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第二章 この感情は、なんと言えばいいのだろう
30 闇の中
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真っ暗な冷たい道を、一人歩く。
どこに向かっているのか、いつまで歩けばいいのか。
思えば、あまりいい人生ではなかった。
小さい頃に、強大な魔力を持っているとわかり、その後は、魔法の訓練ばかりしていた。
父親も母親も「お前は素晴らしい」「私達の誇り」と言ってはくれたが、抱きしめてはくれなかった。
顔を合わせて、尋ねられるのはどれほど魔法が上達したかという事。どれくらい家門の役に立てるか、という事。
宮廷魔術師のエイダン・アローに師事したので、そのまま宮廷魔術師になると思っていたが、家門が騎士家系だからという事で、成年前の16歳で第一騎士団に入れられた。
父、母は喜んだが、一番上の兄からは無視されるようになったし、二番目の兄からは「俺を馬鹿にしているだろう」とか「今に痛い目を見るだろう」という呪いのような言葉をかけられ続けた。
そして、それはすぐに現実となり、価値のない者として捨てられた。
その後、師匠であるエイダンがすくい上げてくれて、第三騎士団団長のイーサンに受け入れてもらった。
最初のうちは色々言われたりもしたが、同い年のレイモンドが普通に接してくれて、騎士団に馴染む事ができた。
(……ああ、そうだな、良かったじゃないか、結構……)
暗い道を歩きながら、思い出す。
血の繋がった家族とは今でも疎遠だけれど、第三騎士団という居場所ができた。『騎士殺し』という異名を持つ自分を、全員が認めてくれているわけではない。身内である兄が『あいつは騎士殺しだ』と言うのだから、それを信じる者もいる。しかし、ユージーンを信じてくれる者もいた。
「その『騎士殺し』というのは知っていますが……それって、嘘ですよね?」
身分の高い第一騎士団の団員に向かって、きっぱりとそう言ってくれた人がいた。
新人で、長く付き合ったわけでもない自分の事を信じ、「保身の為に卑怯な噂を流しやがって」と、怒ってくれた。そして、自分の事を守ると言ってくれた。
「……クソ兄貴がっ」
誰に聞かせるわけでもなく、自分の感情でそう言ってくれた、ノア・ヴァーツと出会えたのだ。
(あの時、無性に嬉しくて、ノアの事が気になりだしたんだ)
そして一緒に訓練をして、ぶつかる事も多かったけれど、ノアが成長していくのが嬉しくて、うまくいけば一緒に喜び、気づけば好きになっていた。
(私が誰かを好きになる事なんて、ないと思っていた。それが好きになって、苦しい気持ちも経験したけれど……でも良かった。ノアと出会えて良かった。ああ……ノアが好きなジョシュアが無事で良かった。ジョシュアに何かあったら、ノアは苦しんだだろうから。レイモンドもジョシュアの事が好きだから、難しいかもしれないけれど……まあ、頑張れば、どうなるかわからないから。可能性はあるだろう、君は、努力家だから)
ノアの事を考えると、胸の奥が温かくなってくる。
自分は関われなくとも、ノアが幸せならそれでいい。
(まあ、生きて目の当たりにし続けるのは辛かったかもしれないけれど、私はここで終わりだ。ノア、君の健闘と幸せを祈るよ)
ふと、左の手が温かく感じた。
(……最後に、ノアが手を握ってくれたのは左手だっただろうか……)
左手を見て、ユージーンは思わず微笑んだ。
(ああ……それほど悪くなかったかもな、私の人生は)
「……ここは……私は……」
「ああユージーン、目が覚めたんだね」
目の前には金髪の長い髪を緩く一つに結んだ、優し気な美形の姿があった。よく知る、ウィリアム治療師長だ。
「ここは、嘆きの森から一番近い村の宿屋だよ。どう? 苦しい所はない?」
「は、い……」
どうして、ここにいるのかがわからない。
頭が混乱しているようだ。
「私の指を目で追って。顔は動かさずにだよ」
顔の前で人差し指を動かされ、素直に目だけの動きで追う。
「ん! 大丈夫そうだ! ぼやけたりしない?」
「は、い、大丈夫ですが……一体……」
一度目を閉じ、考える。
(この前は、何をしていた? 何があった? ……そうだ、嘆きの森での魔獣討伐だ。そして、そこで……)
「!!!」
一気に思い出し、ユージーンはガバッと上半身を起こした。
「あ、ああ、私はっ!」
「ちょっとちょっと! そんなにいきなり起きちゃ駄目だよ! はいはい、寝て寝て」
「いや! ちょっと待って下さい! 何がどうなったんですか!」
「えっ?」
「あの時私は、コカトリスに襲われました。薄れていく意識の中で、治療もポーションも効かないと聞いたのに……」
「ああ、聞こえていたんだね」
ウィリアムが、すまなそうに苦笑した。
「すまない、君の意識がないかと思って、その場で団長に報告をしてしまった。ああいう事は、患者には絶対聞かせてはいけない事なのに」
「それは別にかまいません。それよりどうして……なぜ私は生きているのですか?」
「聖女様に、治療していただいたからだよ」
「聖女様?」
「そう。ノアが、第一騎士団のところまで行って聖女様を連れて来てくれたんだ。そして治療も手伝って、君の命を救ったんだよ」
「ノア、が……」
「そうだよ。今はまだ眠っているけど、多分明日には目を覚ますと思うから、そしたらお礼を言うといいよ。本当に頑張ってくれたんだよ、ノア」
「……ウィリアムさん……」
「ん? なんだい?」
