幻想の魔導師

深園 彩月

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第1章

1―14. 上司と父親

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 そこからはあっという間だった。
 始めは警戒してた怪我人達だけど、一人一人丁寧に治癒魔法を掛けていつになく真剣な顔で治療していくメルフィさんを見て心を動かされたのか不必要に距離を取ることはなくなり、保険医の先生が到着する頃には無事治療は完了。
 一応保険医の先生にも確認してもらったがどこも異常はなく、メルフィさんの治癒魔法の腕を褒めていた。
 その頃にはもうほとんどの生徒のメルフィさんを見る目が変わり、中には態度が悪かったと謝罪する人もいた。
 これをきっかけに少しずつでも彼女達にとっての明るい未来が訪れてくれるといいな……

 こんな事態だから当然といえば当然だけど、実戦授業は中止。当面は通常授業のみで、実戦授業の再開は未定。
 残念に思いつつギルくんと共に男子寮へ帰宅。
 自室に入った瞬間、魔導師のローブを着た筋肉ムキムキの大男に関節技をキメられた。

「おっせぇんだよバカ息子ぉぉぉぉ!!」

「いたたたた!?」

 えええ父さん!?なんでいるの!?
 転移で来たのは一目瞭然だけど、転移って一度行った場所にしか移動できないんだよ?なんで学園の寮に、しかも僕の部屋に来れるのさ!?

「あ?んなもん、俺が学生時代に使ってた部屋だからに決まってんだろうが」

 関節技から抜け出して問い質したらこんな返答が。
 まさか父さん、自分が転移するためだけにこの部屋になるように仕組んだんじゃ……い、いや、まさかね。

「ったく。たまには顔見せろよな!この親不孝者め」

「父さん、入学してからまだ10日も経ってないよ……」

 寂しがりな父親の独り言めいた発言に突っ込みを入れつつ姿勢を正して両手を背中に回す。魔法を放つ手を背中側に向けることで敵意はないアピールをする、魔導師団特有の姿勢だ。

「報告します、団長。王立学園の実戦授業にて異常事態が発生しました。緊急時だったゆえ記録水晶のみの報告となったこと、お許し下さい」

「うむ」

 親子の時間に終止符を打ち、上司と部下の顔へと切り変える。
 団長がわざわざここに来る理由はそれしかないだろう。

 それから僕は実戦授業の詳細を語った。前もって魔物を間引いてたことも報告したうえで、魔物の生息域が不自然に狂っていたことも話すと団長は難しい顔で腕を組んだ。
 スタンピードの可能性もない訳ではないけど、魔物の動きからしてそれは考えにくい。特殊個体が出現した可能性も低い。でも魔物の生息域が乱れているのは事実で、とすると人為的に何か仕掛けられている可能性が出てくる。団長もそれに気付いたんだろう。
 問題は何を仕掛けられているかなんだけど、それがさっぱり分からない。魔物の生息域を乱すような何かって見当もつかないや。
 団長が難しい顔をしてるのは思い当たる節があるからかな?
 それならと緊急時に飛ばした記録水晶の後に使っていた予備の記録水晶を念のため渡しておく。生徒の救助に気を取られて気付かなかっただけで何か手掛かりがあるかもしれないからね。
 泣く子も黙る恐い顔に更に眉間にシワを寄せて考え込んでいた団長だったが、やがてため息をひとつついて頭を振った。

「この手の案件はランバルトの方が得意なんだよな……だーもう!仕事の話は終わりだ終わり!それよりお前、学園生活はどうだ?」

 上司の顔から父親の顔へと急変したのを合図に僕も格好を崩す。親子揃って頭使うの苦手なのってどうよ?とも思うけど、そこは素直に得意な人に任せちゃおう。
 ……ランバルトおじさんに「丸投げすんな!」ってお小言もらいそうだけど。

「どうって……」

「ちゃんと人と話せてるか?友達はできたか?できてなかったらコレクション売るぞ」

「と、友達かどうかは分からないけど、仲良くなった人はいるよ!」

 だから魔石コレクション売らないでー!と必死に訴える。
 ちゃんと人と話せるかはまだ怪しいけど、ブレスレットのおかげで多少改善された……はず。
 ギルくん達は友達、なのかな?仲良くしてくれてるけど、友達の定義が分からないや。
 身内以外の人とコミュニケーションを取れていると知ってか、はたまた親しくしてくれる人がいると知ってか。
 父さんは今まで見たことがないほど柔らかい表情で口元を緩ませて、頑張った子供を褒めるみたいに僕の頭をぐりぐり撫でた。
 そ、そんなに僕が誰かと仲良くしてるのが嬉しいのかな?
 気恥ずかしいけど嫌ではないから大人しく撫でられていると、控えめなノックの音がこの空間に割って入ってきた。
 ギルくんだ!

「ごめん父さん!このあと皆と約束があるんだ!」

 そういや制服のままだったと慌てて私服に着替え、ローブを羽織っていつも通りフードを深く被る。
 早めに帰らないとランバルトおじさん怒るよー!と言い残して、自分の部屋を後にした。


「息子の成長は嬉しいが、寂しいなぁ」

 誰もいなくなった部屋に独り言が落ちる。
 言葉通り寂しさを滲ませた表情で今しがた手渡された記録水晶を弄ぶ。

「良い風が吹いてくれるといいが……」

 僕は知らない。
 団長としてではなく、父親としての顔で。
 慈愛に満ちているのに憂いを帯びた眼差しで。
 悔恨がありありと浮かぶ声音で。
 記録水晶を見ながら空気に溶けるほど小さな声で父さんがぽつりと言ったことを……


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