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おまけ 後日談
第三騎士団の廃止
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ワーズウイング王国第三騎士団は、魔獣討伐隊を主な任務とする騎士団である。
第三騎士団には、低位貴族や、家督を継ぐことができない貴族の三男以降、庶子、それから平民出身の騎士が多い。ここで力を認められれば、第一騎士団、運が良ければ近衛騎士団に配属される事もある。
第三騎士団はかつて『第三騎士団は跡取りにはなれない貴族の令息が出世する為の所』と言われて、貴族階級の団員が手柄を立てるために平民出身の団員達の命が軽く扱われるという事が、実際に横行していた。
しかし、現隊長のイーサン・ヴァレンタインが団長になってからはそのような事は無くなり、副団長のレイモンド・ヴァーツ、魔術師長のエイダン・アローとその弟子のユージーン・フィンレイ、治療師長のウィリアム・リヨン そしてそこに聖女ドロリスが加わり、第三騎士団は強力な力を持つ騎士団となっていた。
そんな第三騎士団に、今、大きな出来事が起きようとしていた。
「……第三騎士団の、廃止ですか?」
王城の一室で話を聞いていたイーサンは、思わずうなるように声を漏らした。
「そうだ。過酷で危険な任務を長い年月に渡って全うしてくれた事、感謝する。第三騎士団は近く廃止となるので、団長を含め、所属団員の今後について話しておきたいと思って呼んだのだよ」
そう言ってにっこりと微笑むのは、赤い髪の良く知る男。次兄のワイアット・ヴァレンタインである。実務官で、人事等に携わっている彼に呼ばれて執務室に赴いたイーサンに、衝撃的な事が言い渡されている。
「あー……それは、なんかの冗談ですか?」
「いや、冗談ではない、本当の事だ」
「じゃあ、今後魔獣の討伐はどこがするんです? ああ、団の名前を変えるとか?」
「いや、そうではない。今後魔獣討伐は、第二騎士団の仕事となる」
「そんな! 無理でしょう! こういっちゃあなんですが、第二はあまり強くないですよ。近場に出て来る魔獣ならともかく、嘆きの森なんかは無理でしょう。それに人数だって……あ、第三が第二に吸収されるとか?」
「ん~、まあ、それもあるな、希望があればだが。そもそも、嘆きの森は国の管理から外れるんだ」
「え? それはどういう……」
「第二王子殿下がブリュワール公国の姫の婿となるんだ。そしてその際、嘆きの森を含む周辺地域をブリュワール公国に譲渡する。まあ、元々、ブリュワール公国の領地だったからな」
「……えぇ?」
「……まあ、そういう反応になるな。はぁ……」
そう言って、ワイアットは大きなため息をついた。
「昨年第二王子殿下が成年を迎えてから、第一王子派と第二王子派で色々とあったのは知っているな?」
「いえ、知りませんが」
「おい~、いくら第三騎士団団長でそういう派閥、権力争いは関係ないとはいえ、伯爵だろう? もう少し敏感になれ」
「そう言われましても……どうせヴァレンタインは中立でしょう?」
「そうだが、状況はきちんと把握しておかなければならないだろう」
「はぁ……」
「……まあいい。一応第一王子が王太子として次期王と決まってはいたが、剣術に長けた第二王子を押す声もあったのだ。特に、前王時代の武力で国を力を強め領土を拡大した時代をもう一度、と思う貴族達がな。だがその第二王子派の中心だったブラッター侯爵が亡くなり代替わりした息子は、戦を好まぬ穏やかな性質でね。第一王子派となってしまったのだよ。それによって第二王子派は力を失い、娘が王太子妃となる事が決まっているヴィッツ公爵が王に進言をしてね。これから国の安定を図る為には、第二王子殿下を国外に出した方が良いとね」
権力争いに興味のないイーサンでもわかる名家の名前がポンポン出て来る。
「……ブラッター侯爵が亡くなった事は勿論知っていましたが……こんな事になるなんて……」
「そういうものなのだよ。均衡は、ちょっとした事ですぐに崩れて弱い者は排除されるのだ。今はヴィッツ公爵の権力が圧倒的に強い。事が穏便に進むのならと、王もその提案をほぼ承諾している」
「ブリュワール公国は、それを承諾しますか? 王子が婿にといっても、身分が高く扱いづらいでしょうし、魔獣が多い嘆きの森やその周辺の土地をいまさら返されても、と困惑するのでは?」
「確かにそうだが、公国に拒否する力はないだろう。あの公国は、元々は王家から派生したところだ。200年ほど前、同じような理由で権力争いに敗れた王弟に与えられた辺境地だからな」
「そうなんですか……」
「騎士学校の授業でも習うはずだが?」
「すみません……じゃあ、そのせいで、第三の任務が激減するのでなくなるという事ですね」
「そういう事だ」
どちらにもつかず中立を守り、自分の任務をしっかり全うしていればいいと思っていたが……、
「思いっきり巻き込まれてるじゃないか……」
いやしかし、都合がいいとも言えるのでは? と考える。
(そうだ、早く第三を辞めたいが、副団長候補がなかなか育たず止められずにいたんだ。これでようやくウィリアムとの約束が)
「それでだな、お前の領地であるレイヴン領もその近くだから、お前の領地に今回譲渡する嘆きの森周辺の土地を統合して統治させようという考えらしい」
