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07. 王子様と変人と謀

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(うおおおお有り難ぇぇぇ!!私に喧嘩売った見知らぬ人!この恩は忘れないよ!)

「ふはっ!何それ……」

 フォルス帝国の首都・フォルスト。
 その中心地にある王城の執務室で机仕事にかじりついていた手を止めて、頭に響いてきた彼女の心の声に思わず噴き出してしまった。

 え?なんでそんな思考に至るの?
 意味が分からない。

 いや彼女の思考が意味分からないのは最初からだけど。

「ふっ……くくっ……まさか、そうくるとは」

 俺がやったことではないけれど、こんな反応されたら笑っちゃうって。

 一頻り笑った後、再び書類仕事に集中する。

 彼女の能力には驚かされた。
 『言霊使い』というらしいその能力。
 言葉を放つだけでその現象を引き起こす。しかもどんな現象だろうと意のままに発現できる、なんて冗談みたいな能力だ。
 言葉の選び方によっては世界をも掌握できる、人によっては魅力的でもあり、そして何より恐ろしい。
 欲に眩んだ人を狂わせ、凡人なら恐怖の底に突き落とすと言っても過言ではない。

 頻発することはないらしいが、それでも充分に警戒しなくては。
 だってそんな大層な力がほぼほぼ制御できないんだよ?
 それってもう災害じゃん。

 ていうかなんで自分の能力がよく分からないなんて言ったのかな?
 ああ、そうか。デタラメな力って意味かもしれない。納得。


 今更ながら利用する相手間違えたかなーって思い始める。
 でもエリー以外に最適な人がいないんだもんなぁ……

 彼女はどうやら俺の能力はちょっとの距離しか届かないって思ってるようだけど、実はその考えは外れなんだなぁ。
 フォルス帝国全土どころか、その周辺の平原にまで俺の読心術が届く領域だーって言ったら、エリーはどんな反応を見せてくれるかな?

(あーやっべぇ、二日酔いかも……また嫁に締め出されちまう)

(よっしゃ!あと少しでランクアップだ!そしたらもうちょっと良い装備買えるかなー)

(陛下のいないこの国は平和だねぇ。できることならこの平和がずっと続けばいいのに)

 毎日毎日、常に雑音が頭を支配する。
 今日も今日とて例外なく人々の心の声が頭に響く。

 ああ今日も、すごくうるさい。でもそれが俺にとっての日常だ。
 産まれたときからこの能力とは一心同体。だからもう慣れたもんさ。

(今日は全身黒ずくめの旅人見かけないな。もうこの国から出てったか?だと良いんだが……あの女全然喋らなくて不気味だもん。しかも表情が無いから尚更不気味だし。魔物退治してくれたのは感謝してるけど……)

 おや?黒ずくめの旅人ってエリーのことだよね?
 そんなに不気味かなぁ?
 確かに頭のネジが飛んでるって意味では不気味だけど……

 ああそうか。
 俺にはアホ丸出しな心の声が聞こえるけど、皆は聞こえない。
 エリーは喋れないから今まで聞いた彼女の声は心の声だ。
 それが全て聞こえてなかったら……うん、不気味だ。

 無口無表情で全身黒ずくめの女が佇んでるだけにしか見えない。

(そういえば昨日うちの宿に泊まってったあの女の子、黒い布外したら絶対美人さんだと思うのよねぇ。勿体ないわぁ。旅人みたいだし、訳ありかしら?でもいくら訳ありでも、こんなボロ宿に泊まるなんて不用心ねぇ。魔物倒せるならお金には困ってないだろうし、もっといい宿に泊まればいいのに)

 これはガンダールの宿屋の女将さんだね。
 エリーが泊まったとこ。

 魔物討伐の依頼は低ランクでもそこそこ稼げるからね。そう思うよね普通は。
 でも彼女の選定基準あれだからね?
 いかに安くて野宿と酷似した環境か否かだからね?
 硬いベッドと程よく汚い部屋がお気に召したようだよ。
 彼女いわく、土盛って天井ぶち抜いたら最高らしい。
 最悪の間違いじゃないの?

