スピンオフなんて必要ないですけど!?

カナリア55

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第一章 姉の描いたBL漫画の中に来てしまったらしい

2 いきなりの出来事

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 目を開けると、見知らぬ板張りの天井が見えた。

(……ええと……?)

 困った事に、どういう状態なのかわからない。
 彰は再び目を閉じ、考える。

(えーと、どうしたんだっけ? 姉ちゃんのサイン会に、荷物持ちとして同行したんだよな? サイン会……やった? 会場行く前に何かあった?)

 左右を見る。残念ながら頼りの人物、姉の姿はない。しかしそのかわりに、

「ノア! 大丈夫?」

 寝ていたベッドのすぐ横にいた青年が、心配そうに声を掛けてきた。
 クルリとゆるく癖のある金髪、碧眼、白い肌、美しく可愛らしい、天使のような……、

「……誰?」
「!?」

 クリっとした目を更に大きく見開き、青年はグイッと顔を近づけた。

「僕だよ! ジョシュア! 大丈夫!?」
「……大丈夫……じゃない……」

 あまりのショックに、無意識のうちに唾を飲み込もうとしたが、口の中がカラカラに渇いていて喉が張り付く。

「俺は……誰だ?」
「ノアだよノア! ノア・ヴァーツ。第三騎士団所属のノア・ヴァーツだよ!」
「あー……そうかぁ……うん……」
「ちょ……ちょっと待ってて! 今、治療師さん呼んで来るから!」

 そう言って部屋を飛び出して行ったジョシュアの後ろ姿を見ながら、痛い程にドキドキする胸に手をあてた。

「やばい……俺、姉ちゃんの漫画の中に来てるって事?」

 しばらくしてジョシュアは、白地に青のラインの入った上下揃いの服を着た30歳前後の男性と部屋に入って来た。呼んで来ると言った治療師なのだろう。金髪の長い髪を一つに括っていて、紫のような青のような深い色の瞳が優し気な、なんかこう、キラキラした美形で、見覚えがある。

「レイモンドにおもいっきり打ち込まれて脳震とう起こしたから、そのせいで記憶がとんだのかなぁ……」
「ええっ、そんな……ウィリアムさん、ノア、大丈夫なんでしょうか」
「んー、少し様子を見てみないとなんともねぇ……」

(……そうだそうだ、第三騎士団治療師長のウィリアムね。あんまり出番はないけど美形で隠れた人気の。で……)

 会話をしている二人に、彰はおずおずと声をかける。

「えーと……ここはサイン会場で、お二人は『 金犬青狼キンイヌセイロウ』のファンでコスプレしているってわけじゃぁないんですよね?」
「……彼、何を言っているんだい?」
「わかりません……ううっ、ノアが壊れてしまった」

 戸惑った表情のウィリアム治療師と泣きそうな表情のジョシュアに、彰は左右に首を振った。

「いや、すみません、なんか混乱して……えーと、俺はノア・ヴァーツ、なんですね? あのっ、鏡とかって無いですかねっ」

 ウィリアムが上着のポケットから小さな手鏡を出して渡してくれる。

「ありがとうございます」

 鏡をのぞくと、茶色い髪、茶色い目、目の前の二人ほどキラキラはしていないが、いつも見ている顔より整った、若く可愛い顔。

「ノア・ヴァーツかぁ……はぁ……嘘だろオイ……」

 両手で顔を覆い、ため息をついた。

「ちょっと、本当に大丈夫?」

 心配気に声をかけるジョシュアを見て、コクリと頷き、再び手で顔を覆う。

(ヤバイ、これ現実か? 夢じゃないのか? どうして急に? 何があった? 俺死んだのか? 姉ちゃんはいないみたいだけど……)

「心配だけど、今治療中で待たせている人がいるから、行ってきていいかな?」
「はい、ちょっと頭が混乱しているけど、もう大丈夫です。ありがとうございました」
「そう。それじゃあ、もう少し寝ていなさいね。なんかあったらまた呼んで」

 そう言ってウィリアムは出て行き、またジョシュアと二人になる。

「あー……ちょっと、記憶があやふやなんだけど、俺、レイモンド様との手合わせで脳震とう起こしたのか?」
「うん。なんか急に動きが止まって、そこにガツンと」
「そうか……えーと、最近起きた事、なんかある? 魔獣討伐とか行った?」
「ひと月前にサラマンダー討伐に行ったね」
「サラマンダーか……てことは、3巻あたりだな」
「山間じゃなくて、東の砂礫地だよ?」
「あ、いや……ああ、そうだな、うん、そうだ」

 誤魔化しつつ、考える。

(てことは、まだレイモンドとジョシュアはくっついていない。ユージーンも怪我していない。ここから、なんとかできるか? 俺)

「……ノア、大丈夫? 少し、寝たら?」
「ああ……そうだな、そうするよ」
「じゃあ僕、訓練場に戻るね。終わったら迎えに来るから」
「ああ、悪い。よろしく」

 ジョシュアを見送り、彰、いや、ノアは『目が覚めたら現実世界に戻っていればいいな』と思いながら目を閉じた。



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