幻想の魔導師

深園 彩月

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第1章

1-9.実力テスト 2

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「あんたってつくづく見た目を裏切る男よね」

 武術テストが終わり、昼休み。
 食べる手を止めたティアナさんが胡乱な目でそう言った。

「びっくりしたよ~。身体強化が使えるなら騎士候補かなーって思ってたのに、まさか剣じゃなくて拳で戦うなんて」

 面白そうに笑みを溢すメルフィさんに苦笑いを返す。

「武器を扱う才能がなくてね。魔法なしでもある程度戦えるように鍛えてるんだ」

「え、魔法使いなの!?」

「混乱するでしょうが!」

 驚くメルフィさんと理不尽な怒りをぶつけるティアナさん。
 そ、そんなこと言われても……父さんの教育方針に逆らえなかった結果なんだからしょうがないじゃん……
 ギルくんは終始我関せず、一人黙々とパンを食べている。

 今僕らがいるのは裏庭だ。
 他の生徒は教室やテラスなどで食事をする中、僕ら4人は人気のない場所を探し求めてこんなところまで足を運んだのである。
 というのも、僕ら全員目立つから。更に言ってしまえば孤立しているから。
 ティアナさんとメルフィさんは教会の人間と知られて距離を取られているし、そんな2人と親しく話す僕も同様。武術テスト終わってから妙に視線を感じるけど……
 ギルくんは単純に近寄り難いから。顔が怖いし、本人にそのつもりがなくてもどことなく威圧感があるからね。

 ギルくんの機転で裏庭に来て良かった。あのまま教室にいたらティアナさん達が絡まれてたかもしれないし、他のクラスメートもギルくんの威圧感に萎縮していたかもしれない。
 もしかしたらそれを見越して人気のない場所を選んだのかな?

「ていうか、いい加減フード取りなさいよ!陰気臭くて目に毒だわ!」

「ひぇっ!?引っ張らないで……!」

「ティアナ、止めたげて~。何か理由があって被ってるのかもしれないでしょ?それよりもリオンくん、ご飯は?」

 メルフィさんのおかげでフードを取らずに済んでホッとしたのも束の間、そんな質問が飛んできた。
 各々がお昼ご飯を食べる中、僕だけ何も食べてないどころか食事の用意すらしていない。

「あ、僕基本お昼食べないから……」

「はあぁ?馬鹿じゃないの!?ちゃんと食べないと身体もたないでしょうが!」

 フォークに刺した一口サイズのお肉を口に突っ込まれる。勢いがありすぎて噎せた。甘辛い味が口の中に広がる。

「ほら、食え」

「ちゃんと食べなきゃ駄目だよ~」

 ギルくんはパンを、メルフィさんはサラダを分けてくれた。ずいっと押し付けるように。
 なんでそんな困った人を見る目をされるんだろ?朝と夜はちゃんと食べてるから動くのに支障はないのに。
 内心首を傾げるも、分けてくれたものはきちんと食べた。お昼抜きが日常だからお腹は空いてないけど頑張って食べました。

「今見てて思ったけど、リオンくんって食事に興味なさそうだよねぇ」

「寮でも小せぇパンひとつしか食ってねぇ」

「この馬鹿!栄養全然足りてないじゃないの!」

「ちゃんと食べてるか見ておかないと……」

 確かに食事は生命活動に必要な事柄としか認識してないけど……メルフィさん、僕にまでお姉さん発揮しなくてもいいんだよ?


 午後には魔法学棟の鍛練場にて実技テスト。
 各々得意な属性魔法を披露する訳だけど、そこで少しばかり驚いた。魔法を発動するまでの時間が長い人が多いのだ。2分以上魔力を練り上げている人もいる。そんなに時間をかけているのに発動した魔法も不安定だし。
 王宮の魔導師は遅くとも12秒で発動できるのに何故……と考えてすぐに思い至る。
 宮廷魔導師団は魔法を早く、尚且つ正確に発動する訓練を定期的にやっている。だから必然的に発動するまでの時間が大幅に短縮できる。
 けどここにいる生徒達はその訓練をしていない。当たり前だ。魔導師という専門職に就いていないうえに学園に通い始めたばかりなのだから。
 王宮勤めだからつい国で最高レベルの魔導師の魔法が基準になっちゃってたよ。
 発動時間の短縮などは学園で学ぶそうだから、今後に期待しよう。もしかしたらこの中に将来宮廷魔導師になる人もいるかもしれないし。

 メルフィさんは無属性の結界を展開し、ティアナさんは氷の礫を的に当てている。
 結界はかなり強固で、銀級の魔物が体当たりしても壊れないだろう。難点を挙げるなら発動時間が42秒と少し遅めなぐらいかな?
 対して氷の礫は発動時間が31秒とここにいる生徒の中では早い方。しかし威力がイマイチで、的には傷がほんの少しついただけ。
 二人とも魔法が得意って言う割りには大したことないように見えるけど、同年代では頭1つ分抜きん出ているんだろう。他の生徒が二人の魔法を見て僅かに驚いている。
 他の生徒は銅級の魔物にギリギリ通用するかな?程度の威力に加えて発動時間も1分以上な人が多い。その反応にも納得だ。
 剣術が得意なギルくんはというと火の玉を的に当てていた。魔法は苦手なようで、発動時間は1分17秒、大きさも拳大と他の生徒と大差ない。
 典型的な剣士タイプと言える。剣の腕はそんじょそこらの剣士よりずば抜けているけど。

