スピンオフなんて必要ないですけど!?

カナリア55

文字の大きさ
上 下
31 / 79
第二章 この感情は、なんと言えばいいのだろう

31 心の傷

しおりを挟む
「いや、いきなり辞めるって言われても……どうしてだって話になるだろう」
「…………」
「死にかけて恐くなったとでもいうのなら、仕方がないが」
「……はい……恐く、なりました。ですから、辞めさせて下さい」
「う~~ん……」

 イーサンは唸りながら隣りに立つウィリアムをチラリと見る。ウィリアムは困ったように首を横に振った。

「あー……まあ、今は起きたばかりで混乱しているだろう。とりあえず少し休め。話は後でゆっくりと聞いてやる」
「そうだね、その方がいい。食事もした方がいいね。お粥を持ってくるから少し待っていて」

 そう言ってウィリアムとイーサンは部屋を出て、ヒソヒソと話した。

「……どう思う?」
「どうって……ユージーンらしくないですね。まあ、人は変わるものですし? 考えが変わったという可能性はありますよ、死にかけたんですから。でも……しっくりこないです」
「俺も同感だ。……一体、どうしたってんだ? あんな思いつめた顔して……」
「心配ですね……ユージーンは酷く傷ついて静養していた時期があります。そういう心の傷というものは、癒えたと思っていても何かの拍子に開いてしまうものなんですよね。なんというか、経験者は、そういう闇に沈みやすいんです」
「……参ったなぁ……エイダンかレイモンドになら、正直に話すだろうか」
「そうですね……エイダン様は子供の頃から師事している師匠ですし、レイモンドは一番の親友ですから、もしかしたら……。二人からも面会したいと言われています、会わせてみますか」
「だな。そうしよう」

 しかしユージーンは、誰にも何も話さなかった。ただ『第三騎士団を辞める』とだけ繰り返す。そしてそのうち『自分はここにいる資格がない』とか『死んだ方が良かった』などと言うようになり、泣いたり、食べても戻したり、あっという間に弱っていった。

「なんだか、生きる気力を無くしているような感じで……」
 
 せめてもと、ユージーンに飲ませる水にポーションを混ぜながら、ウィリアムがため息をつく。

「エイダンにもレイモンドにも何も話さないそうだ。参ったなぁ……いつまでもここに居る訳にはいかないし」

 同じようにイーサンも、ため息をつく。

「そうですねぇ……とりあえず、先に出発しますか? 移動がまだ難しい者も数名いますし、ノアもまだ目覚めてませんから動かすのは無理なんで、もう少しここに滞在して私が面倒見ますよ」
「しかしノアは目覚めればそれでいいが、ユージーンは」
「命を救ったノアの苦労を無駄にするなって脅して、ノアにも味方してもらって、絶対王都まで連れ帰ります」
「しかし……いや、それが最善か。よし、じゃあ明日の朝出発する。御者兼護衛を数人残そう」
「ありがとうございます。では、そういう事で」

 そうして、第三騎士団の大部分が王都に向け出立した日の午後、ノアはようやく目を覚ましたのだった。



 扉がノックされ、「ユージーン、体調はどうかな?」と、ウィリアムの明るい声がする。

「…………」

 ユージーンはベッドの上で上半身を起こしていたが、何も答えず、戸口を見る事もない。まるで人形のような自分に話しかけて治療してくれるウィリアムに対して悪いとは思うけれど、もう何もしたくない。
 動く事も、話す事も、考える事もしたくない。
 食べれば戻してしまうし、横になっても眠れない。

(……消えてしまいたい……)

 脈を採り、熱や怪我をした場所を確認したウィリアムが、痛い所は無いか、水だけは摂るようにと話すのも、どこか他人事のように聞き流していたが、

「じゃあ、私は行くけど……ノアが、来てくれたよ」

 その言葉に、もう、何も感じる事がないと思っていた心が揺れた。

「前にも言ったけど、君の為に聖女を呼んで来て、治療も手伝ったんだ。ちゃんとお礼を言いなさいね」

 そう言うと、ウィリアムは部屋を出て行った。

「……ユージーン様……どう、ですか? 身体は……」

 遠慮がちなノアの声が、はっきりと聞こえる。

「あまり食べられないって聞いて……大丈夫ですか? あ、いや、大丈夫じゃないから食べられないんでしょうけど……とにかく、無事で良かったなって……目は、見えるんですよね? ぼやけたりとかしませんか? えーと……」

 声が途切れ、その後は、沈黙が続く。

(……礼も言わず、何の反応もしない私など放って、部屋を出て行ってくれ……)

 しかしノアはそのまま居続け、明るかった部屋は暗くなってきた。

「……灯り、点けますね」

 ランプを点けたノアが、「傷、見せて下さいね」と視界に入ってきた。

「……良かった……傷も残らなかったみたいですね」

 目に映っても、認識しないようにと努めるが、それでもつい見てしまったノアの表情が、本当に安心したように自分を見ていて、泣きたくなった。
 その後、差し出された水を受け取らずに黙っていると、新しい水をもらってくると、ノアは部屋を出て行った。

「……ノア……」

 ノアが、命を救ってくれた。
 聖女を呼んで来て、一緒に治療してくれたと言う。
 ノアが生きて欲しいと願ってくれたのであれば、自分は生きていていいのではないか? これまで通り、ノアの側にいていいのではないか?