「なんですかそれっ! 要らないですよっ!」
驚き声を上げたイーサンに、ワイアットは苦々しく、口の端を上げて笑った。
「前にも言っただろう? 上の方々の考える褒美は、我々にとって褒美ではない事が多いと」
第三騎士団には、低位貴族や、家督を継ぐことができない貴族の三男以降、庶子、それから平民出身の騎士が多い。ここで力を認められれば、第一騎士団、運が良ければ近衛騎士団に配属される事もある。
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しかし、現隊長のイーサン・ヴァレンタインが団長になってからはそのような事は無くなり、副団長のレイモンド・ヴァーツ、魔術師長のエイダン・アローとその弟子のユージーン・フィンレイ、治療師長のウィリアム・リヨン そしてそこに聖女ドロリスが加わり、第三騎士団は強力な力を持つ騎士団となっていた。
そんな第三騎士団に、今、大きな出来事が起きようとしていた。
「……第三騎士団の、廃止ですか?」
王城の一室で話を聞いていたイーサンは、思わずうなるように声を漏らした。
「そうだ。過酷で危険な任務を長い年月に渡って全うしてくれた事、感謝する。第三騎士団は近く廃止となるので、団長を含め、所属団員の今後について話しておきたいと思って呼んだのだよ」
そう言ってにっこりと微笑むのは、赤い髪の良く知る男。次兄のワイアット・ヴァレンタインである。実務官で、人事等に携わっている彼に呼ばれて執務室に赴いたイーサンに、衝撃的な事が言い渡されている。
「あー……それは、なんかの冗談ですか?」
「いや、冗談ではない、本当の事だ」
「じゃあ、今後魔獣の討伐はどこがするんです? ああ、団の名前を変えるとか?」
「いや、そうではない。今後魔獣討伐は、第二騎士団の仕事となる」
「そんな! 無理でしょう! こういっちゃあなんですが、第二はあまり強くないですよ。近場に出て来る魔獣ならともかく、嘆きの森なんかは無理でしょう。それに人数だって……あ、第三が第二に吸収されるとか?」
「ん~、まあ、それもあるな、希望があればだが。そもそも、嘆きの森は国の管理から外れるんだ」
「え? それはどういう……」
「第二王子殿下がブリュワール公国の姫の婿となるんだ。そしてその際、嘆きの森を含む周辺地域をブリュワール公国に譲渡する。まあ、元々、ブリュワール公国の領地だったからな」
「……えぇ?」
「……まあ、そういう反応になるな。はぁ……」
そう言って、ワイアットは大きなため息をついた。
「昨年第二王子殿下が成年を迎えてから、第一王子派と第二王子派で色々とあったのは知っているな?」
「いえ、知りませんが」
「おい~、いくら第三騎士団団長でそういう派閥、権力争いは関係ないとはいえ、伯爵だろう? もう少し敏感になれ」
「そう言われましても……どうせヴァレンタインは中立でしょう?」
「そうだが、状況はきちんと把握しておかなければならないだろう」
「はぁ……」
「……まあいい。一応第一王子が王太子として次期王と決まってはいたが、剣術に長けた第二王子を押す声もあったのだ。特に、前王時代の武力で国を力を強め領土を拡大した時代をもう一度、と思う貴族達がな。だがその第二王子派の中心だったブラッター侯爵が亡くなり代替わりした息子は、戦を好まぬ穏やかな性質でね。第一王子派となってしまったのだよ。それによって第二王子派は力を失い、娘が王太子妃となる事が決まっているヴィッツ公爵が王に進言をしてね。これから国の安定を図る為には、第二王子殿下を国外に出した方が良いとね」
権力争いに興味のないイーサンでもわかる名家の名前がポンポン出て来る。
「……ブラッター侯爵が亡くなった事は勿論知っていましたが……こんな事になるなんて……」
「そういうものなのだよ。均衡は、ちょっとした事ですぐに崩れて弱い者は排除されるのだ。今はヴィッツ公爵の権力が圧倒的に強い。事が穏便に進むのならと、王もその提案をほぼ承諾している」
「ブリュワール公国は、それを承諾しますか? 王子が婿にといっても、身分が高く扱いづらいでしょうし、魔獣が多い嘆きの森やその周辺の土地をいまさら返されても、と困惑するのでは?」
「確かにそうだが、公国に拒否する力はないだろう。あの公国は、元々は王家から派生したところだ。200年ほど前、同じような理由で権力争いに敗れた王弟に与えられた辺境地だからな」
「そうなんですか……」
「騎士学校の授業でも習うはずだが?」
「すみません……じゃあ、そのせいで、第三の任務が激減するのでなくなるという事ですね」
「そういう事だ」
どちらにもつかず中立を守り、自分の任務をしっかり全うしていればいいと思っていたが……、
「思いっきり巻き込まれてるじゃないか……」
いやしかし、都合がいいとも言えるのでは? と考える。
(そうだ、早く第三を辞めたいが、副団長候補がなかなか育たず止められずにいたんだ。これでようやくウィリアムとの約束が)
「それでだな、お前の領地であるレイヴン領もその近くだから、お前の領地に今回譲渡する嘆きの森周辺の土地を統合して統治させようという考えらしい」
「なんですかそれっ! 要らないですよっ!」
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