悪役令嬢の無念はわたしが晴らします

カナリア55

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第四章

謝罪

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「レオンハルト様が? わたくしに?」
「はい、今、部屋の外にいらっしゃっているのですが……どう、致しましょうか……」

 騎士も当惑した様子で、指示を仰いでくる。

「どうと言われても……」
「リザ、会うのはよした方がいいのでは?」
「ヴィヴィちゃんの言う通りだよ。うちの兄みたいな事にならないとも限らないし」
「そう、よね。……殿下に、わたくしが拒否したと伝えてちょうだい」
「はっ、かしこまりました」

(……あの騎士には悪いけれど、断ってもらいましょう。顔を合わせない方がいいわね)

「で、殿下っ! お待ちください!」

 扉付近が騒がしくなる。

(えっ? どうしたの?)

 不安になりながら扉の方を見ると、制止する騎士を押しのけて部屋に入ってきたレオンハルトが見えた。

「エリザベート! 頼む、少しだけでいいんだ、話をさせてくれ!」

 ルークが素早くレオンハルトの視線から隠すようにエリザベートの前に立ち、エドワードが慌ててレオンハルトに駆け寄った。
 
「兄上! エリザベートは会わないと言ったのです。こんな強引な行動はお控え下さい! 一体どうしたというのですか」
「……謝罪に、来たんだ」
「えっ?」
「エリザベート……すまなかった」

 自分に向かって深く頭を下げる姿を、ルークの陰から見る。

(なんのつもり? 謝罪ですって? 今更なにを言っているの?)

 そう思いつつも、大勢の前で頭を下げ続けるその姿に戸惑う。

(人前で頭を下げるなんて、国王に命じられでもしない限り決してしない人が……)

「今更だが……きちんと謝罪したくて……エリザベートとはもう、いつ会えるかわからないし……」
「兄上?! それはどういうことですか?」

 思いつめたようなその言葉に、堪らずエドワードが尋ねる。

「今度の件で、王太子の身分は剥奪された。あんな愚かな真似をしたのだから、しょうがない。自分の行いのせいだ。後で話しがあると思うが、王太子は改めて選定されるそうだ」
「……そう、ですか……」
「そして俺は、しばらく辺境の地へ行く事になるらしい」
「…………」

 皆、驚き、しかし何も言えず沈黙した。

(自業自得よ。わたしが同情する必要も、謝罪を受け入れる必要もないわ)

 そう思いつつも、心は乱れている。

(謝罪なんて、されない方が良かったわ。関わって、心を乱されたくなどないのに)

「……エリザベート、どうか……二人で話をしてくれないだろうか」
「…………」

 断ろうという思いと、謝罪するレオンハルトを多くの人の目に晒してはいけないという思いが混ざり合う。

(さっき、生徒会準備室での嫌な場面を思い出したせいで、その時のエリザベートの感情が強くなっているのかもしれない。どんな事があってもこの人を支え続けなければいけない、それが自分の存在意義なのだ、そう覚悟し、全てを呑み込もうとしたエリザベートの……)

「……わかりました。短い時間で、よろしければ」
「リザ!」

 ヴィクトリアが血相を変えて、小声でエリザベートに言う。

「何言っているの?! 駄目よ! 二人きりだなんて。また酷い事を言われるかもしれないじゃないの!」
「大丈夫よ。別に、何を言われても傷ついたりしないわ」
「ですが、暴力でも振るわれたら……」
「心配しないで、クリス。これだけの人がすぐそばにいるのに、暴力なんて振るわないわよ」
「でも……」

 心配気にチラチラとレオンハルトを見るクリスティーナが、意を決したように言う。

「わ、わたしっ、廊下で待っていますっ!」
「……そうね、リザが二人で、と言うのであればそうしましょう。レオンハルト殿下、わたくし達は廊下におりますので」
「ああ、すまない。感謝する」

