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第三章 どうせなら楽しもうと思う
41 第二王子からの呼び出し
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ユージーンのジョシュアへの謝罪が無事に終わり、次はノアの番だ。
「……はあ……」
朝から何度目のため息だろう。
今から心配してもどうしようもないと思いながらも、ついついため息が出てしまう。
「まあそんなに心配するな。お前の事は俺が守るから」
「いえ団長、自分の責任は自分で取らせて下さい。騎士団を去る事も、覚悟しております」
(……そうなんだよ、自分だけならいいけど、団長にまで責任が及んだらと思うと胃が痛くなる……ん?)
ふと、イーサンの短剣が目に入る。
(あれ? 団長、房飾り付けてたっけ?)
短剣に、金色の房飾りが揺れている。
(新しそうな感じだけど……)
「よし、着いた。入るぞ」
「あ、はいっ!」
第二王子の執務室の前に立ち、ノアはピシッと姿勢を正した。
扉の前に立つ近衛騎士が中に入り、侍従が出て来て部屋の中へと招き入れられた。
「第三騎士団団長イーサン・ヴァレンタインです。第三騎士団団員のノア・ヴァーツを連れて参りました」
「ああ、よく来た。お前が、ノア・ヴァーツか」
「はっ。第三騎士団所属ノア・ヴァーツ、第二王子殿下にご挨拶申し上げます」
騎士団長のイーサンは立ったままで良いが、ノアはそうはいかない。片膝を床につき、頭を深く下げ、ここへ来る前に教わった文言を述べる。
「顔を上げろ」
「はっ!」
装飾が施された大きな机で執務中だったらしい第二王子であるライアン・ソル・ワーズウイングは、今年成年を迎えたという事なので、ノアと同じ18歳だ。短めの金髪に碧眼の、いかにも王子様、という見た目の美青年だ。外交の場でも活躍している王太子に知識では及ばないが、剣術は得意との噂だ。
(まあ、俺なんかが会えるような人じゃないから、良くは知らないけどな。あ、そういや王太子以外の王子って、聖女と結婚する事がけっこうあるって聞いたな。ドロリスさんも候補なのかな)
そんな事を考えていると、ライアン王子からの質問が始まった。
「ヴァーツ孤児院の出身か。孤児院に入ったのは何歳だ」
「孤児院に入る前の事は記憶に無く、年齢もおそらく5歳くらいだろう、という事で登録されました」
「名前は孤児院でつけられたのか?」
「それは……気にした事がありませんでした。気付いたときにはそう呼ばれおりましたので」
「家族は?」
「申し訳ございません、記憶が無くわかりません」
「誕生日は?」
「えーと……」
なぜそんな事を? と疑問に思うが、王子に尋ねられた事にはすぐ答えなければならない。
「葡萄の月、8日です。誕生日がわからない子は、院にやって来た日を誕生日とします。私の誕生日もそれに倣ってそのように……」
「ふむ……」
ライアン王子は胸の前で腕を組み、値踏みするようにじっくりとノアを見た。
「ノア・ヴァーツ」
「はっ!」
「今日お前を呼んだのは、確認したい事があったからだ。嘆きの森遠征の時、お前が治療を頼んだ聖女を覚えているな?」
「はい。あれは、私が独断で行動した事です。責任は私一人にございます」
「いえ、この者には私が指示を出しました。責任は第三騎士団団長の私にあります」
「いえっ! 本当に私が」
「ああいい、責任を取れだとかそういう事じゃない」
面倒臭そうにライアン王子は手を上げて、二人の口を閉じさせた。
「あの時の聖女、ドロリスが、お前との面会を望んでいるのだ。ああ、とにかく合わせた方が話が早い。聖女ドロリスをここへ」
「はっ」
侍従が近衛騎士に合図をし、近衛騎士は一旦部屋を出るとすぐさま聖女ドロリスを連れて戻ってきた。
長くウエーブがかった金髪で、眉より上で真っすぐに揃えられた前髪、緑の大きな瞳。襟ぐりと袖口に白いラインの入った紺色のワンピースにローブという格好は、前に嘆きの森で見た時と同じだ。
「聖女ドロリス、第二王子殿下にご挨拶申し上げます」
片方の足を後ろに引き膝を曲げ、腰を落とす挨拶をしたドロリスに、ライアン王子はにこやかで満足気な笑顔で頷く。
(ああこれ、王子は彼女を気に入ってるんだな)
そう思いながら見ていると、姿勢を戻したドロリスが、ノアを見てパッと顔を赤らめた。
(……ん?)
そして、早歩きで近づいてくると両膝を床につき、キュッと両手でノアの右手を包んだ。
「へっ? あのっ?」
慌てて手を引いたが、がっちりと掴まれ、解く事はできない。
「あの、ええと、聖女、様?」
「聖女様だなんてそんな、他人行儀な呼び方しないで下さい!」
「はっ?」
辺りを見回すと、驚いた表情のイーサンに、苦虫を噛み潰したようなライアン王子。そして、潤んだ瞳で見つめてくるドロリス。
「え? あのっ? ええっ?」
(なにこの状況! 王子こわっ! 嘘だろオイ! 俺、聖女様に惚れられた!? てか、他人行儀って、他人だもん、なんも無かったよ!?)
