「スピンオフなんて必要ないですけど!?」スピンオフ スピンオフは必要です! ~黒狼団長は金の狐を放っておけない~

カナリア55

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第一章

11 二度目の夜

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 小さいが使い勝手の良い風呂に入り、隅々まで洗う。

(……まさか、承諾するとは……)

 嘘です、と言えば良かったかもしれない。

『私が言いふらすと思っているのかと、ちょっと頭にきたからワザと言ったんですよ』
『冗談ですよ。すみません、からかって』
『止めときましょう。嘘ですから』

 断る言葉を考える一方で『こんな機会、もう二度とないのだから』と思う自分もいる。

(冗談じゃない、嘘じゃない。本当にイーサン様と……)

 これまで何度も、そういう行為はしてきた。
 いつも嫌で嫌で、回避したいと思っていたし、早く済めばいいと我慢していた。
 しかし今は、断らなければと思いつつも、抱かれる準備をしてしまっている。

(……どうしよう……どうしようどうしようどうしよう)

「ウィリアム」
「は、はいっ!」

 声をかけられ、慌てて返事をする。

「タオルとガウンを置いておくから」
「は、い……ありがとう、ございます」

 心が定まらないまま風呂を出て、自分には大きなガウンを羽織って部屋に戻ると、イーサンが引き続き酒を飲んでいた。もっとも、ワインではなく酒精の強い琥珀色のものに変わっていたが。

「俺も風呂に入って行くから、先に上がっててくれ。明かりを点けてドアを開けてる部屋だから」
「わかり、ました」

 考えていた断りの文句は言えず、二階へと上がる。
 二階には四部屋あるようで、そのうちの一つの扉が開き、明かりが見えている。
 中に入ると、大きめのベッドが二つとその間に小さなサイドテーブルあるだけで、いかにも飲みに来た団員達が寝るだけの部屋という感じだった。

「……どうしよう、本当に……」

 サイドテーブルには果実酒と小さなグラスが置かれてある。さっき弱い酒がいいと言ったウィリアムの為に用意されたものだろう。
 ベッドに腰かけ果実酒を飲んでみると、爽やかな甘みが口に広がった。

(美味しい。でも今は、思いっきり強い酒を飲んで意識を飛ばしたい気分なんだけど……)

 大して酔う事もできず、どうするかも決められないうちにイーサンがやってきてドアを閉めた。
 そもそもこの建物にいるのは二人だけなのだが、狭い空間で扉を閉められると緊張が高まる。

「待たせたな」
「いえ……」

 隣りに腰かけたイーサンの髪の先から、雫がポタリとベッドに落ちる。

「髪、もっとちゃんと拭かないと」
「ん? ああ、すまん」

 肩に掛けていたタオルでガシガシと乱暴に頭を拭くイーサンに苦笑し、ウィリアムは「ちょっと貸して下さい」とタオルを取って優しく拭いた。

「もう少し、優しくしないと痛みます」
「短いから大丈夫だ」
「短くてもですよ。さあ」

 拭いた後は指で髪を漉き梳かし、顔が良く見えるように横に流した。

「お前は、長くて大変そうだな」
「ええ。ですが、魔力を使う者は大抵、長くしているんですよ。髪には魔力が宿ると言われているので」
「そうか……」

 風呂の時には濡れないようにと縛っていたサラサラの髪を、イーサンが撫でた。

「だから、いつも綺麗なんだな」
「え、あ……」

 ウィリアムが赤くなり口ごもっていると、イーサンがさっさと羽織っていたガウンを脱いで床に落とした。

「えっ、あっ、団長!」
「ん? あっ、早すぎたか? 少し、話とかしてからの方が?」
「あ、いえ、その……」

『冗談です』『嘘です』『止めときましょう』

 そんな言葉が出かかったが、声にする事はなく、ウィリアムはイーサンの大きな手に自分の手を重ねた。

「……すぐ、でいいです……」
「そうか」

 唇を重ねられ、ガウンの紐を解かれてスルリと肩から落とされる。

(……前は、口づけはしなかった、たぶん……)

 嬉しいけれど、泣きたいほど哀しいのはなぜか。

「えーと……準備が、必要なんだよな?」
「さっき風呂で準備してきましたから大丈夫です」
「え? あ……ええ?」
「こういう事は、慣れておりますので」

 イーサンが戸惑っているようなのでついそう答えてしまい、増々哀しくなる。

(ああ、なんでこういう事を言ってしまうんだ……いや、今更取り繕ってもしょうがない。事実なんだから……)

「それより、暗くした方がいいですよね。見えない方がいいでしょうから」
「いや、このままでいい」
「……そうですか? 団長がいいのなら、それでいいですけど……」

 明かりを消そうとせず、そのまま口づけを続けるイーサンに従うが、『ちゃんとその気になるんだろうか』という不安がよぎる。

(まあ、その時はその時か。直接触って刺激を与えてどうにかしよう。……うん、開き直ったら楽になってきた)

 これが最後。
 この夜のせいで、今後避けられるようになるかもしれない。第三騎士団からの移動だって考えられる。

(……もう、なんだっていいや。この望みが叶うのなら、この後の事を考えるよりこの一回を楽しもう。一つ残らず、全て覚えていよう……)

 イーサンの肩に古い傷跡を見つけて唇を寄せ、ウィリアムはそこを強く吸った。 




 
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