「スピンオフなんて必要ないですけど!?」スピンオフ スピンオフは必要です! ~黒狼団長は金の狐を放っておけない~

カナリア55

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第二章

21 ヴァレンタイン家の話

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 イーサンの父、ケイレヴ・ヴァレンタインは、第三騎士団に所属する騎士だった。
 魔獣の毒を体外に排出出来ないという厄介な体質ではあったが、剣の腕は確かで、実践からは一歩引きつつも、かつて剣術の指導をした第三騎士団の団長に請われ、副団長という役に就き、団員達のまとめ役のような事をしていた。
 まあ、そうは言ってもそろそろ引退を、と考えていた30代後半の遠征で、催淫スライムの毒に侵された。
 彼の体質で淫魔スライムの毒はかなり辛いものだったが、事情を知っている治療師が手配した娼婦のおかげで、症状を緩和でき、事なきを得た。
 その娼婦には礼として大金が支払われ、その金のおかげ自由の身となったが、のちに子供が出来ていることが判明した。

「一瞬迷ったけど、どうせ天涯孤独の身だし子供がいた方が寂しくなくていいなって思ったのよ。もらったお金もあったから、あまり苦労せずにここまでこれたわ」

 そう言って笑っていた母親が流行り病で亡くなったのは、イーサンが7歳の時だった。
 昔母親が働いていた縁でイーサンは娼館に身を寄せ、何も不自由はなく、とはいかなかったが、どうにか暮らしていた。
 ある日、父ケイレヴと同じ第三騎士団に入ったヴァレンタイン家の次男ワイアットが、遠征先の花街で父の幼少期とそっくりな少年を見つけた。それがイーサン、9歳の時の出来事。

「別に、ここに置いといてもいいですよ。小間使いとしてけっこう使えるようになってきましたから」

 娼館主はそう言ったが、ワイアットの、「弟を放っておけない!」という強い希望で、すぐさまヴァレンタイン家に引き取られた。
 
「俺が引き取られた時、父親はとうに亡くなっていてな。夫人と二人の兄、そして三人の姉達は良くしてくれたが、なんせずっと下町で、しかも途中からは娼館で暮らしてたから、貴族の暮らしなんて窮屈だし馴染めなくてな。さっさと騎士学校に入って、ヴァレンタイン家とはあまり接点を持たないようにしてきたんだ。これから行く、長兄の屋敷に行くのも今回が二度目だ」
「そうですか……」

 馬車に揺られながら、面倒くさいのか、緊張しているのか、嫌がっているのか、よくわからないが渋い表情をしているイーサンを見ながら、こちらはとにかく緊張しているウィリアムが相槌をうつ。

「夫人は伯爵家の出で、いかにも貴族って感じだ。悪い人ではないが……苦手な部類の人だな」
「そうですか……」
「長兄のオーウェンは城で行政官をしている頭の切れる人で……苦手だな」
「そうですか……」
「次兄のワイアットはこの間会ったあの人だ。少しの間だけ第三騎士団に所属してたそうだが、今は実務官で、人事に携わっている。……やっぱり苦手だな」
「…………」

 もうこれは、とにかく耐えるしかないな、とウィリアムはそっとため息をついた。

「ちなみに姉達はみな結婚して家を出ている。今日は来れないらしいから、良かった。……悪い人達ではないが、とにかく構いたがるんだよ。まあ、あの時は俺が子供だったからかもしれないが」
「そうですか……」

 そんな話をしている間に、王都にあるヴァレンタイン男爵家のタウンハウスに到着する。

「大きなお屋敷ですね」
「……だな」

 馬車を降りると、執事を筆頭に、沢山の使用人達に出迎えられる。

「イーサン様、ウィリアム・リヨン様、お待ちしておりました」
「ああ。……母上と兄上達は?」
「お揃いでございます。中庭にお茶の用意が整っておりますので、ご案内致します」
「いや、一度滞在する部屋に行きたいんだが」
「申し訳ございません。御着きになりましたら、すぐに中庭にご案内するようにと申し付かっております」
「はぁ、しかたがない。悪いな、ウィリアム」
「いえ」

 文句を言えるはずもなくウィリアムは頷き、二人は執事に案内されて中庭へと移動した。



「こちらでございます」
 
 案内された中庭は、花盛りだった。
 そよ風に揺れてサワサワと音を立てる樹木、黄色や青や紫等の色とりどりの花咲いていたが、一番多いのは赤いバラだった。鮮やかだったり深みがあったり、色々な赤色の大小さまざまなバラが咲き誇り、甘い香りが漂ってくる。
 その庭の中心に東屋があり、赤い髪の女性と男性二人が白いテーブルに着きこちらを見ていた。

「母上と兄達だ」

 イーサンの言葉に小さく頷き、ウィリアムは三人に向かって深く頭を下げた。

「さあ、行こう」

 イーサンの後ろで、緊張しながら歩を進める。

「お久しぶりです、母上」
「よく来てくれたわね、イーサン」

 赤い髪を結い上げた、少し神経質そうな細身の女性が優雅に微笑む。

「貴方がウィリアム・リヨンさんね。今日は時間を作ってくれてありがとう」
「とんでもない事でございます」

 深く頭を下げるウィリアムに、夫人は席を勧めた。

「今日は家族だけの集まりです。気楽にして頂戴」
「そうさせてもらいます。マナーにはあまり詳しくないもので」

 イーサンがすかさずそう返答したので、ウィリアムは少しだけホッとした





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