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第四章
奴隷の主としては少し
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(……ルークがあんな事を言うなんて……)
ルークの告白から数日。エリザベートはずっとモヤモヤしていた。
(告白されてしまった。愛してるって、言われてしまった。動揺して断ってしまったけれど……ええっ? これからどうしたらいいの?)
表情には出さず、しかし心の中は嵐状態だ。
(そりゃあ、ルークは可愛くていい子よ。同じ齢だけれどわたしには前の記憶もあるから、弟のように思っているわ。好きは好きでも恋愛感情ではないのよ。ルークにも言ったけれど、そもそもわたし、恋愛はもういいかな、と思っているし。だって『男なんて信用できない』と思っても仕方がない事が連続してあったんですもの。もちろん、これまでの男共と違ってルークは誠実だろうけど、でもでも……そもそも、奴隷契約のせいでわたしの事を好きになっているという事はないのかしら。それならちょっと嫌だし……)
「エリザベート様」
「え? あ、はい」
名前を呼ばれて我に返り、返事をする。
「どうかされましたか?」
「いえ、ちょっと考え事をしてましたわ」
「そうですか」
笑顔でエリザベートの向かいのソファーに腰かけるゴーディ。
「少しお話ししても?」
「ええ、もちろんですわ」
この日エリザベートは、マダム・ポッピンと共にゴーディ商会を訪れていた。商会が新しく仕入れたシルク生地を購入する為である。
王妃殿下から贈られた、各国の珍しい織物や毛皮と組み合わせて新しいドレスを作ろうと、マダム・ポッピンはウキウキと生地を見ていて、お供として同行したアメリアとルークの二人は、新しい衣類を購入する為に別の部屋に行っている。
「先ほど、彼と話をしたのですが」
「ルーク、とですか?」
「ええ。どこか少し、様子がおかしい様な気がしまして」
「……何か、言っていましたか?」
「いいえ、特には。体調は良いし困った事も無い、とても良くしてもらっている、としか」
「そうですか」
「ですが、エリザベート様も何かお悩みの様子ですし……何かあったのでしょうか?」
「…………」
(どうしよう……相談してみる? 屋敷の皆や学園の皆には相談できないし、ゴーディさんが一番適役かもしれないわ。男性だし、大人だし、奴隷商だから……)
「……ルークが『騎士の誓い』をしてくれたのですが……その……どういうものなのでしょう。奴隷は主人の言いつけを守ると、最初に仰ってましたでしょう? 誰かを好きになったとしても、主人を裏切る事はないと。そういう契約を施すわけですから、そのせいで主人の事が好意の対象にもなるのでしょうか?」
「そういうのとは少し意味合いが違いますね。『第一優先としなければならない対象』になり、自分の意思ではなく、強制的にそうしなければならないのです。そして、好意の対象とはなりません。嫌いであれば『嫌いだが命令に従わなければならない』となります。好意を持つかどうかは、奴隷契約とは関係ありません」
「そうですか……」
「彼に、忠誠だけではなく、愛も誓われたのでしょうか?」
「……ええ、まあ……」
「なるほど……」
エリザベートはモジモジしながら答えたが、ゴーディは『そうでしょうね』とあっさり、そして深く納得して頷いた。
「これまで多くの奴隷を扱い、商売してきた者の意見として言わせてもらえれば、エリザベート様は奴隷の主人には向いておりません」
「主人に向いていない……良い主人ではないと?」
「良い主人です。が、奴隷を使うには、優しすぎるのです」
「優しすぎる……」
「そうです。エリザベート様は、彼の事を憐れんでお買い求めになったでしょう」
「ええ、まあ……ですが、それだけではありませんよ? 可愛かったですし、安かったですし、そういう事もちゃんとあって決めましたわ。同情だけではありません」
「勿論、そうでしょう。ですが、買い取った後は良い物を沢山食べさせ、上等な衣類を与え、訓練をさせ、教養まで身に付けさせた」
「それは……悪い事ですか?」
「悪くありません、良すぎるのですよ。奴隷をそこまで大切に扱う主人は多くありません。しかも、元々彼は恵まれない環境で育ってきました。奴隷になってからも、獣人だし、そのくせ小さいので売れず、自分はどうなってしまうのだろうと精神的に参っていたでしょう。それが、優しくされ、大切にされ、しかもそうしてくれるのが美しい女性なのですから、好きになってしまうのも仕方がないでしょう。しかし」