 臆する事なく『すぐそばにいる』という事を宣言したヴィクトリアに、レオンハルトは弱々しく笑いながら礼を言い、二人を残して皆部屋の外へ向かう事になった。

「エリザベート様、私は……」
「ルーク、貴方も外で待っていてちょうだい」
「……はい」

 最後にルークが出て行ってから、エリザベートはレオンハルトに向き合った。

「二人きりで話す機会を感謝する」
「話さなければ、終わらなそうだったので」
「フッ……そなたらしい考えだな」
「皆が、部屋の外で待っています。話があるなら早くお願い致します」
 
 そう言うと、レオンハルトは寂し気に笑った。

「悪かった、本当に。今更だが、エリザベートが俺にとってどんなに大切な存在だったのか、わかった」
「本当に、今更ですわね。散々わたくしを否定する言葉を浴びせておいて……まあ、あれが殿下の本心でしょうし。婚姻を結ぶ前に明らかになって良かったですわ」
「あれは……決して本心じゃない……信じては、もらえないだろうが」

(……ありえない事を言うのね、この人)

 呆れながら、エリザベートは『そうですわね』と答えた。

「本心ではないなんて……まさか、言わされたとでも言うのですか? そんなわけないでしょう」
「ルチアに、俺は充分頑張っていると言われたんだ。そして、全く褒めないエリザベートは冷たいと。……正直俺は、疲れていた。王太子として相応しくあれと言われ、なんでも完璧にできて当たり前だと言われ、努力したって当然の事としか言われないし……ルチアに褒めてもらってチヤホヤされて、いい気分だったんだ、すごく」
「…………」
「エリザベートは厳しい事しか言ってくれないから、ルチアの甘い言葉がとても心地良くて……俺は王太子だから、なんでも思った通りにできる存在だと言われて、その気になった。愚かだったと、今になって思う」
「……そうですか」
「王太子となってから、ずっとエリザベートと共に国の為にと努力してきたのに……王太子という身分も、エリザベートも、失ってしまった……」
 
 確かに、レオンハルトは努力していた。
 地道な事が嫌いで、面倒な事はエリザベートに押し付けるようなところはあったが、それでも、全く努力しなかったわけではない。他の多くの学生達よりは、努力していただろう。
『国王となるのだから当たり前の事』と言うのは簡単だが、『王妃となるのだから当たり前の事』と言われて様々な事を強要され続けて来たエリザベートには、現在彼が感じている喪失感は、痛い程よくわかった。

「……残念ですわね。貴方も、わたくしも」
「エリザベート?」
「努力、致しましたわ、わたくし達。ですが、いくら努力しても、我慢をしても、失う時は失います。誰かのせいであったり、自分のせいであったり……わたくし達は、大きなものを失いました。ですが、これで終わったわけではございません。王太子は改めて選定するというのであれば、それは、まだレオンハルト様を諦めてはいないという、国王陛下のお心なのではございませんか? どちらの地へ赴く事になるのかはわかりませんが、そこでしっかりと結果を出せば、あるいは」
「そんなわけないだろう!」

 レオンハルトが言葉を遮った。

「多くいる第一王子派の貴族連中に配慮してそう言っただけで、もう、エドワードが王太子になる事は決まったようなものだろう! これまで俺の事をチヤホヤしていた奴らだって、既に俺を見限っている。陛下は俺を次期王にしたがっていたが、元々あまり資質がないと思っていた、とか、エリザベートが婚約者だからこそどうにかなると思っていたが、そうでないなら到底国を治める事など無理だろう、と言っている」

 悔しそうに、レオンハルトは顔を歪ませた。

「あいつら、エリザベートは優秀だがただそれだけで、民に寄り添っていない。平民だったルチアの方が民の人気も集められるだろうって言っていたくせに、今になって、ルチアは自分の事ばかりで民の事は考えない人物だった、エリザベートは慈善活動にも積極的だったのに、とか言い出して……」
「そういうものなのですよ。今あるものよりも別のものの方が良く見えるけれども、いざ替えてみたら、前の方が良かったと感じる……そういう事は、よくある事ですわ」



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