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第三章 どうせなら楽しもうと思う
37 房飾りと組紐 1
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嘆きの森遠征から王都への帰還予定の日。第三騎士団居残り組は、王都手前で足止めを食らってしまっていた。
「本当になんとお礼を言っていいか……ありがとうございます」
「いえいえ、丁度通りがかって良かったですよ」
にこやかな笑顔で答えるウィリアム。
一行は王都前の街で、商会の荷馬車の事故現場に遭遇し、そこで出た怪我人を治してやったり散らばった積み荷を片付けたりと色々と手助けをし、そのせいで王都に入るのは翌日に繰り越しとなってしまったのだ。
「今日は是非、我が屋敷にお泊り下さい」
腕と足の骨折を治してやった商会主の言葉に甘える事にし、街一、二を争う大きな商会主の邸宅に宿泊する事になった。
「これから帰るとなると夜遅くになっただろうから、良かったよ」
「なんやかんやで土産買いそびれてたから、ここで買おう」
「美味い酒が飲める店があるって聞いたんだ。せっかくだからちょっと行ってみようかな」
そんな感じで、皆それぞれ午後の街を楽しむ事になり、ノアとユージーンも街の散策に出掛けた。
「ノア、何か見たい所はあるか?」
「いえ、特には……っと」
「…………」
不満そうに目を細めるユージーンに気づき、ノアは苦笑した。
「これまでずっと敬語使っていたんだから、そう簡単には抜けないよ。心がけるけどさ」
「……仕方がない……」
そう言いつつも口先が少し尖っているユージーンを見て『可愛いなぁ』と頬が綻んでしまう。
「えっと、ユージーンは……何か見たい物ないの?」
呼び捨てで、敬語を使わず、と気を付けながら尋ねると、ユージーンの口の端が少し上がる。
「ない」
「ないのかよ~」
「私はいつも、宿から、というか部屋から出ない」
「あーじゃあ、誘って悪かったかな。疲れてたら戻ってゆっくり」
「いや、悪くない。疲れていない。ノアとならば出かけたい」
言葉を被せて否定してくるユージーンに、ノアは笑った。
「なら良かった。俺もなんの目的もないけど、ユージーンと街を歩いてみたかったんだ。適当に色々見よう。面白いもんとかあるかもしれないし」
「そうしよう」
その街は、王都の近くという事もありなかなか賑わっている街だった。
「この街の特産品はワイン、繊維、染物、といったところだな」
「へーえ、そうなんだ。食べ物は何かないのかな」
「レッドボアがよく捕れるらしい」
「あー、そういや、レッドボアの串焼き屋台とか多いかも」
「食べるか?」
「はい! あ、うん!」
言い直したノアに、機嫌良く串焼きを買い与えるユージーン。
「えっ、あっ、お金」
「これくらい払わせてくれ。飲み物は何にする?」
「あ、えっと、じゃあブドウジュースを」
隣りの果実水を売る店に移動したユージーンに尋ねられ、慌てて注文を決める。
ユージーンも同じ物を買い、屋台の間に立って飲み食いする。
「うまっ! 香ばしくって串焼きうまっ」
「そうだな。ハーブが効いていて美味しい」
「ジュースも味が濃くて美味い」
「ああ」
その後も、色々と店を覗いて歩く。
(これって、デートだよな。男女集団で遊びに行った事はあるけど、好きな人と二人でってのは初めてだ。こんなに楽しいもんなんだ……)
学生時代、彼女彼氏がいる友人達が、デートデートと騒いでいるのを見て『そんなにしたいもんか?』と思っていたが、なるほど、これは良いものだ、と思う。
(好きな物とか興味がある物とか知れるし、隣り歩いているだけで楽しいんだけど)
