スピンオフなんて必要ないですけど!?

カナリア55

文字の大きさ
上 下
3 / 79
第一章 姉の描いたBL漫画の中に来てしまったらしい

3 これが現実

しおりを挟む
 次に目を覚ましても、残念ながら場所は変わっていなかった。

「ノア、歩ける?」
「ああ……悪いな、ジョシュア」
「ううん、気にしないで」

(ああ、天使の微笑みだ。さすが主人公)

 にっこり笑うジョシュアに癒されながら治療室を出て騎士宿舎へと向かう途中、前方で立ち話をしている二人の男性の姿が見えた。
 顔がはっきりと見えない距離からでも、オーラというか、雰囲気というか、『只者では無い感』が漂っている。

「レイモンド副団長、ユージーン様 」

 ノアとジョシュアは二人の前まで行くとピシッと姿勢を正して敬礼した。

「体調はどうだ」
「ご心配をおかけしてもうしわけございません。もう大丈夫です」

 謝りながら、レイモンドを見る。

(うわ、やっぱりレイモンド、カッコイイな。青みがかった黒の短髪に深い青の瞳の青狼騎士。背は185くらいだっけ? 体格いいし、男も憧れて惚れる男だ) 

「まったく……あの時お前、何か他の事でも考えていたのか? 木剣でなきゃ死んでいたぞ。やる気が無いなら手合わせ申し込んで来るな」
「すみませんでした。ただ、その時の事はよく覚えてなくて……これから気を付けます」

 そう言って頭を下げると、

「記憶の混乱があったと聞いたが?」 

 隣りにいたユージーンが尋ねてきた。
 銀髪の腰近くまである長い髪をゆるく三つ編みにし、紫の切れ長の目をした、人形に見えてしまうほどに整った美しい容姿に、思わず凝視してしまいそうになる。

(うわ……さすが『金犬青狼』イチの美形と言われるユージーン、とんでもない美貌だな。レイモンドよりはちょっと低いけど、俺達よりずっと背が高い。青狼セイロウレイモンドと銀狼ギンロウユージーンが並んで……これもう、コミックスの表紙だよな。すげー、姉ちゃんの絵がそのまま実写化されてるぜ)

 キラキラ輝く可愛らしいジョシュアもいて、主要キャラの華やかさにあてられ居心地の悪さを感じたノアは、その場を離れられる良い言い訳だと、ユージーンの言葉に頷いた。

「はい、ちょっとまだ混乱しているというか……フラフラするので、失礼してもよろしいでしょうか」

 すると、ジョシュアが「えっ! 大丈夫?」と顔を覗き込んできた。

「ノア! 僕につかまって!」
「え? いや、そこまでじゃないから」
「駄目だよ! ほら! 肩貸すからつかまって!」

 レイモンドから向けられる視線が怖くて遠慮しようとしたが、優しいジョシュアはヒョイと肩を組んでくる。

「いや! ホント大丈夫だって!」
「フラフラするって言ったくせに無理しないで! それではレイモンド副団長、ユージーン様、申し訳ございませんが失礼致します」

 ジョシュアがそう言って頭を下げると、レイモンドは「ゆっくり休め」と言ってくれたが、

(こえ~、恐すぎて見れないけど、絶対レイモンドに睨まれてる! あーもー、ここは逃げよう)

 ペコリと頭を下げ、歩き出す。

(今はまだ、レイモンドは自分がジョシュアの事を好きだっていう事を認めていないあたりだよな? 気になってはいるけど色恋だとは思ってない、というか、必死に違うって思っているというか。で、この後の『嘆きの森遠征』の時に、ジョシュアの事を愛しているって認め、告白するんだ)

 背中にチクチクとした視線を感じながら、ノアは宿舎を目指した。




 宿舎に帰り、食堂で食事をし、大浴場でサッパリし……自室でようやく一息つく。一人部屋なのがありがたい。

「……どうなってんだ、これ。なんでこんな事になってるんだ? 俺、死んだのか?」

 現実世界で何が起きたのか全く思い出せないが、料理の味はするし、つねってみた頬は痛いし、夢ではなさそうだ。

「となったら、ここで平和に暮らしていけるように対策をたてないと!」

 姿や名前、聞いた話から、やっぱりここは姉の人気作『金の毛並みの子犬は青狼騎士様のお気に入り』の中で、自分は主人公の友人で同期のモブ、ノア・ヴァーツになってしまっている。
 設定では孤児院育ちで、14歳で院を出なければならなくなった時、衣食住が保証されるからと国の騎士見習いに応募。合格して剣術を学び、18歳で成年となった今年、第三騎士団配属となった。新人の中で一番の実力者と言われている。
 ちなみにヴァーツは孤児院の名前で、この孤児院で育った子供は皆、ヴァーツを名乗る。

 主人公のジョシュア・パーシットは同い年で、第三騎士団の同期として仲良くなった。
 パーシット伯爵家五男のジョシュアは、頭は良いがあまり身体を使う事が得意ではない。日々の訓練をこなすのに苦労して、周りに馬鹿にされたりお荷物扱いされがちだが、貴族だからと威張ったりしないので、孤児院育ちのノアと仲良くなり、その後はノアが良く面倒を見てやっている。

