スピンオフなんて必要ないですけど!?

カナリア55

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第一章 姉の描いたBL漫画の中に来てしまったらしい

14 ユージーンを救うためには

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 目の前の状況が、受け入れられない。
 嘘だ、という思いで見つめる。
 耳鳴りがして、周りの声がよく聞こえない。

(ユージーンが、コカトリスに……)

 焦ったように何か叫び指示を出しながら、ウィリアムがユージーンの顔を覗き込み、そして手を翳す。

(そう、そうだ。ウィリアムさんは怪我を治せる。大丈夫、大丈夫……)

 ウィリアムに指示されその場を離れた治療師が、ポーションを抱えて戻ってきた。瓶の封を開け、ユージーンにかけている。一本、二本、三本。
 四本目をかけようとしたところで、ウィリアムがその手を止め、首を横に振る。

(なんだ? 治ったのか? もう大丈夫なのか?)

 ようやく足が動かせるようになり、ノアはカクンカクンと、人形が歩くかのように近づいて行って、ウィリアムの横に膝をついた。

「あの……ウィリアムさん、ユージーン様は……」
 
 恐る恐る覗き込んだユージーンの顔は、期待したものではなかった。
 ウィリアムが治癒し、ポーションもかけまくったのに、右の額から頬にかけて三本の大きな傷が走っている。そして、紫色に変色した肌が、明らかにまずい状態だという事を示している。

「コカトリスの毒のせいで治癒が阻害されている。ポーションの効き目も良くない。危険な状態だ」
「そ、んな……あの……どうすれば……何か、手が……」
「…………」

 無言で顔をしかめるウィリアムに、心がざわつく。

「ウィリアム! っ?! ユージーン……」

 状況確認にやってきたイーサンが顔を顰める。

「どうだ、ウィリアム」
「……難しいですね。コカトリスの毒が強すぎて、私の力も解毒ポーションもたいして効かない。力不足で申し訳ないです」
「いや、あのコカトリスは特殊個体で毒も普通より強いんだろう。大きさも通常より大きいし、色も違うしな」

(姉ちゃんっ!)

 そうと決まったわけではないが、姉の趣味が反映された結果のような気がし、ノアはギリッと奥歯を噛んだ。

「とにかく、出来るだけの事はします」
「ああ、頼んだ。命の危険がある者は治療済みだから、他の治療師で大丈夫だ。お前はユージーンに注力してくれ」
「了解」

 厳しい表情で話す二人の横で、ノアは必死に記憶を探っていた。

(漫画では、ユージーンは右目を失明しただけで命は取りとめた。けど今回は、コカトリスの毒のせいで命の危険もある。救おうとしてたのに、もっと酷い状態にしてどうすんだよ! ……駄目だ、絶対死なせない! 何か手は……)


『……聖女の力であれば、どうにかなったかもしれないですが……』
『あの場に聖女はいなかったのだから、しょうがない。まあいたとしても、許可が下りたかどうか……。今からでも治療を受ければ、どうにかなるものか?』
『いえ、時間が経ち過ぎているので無理でしょう』


「ああああっ!」

 ふいに頭に浮かんだ場面に、ノアが声を上げた。

(そうだ! ユージーンが入院中、団長とウィリアムさんがそう話していた!)

「団長! 聖女です! 聖女様に治療してもらいましょう!」

 顔を上げ、ノアは言った。

「聖女様なら、治す事ができるのでは!?」
「聖女? ……可能性はあるな。なんせ、この国で数人しかいない高位の癒し手だ」
「聖女というのは、一般の治療師では癒す事ができない、病をも治す力を持っている方の事を言うからね。しかし、第二王子殿下が許可下さるかどうか……それに、頼みたくても聖女様は第一騎士団の所だ」
「ユージーン様を連れて行く事は?」
「……難しいね。毒が体内に入っているからあまり動かしたくないんだ、毒が早くまわってしまうから。でもここで私が治療し続けたからといって、助けるのは難しいが……」
「なら! 俺が聖女様を連れて来ます!」

 ノアの提案に、二人は顔を見合わせる。

「連れて来るって……本気か?」
「だってそれしか方法が無いのなら、そうするしかないですよね!」
「しかし……」
「きっと拒否されるだろう」

 我が儘を言う子供をなだめすかすように言われたが、ノアは首を横に振った。

「頼んでみなきゃわからない! 何と言われようと、俺は行きますよ!」
「ノア……わかった、ちょっと待て!」

 イーサンがそう言って一旦その場を離れる。そしてその間に、ウィリアムがポーション渡してきた。

「いいかい、回復ポーションだ。さっき一本飲んだから、本来ならあと一本。でも非常時だから、もう一本追加で飲んでいい。で、どうしてもの時はこれ」

 ローブのポケットを探り、通常のポーションより一回り小さいビンを取り出した。

「私が作った特製ポーションだよ。でも、極力飲まないように。害は無いけれど、これ飲んだら2日くらい、物凄く身体が痛いからね。物凄くだよ! 緩和する方法は無いからね!」

 それは、害が無いと言っていいものなのだろうかと疑問を持ちつつ、大切に受け取った。

「ノア! 待たせたな」

 イーサンが何かを持って戻ってきた。

「聖女の派遣を依頼する依頼書だ。あまり役に立つとは思えないが、何も持たずに行くよりはいいだろう。あと、水と携帯食持ってけ」
「はいっ!」

 渡された背負い袋にポーションも入れて肩に掛け、出発の前に一言声をかけようと見ると、ユージーンは地面に毛布に包まれ横になっていた。すぐ横にはレイモンド、そしてその後ろにはジョシュアの姿もある。

「あ! ノア!」

 気づいたジョシュアに声をかけられ軽く頷いた後、レイモンドの反対側に膝をつき、ユージーンの手を握った。

(……冷たい……毒のせいか? 大丈夫なのか? 俺が聖女を連れて戻るまで……いや、大丈夫だ、絶対に!)

「ユージーン様、待ってて下さい。聖女様を連れて来ますから」

 そう声をかけたが、残念ながら反応は何もなかった。その代わり、レイモンドとジョシュアが驚いたように声を上げる。

「聖女を連れてくるだと?」
「そんな事できるの?」
「出来る出来ないの問題じゃない。連れて来るんだ。それしか無い」
「待て! それなら俺も行く」

 レイモンドはそう言ったが、ノアは首を横に振った。

「レイモンド様の怪我、結構酷いですよね。治療を受けてポーション飲んだと言っても」
「えっ?」

 気づいていなかったジョシュアが驚き目を見開く。

「見た感じ、右腕、動かせないでしょう? 今の状態であれば、俺の方がまだ動けます。それに、さっきみたいに予期せぬ魔獣が出る可能性があります、レイモンド様はここでユージーン様を守って下さい。お願いします」
「…………わかった」
「じゃあ、俺、行きます」

 もう一度、ユージーンの手をギュッと握ってから、ノアは第一騎士団の拠点を目指して出発した。

 


☆HOTランキング(女性向け)38位になりました。ありがとうございます!お気に入りも140超えて、本当に、読んで下さる皆様のおかげです。本日ももう一話、昼頃に更新しますので、よろしくお願いいたします。
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