幻想の魔導師

深園 彩月

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第1章

1-1.クビ宣告

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「お前、今日でクビな」

 とある日の昼下がり。
 魔導師団長に呼び出され、執務室に入って早々に言い渡された死刑宣告に絶句した。

「そ、そんな……!なんでなの父さん!?いきなりクビだなんて酷いよぉ!!」

「ええい泣き付くな!そんな女々しい男に育てた覚えはないぞリオン!それと今は仕事中だ、団長って呼べ!」

 涙目で縋りつく僕をまるで羽虫を払い落とすようにぺいっと床に転がす父さん。
 魔導師団長じゃなくて騎士団長の間違いじゃないの?って言いたくなるほどの筋肉に覆われたムキムキマッチョな男にひょろひょろ体型の僕が敵うはずがなかった。


 ここは王宮の一角にある魔導師棟だ。王宮に仕える魔導師が日夜仕事に励む場所でもあり、魔導師団の宿舎も併設されている。

 僕、リオン・ガーノと団長である父はここが我が家といっても過言ではない。
 父さんは組織のトップなだけあって滅多なことじゃここを離れられないし、僕も魔物討伐に行くかここで事務作業してるかのどっちかだから魔導師棟の宿舎で寝泊まりする他ない。

 仕事で会えない日が多くても、愛情深く大切に育ててくれた良き父親である。
 団員さん達にも可愛がられ、才能にも恵まれて、魔法を覚えながらすくすく育った。

 本来なら18才になってから宮廷魔導師団に所属するのが通例なのだが、とある事情で5年前から宮廷魔導師の肩書きを背負っている僕。

 頑張って働いた。それこそ自主的に休日返上するくらいに。
 それなのに、なんでクビ宣告されちゃうの!?

「確かにお前はよくやってくれてるよ。俺が苦手な事務作業も代わりにやるし、危険度が最も高い白金級の魔物も率先して討伐する。それこそ休む暇もないくらいに」

 ショックのあまり立ち上がれない僕に上から言葉が降ってくる。

 だったらどうして、と言いかけた僕を鋭い視線で射抜く父さん。殺人鬼レベルの怖いお顔が標準装備なせいで余計怖く感じる。

「けどな、王立学園の入学試験をすっぽかすためにわざと休みを取らなかったのなら話は別だ」

 ぎくっ。
 図星を指されてそろりと目を泳がせた。

 王立コルネリア学園、通称王立学園。
 身分問わず15才から3年間通うことが推奨されている学舎だ。
 僕らの住まうコルネリア王国は軍事力や技術力、とにかくあらゆる事柄において他国の一歩先を進んでいるのだが、ここ数十年は特に学問に力を入れており、国民全員に教育を施すことに注力している。
 学園に通うまでの間は教会が無料で勉強を教えてくれるし、成績優秀者には他国への留学や厚待遇な就職先の斡旋もしてくれる。しかも奨学金制度を設けるなど金銭的な援助も惜しまない。国力の高さが為せる技である。

「で、でも、王立学園って将来を決めるために勉強する場所でしょ?僕はもう働いてるし、魔導師団で仕事ができればそれで……」

「はぁ……そう言うと思ったぜ」

 ため息混じりに呟き、頭の痛そうな顔で首を振る父さん。

「俺はな、心配なんだ。一部の人間としか関わらないお前の希薄すぎる人間関係が。このままじゃいつか仕事するしか能がない人間になっちまうんじゃねぇかって」

「父さん……」

「つー訳で、王立学園への入学手続き済ませといたから」

「父さん……!?」

 ちょっと待って!入学試験は受けなかったはずだよ!?

「残念だったな。試験はすっぽかせても、特別審査からは逃げられん」

「特別審査!?何それ!?」

「お前の討伐風景が映った記録水晶を学園に送ったら余裕で合格した。さすがは俺の息子だ」

 満足そうな笑みで褒められたけど全然嬉しくない!

 聞くところによると特別審査とは、何らかの事情で入学試験を受けられなかった人のために実力を図るものであるとのこと。初耳なんですけど!?

「諦めろ。入学は決定事項だ」

「うううぅ……」

「ちなみに登校拒否した場合、お前の部屋いっぱいに飾られてる魔石を売り払うからな」

 僕のコレクションが人質にされた!!

 延々と抗議する僕を無理矢理部屋から追い出す無情な父。酷い。

 執務室の前で涙目で途方に暮れていると、後ろから誰かが声をかけてきた。

「お疲れ様です、リオン様……どうしました?また団長に無茶振りでもされましたか?」

 冗談混じりに笑う彼はランツ・ローウェルド。魔導師団員で、僕の後輩だ。彼は年上だけど、勤務歴は僕の方が長い。

「ランツくぅん~」

 情けない声を上げて後輩に泣き付く。そんな僕を呆れるでも突き放すでもなく真摯に向き合ってくれるランツくんはとても優しい。

 魔導師団をクビになること、王立学園に通うことなど洗いざらい話す。
 王立学園に通うことにも動揺したけど、クビになると言ったらもっと動揺した。
 最終的にぶちギレて団長に抗議ついでに爆裂火炎魔法をぶっ放そうとする彼をどうにか諌める。
 やめようランツくん!死ぬにはまだ早いよ!