若い女性達がユージーンを見てキャアキャア騒いでいるのは若干気にかかるが、当のユージーンはそんな声は全く気にせず、なんなら、自分の事を気にかけてくれ、時々肩を抱いたり腰に手を回したりして進む方向を示してくれている。
(なんなんだ、このユージーンのエスコート力。ホントヤバい。キュンとするんだけど。てか、俺もこんな性格だった? キュンキュンして、ユージーンに可愛いと思って欲しいって思っちゃってるんだけど)
そう思い、少々困惑しながら歩いていると、一軒の屋台に目がいった。
「あれ……」
「ん? ああ、房飾りか」
「短剣に付けている人、結構いますよね」
「そうだな」
暖色から寒色、金や銀色など沢山の色の房飾りが並べられているその屋台に吸い寄せられる。
「いらっしゃいませー。あらお兄さん方、もしかして騎士団の方ですか?」
「えっ? あ、はい」
店主の中年女性にそう言われ、団服は脱いで白シャツで来たのにどうして? と思ったが、
「トトテア商会さんところのご主人の怪我を治してあげたり、荷馬車の片づけ手伝ってくれてたでしょう。有難いなあって見てたんですよー」
「特にそちらのお兄さんは美形で、一度見たら忘れられないし」
商品が並んだ向こう側で、せっせと紐を編んでいた若い女性が言い、店主が「これっ、マリー!」と叱る。
「すみませんねぇ、躾のなってない娘で」
「だってー、この辺じゃ見ない美形だからぁ」
「あはは! ですよねー。この人、騎士団で一番の美形なんです」
「…………」
笑いながらそう言うノアと、無表情で無言のユージーン。
「これって、短剣に付ける飾りですよね」
「短剣だけじゃなく、何にでも付けますよ。この辺の頭に石で作った玉を付けた物は女性に人気で、カバンに付けたり扇に付けたり。貝や動物の角や牙を付けたものは男性に人気で、ベルトや財布や煙草入れに付けたりもしますね。で、この辺の飾り結びのヤツが剣の飾りに人気ですよ。剣にぶつかって音が出る事もないし、この飾り結び自体に魔除けとか幸運とか健康とか、色々意味があるんでね」
「へーえ……」
興味深そうに説明を聞くノア。
「ノアも短剣に付けたいのか?」
「はい、あ、うん」
まだ時々敬語になってしまい、そうするとユージーンの表情がくもる気がするので気を付けてはいるのだが……。
「えーと、ジョシュアと、アレなんだろうって話した事があったんだ。で、俺達も付けたいなって」
「そうか」
「買っていこうかな。そんなに高くないし」
「なら、私が払おう」
「え、いいよ! ジョシュアの分も買おうと思うし」
「それならなおの事、私が払う」
「……じゃあ……あと一個追加していい? 全部で三個」
「ああ、勿論」
「えっと、それじゃあ……これって、どういう意味ですか?」
ノアは飾り紐を真剣に吟味し始め、気さくな店主の娘がそれに答える。
「それはねぇ、魔除けよ」
「じゃあこっちは?」
「それは幸運。この辺は葡萄の皮で染めているのよ。媒染液によって色が変わるの」
「へー。ちょっと太陽の光にあてて色見ていいですか?」
「どうぞどうぞ」
「選ぶのにもう少しかかりそうだし、そこの椅子にどうぞ」
「……ありがとう」
店主に勧められて椅子に腰かけ、真剣に色を見比べているノアを見る。
どれでも良さそうなものだが、一生懸命選んでいる姿が可愛い。
(それがジョシュアの為だというのが若干癪に障るが……まあ、いい。ノアを抱きしめて口づけできるのは、私だけなのだし)
少し気持ちに余裕が出来たのは、互いが想い合っているとわかっているからだろう。
(……これまでほとんど使っていないから金は充分あるが……二人で暮らすのだから、あまり大きな家じゃない方がいいな。むしろ小さな家で、すぐに顔を合わせられる方がいい。各自の部屋はあった方がいいだろうが、寝室は一緒にしたい。少し郊外の方が……いやそれとも王都以外がいいか……)
