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第三章

特別な日 2

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ベルナルド伯爵家の庭に集まった人々は、美しく飾られた庭で、今日の主役が現れるのを待っていた。
「リュカの奥方は、庶民の出だけどすごい美人らしいな」
「しかも副団長の養女になったそうだから、侯爵令嬢だ。すごいよな」
 団員達のそんな会話を聞きながら、団長夫人であるマリアンヌが不服そうに口を尖らせる。
「わたくしも、養女に迎える準備があると申しましたのに、リュカ様に断られてしまいましたの。なにが不服だったのかしら」
「不服など、あるはずございません。ただ、わたくし達の方が、なにかと都合が良かっただけですわ。わたくしどもには子供がおりませんし、それに聞けば、アンジェレッタ嬢とミッシェル坊ちゃんは、近々婚約の予定だとか。そうなると、リリーはアンジェレッタ嬢の義姉であり義母という、難しい関係になってしまいますでしょう?」
 リリーの養母となった、ダイアンの妻のメアリになだめるようにそう言われ、マリアンヌは手にしていた扇子で、パシッと手のひらを叩いた。
「そういえば、そうね。いやだわ、わたくしったらちゃんと考えずに。ほら、リリーさんってアンジェレッタが誘拐された時、救い出してくれた恩人だから、とにかくなにかお礼がしたくて……その事ばかり考えてましたわ。失礼しました、ホップ夫人」
「とんでもないですわ、マリアンヌ様。マリアンヌ様には、素晴らしいドレスを頂いて……リリーは本当に、幸せ者です。わたくしも義母として、できるだけの事をしたつもりですが、なんせわたくし自身、これまで体の調子が悪く、社交界にはあまり出ておりませんでしたので、そのあたり、社交界の華であらせられるマリアンヌ様にご指導いただけたらありがたいですわ。どうぞこれからも、娘をよろしくお願い致します」
「ええ、ええ、それは勿論。ドレスの採寸や仮縫いの時にご一緒して、わたくし、リリーさんの事、とても気に入りましたもの。それにしても、ポップ夫人のお加減が良くなって、本当に良かったですわ」
「ええ。良い薬を手に入れる事ができまして。実はそのお薬を作っている薬師様は、リリーの知り合いの方なのです。ですからわたくし、以前からベルナルド伯爵には恩返しをしたいと思っておりまして、今回のお話は、こちらとしても有難かったんです。ねえ、あなた」
「ああ」 
 一言そう答え、ムスッとしているダイアンに、デューイは弱い酒の入った細いグラスを渡し、自分もグラスを持ち上げると、軽く合わせた。
「花嫁の父上殿、乾杯」
「……養女にして数か月だが、なかなか、感慨深いものがあるものだな。短い期間でも一緒に住んでいるうちに情が移るものだ。メアリも彼女を気に入って、もっと一緒に暮らしたいと言っていたほどだ」
「あー、確かに、そういうものかもな。……ところで薬師って、一年前のあの夜、一緒にいた女性だよな。俺、馬車にも一緒に乗っていて、長い時間一緒にいたはずなんだけど……なんだか、あんまり覚えていないんだよな……」
「そうなのか? 『疲れただろうから』と、回復薬を貰っていただろう。それも覚えてないのか? おお、噂をすれば……あの、紺色のドレスの女性だ。妻の薬の礼を言わねば。カミーユ殿!」 
 軽く手を上げ声を掛けたダイアンに軽く会釈をし、カミーユが近づいてきた。
「ホップ侯爵様、奥様、お元気そうでなによりです」
「カミーユさんのお薬のおかげですわ、ありがとうございます。あら、かわいらしい猫ちゃん。……リリーちゃんではないんですよね?」
「ええ。リリーの母猫です。リリーはずっと、行方不明だそうで」
「……あれは、とても良い猫だった。残念だ」
 渋い表情でダイアンが言う。
「わたくしも一度、リリーちゃんに会った事があるんです。とても可愛くていい子でしたわ」
「……そう……いい子だった……」
 不意に、すぐ横で料理の並べ方を指示していた男が絞り出すように言い……ハッとしたように深々と頭を下げた。
「すいません、つい……」
「いや、構わない。あなたも、猫のリリーの事が?」
「あ、はい。私、伯爵家の料理長をしておりまして。リリーは本当に可愛いし賢い猫でした。いつもわたしが作った食事をおいしそうに食べて……。急にいなくなってしまって、寂しくてしょうがないですよ。どこかで元気にしているといいのですが……」
「うむ……確かに寂しい。……カミーユ殿、もしこちらの猫ちゃんが子猫を産んだときには、是非譲っていただけないかな?」
「そのときは是非、伯爵家にも!」
「え? ええ……まあ、もしそのときは……。でも、同じ母猫から産まれたからといって、賢いとはかぎりませんよ? リリーは特別で……」
「ああ、それは別に構わない。賢くても賢くなくても関係ない。猫は、とにかく可愛いから」
「ですよね! うちの場合は、旦那様が可愛がっていたリリーの弟妹ってことになれば、飼う許可が下りやすいかと思いまして。おっと、そろそろ厨房に戻らないと! 今日は最高の料理をお出ししますので! それでは、失礼致します」
 そう言って、料理長は屋敷の方へ去って行き、
「では、わたしも失礼致します。この猫、こちらのワンちゃん達と仲がいいもので、連れてってやらないと」
 カミーユもその場を去る事にした。
「ほう、それは珍しい。我々も後で行ってみよう」
「ええ、あなた。是非!」
 そう笑顔で言う猫好きのホップ侯爵夫妻と別れて歩き出し、胸に抱いたルウにこっそり話しかける。
「……ルウ、どうする? 子猫を期待されてるが」
「素敵な雄と出会ったらね。それにしても団長さんは、あなたの事すっかり忘れているみたいね。あの時回復薬と謀って飲ませた忘却薬、よく効いたみたいね」
「屋敷に入るタイミングを指示したりした事で、何者なんだ、と言われてしまったからねぇ。今日会うのがちょっと不安だったんだが、ほっとしたよ。さあ、あそこでみんなと一緒に、二人の晴れ姿をみようじゃないか」
 手を振るキャシーとニック、そしてちぎれんばかりに尻尾を振っている二匹の犬のところへ、カミーユはゆったりと向かった。



