無口な彼女は最強言霊使いだった

深園 彩月

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05. 旅人と不可解な出来事

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 フォルス帝国国境から少し先にある平原。

 ルーテル平原と呼ばれるその場所は、広大な敷地面積を誇るのが特徴だ。
 何百万という人が住むフォルス帝国の面積を軽く上回り、フォルス帝国から他国へと移動するだけで何日もかかる程だ。

 馬があればもっと早く移動できるけど、今のとこ見かけないので移動手段は徒歩だと思われる。なので必然的に移動に日数がかかってしまう。

 もしかしたら噂の愚王がなんか良からぬ政策作ったせいで馬がこの国から消えた可能性もあるけど、私はただの旅人であってフォルス帝国の国民じゃないのでそこまでは知らない。

 どんな経緯であれ移動手段が限られているのは事実。
 徒歩で他国に渡ろうとすると、一番近い国でも10日はかかる。

 足の速い者ならもっと早く着くかもしれないがそれでもかなり時間がかかることは容易に想像がつく。

 そして移動するのはこの広大なルーテル平原。
 移動中ずーっとルーテル平原が続くのだ。
 目印になりそうなものは道中いくつかあるので迷うことは少ないが、他国へ渡るまでの数日間ずっと大して代わり映えのしない平原を練り歩くのもなかなかの苦行である。

 まぁそれは一般の見解で、私個人としてはいつでも寝転がれるからウハウハなんだけどね。

 そしてルーテル平原の特徴はもうひとつある。
 ホワイトシープという、見た目はちょっと大きめの穏やかな羊に見える魔物があっちこっちに生息しているのだ。
 実際穏やかなもんだよ。もしゃもしゃ草食べてまったり日向ぼっこしてるのよく見かけるし。
 ただ人間を視界に入れると凶暴化するってだけで。
 人間になんの恨み持ってんだこいつらってレベルで突進してくるからな。

 今の私の状況はまさにそれだ。


「ヒュォォォォ!!」

 前方から突進してきたホワイトシープを難なく往なし、流れるように剣を抜き放ってそいつの胴体に突き刺す。
 するとそいつは呻き声を上げることなく倒れ伏し、入れ替わるように次の獲物が現れる。またもやホワイトシープだ。

 しかしその獲物は前方からではなく背後から奇襲を仕掛けてきた。
 振り向かない私を見て後ろを取ったと思ったのか若干速度が上がりつつある。あれじゃもう止まれない。

 残りの距離あと数メートルといったところで振り向き様に凪ぎ払う。

「ヒュイッ!?」

 悲鳴のような鳴き声と肉が斬り裂かれた音が聞こえたのとほぼ同時にその巨体の上半分が吹き飛び、綺麗な断面を残したまま絶命した。

 ホワイトシープの死骸二匹に目もくれず、他に獲物はいないかと辺りに警戒するが、どうやらこの二匹だけのようだ。他に魔物はいなかった。
 このようにちらほら魔物は出現するが、絶え間なく現れるほどの危険地帯でもないためふぅっと一息つく。あー疲れた。

 念のために言っておくが、決して魔物を倒したことによる疲労ではない。
 こいつのランクはE。初心者の冒険者でも頑張れば討伐できる、いわゆる雑魚だ。
 たかだかそんなやつを数匹討伐したくらいで疲労なんてあるわけがない。

 じゃあなんで疲れてるのかって言うと、ルーテル平原に来る少し前まで遡る。

 人でごった返しているフレイリアのギルドでギルドカードを発行して複数の依頼を受注した後、ロイド王子にギブアンドテイクで任された仕事をちゃちゃっと終わらせようとルーテル平原に向かったのだが、何故か道中ずっとロイド王子が傍を離れなかった。

 もしやきちんと職務を全うしているか監視するつもりか?と問えば、なんと王子サマ自ら私に同行して狩りに行くと言い出した。
 これには驚いたが、魔物の肉を国民に提供することに関してまず自分が先に毒味すると口にしたのもそうだが責任感が強いのだ。
 てっきり平原の魔物を私に討伐させてその肉を寄越せと言ってくるかと思いきや予想は外れたようである。