「ねぇランツくん、今手空いてるかな?これから討伐に行くんだけど」

「記録係ですね!もちろんご一緒します!」

 父さんに返り討ちに合う未来予想図を頭に浮かべつつ話題転換を試みる。
 ランツくんは先程の怒りはどこへやら、目を輝かせて同行を願い出てくれた。

 魔導師団の仕事は2人1組が基本だ。
 1人は任務の遂行、もう1人は記録係。状況に応じて人数が増えたりするけど、必ず記録係がいる。
 不正を働いたり、仕事に見落としがないかの確認と監視、あと後輩の指導も兼ねている。先輩の魔法を見て覚えろってことだね。


 目的地の森まで転移すると、太陽の眩しさに目を細めつつランツくんが感嘆の吐息を溢した。

「いつも思いますが、リオン様の転移魔法は本当に素晴らしいですね。浮遊感を感じないので気分が悪くならず、それどころか心地よいです」

「父さん……団長も使えるよ?」

「団長のは酔いますから」

 父さん、魔法の使い方かなり荒々しいもんね。僕も体験したけど、吐かなかったのが奇跡だった。

 ランツくんが記録水晶に魔力を流して起動する。この記録水晶は魔道具の一種で、魔力を流した者の視点で見たものを記録する道具だ。

 しばらく森の中を散策していると、今回の討伐対象を見つけた。

 ダークネスウルフ。白金級の魔物だ。

 ランツくんに下がるよう指示し、僕の身長をゆうに越える巨大な狼の前へと躍り出る。右手に魔力を集めると、掌がうっすらと銀色に光りだす。

 低く唸り声を上げて飛び掛かってくる黒い狼。即座に魔法陣を展開し、下から吹き上げる竜巻でその巨体を吹き飛ばした。
 上空へと飛ばされたダークネスウルフだがすぐに体勢を整えて華麗に着地……するより先に次の魔法を展開。
 ダークネスウルフの真上にその巨体と同じくらいの規模の魔法陣が構築され、そこから光の熱線が降り注いだ。
 幾つもの熱線に貫かれ、断末魔の悲鳴を上げるダークネスウルフ。やがてそれも収まり、森には静寂が訪れる。

「さすがですリオン様!」

 記録水晶をしまって駆け寄ってくるランツくん。

「普通なら10秒はかかる魔法陣構築をたったの2秒で……しかもそんな構築速度にも関わらず一切綻びがない。完璧としか言えません。リオン様の魔法はいつ見ても美しいです」

 ランツくんったら大袈裟だなぁ。頑張れば他の人だってこのくらいできるようになるよ。

 ダークネスウルフの亡骸を収納魔法にしまい、尊敬の眼差しを受け止めながら着々と討伐任務をこなしていく。


 学園に通うなんて心底嫌だった。
 仕事ができなくなるのも嫌だし、何より人が怖い。5年前のあの日からは特に恐怖を感じるようになった。
 父さんもそれが分かってたから人と関わる仕事を避けて人目につかない場所での討伐任務と事務作業だけに絞ってくれてた。これからもその日常が変わらないのだと信じて疑わなかった。けど……

「まさか、心配されてたとは……」

 ごく一部の人としか関わりのない僕を、他でもない父さんが心配してただなんて夢にも思わなかった。今までそんな素振り見せなかったのに。

「私も心配です。……最後に休みを取ったの、もう1ヶ月以上前ですよね?過労で倒れないか気が気でないです」

 僕の独り言を拾ったランツくんが気遣わしげに眉を下げて言った。
 父さんは希薄な人間関係を、ランツくんは仕事漬けな日々を送る僕の体調を心配してくれている。
 確かにここ最近は父さんとランツくんとしかまともに会話してないし、最後に休んだのがいつかも正直思い出せない。ランツくんの懸念が当たる可能性を否定できないのが辛い。

「リオン様が辞めるのは今でも納得できかねますが、ちょうどいい機会では?休息を取る意味でも、人間関係を改善する意味でも」

「そう、だね……」

 僕のコレクションも人質にされちゃったしなぁ……憂鬱だけど、決まったものは仕方ないよね。

 それに父さんとランツくんの気持ちを踏みにじるような真似はしたくない。
 二人の心配を取り除けるように頑張らなきゃ!

 とりあえず、友達をつくる努力をしよう……



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