ゴーディは一度言葉を切り、エリザベートをジッと見つめた。
「……彼は奴隷です。気にかける事などございません。もしエリザベート様がお困りでしたら、私の方から忠告致しましょうか? 主人を煩わせるような事をするな、身の程を知れ、と」
「ああ、別にそれほど困っているわけではないんです。わざわざゴーディさんに言って頂かなくても大丈夫ですわ」
慌ててそう言うエリザベートに、ゴーディは苦笑した。
「そういうところですよ、奴隷の主人に向いていないというのは」
「そういう……?」
「奴隷の気持ちなど気にかけず、思い通りにならないのならば売却する、くらいの気持ちで接しませんと」
「それは……無理ですわ」
「ハハ、さようでございますか。いや、私は、奴隷の主人として失格と言っているわけではなく、向いていないと言っているだけで、とても良い主人ですよ」
「……はぁ……まだまだ、小娘ですから……なかなか割り切って考える事ができなくて」
「同年代の方に比べ、かなり聡明でしっかりされていますよ」
「いいえ……」
(実際は、二十代半ばまで経験していますから。とはいえ、こっちの世界に来てからの方が、責任感をもって行動しているわね。向こうでは、もっと気楽に楽しく、何も考えず暮らしていたから……)
「お待たせいたしました、エリザベート様!」
「ああ、お帰りなさい」
笑顔のアメリアと、その後ろですまなそうな顔をするルークが部屋に入ってきた。
「わたしのドレスの他に、妹用の服まで買っていただいてしまい、なんとお礼を申し上げてよいか」
「いいのよ、アメリアにはいつも頑張ってもらっているのだから。それに、弟さんにルークのおさがりの服をあげるのに、妹さんに何もないのはかわいそうだもの。お母様の分も一緒に選んで良かったのよ?」
「ありがとうございます。でも母には、わたしが買ってあげたくて……お給料、沢山頂いておりますから!」
「そう。いい娘をもってお母様は幸せね。ルークも、ちゃんと選んだ?」
「はい、ありがとうございます。すみません、いつも……」
「いいのよ。小さくて着られない服はアメリアの弟さんが着てくれる事になって無駄にならないのだから……んんっ、気にしないで」
ニコニコしながら会話を聞いているゴーディの目が『ほら、やっぱりいい主人だ』と言っているようで、少し恥ずかしく思うエリザベートだった。
ルークの告白から数日。エリザベートはずっとモヤモヤしていた。
(告白されてしまった。愛してるって、言われてしまった。動揺して断ってしまったけれど……ええっ? これからどうしたらいいの?)
表情には出さず、しかし心の中は嵐状態だ。
(そりゃあ、ルークは可愛くていい子よ。同じ齢だけれどわたしには前の記憶もあるから、弟のように思っているわ。好きは好きでも恋愛感情ではないのよ。ルークにも言ったけれど、そもそもわたし、恋愛はもういいかな、と思っているし。だって『男なんて信用できない』と思っても仕方がない事が連続してあったんですもの。もちろん、これまでの男共と違ってルークは誠実だろうけど、でもでも……そもそも、奴隷契約のせいでわたしの事を好きになっているという事はないのかしら。それならちょっと嫌だし……)
「エリザベート様」
「え? あ、はい」
名前を呼ばれて我に返り、返事をする。
「どうかされましたか?」
「いえ、ちょっと考え事をしてましたわ」
「そうですか」
笑顔でエリザベートの向かいのソファーに腰かけるゴーディ。
「少しお話ししても?」
「ええ、もちろんですわ」
この日エリザベートは、マダム・ポッピンと共にゴーディ商会を訪れていた。商会が新しく仕入れたシルク生地を購入する為である。
王妃殿下から贈られた、各国の珍しい織物や毛皮と組み合わせて新しいドレスを作ろうと、マダム・ポッピンはウキウキと生地を見ていて、お供として同行したアメリアとルークの二人は、新しい衣類を購入する為に別の部屋に行っている。
「先ほど、彼と話をしたのですが」
「ルーク、とですか?」
「ええ。どこか少し、様子がおかしい様な気がしまして」
「……何か、言っていましたか?」
「いいえ、特には。体調は良いし困った事も無い、とても良くしてもらっている、としか」
「そうですか」
「ですが、エリザベート様も何かお悩みの様子ですし……何かあったのでしょうか?」
「…………」
(どうしよう……相談してみる? 屋敷の皆や学園の皆には相談できないし、ゴーディさんが一番適役かもしれないわ。男性だし、大人だし、奴隷商だから……)