「二人とも170センチちょいで騎士にしては背が低くて、そんなところもお互いに親近感もってるんだよな」

 そんなジョシュアを気に掛けるレイモンド・ヴァーツ。ノアと同じ孤児院の出身で、ノアがずっと憧れ尊敬している存在だ。レイモンドは23歳という若さで第三騎士団の副団長で、団長に次ぐ実力者。弱いけれども一生懸命で真っすぐなジョシュアの事を気にかけているうちに好きになり、この後訪れる『嘆きの森遠征』での出来事をきっかけに付き合い始める。

「青狼様、強くてかっこいいんだよな……ユージーンも好きになるはずだ」

 ユージーンはフィンレイ侯爵家の三男だ。力のある魔術師で、成年前の16歳という異例の若さで第一騎士団に配属された。けれど不運な事に、強力な魔獣との戦闘で第一騎士団が危機状況に陥る出来事があり、そのショックから戦う事ができなくなっていた。けれど、レイモンドと出会い、立ち直り、それ以降レイモンドに想いを寄せていた。

「でも、レイモンドはジョシュアの事が好きになって、ユージーンは失恋してしまうんだよな。しかも、嘆きの森遠征で大怪我をして、右目の失明と、顔に大きな傷を負ってしまうんだ。漫画の方では療養中ってことで、しばらく出ていない。それを姉ちゃんは復活させて、ノアとくっつけるつもりだったらしい。ノア……それが、俺なんだよなぁ……」

 会社を辞め、身体的にも精神的も弱っていた自分に手を差し伸べてくれた姉に対し『数合わせりゃいいってもんじゃないだろう』などと暴言を吐いた罰があたったのだろうか。

「……でも、幸いにもまだ『嘆きの森遠征』の前だ。頑張れば、ユージーンが怪我するのを回避できるんじゃね? そしたらノアがユージーンとくっつくのも回避できる?」

 視力を失うとか、芸術品のように美しい顔に傷が付くとか、そういう事が無ければユージーンは、いずれ家柄の良い貴族令嬢だとか、ノアみたいなモブじゃない貴族の令息と付き合うのではないだろうか。 

「そうだよ! 姉ちゃんはまだ描いてなかったし! ユージーンとノアのスピンオフは必要無し! 俺が、阻止してやる!」

 彰、もとい、ノアはこぶしを握りしめてそう決意するのだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

聖女としてきたはずが要らないと言われてしまったため、異世界でふわふわパンを焼こうと思います!

伊桜らな
ファンタジー
家業パン屋さんで働くメルは、パンが大好き。 いきなり聖女召喚の儀やらで異世界に呼ばれちゃったのに「いらない」と言われて追い出されてしまう。どうすればいいか分からなかったとき、公爵家当主に拾われ公爵家にお世話になる。 衣食住は確保できたって思ったのに、パンが美味しくないしめちゃくちゃ硬い!! パン好きなメルは、厨房を使いふわふわパン作りを始める。  *表紙画は月兎なつめ様に描いて頂きました。*  ー(*)のマークはRシーンがあります。ー  少しだけ展開を変えました。申し訳ありません。  ホットランキング 1位(2021.10.17)  ファンタジーランキング1位(2021.10.17)  小説ランキング 1位(2021.10.17)  ありがとうございます。読んでくださる皆様に感謝です。

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

勇者パーティを追放された聖女ですが、やっと解放されてむしろ感謝します。なのにパーティの人たちが続々と私に助けを求めてくる件。

八木愛里
ファンタジー
聖女のロザリーは戦闘中でも回復魔法が使用できるが、勇者が見目麗しいソニアを新しい聖女として迎え入れた。ソニアからの入れ知恵で、勇者パーティから『役立たず』と侮辱されて、ついに追放されてしまう。 パーティの人間関係に疲れたロザリーは、ソロ冒険者になることを決意。 攻撃魔法の魔道具を求めて魔道具屋に行ったら、店主から才能を認められる。 ロザリーの実力を知らず愚かにも追放した勇者一行は、これまで攻略できたはずの中級のダンジョンでさえ失敗を繰り返し、仲間割れし破滅へ向かっていく。 一方ロザリーは上級の魔物討伐に成功したり、大魔法使いさまと協力して王女を襲ってきた魔獣を倒したり、国の英雄と呼ばれる存在になっていく。 これは真の実力者であるロザリーが、ソロ冒険者としての地位を確立していきながら、残念ながら追いかけてきた魔法使いや女剣士を「虫が良すぎるわ!」と追っ払い、入り浸っている魔道具屋の店主が実は憧れの大魔法使いさまだが、どうしても本人が気づかない話。 ※11話以降から勇者パーティの没落シーンがあります。 ※40話に鬱展開あり。苦手な方は読み飛ばし推奨します。 ※表紙はAIイラストを使用。

処理中です...