 俺なら到底考えられない。自ら進んで最悪の環境に身を投じるなんて。
 大体天井ぶち抜いちゃったら雨降ったときどーすんの。


 ―――コンコンッ

「失礼します」

 礼儀正しくお辞儀して入ってきた男。
 垂れ目気味な俺と違い、つり上がった目が標準装備の彼は俺の前まで足音ひとつ立てずに歩いてきた。
 同じ男だってのに見惚れるくらい上品な立ち振舞いにいつも舌を巻く。

「おーラルフ。予定より早かったね」

「然程量がありませんでしたので。今月の予算案を提出しに参りました。まず、帝国騎士団の訓練の予算編成はいつも通りで構わないでしょう。陛下が帰還される前に迷宮攻略に向かいますが、高ランクの騎士がいないので通常通り上層だけで終わるはずです。予算の上乗せは必要ないでしょう。次に……」

 複数の書類に目を通しながら手際よく内容を読み上げる目の前の少年に視線を送る。
 自分と同じ金色の髪がさらりと流れ、青い瞳が書類の文字を射抜く。

 全く……まだ子供なのに、俺よりしっかりしちゃって。
 書類作業だけなら俺より早く終わらせるし。
 我が弟ながら末恐ろしいわぁ。

「……次に、国民の食糧難の改善策についてですが」

 書類から目線を外し、俺へと眼光が注がれる。
 ただでさえつり目なのに更につり上がった。そこらのゴロツキより人相悪い。
 端から見たら睨んでるようにしか見えないけど、本人は真面目な顔のつもりらしい。睨んではいない。
 13才の面構えじゃないよ確実に。

「“魚”は釣れましたか?」

 ぴくっと手に持っていた筆を止めた。
 魚……魚ねぇ。

「“餌”は撒いたよ。おかげでラルフが呼んだ“猫”は食い殺されたけどね。どうやら結構なお溢れに預かれるようだよ?……少なくとも、陛下が帰還されるまでは」

「それ以降は?」

「随分と自由に泳ぐ“魚”だからね。留めておくことはかなり難しい。必要以上に留めようとすれば、すぐに海へと帰ってしまう」

「……やはり急場凌ぎにしかなりませんか」

「捕まえるのに苦労する“魚”を飼い慣らすより、肥えに肥え太った“豚”を駆逐した方が国民にも喜ばれるっていっつも言ってるでしょ?」

「ですが、そんなことをすればブラッド兄様が心を痛めます。それに王族のしきたりのことを考慮すると難しいかと」

 王族のしきたり。
 それは王位継承権に関する事柄だ。

 通常では第一王子が王位継承権第一位で、何事もなければ第一王子が王位を継ぐ。
 だが何らかの問題が発生し、第一王子が王位を継ぐのが困難になった場合は第二王子に継承権が移行する。
 第一・第二王子ともに王位を継ぐに相応しくないと判断された場合は第三王子以下の王族が王位継承権を巡って争うこととなるが、王女は対象外。

 王位継承が行われる条件は3つ。
 王が自ら退位する旨を宣言するか、病気などの原因で王が死去するか、王の首を討ち取った者が玉座に着くか。
 いずれかの条件を満たせば次期国王が決まる。

 残念ながら前者は期待できない。ああいう人間は自分が最大の権力を握ることで優越感に浸りたいものだ。
 自らその地位を捨てることはあり得ないだろう。
 貧困気味な国民と違って栄養のあるものを馬鹿みたいに食べてるから健康そのものだし。

 後者もあまり期待はしていない。
 第一王子の兄上は良くも悪くも家族想いだ。
 自分や弟に気を配るのはもちろんのこと、病床に伏せっている王妃殿下を甲斐甲斐しく看病してる。
 国民のことも家族と思っている節があり、魔物による危機が訪れたら颯爽と駆け付けては単独で討伐する。怪我人はほとんど出さない。

 それだけ聞くと慈悲深く、勇気もあり、王位を継ぐのに充分な資質を持ってると言える。
 だが兄上は陛下の命令には逆らえない。
 陛下が何かしらの方法で服従させてるとかそういう類いではなく、基本的に意思が弱いのだ。
 ここぞというときは立派に行動してみせるのだが、それ以外がどうにも頼りない。兄上はそういう男だ。

 困ったことに、愚王加減が国民に広く知れ渡っているほどに評価が最底辺な陛下にも甘い。
 謀反むほんを起こそうと企てていた輩を宥めているし、私腹を肥やすためだけの杜撰ずさんすぎる政策にも困ったように眉を八の字にするだけ。
 これでは陛下を討って玉座に座らせるのは不可能。

 次に第二王子こと俺。
 俺は兄上みたく陛下に情なんて持ち合わせていない。
 向こうも俺のこと邪魔としか思ってないしね。
 兄上やラルフみたく人の役に立つ能力じゃないし、ラルフほど仕事も早くない。だから尚更俺の存在は邪魔なんだ。
 来年、成人である20歳の誕生日を迎えたら何かしら理由つけて国から追い出そうとしてるのも知ってるし。そんな人に情なんてあるわけないじゃん。
 だからぶっちゃけ陛下を討つのも苦じゃない。

