上 下
37 / 71
第三章 どうせなら楽しもうと思う

37 房飾りと組紐 1

しおりを挟む
 嘆きの森遠征から王都への帰還予定の日。第三騎士団居残り組は、王都手前で足止めを食らってしまっていた。

「本当になんとお礼を言っていいか……ありがとうございます」
「いえいえ、丁度通りがかって良かったですよ」

 にこやかな笑顔で答えるウィリアム。
 
 一行は王都前の街で、商会の荷馬車の事故現場に遭遇し、そこで出た怪我人を治してやったり散らばった積み荷を片付けたりと色々と手助けをし、そのせいで王都に入るのは翌日に繰り越しとなってしまったのだ。

「今日は是非、我が屋敷にお泊り下さい」

 腕と足の骨折を治してやった商会主の言葉に甘える事にし、街一、二を争う大きな商会主の邸宅に宿泊する事になった。

「これから帰るとなると夜遅くになっただろうから、良かったよ」
「なんやかんやで土産買いそびれてたから、ここで買おう」
「美味い酒が飲める店があるって聞いたんだ。せっかくだからちょっと行ってみようかな」

 そんな感じで、皆それぞれ午後の街を楽しむ事になり、ノアとユージーンも街の散策に出掛けた。

「ノア、何か見たい所はあるか?」
「いえ、特には……っと」
「…………」

 不満そうに目を細めるユージーンに気づき、ノアは苦笑した。

「これまでずっと敬語使っていたんだから、そう簡単には抜けないよ。心がけるけどさ」
「……仕方がない……」

 そう言いつつも口先が少し尖っているユージーンを見て『可愛いなぁ』と頬が綻んでしまう。

「えっと、ユージーンは……何か見たい物ないの?」

 呼び捨てで、敬語を使わず、と気を付けながら尋ねると、ユージーンの口の端が少し上がる。

「ない」
「ないのかよ~」
「私はいつも、宿から、というか部屋から出ない」
「あーじゃあ、誘って悪かったかな。疲れてたら戻ってゆっくり」
「いや、悪くない。疲れていない。ノアとならば出かけたい」

 言葉を被せて否定してくるユージーンに、ノアは笑った。

「なら良かった。俺もなんの目的もないけど、ユージーンと街を歩いてみたかったんだ。適当に色々見よう。面白いもんとかあるかもしれないし」
「そうしよう」

 その街は、王都の近くという事もありなかなか賑わっている街だった。

「この街の特産品はワイン、繊維、染物、といったところだな」
「へーえ、そうなんだ。食べ物は何かないのかな」
「レッドボアがよく捕れるらしい」
「あー、そういや、レッドボアの串焼き屋台とか多いかも」
「食べるか?」
「はい! あ、うん!」

 言い直したノアに、機嫌良く串焼きを買い与えるユージーン。

「えっ、あっ、お金」
「これくらい払わせてくれ。飲み物は何にする?」
「あ、えっと、じゃあブドウジュースを」

 隣りの果実水を売る店に移動したユージーンに尋ねられ、慌てて注文を決める。
 ユージーンも同じ物を買い、屋台の間に立って飲み食いする。

「うまっ! 香ばしくって串焼きうまっ」
「そうだな。ハーブが効いていて美味しい」
「ジュースも味が濃くて美味い」
「ああ」

 その後も、色々と店を覗いて歩く。

(これって、デートだよな。男女集団で遊びに行った事はあるけど、好きな人と二人でってのは初めてだ。こんなに楽しいもんなんだ……)

 学生時代、彼女彼氏がいる友人達が、デートデートと騒いでいるのを見て『そんなにしたいもんか?』と思っていたが、なるほど、これは良いものだ、と思う。

(好きな物とか興味がある物とか知れるし、隣り歩いているだけで楽しいんだけど)

 若い女性達がユージーンを見てキャアキャア騒いでいるのは若干気にかかるが、当のユージーンはそんな声は全く気にせず、なんなら、自分の事を気にかけてくれ、時々肩を抱いたり腰に手を回したりして進む方向を示してくれている。

(なんなんだ、このユージーンのエスコート力。ホントヤバい。キュンとするんだけど。てか、俺もこんな性格だった? キュンキュンして、ユージーンに可愛いと思って欲しいって思っちゃってるんだけど)