そんな事を考え、ついぼんやりしていたユージーンだったが、ノア以外の、しかし聞きなれた声を聞いて現実に引き戻された。
「本当になんとお礼を言っていいか……ありがとうございます」
「いえいえ、丁度通りがかって良かったですよ」
にこやかな笑顔で答えるウィリアム。
一行は王都前の街で、商会の荷馬車の事故現場に遭遇し、そこで出た怪我人を治してやったり散らばった積み荷を片付けたりと色々と手助けをし、そのせいで王都に入るのは翌日に繰り越しとなってしまったのだ。
「今日は是非、我が屋敷にお泊り下さい」
腕と足の骨折を治してやった商会主の言葉に甘える事にし、街一、二を争う大きな商会主の邸宅に宿泊する事になった。
「これから帰るとなると夜遅くになっただろうから、良かったよ」
「なんやかんやで土産買いそびれてたから、ここで買おう」
「美味い酒が飲める店があるって聞いたんだ。せっかくだからちょっと行ってみようかな」
そんな感じで、皆それぞれ午後の街を楽しむ事になり、ノアとユージーンも街の散策に出掛けた。
「ノア、何か見たい所はあるか?」
「いえ、特には……っと」
「…………」
不満そうに目を細めるユージーンに気づき、ノアは苦笑した。
「これまでずっと敬語使っていたんだから、そう簡単には抜けないよ。心がけるけどさ」
「……仕方がない……」
そう言いつつも口先が少し尖っているユージーンを見て『可愛いなぁ』と頬が綻んでしまう。
「えっと、ユージーンは……何か見たい物ないの?」
呼び捨てで、敬語を使わず、と気を付けながら尋ねると、ユージーンの口の端が少し上がる。
「ない」
「ないのかよ~」
「私はいつも、宿から、というか部屋から出ない」
「あーじゃあ、誘って悪かったかな。疲れてたら戻ってゆっくり」
「いや、悪くない。疲れていない。ノアとならば出かけたい」
言葉を被せて否定してくるユージーンに、ノアは笑った。
「なら良かった。俺もなんの目的もないけど、ユージーンと街を歩いてみたかったんだ。適当に色々見よう。面白いもんとかあるかもしれないし」
「そうしよう」
その街は、王都の近くという事もありなかなか賑わっている街だった。
「この街の特産品はワイン、繊維、染物、といったところだな」
「へーえ、そうなんだ。食べ物は何かないのかな」
「レッドボアがよく捕れるらしい」
「あー、そういや、レッドボアの串焼き屋台とか多いかも」
「食べるか?」
「はい! あ、うん!」
言い直したノアに、機嫌良く串焼きを買い与えるユージーン。
「えっ、あっ、お金」
「これくらい払わせてくれ。飲み物は何にする?」
「あ、えっと、じゃあブドウジュースを」
隣りの果実水を売る店に移動したユージーンに尋ねられ、慌てて注文を決める。
ユージーンも同じ物を買い、屋台の間に立って飲み食いする。
「うまっ! 香ばしくって串焼きうまっ」
「そうだな。ハーブが効いていて美味しい」
「ジュースも味が濃くて美味い」
「ああ」
その後も、色々と店を覗いて歩く。
(これって、デートだよな。男女集団で遊びに行った事はあるけど、好きな人と二人でってのは初めてだ。こんなに楽しいもんなんだ……)
学生時代、彼女彼氏がいる友人達が、デートデートと騒いでいるのを見て『そんなにしたいもんか?』と思っていたが、なるほど、これは良いものだ、と思う。
(好きな物とか興味がある物とか知れるし、隣り歩いているだけで楽しいんだけど)
若い女性達がユージーンを見てキャアキャア騒いでいるのは若干気にかかるが、当のユージーンはそんな声は全く気にせず、なんなら、自分の事を気にかけてくれ、時々肩を抱いたり腰に手を回したりして進む方向を示してくれている。