 けど俺が陛下を討つと王位継承権が兄上をすっ飛んで俺に回ってくる。それは嫌だ。
 俺はいずれ国を出て自由に生きたい。国民は大事だけど、それ以上に自由が欲しい。だから王様なんてなりたくないんだよ。絶対に。
 という訳で俺も却下。

 最後に第三王子ことラルフ。
 ラルフは俺ら兄弟の中で一番陛下を憎んでる。
 けど武術や剣術の才能には恵まれてなくて、自分で陛下を討つのは至難の技。
 状態異常耐性がSで大抵の毒物が効かない陛下に一服持っても無駄だし。

 まぁラルフは賢いし、常に陛下を失脚させる算段を巡らせてるから、そう遠くない未来で国王になるんじゃないかな。
 それか王族のしきたりの穴を掻い潜ってどうにか兄上を玉座に着かせそうだ。

 ……そのためにエリーを利用しようとしてるのはちょっと感心しないけどねぇ。

「あんまり調子乗ってると逃げちゃうよ?」

 念のため忠告しとく。

「食糧難の改善策に助力頂いてるだけで充分ですよ」

 では、と来たとき同様綺麗にお辞儀して退室したラルフの背を見送る。

(ロイド兄様の言う旅人……食糧難改善だけでなく、あの男を失脚させるのに必要だな)

 直後聞こえてきた心の声に小さくため息をついた。

「……御愁傷様、エリー」

 ラルフの計画の一部に組み込まれたことに同情しつつ、なんだかんだ自分もその計画に加担したんだよなぁ……とほんの少し後ろめたさも内心に残った。

 いずれはこの国を出ていく。
 でもそれまでに陛下を失脚させないと、振り回されてる国民があまりにも可哀想だ。
 兄上でもラルフでもどっちでもいいから失脚させてほしい。
 きっとどちらが玉座に君臨しても今の陛下よりはずっとマシな国になるだろうから。

 そう考えながら止まっていた手を動かして書類を整理していると、またもやラルフの心の声が頭に響いた。

(……ロイド兄様があの男を討ってくれたら話は早いのに)

「…………」

 無言で書類整理を続ける。

 ごめんよ、ラルフ。
 自分勝手な兄貴で、ごめん。

 整理し終えた書類の束を机の中にしまい、椅子に深く腰かけたところで、

(うおわぁ!?なんっだこりゃ!?)

 沈痛な空気を切り裂く素っ頓狂な声が脳裏に響いた。

(へっ!?何この大蛇!見たことないんだけど!!)

(こんなのを一人で倒したとか冗談だろ?他に仲間いんじゃねぇの?)

(俺らだけじゃ運べねぇぞこれ……)

 どうやら蛇運搬要員が現場に到着したようだ。

「少しくらい感傷に浸らせてくれても……」

 不貞腐れたようにぽつりと溢してしまうが、かなりの範囲の心の声が聞こえるゆえの弊害だ。
 わりとこんなことも日常茶飯事である。
 気にするな。気にしたら負けだ。

 気持ちを切り替えて耳を澄ませる。

(兵士のオッサン達めっちゃ動揺しとるやん。まぁヒラ兵士なら高ランク魔物見たことなくてもしょうがないか。……てかあれ?もしかして昨日のBランク熊野郎もどこぞの喧嘩売ってくれたやつの仕業だったりする?うわマジか!あれは勘弁!不味いからやめて!どうせなら蛇の魔物どわーっと投入してくれ!旨い肉なら例え化け物クラスの魔物でも大歓迎だ!!)

 その通り、熊も蛇もラルフの仕業だけど……てか、ラルフの仕事増えちゃったよ……
 熊は不味い、蛇は美味、っと。心にメモしとく。

 SSランクを手放しで喜ぶなんて、やっぱエリー変人だなぁ。

(……ハッ!待てよ。わざわざフォルス帝国に戻らなくても、ここで寝泊まりしちゃえばいーじゃん!ロイド・フォルスにはちゃんと報告すれば問題ないし、依頼も後で討伐証明部位をギルドに運べばいいだけだし、蛇ちゃんの肉はたんまりあるから食いもんには困らない。おおお……!私の理想の環境が今ここに……!)

 そのときガタッと席を立つ。

 どうやら俺も仕事が増えたようだ。

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