 他の生徒の魔法を観察していたら自分の番が回ってきた。
 得意な魔法って言っても、闇属性と防御・補助魔法以外はほとんど使えるんだよね。実力的にはどの属性の魔法も同じくらいだし。
 じゃあもういっそ好きな属性の魔法にしようと魔力を練り上げる。いつもよりずっとゆっくり、時間をかけて。
 ここで普段通り数秒で魔法を発動したら注目されるのくらい理解している。
 他の生徒を見て大体どのくらいの威力と発動速度が一般的なのか分かったし、それを基準に発動時間を長引かせて威力を抑えれば然程注目を浴びなくて済むだろう。
 とはいえ、わざとゆっくり魔法を行使するのも限度がある。
 流れるように、それこそ息をするように魔法を使っていたのに、意図的に発動時間を遅らせるのって結構大変なんだよね。
 でもどうにか頑張って30秒まで引き延ばし、風の刃を的に飛ばす。学園の備品を壊すのはまずいと思い、かなり威力を抑えた風の刃は的に当たって霧散した。
 思惑通り、ティアナさんと同程度の発動速度だからか彼女ほど注目を浴びることはなく、教師陣も「今年は優秀な生徒が多いなぁ」と感心するものの特別僕に対して思うところはなさそうで内心安堵した。

 それとなく視線を巡らせれば「わぁ~リオンくんすご~い!」と拍手してくれるメルフィさんや「へぇ、なかなかやるじゃない」と目を見張るティアナさんが視界に入った。
 ギルくんだけは思いっきり眉間にシワを寄せてたけど。
 お前もっと早く発動できんだろ的な眼差しが突き刺さる。ギルくんの前では普通に魔法使っちゃってたもんね。そりゃそんな反応にもなるよね。

「素晴らしいですねェ~!」

 背後から軽快な拍手が聞こえ、びっくりして振り向くと、魔法学担当の先生がすぐ後ろにいた。ち、近い!
 両目を覆い隠す長い前髪の奥で目を光らせ、ニヤァっと口角を上げる魔法学担当の先生。

「ですが、実力テストで手抜きはいけませんよォ~」

 からかうように咎められて顔が青ざめる。な、なんで気付いて……

「特別審査の審査員でもあるんですよォ~ボク。今の魔法も発動速度・威力ともに本来なら文句無しですが、特別審査の魔法を見ていますからねェ~。という訳で、もう一度どうぞォ~」

「えぇっ!?今ので充分でしょう!?」

「なんのための実力テストだと思ってるんですかァ~?実戦授業の班決めも兼ねてるんですよォ~?君の実力を見誤って生徒に怪我でもさせたらどうするんですかァ~」

 すかさず反論するも正論を返す先生。
 何の属性が使えるか?どれほどの威力で放てるか?攻撃系だけでなく防御や補助系は使えるか?それらの結果次第で実戦授業の班が決まる。
 実力を隠してたせいで誰かが不要な怪我を負うのは僕としても避けたい。誰にもバレないように上手に立ち回る自信なんてないもん。
 討伐任務のときと違って他の人と協力して実戦授業に取り組む中、誰にも気付かれずに魔法を放つなんてそんな器用な芸当できっこない。
 それに防御系は発動すらできないから、不意打ちには弱い。誰かを守りながら戦えるかと言われると……

 ちらっと周りを見やる。
 魔法学担当の先生とのやりとりで今の魔法が本気ではないと悟った生徒達は興味津々にこちらを見ている。他の先生も同様。
 ひぇっ!?皆こっち見てるよぉ!こ、こんな衆人環視のもと魔法を披露するの?緊張で死ねるよ?

 悪魔に捧げられた生け贄の如く全身ガクガク震わせていると、急に心が軽くなったように感じた。
 今にも爆発しそうだった緊張感は解けて消え、多くの人に見られているというのに妙にリラックスしている自分に戸惑う。
 今のは……精神魔法?いったい誰が……

「ほら、早くしないとずーっと注目されたままですよォ~」

 ワクワクが抑えきれない声で魔法学担当の先生が急かす。
 喉元に小骨が引っ掛かったような心地になりながらも、先生に言われるがまま魔法を放つ。今度はいつも通りに。
 さっきと同じ風の刃が2秒ほどで出現し、瞬く間に全ての的を切り裂いて……

「あぁぁっ!!学園の備品がぁ!!」

 注目の的であることが頭からすっぽ抜けて思わず叫ぶ。
 学園の備品は全て国がお金を出してくれるのに……!やらかしたーっ!

「なんて美しく無駄のない術式でしょォ~!特別審査のときはところどころ見えなかったんですよねェ~」

 頬を上気させて興奮する魔法学の先生。
 術式に目を奪われないで!他に注視すべきものがあると気付いて!
 というか先生、それっぽい理屈並べてたけど、ただ自分が見たかっただけなのでは……?

「心配しなくても大丈夫ですよォ~。予備は沢山ありますからァ~」

 朗らかに告げられて安堵した。
 王宮勤めだから自然と国庫の心配をしてしまう。塵も積もればなんとやら、国庫を圧迫しないようこれまで以上に注意しなきゃ。

 ギルくん達のもとに戻ると、三者三様の反応をされた。
 ティアナさんは歯を食いしばって悔しがり、メルフィさんは彼女を宥めつつ含み笑いし、ギルくんは何度も僕の魔法を見ているからかそんなに大きな反応はなかった。

 周りの生徒も色んな感情のこもった目で僕を凝視している。
 良い感情も、悪い感情も。
 嫌でも察してしまって、逃げ出したくなった。



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