無口な彼女は最強言霊使いだった

深園 彩月

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12. 旅人と参謀王子の提案

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 フォルス帝国寄りのルーテル平原で身体を地面に投げ出す。

 空には薄く雲がかかっており、残念ながら宇宙の宝石は見えない。星でも見ればこのもやもやした気持ちも軽くなるかと思ったのに。

 自分でも眉間にシワが寄るのを自覚しつつ、ロイド王子の弟を思い出していた。


――――――――――――――――――――


 綺麗なお辞儀と丁寧な挨拶をぼんやりと眺めていた私だがロイド王子に小突かれてハッとし、申し訳程度に頭を下げた。

『初めまして。エリー・ケラーです』

 久々に筆談したわ。
 最近はほとんどロイド王子が心読んで会話繋いでくれたもんだから筆談する必要なかったもんなぁ。

『ところで私の噂とは?』

 挨拶もそこそこに、さっき弟クンが言ったことが気になったので聞いてみる。

「僕は公務であまり城の外に出ないので詳しくは知りませんが、犯罪が多い地域では颯爽と表れて犯罪者を捕縛する救世主、救いの旅人とよく耳にしますよ。あと料理人達が毎日知らないレシピを残してくれて感無量になってて、密かに先生と呼んでいました」

 いったい誰のことを言ってるんだろう。

 救世主とは何ぞや?
 粋がってる能力者をちょっと懲らしめただけだぞ。
 そして何故に先生?
 お前らプロだろ料理人。プライドはないのか。

 色々突っ込みたい部分はあるが、いちいち気にすんのもめんどいので適当に流した。

 ロイド王子の寄り道も済んだことだしさぁ氷室行くかーと二人並んで歩くも、何故かついてくるラルフ王子。
 首を傾げているとそれに気づいたラルフ王子が自分も氷室に用があると告げたので三人で向かうことに。

「今日はロイド兄様も討伐に加わりましたからね。入りきらないでしょうから拡張しようかと」

 一瞬土木作業するラルフ王子が思い浮かんだがすぐに違うとかぶりを振る。

 ラルフ王子は空間を操る能力者だ。おそらく能力を使って氷室の中の空間を広げるのだろう。

 空間操作能力ってのは便利やね。
 物体を瞬間移動させたり空間を拡張したり、もしや他にも何かできるのかしら。
 多分ラルフ王子の能力は空間をねじ曲げるんだな。なら空間を広げるのと逆の効果も期待できる。
 いつか見た目と中身が全く異なるびっくり箱みたいな家とか見てみたい。いいねぇ面白そうだねぇ。

「聞いてよラルフー、魔物の討伐数エリーに負けたんだよー!全っ然手加減してくんなくてさぁ。ひどくない?」

「凄いですね、ロイド兄様を出し抜くなんて。ですが、魔物の討伐は命の危険を伴います。出現させている僕が言うのもなんですが、勝負に現を抜かして隙をつくったりしたらどうするのですか」

「だーいじょうぶだって。兄上ほどじゃないけどそこそこ戦えるんだからさぁ」

「またそうやって己を過信して……確かにロイド兄様はお強いです。Sランクの魔物もあっさり倒してしまうほど、お強い。ですが、それとこれとは別です。大体ロイド兄様は昔から……」

 ラルフ王子の能力の使い道を思い描いて一人ニヤニヤしてる傍で言い合っている兄弟。

 懇々と説き伏せるラルフ王子にまた説教が始まった、言わなきゃ良かったかもと言いたげな呆れ顔で聞き流すロイド王子だけど、その目はどこか嬉しそうに細められている。

 ラルフ王子も、身内相手だからか表情に変化があった。目を吊り上げて一見怒ってるように見えるけど、その目には確かに兄を心配する気持ちが滲んでいた。
 ねちねち説教するのは心配の裏返しで、ロイド王子もそれを理解してるからこそ甘んじて説教を受け入れてるのか。


 氷室に到着する頃にはラルフ王子の説教も収束していた。

 三人で中に入り、涼しいというよりむしろ肌寒く感じる冷気に腕を擦りながら部屋の中央にいるラルフ王子を見やった。
 私とロイド王子は邪魔にならないように壁際で見学。ラルフ王子は瞳を閉じて集中している。
 制御が難しいらしいからね。集中力を高めないと失敗しやすいんだろう。