 ふむ、とひとつ納得したがそこで問題発生。

 なんとロイド・フォルスのやつ、武器を何一つ持っちゃいなかったのだ。

 普通は王族や貴族などの身分が高い人間は最低でも護身術の他、剣術は叩き込まれる。
 オーソドックスで一番扱いやすく、万が一に備えて身を守るのに打ってつけだからだ。
 そのため身分が高い人達のほとんどが剣を所持している。

 稀に剣ではなく別の武器を所持していたり、武器そのものを所持せず生活している王族貴族もいるが、それは剣術の才能が絶望的に皆無なごく一部の者だけだ。
 それ以外は基本剣を装備しているはず……だが、ロイド王子のどこを見てもそれらしきものは見当たらない。
 目を凝らして全神経を研ぎ澄ませても剣以外の武器を隠してる訳でもなく、正真正銘丸腰だった。

 当然武器も持たない王族おにもつを連れていくのは憚られ、ロイド王子から逃げるように人々を掻き分けて目的地へと向かったのだが……

 ロイド王子、追い掛ける。
 私、逃げる。
 ロイド王子、まだ追い掛ける。
 私、当然逃げる。

 突如として始まった鬼ごっこ。
 幸い人が多かったからロイド王子を撒くのにそう時間はかからなかったけど、このときがめっちゃ疲れた……

 だってロイド・フォルスのやつ、すんげぇキラッキラな笑顔浮かべながら追い掛けてくるんだもん。
 アレだよ、恋人と楽しそうに追いかけっこする大昔のドラマっていうやつのワンシーンに出てくる彼氏役の男を彷彿とさせる笑顔だよ。
 ロイド王子を慕う女なら頬染めて足を止めたりしたかもだけど、私には一種のホラーにしか見えんかった。

 このようにちょっとした攻防戦を繰り広げつつも無事一人でルーテル平原まで来れたのは本当に良かったよ。
 だってロイド王子がいたら昼寝できないもん。
 昨日に引き続き天気もいいし、ルーテル平原の地面の硬さは私好みだし、昼寝には打ってつけだ。

 どうせ仕事押し付けられるなら自分の時間も確保したいぜよ。
 ロイド王子なら邪魔しかねない。それは許せん。
 この絶妙に硬くて心地いい大自然ベッドは私のだ!

 あーでもあいつ、国民の食糧問題解決するためにわざわざ私に着いてこようとしてたんだよね。
 そう考えたらちょっと申し訳なく思えてきた。
 よし、狩ったホワイトシープは全部ロイド・フォルスに譲ってやろう。

 ついでにホワイトシープ以外の旨い魔物も献上してやるか。
 この平原にはホワイトシープとかのあんまり旨くない魔物しかいない。
 どうせなら旨いもん食わせてやりたいし、幸い手元にホワイトシープよりうんっと旨い魔物の肉はある。そんなに量はないけど。
 詫びの品には充分だろ。

 たった今討伐した二匹のホワイトシープの毛皮を剥ぎ取り、血抜きも済ませて手のひらサイズのブロック状に切り落としていく。

 ホワイトシープは体長約3メートル。
 対して私が肩から提げてるショルダーバッグの開け口は約20センチ。
 どう頑張ってもそのままでは入らない。
 というより体長約3メートルもある魔物が直径20センチしかない鞄の中に入る訳ない。
 普通ならね。

 でもこの鞄ちょっと特殊なんだよね。
 見た目は普通にそこら辺で売ってるショルダーバッグと変わらないんだけど、中身が亜空間になってるんだ。
 通常よりも収納スペースが大きい。
 昔知り合いに譲ってもらったんだよねー。
 ありがたやありがたや。