(……いや……都合の良いように解釈するな。ノアは、私の醜い心を知らないから私を助けてくれたのだ。私は嫉妬と妬みから、ジョシュアを見殺しにしようとしたのだ。この事を知ったなら、ノアは失望し、私を救った事を後悔するだろう)

 事情を尋ねるイーサンやウィリアム、面会に来た師匠やレイモンドにも、この事は言えなかった。

(卑怯者の私は、何も説明せず、何も謝罪せず、第三騎士団を去ろうとしている。ああ……本当に、なんて酷い人間なんだろう)

「でも……ノアに、知られたくない……」

 口から出て来たのは、そんな言葉だった。

「ああ……私は……」

 顔を手で覆い、背を丸めた。

「ノアを愛する資格などない……どうして、どうしてこんな人間なんだ……」

 涙が溢れてくる。
 辛くて、悲しくて、ただただ泣いていると、ドアを叩く音が聞こえ、そしてすぐに「ユージーン様! 大丈夫ですか!? 具合が悪くなったんですか!?」という声と共に、背中を擦られた。

「……ユージーン様……」

 顔を上げると、心配そうに見つめているノアの顔があった。

(ああ……私に、心配などしてもらえる資格はないのに……)

 言いたくないが、言わなければならない。

「……私は……死ぬべきだったんだ……」

 声が震える。
 ユージーンは、覚悟を決めてノアに告白した。






☆私も経験有なので、危なく感じたら逃げる事にしてます。無理は禁物です! こういう辛い場面はサクサク進めた方がいい、という事で、もう一話更新します。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

聖女としてきたはずが要らないと言われてしまったため、異世界でふわふわパンを焼こうと思います!

伊桜らな
ファンタジー
家業パン屋さんで働くメルは、パンが大好き。 いきなり聖女召喚の儀やらで異世界に呼ばれちゃったのに「いらない」と言われて追い出されてしまう。どうすればいいか分からなかったとき、公爵家当主に拾われ公爵家にお世話になる。 衣食住は確保できたって思ったのに、パンが美味しくないしめちゃくちゃ硬い!! パン好きなメルは、厨房を使いふわふわパン作りを始める。  *表紙画は月兎なつめ様に描いて頂きました。*  ー(*)のマークはRシーンがあります。ー  少しだけ展開を変えました。申し訳ありません。  ホットランキング 1位(2021.10.17)  ファンタジーランキング1位(2021.10.17)  小説ランキング 1位(2021.10.17)  ありがとうございます。読んでくださる皆様に感謝です。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

勇者パーティを追放された聖女ですが、やっと解放されてむしろ感謝します。なのにパーティの人たちが続々と私に助けを求めてくる件。

八木愛里
ファンタジー
聖女のロザリーは戦闘中でも回復魔法が使用できるが、勇者が見目麗しいソニアを新しい聖女として迎え入れた。ソニアからの入れ知恵で、勇者パーティから『役立たず』と侮辱されて、ついに追放されてしまう。 パーティの人間関係に疲れたロザリーは、ソロ冒険者になることを決意。 攻撃魔法の魔道具を求めて魔道具屋に行ったら、店主から才能を認められる。 ロザリーの実力を知らず愚かにも追放した勇者一行は、これまで攻略できたはずの中級のダンジョンでさえ失敗を繰り返し、仲間割れし破滅へ向かっていく。 一方ロザリーは上級の魔物討伐に成功したり、大魔法使いさまと協力して王女を襲ってきた魔獣を倒したり、国の英雄と呼ばれる存在になっていく。 これは真の実力者であるロザリーが、ソロ冒険者としての地位を確立していきながら、残念ながら追いかけてきた魔法使いや女剣士を「虫が良すぎるわ!」と追っ払い、入り浸っている魔道具屋の店主が実は憧れの大魔法使いさまだが、どうしても本人が気づかない話。 ※11話以降から勇者パーティの没落シーンがあります。 ※40話に鬱展開あり。苦手な方は読み飛ばし推奨します。 ※表紙はAIイラストを使用。

処理中です...