慌てるノアに涙ぐみながら微笑み、聖女ドロリスは言った。
「ノア、お姉ちゃんだよ」
「……はあ……」
朝から何度目のため息だろう。
今から心配してもどうしようもないと思いながらも、ついついため息が出てしまう。
「まあそんなに心配するな。お前の事は俺が守るから」
「いえ団長、自分の責任は自分で取らせて下さい。騎士団を去る事も、覚悟しております」
(……そうなんだよ、自分だけならいいけど、団長にまで責任が及んだらと思うと胃が痛くなる……ん?)
ふと、イーサンの短剣が目に入る。
(あれ? 団長、房飾り付けてたっけ?)
短剣に、金色の房飾りが揺れている。
(新しそうな感じだけど……)
「よし、着いた。入るぞ」
「あ、はいっ!」
第二王子の執務室の前に立ち、ノアはピシッと姿勢を正した。
扉の前に立つ近衛騎士が中に入り、侍従が出て来て部屋の中へと招き入れられた。
「第三騎士団団長イーサン・ヴァレンタインです。第三騎士団団員のノア・ヴァーツを連れて参りました」
「ああ、よく来た。お前が、ノア・ヴァーツか」
「はっ。第三騎士団所属ノア・ヴァーツ、第二王子殿下にご挨拶申し上げます」
騎士団長のイーサンは立ったままで良いが、ノアはそうはいかない。片膝を床につき、頭を深く下げ、ここへ来る前に教わった文言を述べる。
「顔を上げろ」
「はっ!」
装飾が施された大きな机で執務中だったらしい第二王子であるライアン・ソル・ワーズウイングは、今年成年を迎えたという事なので、ノアと同じ18歳だ。短めの金髪に碧眼の、いかにも王子様、という見た目の美青年だ。外交の場でも活躍している王太子に知識では及ばないが、剣術は得意との噂だ。
(まあ、俺なんかが会えるような人じゃないから、良くは知らないけどな。あ、そういや王太子以外の王子って、聖女と結婚する事がけっこうあるって聞いたな。ドロリスさんも候補なのかな)
そんな事を考えていると、ライアン王子からの質問が始まった。
「ヴァーツ孤児院の出身か。孤児院に入ったのは何歳だ」
「孤児院に入る前の事は記憶に無く、年齢もおそらく5歳くらいだろう、という事で登録されました」
「名前は孤児院でつけられたのか?」
「それは……気にした事がありませんでした。気付いたときにはそう呼ばれおりましたので」
「家族は?」
「申し訳ございません、記憶が無くわかりません」
「誕生日は?」
「えーと……」
なぜそんな事を? と疑問に思うが、王子に尋ねられた事にはすぐ答えなければならない。
「葡萄の月、8日です。誕生日がわからない子は、院にやって来た日を誕生日とします。私の誕生日もそれに倣ってそのように……」
「ふむ……」
ライアン王子は胸の前で腕を組み、値踏みするようにじっくりとノアを見た。
「ノア・ヴァーツ」
「はっ!」
「今日お前を呼んだのは、確認したい事があったからだ。嘆きの森遠征の時、お前が治療を頼んだ聖女を覚えているな?」
「はい。あれは、私が独断で行動した事です。責任は私一人にございます」
「いえ、この者には私が指示を出しました。責任は第三騎士団団長の私にあります」
「いえっ! 本当に私が」
「ああいい、責任を取れだとかそういう事じゃない」
面倒臭そうにライアン王子は手を上げて、二人の口を閉じさせた。
「あの時の聖女、ドロリスが、お前との面会を望んでいるのだ。ああ、とにかく合わせた方が話が早い。聖女ドロリスをここへ」
「はっ」
侍従が近衛騎士に合図をし、近衛騎士は一旦部屋を出るとすぐさま聖女ドロリスを連れて戻ってきた。
長くウエーブがかった金髪で、眉より上で真っすぐに揃えられた前髪、緑の大きな瞳。襟ぐりと袖口に白いラインの入った紺色のワンピースにローブという格好は、前に嘆きの森で見た時と同じだ。
「聖女ドロリス、第二王子殿下にご挨拶申し上げます」
片方の足を後ろに引き膝を曲げ、腰を落とす挨拶をしたドロリスに、ライアン王子はにこやかで満足気な笑顔で頷く。
(ああこれ、王子は彼女を気に入ってるんだな)
そう思いながら見ていると、姿勢を戻したドロリスが、ノアを見てパッと顔を赤らめた。
(……ん?)
そして、早歩きで近づいてくると両膝を床につき、キュッと両手でノアの右手を包んだ。
「へっ? あのっ?」
慌てて手を引いたが、がっちりと掴まれ、解く事はできない。
「あの、ええと、聖女、様?」
「聖女様だなんてそんな、他人行儀な呼び方しないで下さい!」
「はっ?」
辺りを見回すと、驚いた表情のイーサンに、苦虫を噛み潰したようなライアン王子。そして、潤んだ瞳で見つめてくるドロリス。
「え? あのっ? ええっ?」
(なにこの状況! 王子こわっ! 嘘だろオイ! 俺、聖女様に惚れられた!? てか、他人行儀って、他人だもん、なんも無かったよ!?)
慌てるノアに涙ぐみながら微笑み、聖女ドロリスは言った。
「ノア、お姉ちゃんだよ」
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