ニコニコ顔のウィリアムに、ユージーンは震える声で言った。
「すみませんが、団長を……団長に、お話ししたい事が、あります」
どこに向かっているのか、いつまで歩けばいいのか。
思えば、あまりいい人生ではなかった。
小さい頃に、強大な魔力を持っているとわかり、その後は、魔法の訓練ばかりしていた。
父親も母親も「お前は素晴らしい」「私達の誇り」と言ってはくれたが、抱きしめてはくれなかった。
顔を合わせて、尋ねられるのはどれほど魔法が上達したかという事。どれくらい家門の役に立てるか、という事。
宮廷魔術師のエイダン・アローに師事したので、そのまま宮廷魔術師になると思っていたが、家門が騎士家系だからという事で、成年前の16歳で第一騎士団に入れられた。
父、母は喜んだが、一番上の兄からは無視されるようになったし、二番目の兄からは「俺を馬鹿にしているだろう」とか「今に痛い目を見るだろう」という呪いのような言葉をかけられ続けた。
そして、それはすぐに現実となり、価値のない者として捨てられた。
その後、師匠であるエイダンがすくい上げてくれて、第三騎士団団長のイーサンに受け入れてもらった。
最初のうちは色々言われたりもしたが、同い年のレイモンドが普通に接してくれて、騎士団に馴染む事ができた。
(……ああ、そうだな、良かったじゃないか、結構……)
暗い道を歩きながら、思い出す。
血の繋がった家族とは今でも疎遠だけれど、第三騎士団という居場所ができた。『騎士殺し』という異名を持つ自分を、全員が認めてくれているわけではない。身内である兄が『あいつは騎士殺しだ』と言うのだから、それを信じる者もいる。しかし、ユージーンを信じてくれる者もいた。
「その『騎士殺し』というのは知っていますが……それって、嘘ですよね?」
身分の高い第一騎士団の団員に向かって、きっぱりとそう言ってくれた人がいた。
新人で、長く付き合ったわけでもない自分の事を信じ、「保身の為に卑怯な噂を流しやがって」と、怒ってくれた。そして、自分の事を守ると言ってくれた。
「……クソ兄貴がっ」
誰に聞かせるわけでもなく、自分の感情でそう言ってくれた、ノア・ヴァーツと出会えたのだ。
(あの時、無性に嬉しくて、ノアの事が気になりだしたんだ)
そして一緒に訓練をして、ぶつかる事も多かったけれど、ノアが成長していくのが嬉しくて、うまくいけば一緒に喜び、気づけば好きになっていた。
(私が誰かを好きになる事なんて、ないと思っていた。それが好きになって、苦しい気持ちも経験したけれど……でも良かった。ノアと出会えて良かった。ああ……ノアが好きなジョシュアが無事で良かった。ジョシュアに何かあったら、ノアは苦しんだだろうから。レイモンドもジョシュアの事が好きだから、難しいかもしれないけれど……まあ、頑張れば、どうなるかわからないから。可能性はあるだろう、君は、努力家だから)
ノアの事を考えると、胸の奥が温かくなってくる。
自分は関われなくとも、ノアが幸せならそれでいい。
(まあ、生きて目の当たりにし続けるのは辛かったかもしれないけれど、私はここで終わりだ。ノア、君の健闘と幸せを祈るよ)
ふと、左の手が温かく感じた。
(……最後に、ノアが手を握ってくれたのは左手だっただろうか……)
左手を見て、ユージーンは思わず微笑んだ。
(ああ……それほど悪くなかったかもな、私の人生は)
「……ここは……私は……」
「ああユージーン、目が覚めたんだね」
目の前には金髪の長い髪を緩く一つに結んだ、優し気な美形の姿があった。よく知る、ウィリアム治療師長だ。
「ここは、嘆きの森から一番近い村の宿屋だよ。どう? 苦しい所はない?」
「は、い……」
どうして、ここにいるのかがわからない。
頭が混乱しているようだ。
「私の指を目で追って。顔は動かさずにだよ」
顔の前で人差し指を動かされ、素直に目だけの動きで追う。
「ん! 大丈夫そうだ! ぼやけたりしない?」
「は、い、大丈夫ですが……一体……」
一度目を閉じ、考える。
(この前は、何をしていた? 何があった? ……そうだ、嘆きの森での魔獣討伐だ。そして、そこで……)
「!!!」
一気に思い出し、ユージーンはガバッと上半身を起こした。
「あ、ああ、私はっ!」
「ちょっとちょっと! そんなにいきなり起きちゃ駄目だよ! はいはい、寝て寝て」
「いや! ちょっと待って下さい! 何がどうなったんですか!」
「えっ?」
「あの時私は、コカトリスに襲われました。薄れていく意識の中で、治療もポーションも効かないと聞いたのに……」
「ああ、聞こえていたんだね」
ウィリアムが、すまなそうに苦笑した。
「すまない、君の意識がないかと思って、その場で団長に報告をしてしまった。ああいう事は、患者には絶対聞かせてはいけない事なのに」
「それは別にかまいません。それよりどうして……なぜ私は生きているのですか?」
「聖女様に、治療していただいたからだよ」
「聖女様?」
「そう。ノアが、第一騎士団のところまで行って聖女様を連れて来てくれたんだ。そして治療も手伝って、君の命を救ったんだよ」
「ノア、が……」
「そうだよ。今はまだ眠っているけど、多分明日には目を覚ますと思うから、そしたらお礼を言うといいよ。本当に頑張ってくれたんだよ、ノア」
「……ウィリアムさん……」
「ん? なんだい?」
ニコニコ顔のウィリアムに、ユージーンは震える声で言った。
「すみませんが、団長を……団長に、お話ししたい事が、あります」
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