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第二章

25 ヴァレンタイン家、再び

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 ヴァレンタイン家を訪問してからひと月近く経ったある日。

「……何か、御用でしょうか」

 宿舎に尋ねて来たワイアット・ヴァレンタインを前に、ウィリアムは無感情に尋ねた。

「休みの日に、すまないね。君をもう一度ヴァレンタイン家に招待するよう、母と兄から言われて迎えに来たのだよ」
「えーと……申し訳ございませんが……イーサン様とは別れたんです」

 気まずく思いながら言ったが 「ああ、聞いたよ」とあっさりと返される。

「早すぎだろう。何を考えているんだ、君たちは」
「……申し訳ございません。あの、ですから、もうヴァレンタイン家の皆様に会う必要は……」
「君にはなくとも、こちらはあるのだよ。さあ、一緒に来てもらおう」
「え、あ、いや」
「さあさあ、早くしてくれ」
「いや、あの」
「もちろん、休日の大切な時間を割かせるんだ、謝礼はきちんと用意しよう」
「……いえ、それは必要ありませんので。本当に」

 逃げられないと悟り、ウィリアムは大人しくワイアットと共にヴァレンタイン家へと向かった。




「まったく、なんだったのかしらね。あれだけ愛している愛していると言っておいて、簡単に別れてしまうだなんて」
「……申し訳、ございません……」

 薔薇の貴婦人の棘に傷つきながら、ウィリアムは頭を下げた。

「まあでも、その原因の一端を担ってしまったのは事実だし、貴方の気持ちがわかるのはこのヴァレンタイン家ではわたくしだけでしょうから、話してみようと思ってお呼びしたの」
「私の、気持ち……」
「ええ。さあ、座って。あなた達も座りなさい」

 二人の息子もテーブルにつき、なんとも気まずい茶会が始まる。

「気持ちのわからない者が同席するのもなんだが、我々はイーサンに頼まれたからな」
「頼まれた?」

 オーウェンの言葉に首を傾げて聞き返す。

「一体何を……」
「自分がいなくなった後、君が安全に暮らせるようにして欲しいとな」
「イーサン様が、そんな事を?」
「そう。これまで私達に頼る事なく、家に帰って来ることもなかったイーサンが前回、自分がいなくなった後ヴァレンタイン家当主として、君の後見人になって欲しいと頼んできた。そして数日前、君と別れる事になってしまったが、後見人の話はそのまま受けて欲しいとな」
「……そんな……」

 キュッと唇を噛みしめるウィリアムに、アマンダが声をかける。

「ウィリアムさん、貴方、イーサンが亡くなったらその後を追おうと思っていたのでしょう? それをイーサンに教えたのは、わたくしです」
「アマンダ様が……」
「まぁあの子も、少しは何かを感じていたかもしれないけれど、貴方と一緒にいたくて深く考えないようにしていたのでしょうね。だって、自分と運命を……命さえも共にしようとしているとわかってしまったら、離れるしかないのだから」
「……アマンダ様はあの短い時間で、私の考えを感じ取ったのですか?」
「ええ。昔はわたくしも、そう思った事があったから」
「アマンダ様も……」

 驚き目を見開いたウィリアムに、アマンダは苦笑した。

「旦那様から、体質のせいであまり長くは生きられないだろうと聞かされたとき、わたくしも同じように思ったけれど、子供達が生まれてからはそんな事は思わなくなったわ。それにヴァレンタイン家の女主人となり、領地の運営にも携わっているうちに、それらを放置するなんてできないと思ったし。旦那様は『そうなると思っていた』と満足そうだったけれど」
「そう、ですか……」
「でも貴方は子を持つ事はないから、引き留めるものが無いと心配になったの。それで、黙っているわけにはいかないとイーサンに忠告したわけ」
「そうでしたか……」
「これまで、あの子に何かを頼まれるなんて事はなかったから、わたくし達は今後も、イーサンと別れようがどうしようが、ウィリアムさんには係わっていきますから」
「母上の言う通りだ。ヴァレンタイン家当主として、私は君の後見人になる」
「そこに私の意思は……」
「これは決定事項だ。我々はイーサンの意思を尊重する」
「そうですか……」

 複雑な表情をしているウィリアムに、アマンダは「仕方のない事なのよ」と言った。

「イーサンは子供達の中で、一番旦那様に似ているの」
「そう、私がたまたま見つけて、すぐに父上の血を引いているとわかったほどにな」

 ワイアットも頷く。

「父上の幼少期の肖像画とそっくりだったんだ」
「我々は皆、母上似の赤毛で、イーサンだけが黒髪なんだよ。そしてイーサンだけが、父上と同じく剣術が得意で、体質まで似てしまった」
「これはヴァレンタイン家の祝福であり、呪いなのよ。黒髪の子供は、驚異的な身体能力と魔獣の毒を体内にため込む体質だという、ね」
「私は最初から文官の道を進んだし、ワイアットは父上と同じ第三騎士団に所属はしたが、短期間だったな」
「いくら訓練してもたいして上達しなかったですから。頭を使う方が合っていましたし」
「自分の体質の事はわかっているくせに、責任感から危険な任務を続けてしまうのも旦那様と同じ。……わたくし達、イーサンには弱いのよ」
「……はぁ……」

(……そういえば、貴族の暮らしに馴染めなくてさっさと騎士学校に入ったと言っていたし、苦手だけど悪い人達ではないと言っていたな……)

「何度も家出をするものだから、希望を受け入れて早めに騎士学校に入れたけれど」
「たまには帰ってこいと言っても、全然顔を見せてくれないし」
「第三騎士団は危険だから、第一や近衛への移動を打診されたのなら受けろと言っても断るし」
「そんなだから、わたくし達が言っても無視される事を、あの子の恋人から言ってもらえたらと思っていたのに……」
「すみません、役立たずで……」

 ペコリと頭を下げるウィリアムに、アマンダは苦笑しながら首を横に振った。

「そもそも、自分が言えない事を言わせようとしていたのが間違い。貴方は悪くないわ。ただ……二人のことだからと黙って諦める事もできなくてね」
「あのイーサンが、すぐにではないと言いつつも結婚を望んだんだ。よっぽど好きなのだろう。別れたのに、後見人になってほしいと頭を下げに来たしな」
「どうにか、ヨリを戻してもらえないだろうか」
「もうあれこれ言わないから、どうか……あの子を、見捨てないでやってくれないかしら」
「見捨てるって……そんなつもりでは……ただ……一人残された後なんて、もう、全然、考えられなくて……」
「……わたくし達がいます」

 俯くウィリアムに、アマンダが言った。

「わたくし達はイーサンに紹介された時から、貴方の事を家族だと思っています。あまり多くはないけれども、あの子が小さい頃の話を聞かせてあげましょう」
「少しだけだが、騎士学校時代の事とか」
「あまりないが、一応第三騎士団に入ってからの事も、報告書で把握している事を聞かせてやれるぞ」
「……では私は、私が第三騎士団に所属してから見てきたイーサン様の事を、お話しすればいいですね」
「そうね、是非」

 四人は顔を見合わせて少し笑った。





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