 そう思い、少々困惑しながら歩いていると、一軒の屋台に目がいった。

「あれ……」
「ん? ああ、房飾りか」
「短剣に付けている人、結構いますよね」
「そうだな」

 暖色から寒色、金や銀色など沢山の色の房飾りが並べられているその屋台に吸い寄せられる。

「いらっしゃいませー。あらお兄さん方、もしかして騎士団の方ですか?」
「えっ? あ、はい」

 店主の中年女性にそう言われ、団服は脱いで白シャツで来たのにどうして? と思ったが、

「トトテア商会さんところのご主人の怪我を治してあげたり、荷馬車の片づけ手伝ってくれてたでしょう。有難いなあって見てたんですよー」
「特にそちらのお兄さんは美形で、一度見たら忘れられないし」

 商品が並んだ向こう側で、せっせと紐を編んでいた若い女性が言い、店主が「これっ、マリー!」と叱る。

「すみませんねぇ、躾のなってない娘で」
「だってー、この辺じゃ見ない美形だからぁ」
「あはは! ですよねー。この人、騎士団で一番の美形なんです」
「…………」

 笑いながらそう言うノアと、無表情で無言のユージーン。

「これって、短剣に付ける飾りですよね」
「短剣だけじゃなく、何にでも付けますよ。この辺の頭に石で作った玉を付けた物は女性に人気で、カバンに付けたり扇に付けたり。貝や動物の角や牙を付けたものは男性に人気で、ベルトや財布や煙草入れに付けたりもしますね。で、この辺の飾り結びのヤツが剣の飾りに人気ですよ。剣にぶつかって音が出る事もないし、この飾り結び自体に魔除けとか幸運とか健康とか、色々意味があるんでね」
「へーえ……」

 興味深そうに説明を聞くノア。

「ノアも短剣に付けたいのか?」
「はい、あ、うん」

 まだ時々敬語になってしまい、そうするとユージーンの表情がくもる気がするので気を付けてはいるのだが……。

「えーと、ジョシュアと、アレなんだろうって話した事があったんだ。で、俺達も付けたいなって」
「そうか」
「買っていこうかな。そんなに高くないし」
「なら、私が払おう」
「え、いいよ! ジョシュアの分も買おうと思うし」
「それならなおの事、私が払う」
「……じゃあ……あと一個追加していい? 全部で三個」
「ああ、勿論」
「えっと、それじゃあ……これって、どういう意味ですか?」

 ノアは飾り紐を真剣に吟味し始め、気さくな店主の娘がそれに答える。

「それはねぇ、魔除けよ」
「じゃあこっちは?」
「それは幸運。この辺は葡萄の皮で染めているのよ。媒染液によって色が変わるの」
「へー。ちょっと太陽の光にあてて色見ていいですか?」
「どうぞどうぞ」
「選ぶのにもう少しかかりそうだし、そこの椅子にどうぞ」
「……ありがとう」

 店主に勧められて椅子に腰かけ、真剣に色を見比べているノアを見る。
 どれでも良さそうなものだが、一生懸命選んでいる姿が可愛い。

(それがジョシュアの為だというのが若干癪に障るが……まあ、いい。ノアを抱きしめて口づけできるのは、私だけなのだし)

 少し気持ちに余裕が出来たのは、互いが想い合っているとわかっているからだろう。

(……これまでほとんど使っていないから金は充分あるが……二人で暮らすのだから、あまり大きな家じゃない方がいいな。むしろ小さな家で、すぐに顔を合わせられる方がいい。各自の部屋はあった方がいいだろうが、寝室は一緒にしたい。少し郊外の方が……いやそれとも王都以外がいいか……)

 そんな事を考え、ついぼんやりしていたユージーンだったが、ノア以外の、しかし聞きなれた声を聞いて現実に引き戻された。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

続・聖女の兄で、すみません!

たっぷりチョコ
BL
『聖女の兄で、すみません!』(完結)の続編になります。 あらすじ  異世界に再び召喚され、一ヶ月経った主人公の古河大矢(こがだいや)。妹の桃花が聖女になりアリッシュは魔物のいない平和な国になったが、新たな問題が発生していた。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

処理中です...