 ただ、かなりの量を収納できるのが特徴ではあるけど、無限ではない。
 知り合いが大昔のTVアニメとかいうやつに出てくるタヌキ型だかネコ型だかの青いロボットが持つ○次元ポケットを作りたい!とか言って研究しだしたのがキッカケで、これはその試作品。
 記念すべき第一号だ。

 知り合い曰く亜空間を閉じ込めることは成功したが無限の空間にはできなかった失敗作らしいが、それでもかなり収納できるからめっちゃ助かってる。

 具体的にどのくらい収納できるかっていうと、体長何十メートルもある魔物が何百匹も入るくらい。
 ははっ。マジですげー。
 国ひとつくらい丸飲みできちゃうんじゃね。

 鞄の開け口にギザギザの歯揃えてさ、開け口もっと広げたらあらまぁ鮫の口の出来上がり!
 国をパクっと食べちゃうゾ☆なんちって。
 そんなことになったら精神衛生上大変よろしくない。あと身体に毒なので大人しくペッ!しましょうね!

 切り分けたホワイトシープの肉と毛皮を鞄に詰め込んだ後周りをぐるりと見回し、見える範囲には魔物がいないことを確認してから大の字に寝転がる。

 今はちょうど日が傾く少し前。
 太陽の煌めきが微かに翳り、真昼特有の暑さは鳴りを潜めている。
 まだ夕方にはなっていないためさらさらと流れる風は涼しいというよりぬるい。
 でもその中途半端な温度が気持ちいい。
 所々に生えている雑草が身体に当たってくすぐったい。
 あー、落ち着く。やっぱこうでないとね。

 さっきの二匹も含め、フォルス帝国の周辺にいた魔物は一掃した。
 そんなに数は多くない。
 受注した討伐依頼もDランクで、ほんのちょっとフォルス帝国から離れただけですぐ討伐対象も見つかったしさっさと終わらせた。
 結構離れちゃったけど、フォルス帝国は結構大きい国だから多少の距離があっても視界に入る。
 何か異変が起きてもすぐに気付くさ。

 どうせフォルス帝国に戻ったら報酬の受け渡しとかでロイド・フォルスと嫌でも顔合わせるだろうしな……今の内に英気を養っておこう。

 頭の後ろで腕を組んで、ゆったりと流れるこの時間を楽しんでいたそのとき。

 唐突に異変が起きた。

「…………!?」

 どこからか禍々しい気配を感じて飛び起きる。

 直ぐ様臨戦態勢をとって辺りを警戒するも、平原には魔物が見当たらない。
 フォルス帝国周辺の魔物は私が狩り尽くした。低級ランクの雑魚を取り零すことなんて有り得ない。
 もし万が一取り零したのだとしたら遠距離で気付くはず。
 こんな突然近くから気配を感じるなんてことはない。

 それに……なんだ?この気配は。
 この辺にいる魔物とは明らかに格が違う。
 気配から察するに、まず間違いなくランクはS以上。
 ルーテル平原はDランク以上の魔物は存在しない。

 …………何が起こってる?

 気配は感じるのにその主は姿を現さない。
 緊張状態が続く中、更なる異変が襲った。

 目と鼻の先により一層禍々しい気配が集中したかと思えば、その空間がぐにゃりと歪んだ。
 その現象に身の毛が弥立ち、咄嗟に後方へ下がる。

 やがてその歪んだ空間から大きな何かが現れた。

 毒々しい色の鱗を光らせ、凶悪そうなボディをズルリと引き摺って歪んだ空間から抜け出したそいつ。
 辺りを見渡して混乱したように一声鳴いたがそれも一瞬のことで、血の色を宿し、狂気を孕んだ瞳で私を見下ろす。
 目の前の人間を視界に入れた途端に怪しく輝き、餌を見る目へと変わった。

 体長30メートルくらいの巨体に似つかわしい貫禄を醸し出すその魔物を見て冷や汗が流れる。

 そいつの正体は紫色の蛇の魔物。
 ミスリルよりも硬い鱗が特徴の、SSランクの猛者だ。

 おいおい、完っ全に想定外なんですけど……!

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