそに鮮やかに魔法を連発し、次々と敵を屠って圧倒する。

 やがて反撃に出るベルディオン軍だが、標的が小柄で攻撃が当たりにくいうえに広範囲の攻撃魔法で翻弄され、瞬く間に戦況はがらりと変わった。
 縦横無尽に戦場を駆ける小さな魔導師に、敵も味方も関係なく誰もが惹き付けられた。

 やがてベルディオン軍は撤退を余儀なくされ、小さな魔導師はもう用はないとばかりに忽然と姿を消し、コルネリアは無敗の記録をまたひとつ更新した。
 そしてその記録を塗り替えた本人に注目が集まるのは必然。流星の如く現れ、忽然と消えた小さな英雄は誰なのかと、戦争に参加したコルネリア軍の中でまことしやかに噂されることになる。
 人の口に戸は立てられない。勝利の宴とともに噂は国中に広まった。

 子供を戦争に参加させたことに憤る者も少なからずいたが、勝利に導いた立役者として一躍時の人になった。
 だが不思議なことに、それ以降姿を表さない。名前さえ公表されない。
 国が秘匿してる可能性が高いが、それにしたって不自然なほど存在が確認されないので、あれは幻だったのでは?と人々の興奮は沈静化していった。

 だが冒険者など戦闘職に就く者は魔物が蔓延る地域で子供の魔導師の姿を遠目に見ている。事件と戦争の後始末で魔物討伐まで手が回らない中、高ランク魔物による被害が激減しているので十中八九噂の小さな英雄だろう。
 驚くべきことに目撃情報が挙がるたびに宮廷魔導師の階級が上がっていき、なんと1ヶ月も経たないうちに白金級へと上り詰めた。
 その事実も国を騒がせたが、それ以上に人々は感謝していた。
 姿を確認できるのは魔物の活動領域のみ。それは即ち陰ながら魔物の脅威から人々を守っているのと同義。
 もしこの子供がいなければ、魔物の被害は比べるまでもなく甚大なものとなっていただろう。戦争だけでなく、そういう意味でも小さな魔導師は国の平和に貢献していた。

 やがて人知れず国を守っている存在として、小さな英雄は畏怖と感謝と尊敬の意を込めてこう呼ばれるようになる。
 幻想の魔導師、と――――――


「白金級の宮廷魔導師は現魔導師団長と幻想の魔導師の2人だけ。現魔導師団長が15年以上団長を務めているのは周知の事実。だから必然的に白金級の団員証を持つ若い男は幻想の魔導師しかいないってわけ」

「そんな見るからに魔導師ですって格好してれば自ずと察するよぉ。そんな有名人がいきなり現れたら皆びっくりするに決まってるよね~」

 ティアナさんとメルフィさんの懇切丁寧な説明になるほどと納得するのと同時に困惑した。
 えっ、僕いつの間に有名人になってたの!?こっちこそびっくりなんですけど!?
 ずっと王都に住んでるのに全然気付かなかった。王宮と魔物の活動領域を転移で行き来する日々を送ってほぼ誰とも交流がなかったんだから知らなくて当然だけど。
 恐る恐る周囲をチラっと見てみる。
 ついさっきまでギルくんを見てひそひそ話していた人も、冒険者の対応をしていた職員も、誰も彼もが時を止めて僕を凝視していた。
 思わず半歩後退ってしまう。するとギルくんが僕を庇うように視線から守ってくれた。

「……じろじろ見てんじゃねぇよ」

「冒険者はともかく、職員連中までそんな不躾な目で見るなんて教育がなってないんじゃないの?」

「すみませんねぇ、この人ちょっと対人恐怖症拗らせちゃってて。注目されるの苦手だから多少挙動不審でも許してあげて下さいね」

 気がつけばティアナさんとメルフィさんも数多の視線を遮るようにさりげなく僕の前に立ってくれていた。
 皆の優しさに胸が温かくなる。

「教育不足で申し訳ございません。きっちり指導しますのでご容赦下さい」

 買取カウンターの職員がフリーズから脱して先程のフレンドリーな対応とは一変して丁寧な対応に。
 皆の言う有名人がいきなり現れたからだろうか。自覚はないけども。
 人知れず国を守っている存在ってティアナさんは言ってたけど、そこが理解できない。僕別にそんな大層な理由で魔物討伐してた訳じゃないんだけどなぁ。

 あの頃にはすでに討伐任務に明け暮れていた。より正確に言うと自主討伐に明け暮れていた。
 団長を筆頭に、子供を危険な場所に行かせることを渋って反対する人は当然いた。でもその心配をはね除けてでも討伐に精を出していた。
 何かに没頭していないと気が狂いそうだったから。
 国のため、とか。人のため、とか。そんなご立派な理由じゃない。
 ただ、現実から逃げていただけだ。
 フードをぎゅっと掴み、目深に被って表情が見えないようにする。きっと今、酷い顔してるだろうから。

 冒険者からの視線が和らぐことはなかったけど、その後はスムーズに査定が続き、さっさと買取を済ませた僕達は冒険者ギルドを後にした。






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