「スピンオフなんて必要ないですけど!?」スピンオフ スピンオフは必要です! ~黒狼団長は金の狐を放っておけない~

カナリア55

文字の大きさ
上 下
8 / 33
第一章

8 謝罪と感謝

しおりを挟む
 コンコンコン

 ノックの音に、ウィリアムは目を覚ました。

(……何時だ?)

 カーテンの隙間から明るい光が見える。
 
「ユージーン・フィンレイです」
「ああ……」

 隣りでスウスウ寝息を立てているイーサンを起こさないように気を付けながらベッドを降り、床からグシャグシャになった衣類を拾い、急いで身に付けた。

「……おはよう。悪いね、待たせちゃって」
「いえ。早い時間にすみません。皆さんが起き出す前に、と思って」
「今何時?」
「5時です」
「そう……ありがとう」

 しっかりした子だな、と思いながら扉から離れると、ユージーンはスルリと部屋の中に入ってきた。

清潔クリーン

 入ってすぐに部屋全体を清浄にし、ウィリアム、そしてイーサンにもそれぞれ清潔クリーンをかける。

「本当にいいね、その魔法」

 感心するウィリアムにコクリと頷いてから、ユージーンはローブの下から2本のポーションを取り出した。

「医療師長様からです。昨晩、施錠ロックをかけて自室に向かおうとした時、医療師長様に会って……ウィリアムさんを探していたので、団長の体調が悪いようで治療中と伝えてしまいました。そうしたら、このポーションを渡されて……すみません、勝手に話してしまいました」
「いや、良かったよ。医療師長は団長の事、わかっているはずだから」

 ポーションを受け取り、一本はベッド脇のテーブルに、そして一本はグイッと飲み干す。

(……良かった、復活できた……)

 全身の痛みが緩和され、ホッとする。イーサンも目が覚めたら気づいて飲むだろう。

「では、私はこれで失礼します」
「ああ、本当に助かったよ、ありがとう」

 ユージーンには「この事は他言無用」と言わなくても大丈夫だろうと思いながら、ウィリアムは礼を言った。

「さて、と……」

 自分も皆が起き出す前に、自室に戻った方がいいだろう。
 イーサンの寝息は穏やかで、大丈夫そうだ。

「……清潔クリーンかけてもらったし、夢だと思うかな……裸ではあるけれど」

 クシャクシャの黒髪を撫で、いつもより幼く見える顔を見てから、ウィリアムはそっと部屋を出た。





「ウィリアム、今いいか?」

 王都に戻って数日、何事もなかったように過ごしていたウィリアムの元にイーサンがやってきた。

「…………」

(良くないと言っていい? いや、そもそも別の件かもしれないし……)

「はい、大丈夫ですよ?」

 少し間を置いてニッコリ微笑み答えると、「じゃあ、ちょっと団長室に来てくれ。治療師長、ウィリアム借りてくぞ」と、治療室から連れ出された。



「遅くなったが……助かった。感謝する」
「ん~、はい、まあ、気にしないで下さい」

 団長室。向かい合って座っているイーサンにガバリと頭を下げられ、ウィリアムは曖昧な笑顔で答えた。

「俺の体質の事は医療師長にしか言ってなくて、そのせいでお前に迷惑をかけてしまった」
「いえ、本当に気にしないで下さい。あの後、医療師長から聞きました。魔獣の毒に弱いというのは第三騎士団の団長としては不都合ですから。団員達の士気にも係わるので、秘密にするのは当然です」
「……すまない」
「いえ、本当に……かえって不快な思いをさせてしまったかと」
「いや! それは……そんな事は……」

 困ったように目を逸らすイーサンに、ウィリアムは少し傷つきながらも、無理に笑顔をつくった。

「では、もうこの話は終わりという事で」
「そうはいかない! せめて何か、礼をさせてくれ」
「いえ、そういうのは結構ですので」
「頼む! 何か……」
「んん……」

(本当に何も要らないんだけど……いや、言った方が団長は安心できるのか)

 確かに今回の事が公に知られるところとなれば、色々と都合が悪いだろう。毒を溜め込む体質も、散々問題を起こしてきた自分と、治療のためとはいえ行為に及んだことも。

(……腹が、立つな……)

 信用されていないのか。それとも恥ずかしいと思っての事なのか。

「……そう、ですね……そこまで言うのでしたら……」

 腕を胸の前で組んで片方の手を口元に持って行き、親指の先を少し噛んで考えて……

「団長の屋敷に、招待してもらおうかな」
「俺の?」

 驚いたように声を上げるイーサンに、ウィリアムは笑いながら言った。

「ええ。騎士の方々が、招待されて一緒に酒を飲んだと話しているのを聞いて、羨ましく思っていたんですよ」
「そんな事?」
「ええ。無理ならいいですが」
「いや! 無理ではない、もちろんいいぞ。ウィリアムの次の休みはいつだ? 俺もそれに合わせるから」
「三日後ですが」
「そうか。じゃあ、三日後に」
「はい。ありがとうございます」

 そう笑顔で頭を下げ、ウィリアムは部屋を出た。

「……断っても、良かったのに……」

 複雑な気持ちで、ウィリアムは仕事に戻った。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

春を拒む【完結】

璃々丸
BL
 日本有数の財閥三男でΩの北條院環(ほうじょういん たまき)の目の前には見るからに可憐で儚げなΩの女子大生、桜雛子(さくら ひなこ)が座っていた。 「ケイト君を解放してあげてください!」  大きなおめめをうるうるさせながらそう訴えかけてきた。  ケイト君────諏訪恵都(すわ けいと)は環の婚約者であるαだった。  環とはひとまわり歳の差がある。この女はそんな環の負い目を突いてきたつもりだろうが、『こちとらお前等より人生経験それなりに積んどんねん────!』  そう簡単に譲って堪るか、と大人げない反撃を開始するのであった。  オメガバな設定ですが設定は緩めで独自設定があります、ご注意。 不定期更新になります。   

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

Ωだから仕方ない。

佳乃
BL
「Ωだから仕方ない」 幼い頃から自分に言い聞かせてきた言葉。 あの人と番うことを願い、あの人と番う日を待ち侘びていた僕は今日もその言葉を呟く。 「Ωだから仕方ない」 そう、Ωだから仕方ないのだから。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

処理中です...