「……ルークが『騎士の誓い』をしてくれたのですが……その……どういうものなのでしょう。奴隷は主人の言いつけを守ると、最初に仰ってましたでしょう? 誰かを好きになったとしても、主人を裏切る事はないと。そういう契約を施すわけですから、そのせいで主人の事が好意の対象にもなるのでしょうか?」
「そういうのとは少し意味合いが違いますね。『第一優先としなければならない対象』になり、自分の意思ではなく、強制的にそうしなければならないのです。そして、好意の対象とはなりません。嫌いであれば『嫌いだが命令に従わなければならない』となります。好意を持つかどうかは、奴隷契約とは関係ありません」
「そうですか……」
「彼に、忠誠だけではなく、愛も誓われたのでしょうか?」
「……ええ、まあ……」
「なるほど……」
エリザベートはモジモジしながら答えたが、ゴーディは『そうでしょうね』とあっさり、そして深く納得して頷いた。
「これまで多くの奴隷を扱い、商売してきた者の意見として言わせてもらえれば、エリザベート様は奴隷の主人には向いておりません」
「主人に向いていない……良い主人ではないと?」
「良い主人です。が、奴隷を使うには、優しすぎるのです」
「優しすぎる……」
「そうです。エリザベート様は、彼の事を憐れんでお買い求めになったでしょう」
「ええ、まあ……ですが、それだけではありませんよ? 可愛かったですし、安かったですし、そういう事もちゃんとあって決めましたわ。同情だけではありません」
「勿論、そうでしょう。ですが、買い取った後は良い物を沢山食べさせ、上等な衣類を与え、訓練をさせ、教養まで身に付けさせた」
「それは……悪い事ですか?」
「悪くありません、良すぎるのですよ。奴隷をそこまで大切に扱う主人は多くありません。しかも、元々彼は恵まれない環境で育ってきました。奴隷になってからも、獣人だし、そのくせ小さいので売れず、自分はどうなってしまうのだろうと精神的に参っていたでしょう。それが、優しくされ、大切にされ、しかもそうしてくれるのが美しい女性なのですから、好きになってしまうのも仕方がないでしょう。しかし」
ゴーディは一度言葉を切り、エリザベートをジッと見つめた。
「……彼は奴隷です。気にかける事などございません。もしエリザベート様がお困りでしたら、私の方から忠告致しましょうか? 主人を煩わせるような事をするな、身の程を知れ、と」
「ああ、別にそれほど困っているわけではないんです。わざわざゴーディさんに言って頂かなくても大丈夫ですわ」
慌ててそう言うエリザベートに、ゴーディは苦笑した。
「そういうところですよ、奴隷の主人に向いていないというのは」
「そういう……?」
「奴隷の気持ちなど気にかけず、思い通りにならないのならば売却する、くらいの気持ちで接しませんと」
「それは……無理ですわ」
「ハハ、さようでございますか。いや、私は、奴隷の主人として失格と言っているわけではなく、向いていないと言っているだけで、とても良い主人ですよ」
「……はぁ……まだまだ、小娘ですから……なかなか割り切って考える事ができなくて」
「同年代の方に比べ、かなり聡明でしっかりされていますよ」
「いいえ……」
(実際は、二十代半ばまで経験していますから。とはいえ、こっちの世界に来てからの方が、責任感をもって行動しているわね。向こうでは、もっと気楽に楽しく、何も考えず暮らしていたから……)
「お待たせいたしました、エリザベート様!」
「ああ、お帰りなさい」
笑顔のアメリアと、その後ろですまなそうな顔をするルークが部屋に入ってきた。
「わたしのドレスの他に、妹用の服まで買っていただいてしまい、なんとお礼を申し上げてよいか」
「いいのよ、アメリアにはいつも頑張ってもらっているのだから。それに、弟さんにルークのおさがりの服をあげるのに、妹さんに何もないのはかわいそうだもの。お母様の分も一緒に選んで良かったのよ?」
「ありがとうございます。でも母には、わたしが買ってあげたくて……お給料、沢山頂いておりますから!」
「そう。いい娘をもってお母様は幸せね。ルークも、ちゃんと選んだ?」
「はい、ありがとうございます。すみません、いつも……」
「いいのよ。小さくて着られない服はアメリアの弟さんが着てくれる事になって無駄にならないのだから……んんっ、気にしないで」
ニコニコしながら会話を聞いているゴーディの目が『ほら、やっぱりいい主人だ』と言っているようで、少し恥ずかしく思うエリザベートだった。
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