 しばらくそのままでいたラルフ王子だが覚悟を決めた顔をしてスッと掌を突き出した。

 変化はすぐに訪れた。
 氷室を囲っていた壁が不思議な力で押しやられていく感覚に囚われる。
 数分前より倍近くの広さになったところで手を下ろして一息ついた。

 ぐるりと見回してしげしげと眺めていると、隣のロイド王子が補足してくれた。

「部屋そのものを大きくしてるんじゃないんだよ。中の空間だけを広げてる訳。だから他の部屋が圧迫される心配はないよ」

 へー。便利な能力やね。

「ケラーさん、この広さなら今日の分の魔物も入りますよね?」

 ラルフ王子の確認にも近い問いかけに頷き、亜空間鞄から魔物を取り出していく。
 どんどん積み上がる肉を見ながらロイド王子に出現した魔物の種類を詳しく聞き、「予定外の魔物も混じってる……やはり制御が甘かったか」とため息混じりにぽつり溢すラルフ王子。

 そんな深く反省しなくても……どれも美味い肉なんだからさ、ごちそうだぜうぇーいラッキー!くらいに考えればいいじゃん。
 いやそれは少し難しいか。どこぞの怪力王子と違って繊細っぽいもんな。制御を誤って兄貴に怪我させたらどうしようとか思ってそうだ。

 もっと気楽に構えろよ少年。
 真面目も行きすぎると将来禿げるぞ?


「高ランクの魔物を片っ端から出現させてますが、どの魔物がいいか希望はありますか?」

「リッチスネークとシルバーウルフ、あとキングバードが極上の味だってさ」

「……全てSSランク、ですか……分かりました。できるだけその三種を平原に放ちます」

 よっしゃあ!ロイド王子ナイス!
 サンキューラルフ王子!仕事増やしてゴメンだけど!


「平民の方はどう?まだ魔物の肉ってことで抵抗ある?」

「ロイド兄様や兵士達が民衆の前で実食してくれたおかげで少しずつ浸透していってますよ。といっても、まだ抵抗ある者の方が多いですが……」

「それは仕方ない。根気よく説得していかないとね。まぁそれも陛下が戻られたら終わっちゃうけど」

「外遊先で不慮の事故に遭って下さることを切に願っております」

「ちょ、ラルフ!ここにいるの俺らだけじゃないから……」

 弟クンすげぇな!
 やんわり表現してるけどドストレートに本音ぶちまけたぞ!
 ロイド王子も一応諌めてはいるけど否定してないし。
 息子にこうまで言われる王サマって……この国本当に大丈夫かよ……

 兄弟の会話を小耳に挟みながら魔物を置いていく作業を終えて三人で氷室をあとにする。

「ケラーさん。先日は僕の失態の尻拭いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」

 唐突にラルフ王子が謝罪してきた。
 何で?私ら初対面よね??

「ほらアレだよ、熊の魔物が出たときの」

 ああ、そのことか。
 気にしなくていいのに。国としては大問題だろうけど、私は全く気にも留めてなかったしなぁ。
 住人に被害は出さなかったんだ、結果オーライさ。

 ロイド王子が通訳するとまだ納得いかない顔をしてたけど見ないフリ。
 過分な謝罪はかえって相手を不快にさせるぞー。

「本人が気にしてないのに周りがとやかく言ってもしょうがないでしょーラルフ」

 ロイド王子が助け船を出してくれたおかげでラルフ王子もそれ以上謝罪することはなかった。


「……それにしても。ケラーさんはよほどお強いんですね。SSランクの魔物を単独で討伐するなんて」

「だよねぇ。俺も討伐できるけど、魔道具なしじゃ無理だよ。猿の魔物並みに動きが俊敏だし」

 ロイド王子の足を踏んづける。
 誰が猿だ!誰が!

「それだけお強いなら迷宮主も倒せるのでは?」

 ラルフ王子の一言にぴたりと歩みを止める。
 迷宮主?って、確か迷宮の最深部にいるっていうボス?

「文献によると、迷宮主はXランクの猛者。並みの人間じゃ生きては帰れないらしいよ。まぁ、エリーなら倒しちゃいそうだよねぇ」

「どうですか?ケラーさん。試しに迷宮行ってみませんか?今ならロイド兄様もお付けしますよ」

「お買い得感覚でお兄ちゃんを売らないで!エリーとなら楽しそうだからいいけど……」

 迷宮かぁ。

 外の魔物はSSランクまでしか出現しない。
 魔物の溢れる世界になってから今まで一度もXランクは確認されてないためそれは周知の事実だ。
 迷宮に入ったことのない私にとってはSSランク以上の魔物は未知数。

 うーむ。Xランクの魔物か……ちょっと気になってきた。
 外の魔物は知り尽くしててちょいと物足りなく感じてたんだよなぁ。
 迷宮の魔物は手強いって聞くけど実際どうなんだろ?
 腕試ししたいところだけど下準備とかめんどくさいし、何より怪力王子が傍にいるのはな……魔物じゃなく迷宮を破壊しそう……

「んー?エリー?俺をなんだと思ってるのかなー?」

 両拳で頭をグリグリされた。メッチャ痛い!

