「スピンオフなんて必要ないですけど!?」スピンオフ スピンオフは必要です! ~黒狼団長は金の狐を放っておけない~

カナリア55

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第二章

20 条件

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 結論から言って、グレイソン・リールーの第三騎士団治療長の辞令は取り消された。
 グレイソン・リールーは、治療師学校で指導していた子供達を虐待し、性的行為を強要し、権力者に対して斡旋をしていた事が調査によって明らかになり、刑を受ける事になった。

「全く……罪を犯しているくせに、イーサンに脅されたなどと訴えてきたからな、あの男は。ヴァレンタイン家に喧嘩を売るなど、正気の沙汰とは思えない。イーサン、お前もそう思うだろう?」
「そう、ですね……」
「なんだ、気の無い返事だな。あの屑が断罪されたんだ、もっと喜べ」
「あー、はぁ……」

 目の前に座る四十前後の男性に対し、歯切れ悪く返事をするイーサン。

(……こんな感じ、珍しいな……)

 そう思いながら顔を見る。
 ワイアット・ヴァレンタイン。ヴァレンタイン家の次男、つまり、イーサンの兄だ。

(瞳は黒だが髪は赤い。顔もあまり似ていないな)

 母親が違うという事は聞いていたので、だからかな、と思う。

「調べたら出てくる出てくる。虐待、暴行、斡旋、脱税……その関係で数名、失脚した貴族もいるが……まあ、全員ではないだろうな」
「しかし思った以上に真実が明らかにされて、感謝しています」
「いや、こちらとしても、長年問題になっていたがそのまま放置されていた闇をある程度暴く事が出来て良かった。すまないね、ウィリアム治療師。我々の調査不足のせいで、君は長い間不当な罪を着せられ辛い思いをしてきた。謝罪する」
「いえ、そんな……」

 もごもごと言い、頭を下げる。

「しかしイーサン、お前がこちらのウィリアム治療師と恋仲だとは驚いたよ。なぜ紹介してくれなかったのだ?」
「え……いや……付き合い出したのが結構最近ですし……付き合っているのがバレたら、同じ第三騎士団にはいられないと思ったので」
「まあ、それは確かに。なんせお前が言い出した事だからな。ウィリアム治療師が団員と付き合ったら移動させると」
「あの時は色々と……嘘の情報を信じてしまって……というか、第三だけの話だったはずなのに、他所でも取り入れられてしまって困惑しているんですよ。ちなみに第三ではそういう移動は一度もありませんよ?」
「第三は男ばかりだから少ないのだろう。それに、うまく隠しているのでは? 団結力があるからな」
「さあ……どうでなんですかね……」

 目の前で繰り広げられている兄弟の会話に入る事はできず、というか、自分は退出したいと思いつつ、ウィリアムは俯いた。

「……まあ今回は、どちらも第三騎士団には必要だという事で、移動は無しだ。ただし、関係は秘密にしておくように。それとイーサン、彼を連れて兄さんの屋敷に出向いてもらうぞ」
「はっ? なんでですか!」
「家族には紹介しろ。今後もこっそり付き合っていくつもりか?」
「そ、れは……」
「なんだ、単なるお遊びか。これまで誰とも交際した事のないお前が交際するくらいなのだから、将来の事を考えているのかと思ったが……そうかそうか、単なる遊びで、性欲を満たす為だけの付き合いだと。それなら別に」
「そんなわけないでしょう! 今は秘密にしていますが、ゆくゆくは結婚をと考えて」
「ならば!」

 強い口調でイーサンの言葉を遮り、ワイアットはにっこりと微笑んだ。

「それならば、家族に紹介するのは当たり前の事だよな? 安心しろ、ヴァレンタイン領まで赴けとは言わない。母上にこの事を報告したところ、王都に出て来て下さるそうだ。もう出発しているから、五日後、兄さんの屋敷で会食だ」
「そっ……五日後って、そんな急に言われても」
「お前達二人の休みを調べて組んだ予定だ。逃げるなよ」
「くっ……」
「移動させられないのを考えれば、良い取引だと思うが?」
「くーっ……はぁ……ウィリアム、いいか?」
「えっ? あっ、え……は、い……」

 嫌だが、嫌とは言えない雰囲気に、渋々了承したが、

「ああそうだ、君にはもう一つ、了承してもらいたい事がある」
「?」
「ウィリアム治療師、君には第三騎士団の治療師長に就任してもらう事になったから」
「えっ?」

 全く想像もしていなかった事に驚く。

「私が、治療師長ですか?」
「そう。ほら、今回予定していた者が駄目になっただろう? それで他をあたってみたが、適任がいなくてね」
「ですが、私はまだ若輩者で……過去に問題も起こしておりますし」
「若くとも、能力ちからがあれば問題ない。それに、過去の事についてはこちらの方がきちんと調査をしなかったのが問題だ。それに対しての謝罪も込めての人事となっている」
「いえ私は、過去の事については何も……むしろ治療師長などという地位には就きたくない」
「では、宮廷治療師の方がいいか?」
「えっ? いえ、それは……」
「第三の治療師長か、宮廷治療師か、あとは城仕えを辞めるか……どれを選択してもいい」
「兄上! それはどれもウィリアムにとっていい話じゃないでしょう! 過去の謝罪をするというのならもっと本人にとって良い事を」
「イーサン」

 ワイアットは口元を歪め、苦々しい笑顔を作った。

「上層部の考える謝罪、褒美が、我々の益とは限らない事なんて、常識だろう?」
「ウッ……」
「これでも、どうにか第三の治療師長という選択をねじ込んだ弟思いの私に、感謝して欲しいものだよ」
「……どうにも、ならないのですか?」
「ならないねぇ」

 その言葉を聞き、イーサンは困り果てた顔でウィリアムを見て、ウィリアムはそんなイーサンを見て覚悟を決めた。

「第三騎士団医療師長の役目、謹んでお受け致します」
「そうか! 良かった。では五日後、楽しみにしているよ」

 にっこりと微笑むワイアットに挨拶をし、二人はヨロヨロと部屋を後にした。




 
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