(なんなんだ、このユージーンのエスコート力。ホントヤバい。キュンとするんだけど。てか、俺もこんな性格だった? キュンキュンして、ユージーンに可愛いと思って欲しいって思っちゃってるんだけど)
そう思い、少々困惑しながら歩いていると、一軒の屋台に目がいった。
「あれ……」
「ん? ああ、房飾りか」
「短剣に付けている人、結構いますよね」
「そうだな」
暖色から寒色、金や銀色など沢山の色の房飾りが並べられているその屋台に吸い寄せられる。
「いらっしゃいませー。あらお兄さん方、もしかして騎士団の方ですか?」
「えっ? あ、はい」
店主の中年女性にそう言われ、団服は脱いで白シャツで来たのにどうして? と思ったが、
「トトテア商会さんところのご主人の怪我を治してあげたり、荷馬車の片づけ手伝ってくれてたでしょう。有難いなあって見てたんですよー」
「特にそちらのお兄さんは美形で、一度見たら忘れられないし」
商品が並んだ向こう側で、せっせと紐を編んでいた若い女性が言い、店主が「これっ、マリー!」と叱る。
「すみませんねぇ、躾のなってない娘で」
「だってー、この辺じゃ見ない美形だからぁ」
「あはは! ですよねー。この人、騎士団で一番の美形なんです」
「…………」
笑いながらそう言うノアと、無表情で無言のユージーン。
「これって、短剣に付ける飾りですよね」
「短剣だけじゃなく、何にでも付けますよ。この辺の頭に石で作った玉を付けた物は女性に人気で、カバンに付けたり扇に付けたり。貝や動物の角や牙を付けたものは男性に人気で、ベルトや財布や煙草入れに付けたりもしますね。で、この辺の飾り結びのヤツが剣の飾りに人気ですよ。剣にぶつかって音が出る事もないし、この飾り結び自体に魔除けとか幸運とか健康とか、色々意味があるんでね」
「へーえ……」
興味深そうに説明を聞くノア。
「ノアも短剣に付けたいのか?」
「はい、あ、うん」
まだ時々敬語になってしまい、そうするとユージーンの表情がくもる気がするので気を付けてはいるのだが……。
「えーと、ジョシュアと、アレなんだろうって話した事があったんだ。で、俺達も付けたいなって」
「そうか」
「買っていこうかな。そんなに高くないし」
「なら、私が払おう」
「え、いいよ! ジョシュアの分も買おうと思うし」
「それならなおの事、私が払う」
「……じゃあ……あと一個追加していい? 全部で三個」
「ああ、勿論」
「えっと、それじゃあ……これって、どういう意味ですか?」
ノアは飾り紐を真剣に吟味し始め、気さくな店主の娘がそれに答える。
「それはねぇ、魔除けよ」
「じゃあこっちは?」
「それは幸運。この辺は葡萄の皮で染めているのよ。媒染液によって色が変わるの」
「へー。ちょっと太陽の光にあてて色見ていいですか?」
「どうぞどうぞ」
「選ぶのにもう少しかかりそうだし、そこの椅子にどうぞ」
「……ありがとう」
店主に勧められて椅子に腰かけ、真剣に色を見比べているノアを見る。
どれでも良さそうなものだが、一生懸命選んでいる姿が可愛い。
(それがジョシュアの為だというのが若干癪に障るが……まあ、いい。ノアを抱きしめて口づけできるのは、私だけなのだし)
少し気持ちに余裕が出来たのは、互いが想い合っているとわかっているからだろう。
(……これまでほとんど使っていないから金は充分あるが……二人で暮らすのだから、あまり大きな家じゃない方がいいな。むしろ小さな家で、すぐに顔を合わせられる方がいい。各自の部屋はあった方がいいだろうが、寝室は一緒にしたい。少し郊外の方が……いやそれとも王都以外がいいか……)
そんな事を考え、ついぼんやりしていたユージーンだったが、ノア以外の、しかし聞きなれた声を聞いて現実に引き戻された。
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