 だって考えてもみろ!
 魔道具ありきとはいえ、拳でガンガン魔物ぶっ飛ばしてたのを間近で見てたんだぞ!?
 魔物を地面に叩きつけて小さいクレーター作ったのガッツリこの目で見てたんだぞ!?

 そんなやつが迷宮だと?絶対壊すだろ。迷宮を。

「心外な。多少俺が暴れたところで何も変わらないって」

「大丈夫ですよケラーさん。迷宮内は一定時間経つと元通りになりますから」

 へー不思議なもんやね。そして迷宮破壊は確定か!

 うん、まぁ、同じ魔物ばっか狩っててもつまんないもんね。たまにはいつもと違うことしようかな。
 はぁ、比較的楽な採取の仕事しようと思ってたのに、気がつけば討伐が中心になってるし……どうしてこんなことに……

「迷宮は討伐だけじゃなくて採取もメインだよ。迷宮内でしか採れない特殊な素材が結構あるからね。……ていうか君、嬉々として魔物倒してたじゃん。普段あんまり討伐しないのって、血生臭いのが嫌ってだけの理由?」

 ロイド王子が痛いとこを突いてきた。
 いや、うん。それだけと言えば嘘になるんだけど……

 頬を掻きながら目を逸らすと、言い淀んだ私の気持ちを汲んでくれたロイド王子が先程の問いかけをなかったことにした。

「じゃあ、あくまでメインは採取。討伐はついで。できたら迷宮主を倒す。それでいい?」

 こくりと頷いた。
 まぁそれなら行かないでもない……

「そういえば、迷宮の魔物も食べられるのでしょうか?もし可能であれば迷宮の魔物を調達してきてほしいのですが」

 ブンブン首を縦に振った。
 いいよーいいよー!ガンガンぶっ倒してやんよ!

 やる気充分!という意思表示で腕を回す。
 おいロイド王子、今単純って言ったな?
 餌に食いついて何が悪い!

「ありがとうございます。では詳細は明日、ロイド兄様からお聞き下さい。もう外は暗いのでお気をつけてお帰り下さいね」

 ラルフ王子の言葉通りいつの間にやら日は沈みきっていた。

 ちょうど二人の執務室まで戻ってきていたらしく、二人は仕事に戻る様子。近くには爽快少年が待機しており、ルーテル平原まで護衛してくれるらしい。
 護衛なんていらないんだけど、夜は特に危ないからって強引に押し切られてしまった。
 魔物がほとんどいないところとはいえ、平原で寝泊まりしてる私にそれを言うかね。

 ラルフ王子がはじめの挨拶と同じように綺麗な所作でお辞儀をして扉の向こうに消えてゆく。

 そして扉が完全に閉まる、直前。

 してやったり顔で微かに口角を上げたラルフ王子の顔が視界に映った。


――――――――――――――――――――


 雲の切れ間から覗く月が私を見下ろす。
 少し冷たい風が頬を撫でた。

 あのときのラルフ王子の顔……私を取り込もうとした他国のお偉いさんと似たものを感じた。
 いつもなら不快に感じるそれが、どうしてかあんまり嫌な気分にならない。

 私を利用しようと目論んでるのは違いないんだけど、他国の連中とは全然違うっていうか……うーん、なんていうか、微塵も私利私欲のために動いてるようには見えなかったんだよね。 あくまで私の直感だけど。

 それに。どんな思惑であれ、悪い方向に転がるようならロイド王子が止めたはずだ。
 けどアイツは止めなかった。なら少なくとも私に害のある話ではない。

 何を企ててるのかは知らんし、利用されるって分かっててそれに乗るのはなんかスッキリしないけど……まぁ、私欲で手中に納めようとするよりはずっといいか。

 あんの強面少年王子め。表情筋が全然働いてないせいで危うく気付かず利用されるとこだったわ。
 ありゃ確実にロイド王子より切れ者だな。しかも己の内を相手に悟らせない術も身につけてる。私でさえよく観察してないと見落とすところだった。
 年若いからまだまだ発展途上だが、ああいうやつが宰相とかにでもなったらこの国は安泰だろう。

 横になったままぐーっと身体を伸ばす。
 さーて、明日はやることが沢山あるし、とっとと寝よ。

 くあっと大きなあくびを溢し、硬い地面の心地よさに口元を緩めながらゆっくり意識を手放した。

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