「さあ、いよいよ本番よ。行きましょう」 
 エリナにそう言われ、リリーは緊張しながらパーティーの準備がされた庭へと出る、屋敷の正面扉へ向かった。
 そこには、先に着いたリュカが待っていて、
「……リュカ様……」
 特別に仕立てた、白い近衛騎士団の団服姿のリュカに動揺してしまう。
『うわー、かっこいいかっこいい!! やっぱり結婚式をすることにして良かった! メアリお母様、お母様の言う通りでした!』
 当初、こういった披露目の催しを行う予定はなかった。
 しかし、リュカから『やはり、同僚や親戚関係の者達くらいには、リリーを紹介した方がいいかと思うのだが……まあ、気が進まなければ無理しなくていい』と言われ、どうしたらいいかリリーは悩んでいたのだが、養母のメアリに相談すると、
「結婚式をするなら、騎士団員は普段のものとは違う、白い特別な団服を着るのよ。わたくし達の時もそうだったのだけれど……かなり素敵よ、白の団服は。あれを見る為だけにでも、やった方がいいと思うけれど……」
 と教えられ、リリーはどうしてもリュカの白い団服姿を見たくなり、承諾したのだ。
『本当に素敵! はぁぁぁぁ、素敵過ぎて直視できない!』
 見たいのと、見れないのとで混乱してしまったリリーは、真っ赤になって俯いた。
 一方リュカの方は、
『……なんて美しいんだ……やはり、結婚式を行うことにして良かった。照れて俯いている姿も、なんと愛らしい……』
 リリーが大変だろうと思い、客を呼んでの結婚式、そして披露目のパーティーをするつもりはなかった。しかしデューイに、
『団員とその家族くらいには紹介してくれよ。何かあって、どうしても他家のお茶会や夜会に出なくちゃいけなくなった時、女性の知り合いがいた方が彼女の為にもいいと思うぞ。そういやマリアンヌが、結婚式をするのなら、ドレスを贈りたいって言ってた。特別に、王室専用工房で作らせるそうだ。いくら金を積んでも、王族が依頼しなければ作ってもらえないんだから、滅多にあることじゃないぞ。最高の布で、最高の職人が、彼女の為に最高のドレスを作るんだ。そんなの着たらどれだけ美しいか……見たくないか?』
 そう言われ、どうしてもリリーの花嫁姿が見たくなったリュカは、リリーにある程度の負担をかけてしまうことは承知で、結婚式をしようと提案したのだが、
『良かった、本当に』
 そう、しみじみと思うのだった。
「……リリー、息を飲む美しさだ」
「あ、ありがとう、ございます。でもわたしより、リュカ様の方が……なんかもう、キラキラ輝いているみたいで……素敵です!」
「いや、リリーの方が輝いている。本当に美しい」
「いえ、わたしなんて、ドレスと宝石のおかげで……」
「さあさ、お二人とも! 褒め合うのはそのくらいにして下さい。お客様がお待ちですよ」
 にこにこしながらエリナが言い、二人は赤くなりながら正面を向いた。
「リリー」
「はい」
 脇をあけ、組みやすいように出されたリュカの腕に、リリーは自分の腕を絡めた。
 大きな両開きの扉が、ゆっくりと開かれ、日の光が差し込む。
「父上、母上、おめでとうございます!」
 扉のすぐ横に立っていたミッシェルが、ペコリと頭を下げた。
「ミッシェル様、母上って……」
「エヘヘ。もう、母上って呼んでいいんですよね? 父上」
「そうだな」
 にっこりと微笑むリュカに、感動して思わず涙目になってしまうリリー。
「お義父様、お義母様、おめでとうございます。お義母様、とってもお美しいです!」
 ミッシェルの横にアンジェレッタが並び、目をキラキラさせて言う。
「すごく素敵です! 二人が並んでいると、もう、完璧です! とってもお似合いです!」
「ありがとうございます、アンジェレッタ様。ミッシェル様とアンジェッタ様も、とってもお似合いですよ。小さな花婿さんと花嫁さんみたいです」
 そう言われ、嬉しそうにしているアンジェレッタに、ミッシェルは白い花びらが入った籠を渡した。
「さあアンジェ、僕たち、お花をまかなきゃ!」
「はい! ミッシェルくん!」
 二人が、花びらを巻きながら先を行き、その後を、盛大な拍手に迎えられ、リュカとリリーが進む。



 特別な、幸せな日。

 その日はとてもとても、素晴らしい日だった。
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