悪役令嬢の無念はわたしが晴らします

カナリア55

文字の大きさ
上 下
116 / 122
第四章

思い出しました

しおりを挟む
 城から屋敷に帰り、エリザベートはすぐに自室の本棚で探し物をした。

(確か、トーント童話全集のどこかに……)

 30巻からなる童話集を函から出して中を調べていく。そして、

「あったわ……」

 16巻目の函から、童話本ではないものを見つけた。

「これね、お父様が返すようにと言っていた物は……」

 椅子に腰かけ、中を確認する。

「お母様の、日記……」

 それは、エリザベートの母である、エレノア・スピネルの最後の日記だった。

(お母様の遺品は全て処分されたと思っていたけれど、小さな部屋にしまってあるのを見つけたんだったわ。そして、この日記をこっそりと持ち出した……)

 その日記には、エリザベートが知らなかった驚くべき事が書かれてあり、それを読んだエリザベートは、公爵に日記を読んだ事を話したのだった。そしてその後、毒のせいで記憶を無くしたのだが……、

(……思い出した事、話した方がいいわよね)

 これからもずっと、思い出していないふりを続けるのも一つではあるが、

「これは、話してきちんと区切りをつけるべき事だわ」

 その夜遅くなってから、エリザベートは日記を抱えて父親の執務室へと向かった。




 扉を叩き『エリザベートです』と声を掛けて待つ。

「入れ」

 返事を待って、扉を開ける。
 入室を許可したが、公爵は仕事中のようだった。書類を読み、何か書いている。

(そういえば、最初会った時もそうだったわね。今日は待たないわよ)

「失礼致します、お父様。思い出しましたので、お返しする物を持って参りました」

 執務室の机の前に行きそう言うと、公爵は書き物をしていた手を止め、顔を上げた。

「……そうか……」

 親指と人差し指で、両の目頭を揉み、フーッと息を吐いた。

「エレノアの、日記だな」
「はい。お父様がお母様の遺品をしまい込んでいた部屋から見つけ、持ち出していた物です」

 日記帳を机の上に置き、エリザベートは言った。

「勝手に持ち出し、申し訳ございませんでした。偶然見つけ、どうしても読んでみたくなったのです。お母様もわたくしと同じように、伴侶となる人には別に愛する人がいて、その事をどのように耐えていたのか知りたかったので」
「…………」
「日記を読んで驚きました。お母様より先にフローレンス様が妊娠してしまい、世間体の為に、出産を諦めていたのですから……」

(そう、今日王妃殿下の言葉を聞いて記憶が戻ったのは、浮気相手の方が先に妊娠してしまったら、という言葉を聞いたから。日記にその事が書かれていたのは、お母様が亡くなる少し前だった)



『今日、旦那様からフローレンスが妊娠したという事を知らされた。エリザベートが産まれてからだいぶ経つけれど、わたくしはその後、妊娠はしても出産には至らない事が続いているから、旦那様は彼女に子を産ませたいだろう。
 わたくしと旦那様が結婚する前に、彼女は一度、子を諦めている。結婚できず、子も諦め、それでもずっと旦那様を愛し続けている。
 旦那様はご両親に彼女との結婚を反対され、諦めるしかなかった。わたくしはそんな事情を知っていたけれど、我が家門の為に結婚を断る事はできなかった。
 でも思いのほか、わたくしは幸せに暮らしている。
 エリザベートは可愛いし、公爵家の女主人として仕事もやりがいがある。着飾って社交界に出るのも楽しい。
 公爵夫人としての地位は確立できているから、フローレンスを第二夫人に迎えられても、別にどうってことないような気がする。旦那様はわたくしに遠慮をしているから、わたくしの方から、第二夫人として迎えては、と提案した方がいいだろうか』

『今日、街でフローレンスと偶然出会った。挨拶をしたら、領地から送られて来た珍しい品をちょうど持っていると、綺麗な砂糖菓子をくれた。まだ体型は変わっていなかったけれど、顔色が少し悪いようだった。もしかしたら悪阻で具合があまり良くないのかもしれない。そういう時に、砂糖菓子をちょっと口にすると紛れたりするものだから、その為に持ち歩いていたのだろう。貴重な物だろうと思い一度は断ったが、沢山届いたからと勧めてくれたので、ありがたく頂戴した。
 旦那様に、彼女を第二夫人に迎えてはどうか、という話はしたけれど、その事については何も言っていなかった。まだ、聞いていないのだろうか。まあ、わたくしが彼女に言うのもどうかと思うので、黙っていたけれど』



「……お母様は、フローレンス様から砂糖菓子をもらった事を書いていました。砂糖菓子は、わたくしも時々もらった事があります。王太子教育で辛い思いをした時などにもらって……お母様と一緒だな、と少し嬉しくなりました。その一方で、お父様の事はとても酷く、最低の人間だとしか思えませんでした」
「それで、日記を読んだ事を言いに来たわけだな」
「はい。ちょうどレオンハルト様の事でイライラしていたので、男は女性を何だと思っているんだ、と言いたくて。お母様の日記を読みました、お父様は酷いです、と、わざわざ言いに来ましたね、ここに」
「ああ、そうだな」
「そんな事を言ってもどうしようもないのに、あの時は、とにかく自分の不満をどこかにぶつけたかったんです。完全な八つ当たりでした」
「まったくだな」

