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第二章

黒猫リリーの日常 3

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『追いかけっこしよう! 虫取りでもいいよ!』
 ものすごく元気なチェイス。
 彼は、狩りのお供に適した犬種らしい。『昔とは比べものにならないくらい賢くなったから、今度旦那様の狩りに連れて行きたい。』ってニックが言っていた。
 外に出ると、ミッシェル君がニックと剣の稽古をしていた。
 それを見ながら、三匹で追いかけっこをしたり、虫を捕まえてみたり。チェイスは木に止まっている鳥まで狙っていたけど、全然無理だった。
 まあ、実はわたしも、鳥を見たら体がうずうずしてたんだけどね。こういうのも猫の本能なのかもしれない。
 それから……。

 こうして外に出た時は、ついつい探してしまうものがある。
 それは、わたしの恩人であるカミーユさんと、黒猫のルウお母さんの姿。

 一年前、馬に蹴られて死んだわたしを、猫として生き返らせてくれたカミーユさん。
 猫として生活するうえで、大切な事を教えてくれたルウお母さん。
 この屋敷に来たあの日以来、会っていない。
 本当は『翌日また来るから、無理だったら戻って来なさい』と言ってもらっていたから、『大丈夫です。安心して下さい』と伝えに行きたかったんだけど、前日のゴタゴタの後、二、三日、記憶が曖昧になってしまって会えなかったんだよね。
 できるなら、この、立派な猫として成長した姿を見てほしい。
 そして、できれば褒めてほしい。
 まあ、あちらの方はわかってくれていると思うけど。
 少し前、チェイスに大量のノミが発生するという事件が起きたとき、すぐに『ノミを殺す石鹸』と『ノミ避けリボン』を、偶然近くに来ていた薬屋さんから購入できた、という事があった。
 あれは間違いなく、カミーユさんが来てくれたんだと思う。わたしの事、どこからか見てくれているんだ。
 事前にカミーユさんからノミ避けリボンをもらってたわたしは、スピカお姉さまにノミが来ないようにピッタリくっついて耐えていていたんだけど、本当にあれはありがたかった。
 ……ノミは怖い。
 ホントに。
 あれからチェイスは、お風呂を嫌がらなくなったもんね。

 さて、走り疲れたらお昼寝して、厨房におやつをもらいに行って、屋敷内にネズミが入り込んでいないか見回って、お昼寝して。
 夕食を食べて、三匹でじゃれ合っているうちに夜。
 あっという間に一日が終わる。
『それじゃあわたし、今日はリュカ様のお部屋で眠りますね』
『えーっ、リリー一緒に寝ないの? ミッシェル、さま、が寂しがるよ?』
 様を付け忘れかけたチェイスが、どうにかごまかしながら言う。
『いいの! ではスピカお姉さま、また明日。チェイスもおやすみなさい』
『ええ、おやすみなさい』
『おやすみー。ねえスピカおばちゃん、狩りごっこする?』
『しません。さっさと寝なさい』
 そんな会話をしている二匹と別れたわたしは、このベルナルド家の当主、リュカ様の部屋の前に行った。
 扉の前でニャーニャー鳴いていると、
「どうした? 今日はここで寝るのか?」
 扉が開き、リュカ様が顔を出した。
 時々こうやって来ているので、すんなり中に入れてくれる。
 いつもは一つに束ねている金色の長い髪を下して、夜着姿のリュカ様。
 綺麗で冷静なリュカ様は、メイドさん達から『素敵だけど近寄りがたい』『素敵だけど怖い』と言われているけど、わたしをいつも可愛がってくれる優しいご主人様だ。
「私はもう少し仕事があるからね、先に眠っていなさい」
 抱き上げて、大きなベッドに乗せてくれる。
 じゃあ、お言葉に甘えてお先しまーす。
 こうしてわたしの一日は終わるのだ。



 ……苦しい。
 首を絞められている。
 息ができない。

 ハッとして、目を開けた。
 なに?
 今なんか、すごく苦しかったような気がする。
 辺りを見回してみたけれど、何も変わった事はないみたい。
 部屋は薄暗く、蝋燭の小さな明かりだけ。
 何だったのかな、と思いつつ体の向きを変えたら、大きく目を見開き、上半身を起こしてわたしを見下ろしているリュカ様と目があった。 
 やだ、リュカ様が起きちゃうくらいうるさくしちゃったのかな。大人しく眠ろーっと。
 そうして再び目を閉じたんだけど……視線を感じる。
 目を開けると、まだリュカ様が見ている。
 ん~、起こしてごめんなさい。もう静かにします。
 いつものように、リュカ様にくっついて眠ろうとすり寄ったんだけど、
「っ!」
 後ずさるように、避けられてしまった。
 え? なに? 
 何かおかしい、そう思った時、
「誰だ……?」
 鋭いリュカ様の声に、空気が凍りつく。
 え? 誰かいるの? やだ、やっぱりわたし、首を絞められてたの?
 ブワッと鳥肌が立つのを感じながら後ろを振り返った。
 薄暗くても、わたしの目ならしっかり見えるはずなのに……誰の姿も見えない。
 やだ、怖いっ! リュカ様っ!
 泣きそうになりながらリュカ様にくっつこうとすると、
「寄るな!」
 鋭い声と共に、鼻先に剣を突き付けられた。そう、わたしの鼻先に!
「どこから入った。何者だ」
 え? なに? 
「正直に言え。人を呼ぶぞ。……もしかして、エヴァンのところから来たメイドか?」
「え? 誰それ……って、えっ?」
 わたし、今言葉を話した?
 思わず両手を口に持っていって、ギョッとした。
 毛が、フワフワの毛が無い。
「う、うそ、わたし……」
 恐る恐る見ると、手! 指が長い! 腕が、足が、髪が、猫じゃない! 人間! そして真っ裸!!
「ひゃーっ!」
 思わず悲鳴を上げて、ベッドから転がり落ちてしまった。

 た、大変です、カミーユさん、お母さん。 
 わたし、人間になってます!! 
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