幻想の魔導師

深園 彩月

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第1章

1-7.不穏な幕開け

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 予想に違わず多すぎる生徒に内心悲鳴を上げた。
 今日は入学式だけだから必然的にここにいるのは新入生のみ。なのにこんな沢山いるの?新入生だけで軽く200人はいるよ?
 在校生も含めたらいったいどれだけの人数になるか……ああ考えたくない。

 というか、ローブ着てる人があんまりいない。建物の中だからフード被ってるのは僕たけで、それも合わさって微妙に目立ってる……!
 目深に被ってるフードを弄って気を紛らわしている間に校長先生の長い話が終わり、教室に戻る。

 教室に戻ってからはエド先生を含む全員が自己紹介をした。大勢の前で声を出すのは緊張したけど、声が震えなくて良かった。
 その後は授業に関しての説明があった。
 来週から北の森での実戦授業が始まるとのことで、そのための班決めをする。
 4~6人でバランスの良いパーティーに編成するため、まずは明日魔法学と武術学で実力テストを行うそうだ。
 編成に偏りがあると下手すれば命を落としかねない。
 学生は森の浅いところで討伐実績を積むとはいえ、危険な生き物を相手するのに変わりないからね。
 父さんが北の森を出禁にしなかったのは実戦授業があったからか。

 今日は入学式、明日は新入生全員実力テストで、本格的な授業は明後日から。
 エド先生の話が終わって早々に解散した。

「ギルくん、一緒に帰ろう」

「ん」

 お互い特に予定もないので一緒に帰ろうと席を立ったときだ。
 ティアナさんが勢いよく立ち上がり、僕らの行く手を阻むように仁王立ちしたのは。
 じろりと睨むように見つめられて狼狽える。メルフィさんに止められて引き下がったと思ってたのに……
 ギルくんが警戒を露にする中、ティアナさんはふと目を泳がせた。そして気まずそうに口を開けたり閉じたりを繰り返し、やがてぼそっと呟いた。僕とギルくんにしか聞こえないほどの小さな声で。

「さ……さっきと、こないだ。わ、悪かったわね」

 ほんのり頬を薔薇色に染めて、照れ隠しだと分かる早口で告げて、逃げるように教室から出ていくティアナさん。
 突然のことに呆気に取られていると、いつの間にか傍に来ていたメルフィさんがくすくす笑った。

「ふふっ、及第点ってところかな」

 ティアナさんが去っていった方を慈愛のこもった眼差しで見つめるメルフィさん。その目はまるで「良くできました」と褒めるよう。

「次は人の目を見て謝れたらいいけど……ティアナの性格じゃ難しいかな?」

「なんか、お姉さんみたい」

「手のかかる妹で困っちゃうねぇ」

 冗談めかして言うメルフィさん。
 そう聞くと、頼りになる姉と世話の焼ける妹みたいに見えてきて自然と笑いが込み上げた。
 二人して穏やかに微笑んでいると、メルフィさんが申し訳なさそうに眉を下げた。

「ティアナが迷惑かけてごめんね。キツイ物言いだし突っ走っちゃうところもあるけど、悪い子じゃないんだよ」

 こくこく頷いて同意する。
 街の治安のために犯罪者を捕まえるくらい正義感の強い人だ、悪人な訳がない。
 迷子の僕をわざわざ学園まで送ってくれたし、さっき僕を問い詰めたときも自分自身が知りたいからではなくメルフィさんのためだったようだし。むしろお人好しの部類だろう。
 あの責めるような眼差しに怯んで逃げてしまったけど、根は優しいんだ。

 本心からそう思ってるのが伝わったのか、ふわりと嬉しそうに笑うメルフィさん。そして唐突に手を差し出され、なんだろう?と首を傾げる。

「同じクラスになったらよろしくって言ったでしょ?まぁ、教会の孤児とよろしくしたくはないかもしれないけど……」

 慌てて頭をぶんぶん横に振った。
 身構えちゃうのは確かだけど、教会という単語に反応してしまうのは5年前の事件だけが理由じゃない。
 彼女達に非はないのだ。これは僕自身の問題なのだから。

 そろりと手を差し出し、彼女の手をそっと握る。
 ぱぁっと表情を明るくして握り返すメルフィさん。

「じゃあ、改めてよろしくね。リオンくん」

「よ、よろしく……」

 苦虫を噛み潰したような顔のギルくんが視界に入ったけど、曖昧な笑みを浮かべる僕を見て仕方なさそうにため息をひとつ。
 その態度から彼も教会に対して良い感情は持ってないのが分かる。けどメルフィさんの偽りのない純粋な気持ちと僕の意思を尊重してくれた。
 教会は信用できないけど、メルフィさんなら少しは信用できると思ったみたい。

 僕達のやりとりを眉を潜めて眺めているクラスメートは見ないふり。
 ティアナさんもメルフィさんもすごいなぁ。こんな目を向けられても逃げ出したりしないなんて。
 僕なら耐えきれない。というより、もうすでに逃げたい。
 教会の人間と進んで仲良くなろうとする僕に注がれるあまり気持ちの良いものではない視線が恐ろしい。
 僕と一緒にいるギルくんまでそんな目で見られてるような気さえする。申し訳ない。
 でもこの学園に通う以上、どんな視線に晒されてもここでやっていくしかないのだ。

 突き刺さる視線をものともせずに優しく笑うメルフィさんを尊敬しつつ、入学式は幕を閉じた。


 ギルくんと一緒に男子寮に帰り、自室でぼーっと魔石を眺める僕。
 部屋の中には寮生活し始めてから収集した魔石がずらっと並べてある。傷がつくといけないからそれぞれ小瓶の中に重力魔法で浮かせて保存している。

 今僕が手に取っているのはテレポートラビットの魔石。とても臆病な魔物で、まるで転移したかのように錯覚するほど逃げ足の早い魔物だ。
 誰かに見つかったら即座に逃げる……ふふ、まるで僕みたいだね。

 エメラルド色の魔石が入った小瓶を持ったままベッドに仰向けになって物思いに耽る。
 思い出すのは自己紹介をしていたとき。

『ティアナ・フィレムよ』

『メルフィ・カーターです』

 二人のフルネームを思い出して、小瓶を持っていない方の手で顔を覆う。

 彼女達は例の件に関与していない。それどころか彼女達は何も知らない。
 だから、普通に、接しなきゃ。

 ゆっくり息を吐いて心を落ち着かせていると、紙で作られた鳥が窓をつついているのに気付く。父さんの魔法便だ。
 小瓶をサイドテーブルに置いて窓を開けて紙の鳥を中に入れると鳥の形が崩れて手紙が姿を現した。
 開封して目を通していくと、僕の懸念通り西の草原から北の森へと魔物が流れていると判明。魔物を間引きすると同時に調査を続けると締め括られていた。
 前回に引き続きまたもや「お前は調査に加わるなよ。絶対だぞ」と念押しするように書かれている。どんだけ信用ないの僕!?
 でも北の森かぁ。実戦授業もあるし、こっちでも魔物を間引いておこう。

 それにしても……北の森に魔物が流れている原因は何だろう?
 今のところ特殊個体の魔物は発見していないし、北の森に魔物が好むような何かがある訳でもない。逆に西の草原に魔物が逃げ出すような何かもない。
 原因が分からないって不気味だなぁ。実戦授業もあるし、生徒に万が一もないよう早いとこ原因を突き止めてほしい。

 不穏な気配が燻る中、僕らにとって波乱に満ちた学園生活が幕を開けたのだった。


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