 しばし、嫌な沈黙が続く。

「その後、先日話した、レオンハルト様とルチア嬢の情事を目撃してしまい……もう、本当に絶望して帰った時、フローレンス様から砂糖菓子をもらったのです。わたくしが辛い顔をしていたから心配して、元気づけようとくださったのだと思いました。そうして、自室で口にして……わたくしは、血を吐きました」
「…………」
「砂糖菓子には、毒が仕込まれていたのです」
「…………」
「お母様が亡くなったのは突然でした。急に体調を崩したと聞かされておりましたが……本当は、フローレンス様に毒を盛られたのではないですか?」
「……そうだ……」

 絞り出すように、公爵は言った。

「エレノアと結婚する前にフローレンスが妊娠してしまい、私は、彼女に子を諦めるように言った。結婚前に、婚約者以外の女性との間に第一子を儲けるなど、あってはならない事だった。フローレンスも納得したと思っていた」
「納得、できるわけがございません。女性、いえ、他人を、自分にとって都合よく考えすぎですわ」
「……確かに、そうだな」

 呟くようにそう言うと、椅子の背にもたれて疲れたように目を瞑り……少ししてから座り直し、口を開く。

「エレノアから、フローレンスを第二夫人に迎えてもいいと言われはしたが、私は迷っていた。父にフローレンスとの事は強く反対され『彼女と結婚するのならば公爵家は継がせない』とまで言われていたし、エレノアの両親にも『公爵家との縁はありがたいが、娘を不幸にしてまで結びたいとは思っていない』と言われ、公爵家にエレノア以外の女性は迎え入れないとの約束をして結婚したという経緯があったからな。そういう私の態度にフローレンスは、また子を諦めろと言われるのでは、と不安になったのだろう」
「今度は諦めたくないと思い……その為には、お母様が邪魔だったのですね」
「…………」
「偶然を装って出会い、毒入りの砂糖菓子を渡した。そしてお母様は、疑う事なく砂糖菓子を食べ、亡くなった……」
「……あの日エレノアは、街でフローレンスと会ったと話し、早く、第二夫人として迎えると言ってやってくれと……この菓子は希少な糖蜜を使っていて王都では手に入りにくい物だから、エレノアだけで大切に食べるようにと言われたと……彼女とならば、上手くやっていけそうだと笑顔で口に入れ、むせて……エレノアの口からは血が……急いで治療したが、駄目だった」

 一度言葉を切り、公爵は両手をギュッと握りしめて『これは嘘ではない』と言った。

「エレノアは、私に言ったのだ。フローレンスを許すと。許すから、フローレンスを後妻として迎えるようにと。それが、スピネル公爵家の、そしてエリザベートの為になるからと」
「…………」
「嘘ではない! 本当なのだ! 決して嘘では」
「ええ、そうでしょう。疑ってはおりません」

 エリザベートは、公爵をしっかりと見つめて言った。

「だってわたくしも、そう思いましたもの」

 忘れていた記憶。
 ずっと思い出せなかった、死の原因。

「どうせ死ぬのであれば、残る人たちが幸せであった方が良いと」

(だから、思い出さなかったのね……)

 エリザベートの言葉に、公爵はガックリと肩を落とした。


しおりを挟む
感想 174

あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

ペットたちと一緒に異世界へ転生!?魔法を覚えて、皆とのんびり過ごしたい。

千晶もーこ
ファンタジー
疲労で亡くなってしまった和菓。 気付いたら、異世界に転生していた。 なんと、そこには前世で飼っていた犬、猫、インコもいた!? 物語のような魔法も覚えたいけど、一番は皆で楽しくのんびり過ごすのが目標です! ※この話は小説家になろう様へも掲載しています

はずれスキル念動力(ただしレベルMAX)で無双する~手をかざすだけです。詠唱とか必殺技とかいりません。念じるだけで倒せます~

さとう
ファンタジー
10歳になると、誰もがもらえるスキル。 キネーシス公爵家の長男、エルクがもらったスキルは『念動力』……ちょっとした物を引き寄せるだけの、はずれスキルだった。 弟のロシュオは『剣聖』、妹のサリッサは『魔聖』とレアなスキルをもらい、エルクの居場所は失われてしまう。そんなある日、後継者を決めるため、ロシュオと決闘をすることになったエルク。だが……その決闘は、エルクを除いた公爵家が仕組んだ『処刑』だった。 偶然の『事故』により、エルクは生死の境をさまよう。死にかけたエルクの魂が向かったのは『生と死の狭間』という不思議な空間で、そこにいた『神様』の気まぐれにより、エルクは自分を鍛えなおすことに。 二千年という長い時間、エルクは『念動力』を鍛えまくる。 現世に戻ったエルクは、十六歳になって目を覚ました。 はずれスキル『念動力』……ただしレベルMAXの力で無双する!!

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

処理中です...